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第10話【問題用務員と幽霊海賊】

 爆発音で飛び起きた。



「ふあッ!?」


「きゃッ♪」



 あまりにも盛大な爆発音で、ユフィーリアはベッドから転げ落ちてしまう。


 誰かが寝ぼけて爆発魔法でも使ったのかと思ったが、どうにも窓の外から爆発音は継続的に聞こえてくる。まるで何かを撃ち込んでいるかのような雰囲気さえあった。

 床に叩きつけられて覚醒するという最悪の目覚めを味わったユフィーリアは、ボサボサになった銀髪を手櫛で整えながら窓に近寄る。閉められたカーテンを開ければ、白銀の星々が瞬く紺碧の空と夜の闇に沈むエージ海とご対面した。


 ただ、何故だろう。ボロボロの海賊船が、髑髏どくろの旗を揺らして夜の海を漂っている。



「…………」


「ユーリ、何だったのかしラ♪」


「海賊どもの襲撃」



 眠たげに目を擦るユフィーリアは、



「このクソが、今何時だと思ってやがる」


「隣は大丈夫かしラ♪」


「大丈夫じゃね? 音聞こえるし」



 隣の部屋に耳をそば立ててみると、バタバタと何やら慌てたような足音が聞こえてきた。彼らもまた爆発音で叩き起こされた模様である。

 その直後、ユフィーリアとアイゼルネの使用する部屋の扉が勢いよく叩かれた。これだけ見ると怪奇現象か何かだと錯覚してしまいそうになるが、予想だと隣の部屋を使用していた男子組が無事の確認をしに来たか。


 ユフィーリアは枕元に投げ出してあった雪の結晶が刻まれた煙管を手繰り寄せ、



「〈開け〉」



 施錠魔法を解除すると同時に、扉が外側から勢いよく開けられた。



「ユフィーリア、海賊船が襲撃してきたんだけど!?」


「お前かよ」



 部屋に雪崩れ込んできたのは、学院長のグローリアだった。彼も今まで眠っていたのか髪の毛をまとめるかんざしはないし、服装も白い絹の寝巻きである。模様すら何もない仕立ての良さそうな寝巻きだ。普段の服装も長衣以外は地味な印象だが、寝巻きも同じく地味だとは想定外である。

 開け放たれた扉の向こうでは、避難を促すような声が響き渡る。「早く逃げろ」「防衛魔法の展開も忘れるな!!」などのやり取りが聞こえてきた。生徒たちも同じ宿泊施設に泊まっているので、課外授業に付き合っている教職員が避難を促しているようだった。


 ユフィーリアは緊張感のない大きな欠伸をし、



「何だよ、グローリア。海賊船を呼び寄せたのがアタシって言いてえのか?」


「え、そうじゃないの?」


「海賊どもが夜に襲撃した方がいいって判断しただけだろ」



 確かに昼間には座礁した海賊船から色々と財宝を盗み出したが、どうせあの海賊船の持ち主は冥府の刑場で生前の罪を清算させられている頃合いだろう。貯め込んでいた財宝を盗まれたからって、わざわざ幽霊になって襲撃してくるような阿呆ではないと信じたい。

 死んでなお貯め込んでいた財宝の気配を感じ取って、奪還を目論んでいるのだとすれば冥府の役人であるショウの実父に通報してやれば解決だ。死んだら冥府に旅立つのが常識である。いつまでも現世に留まったままだと、ショウの父親が鎖を片手に襲撃するに決まっている。


 グローリアは「とにかく!!」と言い、



「海賊船の襲撃があったんだから逃げなきゃ、ここにいたらいつ建物が崩壊するか分かったものじゃないんだからね!!」


「ねみい」


「ねみい、じゃないんだよほら起きて!!」



 グローリアの金切り声で眠気を強制的に吹き飛ばされたユフィーリアは、



「分かったよ、着替えて外に出ればいいんだろ」


「着替える暇なんてないよ、今すぐ外に出て!!」


「いやアタシは一瞬で着替え終わるから」



 ユフィーリアが煙管を一振りすれば、着ている真っ黒な部屋着が霧状に変化する。黒い霧は一瞬で形を変えて、ユフィーリアが普段着としている肩だけが剥き出しの黒装束となった。着替え終了である。

 同じくアイゼルネもシルクの部屋着から、見慣れた赤い色のドレスに魔法で着替えていた。こちらも胸元からトランプカードを取り出してから一瞬の出来事である。裸を拝む暇さえなかった。


 グローリアは呆れたような表情で、



「こんな時にでも着替えるなんて随分余裕だね」


「ユフィーリアのお着替えシーンを覗いておいて何を言っているんですか?」


「イダダダダダダ、ショウ君どこから!?」


「お隣からですが」



 グローリアの後ろから飛びついたショウが、流れるように彼の父親直伝のチョークスリーパーを仕掛ける。いつもは炎腕に頼るプロレス技だが、ついに自分でも出来るようになるほどの筋力を取り戻したようだ。

 悲鳴を上げるグローリアをあっという間に解放したショウは「ユフィーリア、無事か!?」と部屋に飛び込んでくる。その格好は寝巻きから海兵風のメイド服に変わっており、わざわざ着替えてきたらしい。


 駆け寄ってきたショウは、



「逃げよう、ユフィーリア。海賊が大砲を撃ってきているんだ」


「最悪の目覚まし時計は大砲だったか」


「アイゼさんも、逃げるので冥砲めいほうルナ・フェルノに乗ってください」


「ショウちゃん、気遣いありがとウ♪」



 アイゼルネは南瓜のハリボテで覆われた頬を撫でると、



「でもおねーさんには専用の馬車があるから平気ヨ♪」


「それって俺ちゃんのことぉ?」



 遅れて部屋を覗き込んできたエドワードが不満げに言う。彼も寝巻きから迷彩柄の野戦服に着替え終わっていて、逃げる準備が整っていた。その後ろでは衣嚢ポケットが数え切れないほど縫い付けられた黒いつなぎを身につけるハルアが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら存在を主張してくる。

 問題児、全員集合である。全員、目立った外傷はなくてよかった。海賊が撃ってくる大砲とやらは飛距離がないのか、宿泊施設まで届かなくて安心した。


 ユフィーリアは「よし」と言い、



「逃げるか」


「はいよぉ」


「学院長がおねんねしてるけど、どうするの!?」


「連れて行ってあげましょうカ♪」


「仕方がありませんね」



 チョークスリーパーによって沈められたグローリアをハルアが担ぎ、海賊による砲撃を受ける危機がある宿泊施設からユフィーリアたちは脱出を図るのだった。



 ☆



 宿泊施設から脱出すると、外がやけに騒がしかった。



「エージ海から海賊がやってきたぞ!!」


「何でこんな時間に!!」


「早く逃げろ!!」



 宿泊施設の従業員や地元の住民は、エージ海から一目散に離れていく。夜の静けさを引き裂くような悲鳴の大合唱が夜空に響き渡り、腹の底に重くのしかかる砲声がそれらを掻き消すかの如く轟く。

 何とか宿泊施設から逃げ出すことに成功したヴァラール魔法学院の生徒たちも、逃げる人々に混ざってエージ海から離れていく。まだあのボロボロの海賊船は海から上がってくる気配はない。逃げるのならば今のうちだ。


 ユフィーリアたち問題児も人の波に従って逃げようとするのだが、



「はい、待った」


「ぐえッ」



 グローリアに首根っこを掴まれたユフィーリアは、まるで蛙が潰されたかのような汚い声を上げてしまう。



「何するんだ、グローリア!?」


「逃げるんじゃないよ、君は何の為に魔法が使えるのさ」


「戦えってのか?」



 ユフィーリアはグローリアを真っ向から睨みつける。


 ボロボロの海賊船はなおも砲弾を撃ち込んできており、危険な状況であるのは嫌でも分かる。相手の人数が把握できない以上、少数精鋭で立ち向かうのはあまりにも危なすぎる。

 それに加えて、このエージ海はミステリースポットとして有名だ。魔力が不安定なこの状況でまともに戦えるはずがない。


 戦えない、はずなのだ。



「いいのか!?」


「やっちゃってもいいのぉ!?」


「止めてって言っても止めないよ!?」


「やる気出しちゃうワ♪」


「海に沈めてやりますよ」


「うん、君たちならそう言うと思ったよね」



 グローリアは呆れた様子で返す。


 問題児どもは興奮していた、それはもう瞳をキラッキラに輝かせてはしゃいでいた。「どうする?」「とりあえず海に沈めてみる?」などと普通ではあり得ないような会話まで交わしちゃう始末である。

 何せ相手は海賊である。戦ったことのない系統だ。加えて奴らはユフィーリアたち問題児の安眠を妨害してきた罪がある。安眠妨害のお礼参りは船の沈没で許してやる所存だ。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を放り投げる。弧を描いて夜空を舞った煙管は、手元に落ちてくる時には身の丈ほどの銀色の鋏に変わっていた。2枚に重ねられた刃が雪の結晶の螺子で留められた、触れることさえ躊躇いそうな鋏である。



「よっしゃあ、お前ら海賊船を沈没させるぞ!!」


「ひゃっほう!!」


「安眠妨害した罪は身体で払ってもらおうね!!」


「容赦しないわヨ♪」


「一捻りだ」


「ねえ、あの、程々にね? 相手だって生きてるんだと思うからね?」



 グローリアの控えめな言葉を振り切り、ユフィーリアたち問題児は「ふっふう!!」などと奇声を上げてエージ海に向かう。


 ボロボロの海賊船はゆっくりと海岸まで近づいてきている。上陸して宿泊施設などを襲撃するつもりなのだろう。

 砲撃の勢いも収まっているので、撃墜するのであれば今が絶好の機会だ。魔法を使わずに海賊どもをぶちのめす方法などいくらでもある。


 ユフィーリアはショウに視線をやり、



「ショウ坊、景気付けに1発でかいのを撃ち込んでやれ」


「ああ、任せてくれ」



 ショウはユフィーリアの期待へ応じるように頷くと、右手を軽く掲げた。

 その合図を受けて呼び出されたのは、歪んだ白い三日月――冥砲ルナ・フェルノである。主人たるショウに寄り添うようにして現れた三日月の形をした魔弓を連れて、海兵風のメイド服に身を包んだ最愛の嫁は夜空へと飛び立った。


 長いスカートの裾を翻して天高くまで昇り、ショウの側に寄り添う三日月の魔弓に炎が矢として束ねられる。ギチギチと冥砲ルナ・フェルノは引き絞られていき、



「放て」



 ショウの一言で、束ねられた炎の矢が海賊船めがけて一直線に放たれた。

 夜の闇さえ明るく照らす炎の矢は呆気なく海賊船を射抜くと、そのまま真っ二つに叩き割った。真ん中から2つに折られた海賊船は帆柱が折れ、風に靡いていた旗は燃え尽き、冥砲ルナ・フェルノの炎によって燃やされてしまう。


 さて、奴らの機動力は封じた。あとは船から逃げてきた海賊どもをぶちのめすのみだが、



「出てきた?」


「そんな気配ないねぇ」


「人がいないのに動いてたの!?」


「そんなまさカ♪」


「もしかして俺が燃やしちゃったか……?」



 燃える海賊船から、海賊が姿を見せないのだ。慌てた様子で逃げるところを仕留めてやろうという作戦が台無しである。


 ユフィーリアは首を傾げる。

 冥砲ルナ・フェルノによって海の藻屑になろうとしている海賊船は、どこからどう見ても帆船である。魔法で自動的に動くような仕組みは感じられない。もしあれが高度な魔法兵器エクスマキナだとすれば、副学院長であるスカイ・エルクラシスが放っておかないからだ。


 その時、



 ――ぽちゃ、ん。



 静かな海に、水を打つ音がした。



「おい」



 低く唸るような声と共に、それは現れる。


 黒く染まった海から、ヌッと何かが生えてきたのだ。ボロボロの海賊帽子に海藻だらけの外套、月明かりに照らされた青白い肌から骨の白さが浮かぶ。

 がらんどうの眼窩に浮かぶのは目つきの悪い瞳で、歯並びは異常に悪い。錆びた曲剣を担いで海から上がってきたそれは、海賊の姿をしていた。肌から骨が透けて見えるので、幽霊が骨に憑依して実体を保っているのだろう。


 その海賊はユフィーリアを睨みつけると、



「俺様の財宝を盗んだ馬鹿はどいつだ?」


「お化けだあああああああああ!?!!」


「おがあッ!?」



 恐ろしい登場をした幽霊海賊めがけて、ユフィーリアは堪らず鋏を振り抜く。哀れ幽霊海賊は頭蓋骨が吹き飛ばされて海に沈むことになるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】まさかの襲撃が海賊の幽霊でビビり散らかす魔女。海賊と戦えると喜び勇んで挑戦したら幽霊だったよコンチクショウ。成仏しやがれ。

【エドワード】アイゼルネ専用馬車。担いで逃げるのが当たり前になっているので、馬車扱いされても何も言わない。

【ハルア】嫌な予感が的中した本日のMVP。海賊って強いのかな!?

【アイゼルネ】エドワードを馬車扱いした。着替えるだけなら魔法でどうにか出来るが、身支度で最も時間がかかるのは化粧である。お洒落番長だから仕方がない。

【ショウ】大砲のおかげで最悪の寝覚めをしたが、寝起きが悪いのですぐに起きられてよかった。


【グローリア】珍しく早寝をしたと思ったら海賊の襲撃でびっくり。問題児の仕業だと思ってユフィーリアの部屋に押しかけたら違った?

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >安眠妨害のお礼参りは船の沈没で許してやる所存だ。   安眠妨害の代償が倍返しどころじゃない発想に笑…
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