第4話【問題用務員と海賊船】
洞窟の奥がとても暗い。
「暗えな!!」
「イタッ、ちょっと誰よぉ。俺ちゃん足踏まれたんだけどぉ」
「柔らかいの触った!!」
「どさくさに紛れておねーさんの胸を触ったのは誰♪」
「炎腕、頼む」
ショウの号令がかかると、ゴツゴツとした岩の壁から炎腕がにゅっと生えてくる。大量の炎腕が岩の壁から生えてきたので見た目は大変よろしくないが、何とか明かりを確保することが出来た。
洞窟の奥は炎腕で照らしてもらわなければ先が見えないほど暗く、天井から垂れ下がった鍾乳石から水滴がピトンと音を立てて落ちる。誰かが使っているような気配は見られない。
ユフィーリアは辺りを見回し、
「何かあるか?」
「何もないねぇ」
濡れた頭を振って水滴を飛ばすエドワードは、
「ただ奥に向かって風が吹いてるよぉ」
「エド、身体を乾かしてやるから頭を振るのを止めろ。水滴がこっちまで飛び散るだろ」
「やったねぇ」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、魔法でエドワードの濡れた身体を乾かしてやる。ミステリースポットとして有名なエージ海だが、まだ魔法が使えるようでよかった。
身体や衣服が乾いたことを確認したエドワードは「大丈夫だよぉ」と言う。万全な態勢を整えたところで、問題児たちは洞窟のさらに奥地を目指す。
炎腕によって照らされる洞窟内を興味津々に見回すショウは、
「鍾乳洞だろうか。こう言った場所に来るのは初めてだ」
「ドキドキしちゃうね!!」
未知なる洞窟に、未成年組は期待に満ち溢れた視線を巡らせている。実に新鮮な反応である。
まさかエージ海にこんな洞窟が隠されているとは思わなかった。昔から何度も訪れたことのあるエージ海だが、こんな場所を発見できるなら早い段階から探検をしていた方がよかったかもしれない。
足元に気をつけながら洞窟の奥を進んでいくと、柔らかな風が頬を撫でた。宝の地図に従えばこの先に財宝が隠されている訳だが、果たしてどんな財宝が眠っているのか。
すると、
「ユフィーリア、待ってくれ」
「どうした、ショウ坊?」
「その先は見てはダメだと思う」
先頭を歩くユフィーリアに、ショウが「先を見てはダメだ」と不思議なことを言う。
何か見てはいけないものでもあるのだろうか。たとえ見てしまったところでユフィーリアには魔法も、あらゆるものを終わりに導く絶死の魔眼もある。多少のことは対処できよう。
軽い調子で笑い飛ばしたユフィーリアは、
「大袈裟だなァ、ショウ坊。何か怖いものでも」
そう言って振り返った先にいたのは、骸骨である。
動いている訳ではない。洞窟の片隅に力なく座り込んでいるだけで、劣化の激しい衣類を身につけた白骨死体だった。
この洞窟内でどれほどの時間を過ごしたのだろう。肉は腐り落ち、この洞窟内に巣食う鼠か何かが彼の死肉を食い尽くしたのか。ボロボロの衣服を身につけた白骨死体は炎腕の明るさに照らされてその不気味さが露わとなり、来訪者であるユフィーリアたちに空虚な視線を投げかけていた。
これはもう驚くしかない。想定していた以上のものだった。
「ぎゃあああああああああああああ!?」
「ユフィーリア、大丈夫だ。動かないから」
「骸骨、白骨死体!? こんなところで死んでんじゃねえよ!!」
「理不尽なことを言わないでくれ。誰も死に場所は選べないんだ」
悲鳴を上げたユフィーリアは最愛の嫁であるショウに抱きつく。
幽霊とかお化けとか、そう言ったものはユフィーリアにとって鬼門でしかない。たとえ魔法が通じる相手だったとしても怖いものは怖いのだ。生理的な恐怖が襲いかかってくる。
涙目のユフィーリアはショウの身体を強く抱きしめながら、
「おいハル、あの骸骨どこかにやってこい!! 壊してこい!!」
「死者蘇生魔法とかしなくていいの!?」
「する訳ねえだろ!! 損耗率なんかとうの昔に0だわ!!」
出来立てほやほやの死体ならばまだしも、もう何年もこの洞窟に置き去りとなった白骨死体など死者蘇生魔法の適用外である。骨が綺麗に残っていたところで生き返らせることは不可能だ。きっと冥府の裁判もとっくに終わっており、冥府の刑場で反省中か新たな人生を歩んでいることだろう。
むしろ「よくも驚かせてくれやがったな」という恨みに近い感情まで湧き出てくる。恨みのある相手をまともに弔ってやろうという気持ちは起きないし、顔も名前も知らないのであればなおさらだ。後ろ指差されようが問題児には知ったこっちゃないのである。
ハルアは「んもー」と呆れた様子で白骨死体に近づき、
「ユーリってば怖がりさんなんだから!!」
「うわ」
思わず声が出てしまった。
白骨死体に近づいたハルアは、何とその骸骨の首をもぎ取ってしまった。骨も脆くなっていたのかもぎ取るのは簡単だったようで、あっさりと頚椎の骨から分離する。頭蓋骨をなくした白骨死体は横に倒れ、やはり動くことはなかった。
頭蓋骨をもぎ取ってきたハルアは「はい」とユフィーリアに手渡してくる。何の意味があっての行動だろうか。嫌がらせか。
反射的に受け取ってしまったユフィーリアは、
「いらねえよ」
「でもショウちゃんの世界の上司は頭蓋骨でお酒を飲むって聞いたよ」
「どんな趣味の方? 頭がトチ狂ってなけりゃ出来なくねえか?」
頭蓋骨で酒を飲むということは、盃の代わりにするのだろう。こんな穴ボコだらけの骨で酒なんか飲める訳がない。注いだ酒が全て流れ落ちるに決まっている。
というか、ハルアはユフィーリアが頭蓋骨で酒を飲む趣味を持っているとでも思っていたのだろうか。非常に心外である。今も晩酌の際に使うのはショウに買ってもらった高級な硝子杯だ。
ユフィーリアは頭蓋骨をエドワードに押し付け、
「ほらエド、骨だぞ。しゃぶれ」
「俺ちゃん獣人だけど骨はしゃぶらないよぉ、それに不味そうだしぃ」
エドワードはユフィーリアから押し付けられた頭蓋骨をハルアに返却し、
「ハルちゃんが玩具にすればいいじゃんねぇ」
「こんな趣味の悪い玩具なんて遊ぶ訳ないじゃん!!」
そこから頭蓋骨の押し付け合いでユフィーリア、エドワード、ハルアの3人で激しいやり取りが繰り広げられることになった。頭蓋骨を意味もなくもぎ取ってきてプレゼントしてくるという阿呆な行動から起きた阿呆な争いである。
完全に置いてけぼりを食らったアイゼルネとショウは、横倒しになった白骨死体が身につけている衣服を観察して「装飾品は綺麗ネ♪」「元の衣服はどれだけ豪華だったんでしょうね」などと会話を交わしていた。頭蓋骨の行方など誰も興味がない様子である。
最終的に頭蓋骨を「よし、グローリアに詫びの品としてあげよう」というユフィーリアの提案が採用され、無意味な争いは幕を閉じるのだった。
☆
気を取り直して探検開始である。
「お、意外と早く終着点に来たな」
「本当だねぇ」
炎腕が照らしてくれた洞窟を歩いてしばらくすると、パッと視界が明るくなった。
洞窟の終着点で待っていたのは、やたら広い空間である。高い位置にある岩の天井はぽっかりと大きな穴が開き、そこから晴れ渡った夏の空が垣間見える。ヴァラール魔法学院の儀式場よりも広大な敷地を有しており、ゴツゴツとした足場には雨水が溜まっていた。
そしてこの幻想的な空間の中心に、座礁した船があった。
「凄え」
「あれ海賊船じゃんねぇ」
「こんなところによく運んでこれたね!!」
「ここは秘密基地だったのかしラ♪」
「立派な船だ」
座礁した船を見上げ、問題児たちは揃って感嘆の声を漏らす。
ところどころ朽ちている部分は見受けられるが形は残っており、高い位置にある天井の大穴を貫かんばかりに大きな帆柱には髑髏が特徴の海賊旗が掲げられていた。錆びた碇が岩場に突き刺さり、海賊船をこの地に繋ぎ止めている。
船首に飾られた女神の石膏像は綺麗に残っており、降り注ぐ陽光を受けて白く照らされていた。これだけ立派な装飾品を取り付けているぐらいだから、貯め込んだ財宝も期待できそうだ。
船に近づいたユフィーリアは、まずは海賊船に乗り込む為の入り口を探す。
「どこかに梯子とかあればいいんだけどなァ」
「なさそうだね!!」
「だな」
海賊船の近くを右に左に移動して観察するハルアは、
「壊す!?」
「止めろ止めろ、これだけ保存状態がいいんだから放っておけ」
これだけ朽ちているのだから一部だけでも壊せば侵入できそうなものだが、保存状態がなかなかいい具合なので壊したら逆にまずいことにも繋がりかねない。主に歴史的なあれやそれが理由である。
記憶力のいい魔導書図書館の司書、ルージュ・ロックハートに聞けばこの海賊船の持ち主が分かるかもしれない。加えて保存状態がよければ博物館にも飾られるだろう。今はもう海賊なんて激減してしまったので、こんな如何にもな見た目の船は博物館側もほしがるのではないか。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、
「まだ魔法が使えるから浮遊魔法で飛んでいくわ」
「ユーリ、オレも!!」
「お前はショウ坊の冥砲ルナ・フェルノに乗せてもらえ」
浮遊魔法を発動させたユフィーリアは、虚空を蹴飛ばして高々と舞う。上空から海賊船の様子を観察し、誰もいないことを確認したから甲板に降り立った。
甲板の板は腐っているようだが、まだユフィーリアの体重に耐えられるほど強度を残しているらしい。ギシッと軋んだ程度で、穴が開く気配は見られない。
遅れて、冥砲ルナ・フェルノによって運ばれてきたエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウも同じく甲板に降り立った。特に体重があるエドワードが降り立って甲板に穴が開くことが懸念されたが、まだ甲板は耐えてくれていた。
「財宝はどこにあるかな」
「やっぱり船内かねぇ」
「宝石とかあるかな?」
「あったら嬉しいワ♪」
「どんな財宝が残されているのかワクワクするな」
海賊の財宝を狙い、ユフィーリアたち問題児は遠慮することなく海賊船の船内に足を踏み入れるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】海賊がいた頃、海賊船に潜り込んだことがある。男顔負けの身体能力で海の警察と渡り合っていた。
【エドワード】ユフィーリアと一緒に海賊船へ潜り込んだことがある。肉弾戦で相手をのしていた。
【ハルア】海賊の話は絵本の中でしか知らないが、もし船に乗ったら調子に乗って舵輪を回して船を海上で彷徨わせる。
【アイゼルネ】海賊の話は物語の中でしか知らないが、もし船に乗ったら酒宴の際の給仕になっているかもしれない。
【ショウ】海賊の話は小説の中でしか知らないが、もし船に乗ったら大砲の名手になっているかもしれない。ハルアと組ませて撃沈率100%を目指す。
 




