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第2話【問題用務員とミステリースポット】

 学院長から拳骨を落とされ、減給で脅されたので仕事をすることにした。



「クソがよ」


「本当だよぉ」


「痛い!!」


「南瓜のハリボテ越しに叩かないでほしいワ♪」


「学院長め、海に引き摺り込んでやろうか……」



 頭に大きなたんこぶを作ったユフィーリアたち問題児は、並んで目の前に広がるエージ海を眺めていた。


 波も穏やかで天気も変わる様子がない。砂浜もゴミなどが落ちておらず、非常に綺麗な状態が保たれていた。これは海水浴にピッタリの場所である。

 エージ海は海水浴に最適の場所と呼び声が高く、夏場になると大勢の海水浴客で賑わうのだ。その為、エージ海の近郊には大小様々な宿泊施設が密集しており、わざわざ宿泊して海を満喫する客もいる。


 雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、



「暇だな」


「だねぇ」


「そうだね!!」


「穏やかだワ♪」


「何も起こらないな」



 ユフィーリアの言葉にエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウは迷わず同意してくる。


 ヴァラール魔法学院の生徒たちは現在、海へ落ちないように浮遊魔法の練習中である。魔法の基礎を覚えてようやく応用への道を進んだ頃合いの2学年だが、やはり授業をしている場所が学院の敷地内ではなく屋外だから緊張しているのだろう。誰も彼も表情が強張っていた。

 高い場所が苦手だからか低い位置を飛んでいる生徒もいれば、そのままグングンと高度を上昇させていく生徒もいる。2000人前後が一斉に浮遊魔法で海面の上を漂っているが、あれの何が楽しいのか。


 拾った枝でハルアと絵しりとりをするショウは、



「今日は何で学院の敷地外で授業をするんだ?」


「ああ、ミステリースポットの授業だろ」


「ミステリースポット?」



 ショウは不思議そうに首を傾げ、



「それはオカルト的な怖い話か?」


「何で?」


「海と言えばどこからともなく伸びた手が引き摺り込んでくるという怖い話が有名で……」


「いきなり怖い話は止めてくれない? ここで泣くぞ?」



 ユフィーリアは瞳を潤ませる。怖い話が苦手なのに、この局面で海にまつわる怖い話を聞けば確実に今後は海へ入ることが出来なくなってしまう。


 そんなやり取りも束の間のこと、青い空に甲高い悲鳴がつんざく。見れば浮遊魔法で海面の高い位置を漂っていた女子生徒が、魔法による制御を失い落下を開始していた。

 生徒たちが弾かれたように彼女へ振り返るが、他人が助ける間もなく女子生徒は海に飛び込んでしまう。ドボンと盛大な水柱が上がり、飛沫が散った。いきなり浮遊魔法が途切れて海に落ちたことで女子生徒は恐慌状態に陥り、バタバタと海水を掻いてもがいていた。


 絵しりとりの最中だったハルアが枝を投げ出し、



「オレ行ってくるね!!」


「気をつけろよ」


「うん!!」



 その場で靴を脱いだハルアは、颯爽と海に飛び込んで溺れる女子生徒を救出しに行った。泳ぎが得意なだけあって、あっという間にもがき苦しむ女子生徒のところまで辿り着くと、慣れたように彼女を抱えて波打ち際まで引っ張ってきた。

 救助されるまでが早かったので、溺れた女子生徒は仰向けのままぼんやりと空を見上げていた。呼吸もちゃんとしているので、全身がずぶ濡れになった程度の被害で済んだ。精神の方には深い傷を負っていそうなものだが。


 女子生徒が浮遊魔法の制御を失って海に落ち、溺れる彼女をハルアが助けるまでの一連の流れを眺めていたユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管を咥えながら言う。



「あれがミステリースポットだよ」


「今のはただあの生徒が魔法の維持に失敗して落ちたようにしか思えないのだが」


「それ絶対に他では言うなよ」



 辛辣なことを言うショウを窘めたユフィーリアは、



「ミステリースポットってのは、魔素が不安定になる場所のことだ。魔素が不安定になると魔法が上手く発動しない場合があるから、今のうちにその状況に慣れておかなけりゃ大人になってから苦労するんだよ」


「世界中どこでも魔法が使える訳ではないのだな」


「そういうこと」



 世界中が魔法の源『魔素』で溢れているので魔法はどんな場所でも使えると思われがちだが、実は魔素が不安定な場所が存在する。そう言った場所をミステリースポットと呼び、魔法使用の際には注意を呼びかけるのだ。

 空気に含まれる魔素と人間が有する魔力が結びついて魔法の発動となる訳だが、このうちの魔素が欠けてしまうと魔力をどれだけ有していても魔法は使えなくなってしまう。海や深い森の中、砂漠などは特にミステリースポットが発生しやすいので、特に注意しなければならない。


 ミステリースポットで魔法が使えなくなった際は誰か他に魔法が使える人間に助けてもらうか、ミステリースポットから自力で脱出するしかない。不安定になった魔素の状況を読んで魔法を調整するなど、それこそ天才と呼ばれる部類でなければ不可能だ。



「誰もが唐突に使えなくなるって訳じゃねえから、誰か他の人に助けてもらうってのが最適だな。まあ、頭のいい奴は最初からミステリースポットなて近づかねえけど」


「魔女や魔法使いも大変なのだな」


「まあでも面白いことには変わらねえんだけど」



 ユフィーリアが清涼感のある煙を吐き出すと、女子生徒の救助を終えたハルアが「ユーリ!!」と呼んでくる。もうすっかり女子生徒は起き上がる段階まで回復したようで、濡れた制服に顔を顰めていた。

 濡れた状態のまま砂浜を引きずられたからか、彼女の顔や背中には砂がたっぷりと付着していた。それも気分の低下に繋がっているのだろう。女子生徒は早急に濡れた髪と制服を乾かしたくて仕方がない様子である。


 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしたユフィーリアは、



「ほらよ」


「わぶッ」



 全身が濡れた女子生徒に熱風が襲いかかる。

 唐突のことだったので彼女も対応できず、髪の毛はぐちゃぐちゃになるし顔も変な風に歪んだり広がったりしていた。熱風の襲撃はすぐに過ぎ去り、女子生徒の制服や髪は元通りに乾いていた。


 ハルアは女子生徒に笑いかけ、



「よかったね!!」


「何もよくないわよ!!」



 女子生徒は怒りの表情を見せると、



「いきなり風で髪もぐちゃぐちゃにさせられるし変な顔をさせられたし、本当に問題児って碌なことをしない!!」


「ではリリースしますね。せっかく助けてもらっておいて何ですかその態度」


「は?」



 助けた本人であるハルアに怒りをぶち撒けていた女子生徒だが、背後から忍び寄ったショウが彼女を羽交い締めにする。顔を青褪めさせる少女を抱え、海兵風のメイド服に身を包んだ女装少年は歪んだ白い三日月を伴って青い空に飛び立った。

 暴れて脱出を試みようとするも、ショウは呆気なく女子生徒を再び海に叩き落とした。先程、女子生徒が落ちた位置からさらに高い場所からの自由落下である。ミステリースポットなので浮遊魔法の発動も間に合わず、哀れ女子生徒は翡翠色の海にまた飛び込む羽目になった。


 ガボガボともがき苦しむ女子生徒の頭を押さえつけ、ショウは清々しいほどの笑顔で言う。



「このまま死んだら父さんに言い訳してくださいね」


「がーぼぼぼごぼぼぼぼ」


「何を言っているか全く分かりませんね。ハルさんに対する謝罪の言葉ですか?」



 可憐な笑顔で溺れる少女の命を弄ぶショウ。本当に溺死する寸前で海面から引き上げて呼吸をさせ、十分に酸素を身体に取り込ませた直後に海へ沈める拷問を繰り返す。「ごべッ、ゆるじでッ」という汚え謝罪の言葉が聞こえてきたような気がする。

 その情け容赦のない手つきは、彼の父親の姿を想起させた。外見が似ているだけあって中身もそっくりである。問題児と行動を共にするようになってから、随分と精神的にも成長したようだ。


 ユフィーリアは涙ぐむ仕草を見せ、



「ショウ坊が立派に成長したなァ」


「昔はオドオドしてたのにねぇ」


「逞しくなっちゃっテ♪」



 ユフィーリア、エドワード、アイゼルネの問題児大人組は最年少の用務員が逞しく成長したことへ喜びを露わにする。最初こそ生真面目さのある純朴な少年だったが、他人にやり返すぐらいの強靭な精神を持つようになってよかった。

 大人組が最年少の用務員の成長を喜ぶ側で、女子生徒を助けた張本人であるハルアはしょんぼりと肩を落としてユフィーリアの元まで戻ってきた。せっかく助けたのに「碌なことをしない!!」と怒られたものだから、落ち込む理由も分かる。


 ユフィーリアはハルアの頭を撫でてやり、



「ハル、お前はよくやった。勇敢だったよ」


「オレ、助けちゃダメだったかな」


「そんなことねえよ。悪いのは助けてもらったのにお礼も言えねえような阿呆の教育をされた女の子の方だ」



 落ち込んだ様子を見せるハルアに笑いかけたユフィーリアは、



「だからハル、言ったろ。やられたらやり返せって」


「うん」



 ハルアはしっかりと頷くと、波打ち際まで駆け寄っていく。

 何をするのかと思えば、彼が手に取ったのは泥である。手のひらいっぱいに泥をすくうと、捏ねて団子状に整える。それからまた砂浜に戻ってくると、今度はサラサラとした砂で覆って綺麗な泥団子を完成させた。


 泥団子を装備したハルアは、



「ショウちゃん!!」


「何だ、ハルさん」


「上げて!!」


「分かった」



 ハルアのやらんことを理解したショウは、海水に沈めて虐めていた女子生徒の両腕を掴んで引っ張り上げる。

 宙吊りにされた女子生徒は何事かと顔を上げるが、その濡れた顔面めがけてハルアが投げた泥団子が見事に命中した。パァン!! と綺麗な泥団子が女子生徒の顔面に叩きつけられ、少女の顔が泥に染まる。


 仕返しを完了させたハルアは、いつもの頭の螺子がぶっ飛んだような笑顔をユフィーリアに向ける。



「やり返した!!」


「もう1発やってやれ」


「あいあい!!」



 ハルアは泥団子を作るべく再び波打ち際まで泥を取りに行くが、



「何してるの、ユフィーリア!?」


「お、グローリア」



 ついに生徒への暴行を見つけたグローリアが、怒りの表情でユフィーリアたち問題児に詰め寄ってきた。こっちはちゃんと仕事をしたにも関わらず理不尽に説教をされたので仕返しの真っ最中なのだが、相手にとっては知ったこっちゃないことだろう。

 課外授業で学外に来てまで正座なんてしたくない。説教など以ての外である。ただどれだけ言い訳をしたところで仕返しがやりすぎなのは否めないので、逃げた方がよさそうだ。


 ユフィーリアはグローリアに背を向けると、



「逃げるぞ、お前ら!!」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「学院長、あとで泥団子の刑です。夜中に泥パックしに行きますね」



 走りにくい砂浜などものともせず風のような速さで逃げる問題児の背中に、グローリアはいつもの怒号を叩きつけた。



「ユフィーリア、君って魔女は!!」

《登場人物》


【ユフィーリア】意外とちゃんと泳げるのだが、特殊な水着を身につけないと海面が凍るので注意しなければならない。

【エドワード】競泳からシンクロナイズドスイミング、サーフィンなどのマリンスポーツまで何でもござれ。

【ハルア】問題児の中で1番早く泳げる。ショウ曰く「五輪を目指せる」らしいが五輪の意味が分からない。

【アイゼルネ】足のせいで全く泳げないので、大抵は砂浜で大人しくしている。泳ぎたくなったらユフィーリアかエドワードに浮き輪を引っ張ってもらう。

【ショウ】ちゃんと泳げる女装メイド少年。得意なことは潜水をして相手にひっそりと近づくこと。


【グローリア】泳ぐのは面倒なので砂浜でのんびりしているのが主。気分が乗れば帆船に乗りたい。

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