第7話【問題用務員と合格証】
「貴方は何を考えておいでですの?」
「変質者は死すべきと学びました。トドメを刺せなかったのが残念で仕方がないです」
「トドメを刺そうとしているじゃねえですの」
シンカー試験が終わった魔導書図書館内にルージュの説教が響く。
彼女が説教をしているのは、問題児の中でも新人のショウである。彼自身もまともに説教を受けるつもりはないようで、正座をしているものの太々しい態度で応じている。
事実、ショウが試験会場の天井をぶち抜いて助けに来なかったら、ユフィーリアが全裸ゾンビと化した変態どもの尻に氷柱を捩じ込んでいたところである。結果は誰であれ同じことだ。違うことと言えば方法ぐらいのものだろう。
ユフィーリアはカンカンに怒るルージュを「まあまあ」と宥め、
「ショウ坊はアタシを助けようとしたんだからいいじゃねえの。そこまで怒るなよ」
「ぶち抜いた魔導書図書館の床は誰が直してくださるんですの?」
「お前が直せよ、今回ばかりはこっちが全面的に悪い訳じゃねえだろ」
ルージュが示した先には、巨大な穴ボコが開けられた床があった。ショウが20階層まで届く勢いでぶち抜いた証拠である。冥府の空に穴を開けられるほどの威力があるのだから、20階層止まりで済んでよかったのかもしれない。
これを直すのは骨が折れるだろうが、今回ばかりは問題児が全体的に悪い訳ではない。この穴ボコを作る原因となったのはユフィーリアが全裸の馬鹿野郎集団に捕まったからであり、すでに馬鹿になった受験者をとっとと試験会場の外に放り出せばこんな事件は起きなかったのだ。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をルージュに突きつけ、
「お前、試験監督のくせに不合格者をいつまでも会場の中を歩かせてんじゃねえよ。とっとと追い出せばよかっただろ。あいつら、出口でたむろしてたんだぞ」
「ちゃんと監督しておりましたの。受験者が何人いるとお思いですの」
ツーンとそっぽを向くルージュに、1階層で脱落したリタと3階層で脱落したアイゼルネが鋭い指摘を突き刺してくる。
「優雅に紅茶を飲んでいたわネ♪」
「筋肉質な生徒が馬鹿になって脱ぎ出す姿を涎垂らしながら観察していましたね」
「そそそそそんな訳ないじゃないですのおほほほほほほ」
慌てた様子で取り繕うルージュを見やり、ユフィーリアは「なるほど」と頷いた。
あの全裸の馬鹿野郎集団がまだ試験会場の外へ放り出されずに彷徨い歩けていたのは、試験監督であるルージュが性癖に従ったからか。筋骨隆々とした男性が好きなルージュは、彼女の理想とする肉体美を持つ男子生徒が次々と馬鹿になって衣服を脱ぎ出す様を楽しんでいた様子である。
しかも要らんことに、1階層で脱落したリタが「エドワードさんがアイゼルネさんにひん剥かれる様は目を血走らせながら見ていましたよ」と指摘してくる始末である。こんな局面でリタやアイゼルネが嘘を吐くとは思えないので、本当の情報だろう。
ユフィーリアは正座で説教を受けていたショウを立たせてやり、
「悪かったな、馬鹿の説教に付き合わせちまって」
「怖かった……」
ショウは赤い瞳に涙を滲ませて、ユフィーリアに抱きついてくる。
「ユフィーリアにパンクックをあーんすれば元気が出るかもしれない」
「アタシがするんじゃなくて、ショウ坊がするのか?」
「ああ」
「まあ、それでショウ坊が元気になるならいいけど」
抱きついてくるショウの頭を撫で、ユフィーリアは許可を出す。それで最愛の嫁が元気になってくれるならば、少し恥ずかしいが甘んじて受け入れようではないか。
「ユフィーリアさん、今のショウさんの顔を見ましたの? 凄く悪い顔をなさっていましたの」
「うるせえ真っ赤なアバズレが」
ユフィーリアはエドワードへ視線をやり、
「エド、上半身だけでいい。ちょっと脱いでやれ」
「はいよぉ」
ユフィーリアの突拍子のない指示へ素直に従ったエドワードは、迷彩柄の野戦服の釦を躊躇いなく外す。
露わになる鍛え抜かれた鋼の肉体美。その彫像めいた筋肉を目の当たりにしたルージュの口から「ごぺぱぁ!?」という変な声と共に吐血と鼻血の両方が噴出する。ルージュだけではなく試験を終えた女子生徒や男子生徒からも何故か歓声が上がった。
押さえた口元からなおも血を流すルージュは、
「え、ご褒美ですの? ご褒美ですの!?」
「そんな訳ないよ!!」
「え?」
ルージュは背後から飛んできた声に思わず振り返る。
そこに立っていたのは問題児の暴走機関車野郎と名高いハルアである。頭の螺子がぶっ飛んだと捉えられてもおかしくない狂気じみた笑顔を浮かべ、ルージュのすぐ後ろに気配もなく佇んでいた。
全てを理解した時にはすでに遅く、ルージュが防衛魔法を展開するより先にハルアの腕が彼女の首を絞め上げる。その手つきに容赦はなく、このまま意識を落とそうとする強い意思を感じさせる。
首を絞めてくるハルアを引き剥がそうと躍起になるルージュは、
「な、何ずッ、ぐえええッ」
「ショウちゃんを傷つけたんだから謝りなさい!!」
「でも」
「7割ぐらいルージュ先生が悪いんだから、先にごめんなさいしなさい!!」
先輩として後輩に危害を加えたルージュに手加減のない制裁を与えるハルアが、彼女の口から「ごめんなさい」の一言を引き出せたのは僅か10秒後のことである。
☆
「ふおおお……」
ハルアは興奮気味に自分の合格証を見つめていた。
シンカー試験の合格証には、今まで彼が目標として定めていた『踏破』の文字が燦然と輝いていた。過去のシンカー試験は途中で馬鹿になって脱落するばかりだったが、今回は初めて踏破成功ということになる。
よく馬鹿にならずに耐えられたものだ。これはハルアにとって大きな成長の証と言えるだろう。
琥珀色の瞳をキラッキラと輝かせ、ハルアはユフィーリアとエドワードに合格証を突きつけてくる。
「見て!!」
「はいはい」
「凄いねぇ、ハルちゃん」
「どや!!」
物凄く自慢げである。それほど20階層を踏破できたことが誇らしいのだろう。
ユフィーリアとエドワードは互いの顔を見合わせ、それからそっと自分の合格証を隠した。もう何度も20階層を踏破しているユフィーリアとエドワードの合格証には踏破回数が記載されている。あと9回踏破すれば、シンカー試験が免除になる魔導書管理官の試験を受けることが出来るのだ。ハルアよりも先に行っちゃっているので、見せつけるのが忍びない。
一方でシンカー試験の結果に肩を落としているのは、アイゼルネ、ショウ、リタの初受験組である。特にショウとリタは早々に脱落してしまったので、落ち込み具合が半端ではない。
「俺はそんなに精神面が弱かったのか……」
「魔女なのに、私もそんなに精神面が弱かったのでしょうか……」
「ショウ坊もリタ嬢も元気出せ」
ユフィーリアはショウとリタの頭を撫でてやり、
「頑張ったご褒美でパンクックを奢ってやるから」
「あーん付きで」
「分かった分かった」
要求も突きつけてくるショウに、ユフィーリアは苦笑しながら応じる。
今回はハルアも初踏破し、ショウもリタも頑張ったのだ。それなりのご褒美があってもいいだろう。
その話を聞いたエドワードとアイゼルネは、
「えー、俺ちゃんはぁ?」
「おねーさんはどうなノ♪」
「お前らは出して紅茶代ぐらいだ。パンクック代は自分で出せ、大人だろ」
「でも飲み物代は負担してくれるあたり優しいねぇ」
「ネ♪」
「おうよ、アタシは世界で類を見ない優しい魔女だからな。崇めろ」
そんな会話を交わしながら、問題児たちはカフェ・ド・アンジュに向かうのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】あと9回でシンカー試験踏破数が300回になる。魔導書管理官の資格は取得するつもり。このあとしっかりショウからパンクックをあーんされた。
【エドワード】あと9回でシンカー試験踏破数が300回になる。ユフィーリアが魔導書管理官の試験を受けるなら受けるつもり。最近、やたらジメジメした視線を寄越されると思ったら原因がルージュだった。
【ハルア】初めてシンカー試験踏破成功した。お祝いにパンクックを奢ってもらえて嬉しい。
【アイゼルネ】3階層で脱落してしまった。次はせめて2桁ぐらいは行きたい。
【ショウ】1階層で脱落してしまった。このままではユフィーリアの嫁としてアカンとハルアと一緒に精神を鍛える修行をする。
【ルージュ】筋肉フェチであることが露呈してしまった魔女。理想はエドワードのような野菜味溢れる男性を鞭でしばいて従わせたい。
【リタ】1階層で脱落してしまった。クラスメイトも何人か1階層で脱落してしまったことに安堵を覚えるが、やはり来年こそはもっと進みたいのでショウと一緒に精神面を鍛える修行に励む。




