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第6話【問題用務員と彷徨える変態】

「ハルちゃん、大型の二輪車免許とか取らないのぉ?」


四輪車モービルの免許を取っちゃダメって言われたから、二輪車も取っちゃダメなんじゃないの!?」


「四輪車の場合は死ぬ人数の方が多そうだからダメってだけで、二輪車の方は死ぬ人数が少なく済みそうだからいいぞ」


「じゃあ今度ショウちゃんと取りに行ってもいい!?」


「ショウ坊が16歳になるまで我慢しろよ」


「来年になるかねぇ」



 そんな会話を交わしながら背の高い本棚が織りなす薄暗い空間を歩き続ける問題児は、頭の螺子をなくすことなく最下層の20階層まで到達した。

 特に、前回は18階層で脱落する羽目になってしまったハルアは初めて最下層まで到達して成長を見せつけていた。後輩が出来たことで精神的にも強くなったのだろう。20階層に到達しながらも馬鹿になる雰囲気もなく、ユフィーリアとエドワードの他愛のない話に応じている。


 ユフィーリアは角燈で行く先を照らしながら、



「それにしても、脱ぎ散らかされた衣服が多いな」



 チェス盤を想起させる白と黒のタイルが特徴的な床には、襯衣や洋袴など今まで誰かが身につけていただろう衣類が大量に落ちている。中には猫の柄をした下着や派手な色と露出の激しい下着まで脱ぎ散らかされていたので、シンカー試験の更新を受けた大人たちもこの場で開放的になってしまったようである。

 姿が見えないということは、シンカー試験を無事に終えた受験者が脱落を代わりに宣言したのだろうか。同僚や仲間の全裸を見ながら脱落の代理申請をするのはさぞ辛かったことだろう。主に腹筋へのダメージが凄まじいことになっていそうだ。


 ユフィーリアは足元に落ちた赤い派手な下着を指で摘み上げ、



「これはもう脱ぐのを前提に考えてねえか?」


「見せないでよぉ」



 エドワードがハルアの顔面を大きな手のひらで覆い隠す。

 いきなり顔面を鷲掴みにされるとは思わなかったらしいハルアは、わたわたと暴れながら「何すんの!!」と叫ぶ。エドワードの手のひらを引き剥がそうと躍起になっているが、意地でもこの空間を見せまいとエドワードは5本の指に力を込めてハルアの顔面を押さえ込む。そのうちハルアの顔が凹みそうだ。


 ユフィーリアは派手な赤色の下着をハルアの目の届かない場所に退避させ、



「おう、もういいぞ」


「はいよぉ」


「何だったの!!」



 いきなり顔面を掴まれて憤るハルアは、



「酷いよ!!」


「いや大きな野糞がしてあってだな、うん」


「そりゃ大変だ!!」



 あっさり騙されてくれた。

 しかもご丁寧なことに「ルージュ先生、掃除とか大丈夫かな」と心配する始末である。純粋無垢な未成年組の片割れでよかった。


 笑って誤魔化すユフィーリアに、エドワードが耳打ちする。



「この先、さらにキツイのあるけど大丈夫そぉ?」


「転送魔法で会場の外に放り出しておくか」


「そうした方がいいねぇ」



 赤ん坊の出所を「キャベツ畑から妖精さんが拾ってくる」と答えるようなハルアに、大人の下着を見せるのはさすがに保護監督の責任を持つユフィーリアでも忍びない。水着グラビアをエロ本と勘違いするほど彼には耐性がないのだ。

 この先に待ち受ける派手な下着の山とご対面させる前に、転送魔法でシンカー試験会場の外に送っておいた方がいいかもしれない。多分、脱落者は揃って全裸で待機している頃合いだろう。これらの衣類の山を求めているのは彼らかもしれない。


 ユフィーリアが雪の結晶が刻まれた煙管を構えると、



「何これ!?」


「あ」


「あー……」



 ハルアがとうとう派手な下着を見つけてしまった。

 目を惹く赤色や妖艶さのある黒色ではなく、可憐なパステルピンクのあれである。ご丁寧なことに紐で結ぶタイプのものらしく、可愛らしくリボンやレースなどがあしらわれていた。


 床に落ちた小さな布地を観察するハルアは、



「どこかで見たことあるって思ったら、ショウちゃんと同じものだね!!」


「ショウ坊と」


「ショウちゃんとぉ……」



 呆然とするユフィーリアとエドワードに、ハルアが「うん!!」と頷く。



「今日穿いてるのと同じだったよ!!」


「ヴッ」


「ハルちゃん、ちょっと静かにしようかぁ。ユーリにダメージが入るからぁ」



 膝から崩れ落ちたユフィーリアを見やるエドワードが、無邪気に最愛の嫁の下着事情を報告してきたハルアを注意する。


 ユフィーリアはそれどころではなかった。頭の中がすでに桃色の世界に染まってしまった。

 暴走機関車野郎のいらん報告のせいで馬鹿の道に片足を突っ込んでしまう。脳裏をよぎった最愛の嫁の姿を模した誰かが「馬鹿になってしまった方が楽になれるぞ」とか「一緒に馬鹿になろう」などと誘ってくる。その甘い言葉になってしまう。


 正気を取り戻すべくとりあえず全裸になろうとしたところで、エドワードの拳がユフィーリアの横っ面に突き刺さった。



「そおいッ」


「へぶんッ」



 殴られた衝撃で、馬鹿の気配さえも頭の中からすっ飛ばされる。


 3回転半ぐらいしてから床に叩きつけられたユフィーリアは、殴られた頬を手で押さえる。口の中に血の味が滲んでいった。

 何で殴られたのか皆目見当もつかない。相棒として長い時を連れ添ったエドワードから割と本気の拳が飛んでくるのが、ユフィーリアからして少しばかり悲しい出来事だった。何で理由もなく殴られなければならないのか。


 泣きそうな表情でエドワードを見上げるユフィーリアに、彼は真剣な顔で言う。



「ユーリぃ、全裸になるのは正気の沙汰じゃないからねぇ」


「え、アタシ全裸になろうとしてた?」


長手袋ドレスグローブを脱ごうとしたところで察したよぉ」


「本当だ」



 いつもは脱がないはずの長手袋だが、右手だけ何故か外れていた。これはユフィーリアの頭がおかしくなった証拠とも呼べよう。

 エドワードはただ理由もなくユフィーリアを殴った訳ではなく、ユフィーリアを正気に戻す為に殴ったようだ。彼がいてくれて助かった。


 腫れた頬を回復魔法で治すユフィーリアは、



「助かった」


「ユーリが馬鹿になったら脱落を宣言しなきゃいけないじゃんねぇ。止めてよぉ、面倒臭い」


「面倒臭がるなよ、正気に戻してくれたことは感謝してるけど」



 ユフィーリアは自分の口を手で押さえるハルアを見やり、



「ハルも悪かったな、喧嘩じゃねえから」


「ユーリが馬鹿になったら殺さなきゃダメかなって思ったところだよ!!」


「それお前も死ぬ奴だけど後悔しねえな?」



 さて、あと少しで踏破である。踏破目前で馬鹿になったら悔しくて堪らない。

 踏破してしまえばあとはこちらのものだ。馬鹿にはなりかけたが、ギリギリ正気を取り戻したのだから関係ない。不合格にはならないだろう。


 その時である。



「おー……」


「えぶあー……」


「ぼえー……」



 何やら呻き声が聞こえてきた。



「え、何だ?」


「何よぉ」


「何あれ!!」



 ユフィーリア、エドワード、ハルアが目撃したものは肌色の集団だった。

 角燈でその肌色の集団を照らすと、全裸の集団だった。男も女も入り乱れた変態の集団である。


 白目を剥き、涎を垂らし、まるで墓の中から中途半端に蘇ってきたゾンビのような足取りでユフィーリアたち3人に詰め寄ってくる全裸の集団は、呻き声を発して手を伸ばしてくる。



「何故、服を着ている……」


「オマエも全裸になれ……」


「裸こそ至高……全裸こそ正義……」



 馬鹿の集団が何か言っている。



「馬鹿だろふざけんな!!」


「社会的死は免れないねぇ」


「全裸こそ正義って本当!?」


「ハル、頭をもがれたくなかったら全裸になるな」


「今すぐその思考回路を捨てろ」


「いきなり怖い話になった!?」



 全裸は正義という言葉を信じて脱ごうとするハルアの頭を2人がかりで殴ったユフィーリアとエドワードは、どうやってこの先を突破しようかと考える。

 馬鹿野郎どもの集団は、道いっぱいに広がって通り抜けることが出来ない状況だ。無理やり通り抜けようものなら全裸ゾンビの団体様に捕まって裸に剥かれる可能性が非常に高い。嫁ならまだしも、見ず知らずの人間にひん剥かれるのを許すほどユフィーリアたちは心が広い訳ではない。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめると、



「〈大凍結イ・フリーズ〉!!」



 真冬にも似た冷たい空気が流れ、全裸のゾンビ集団が揃って氷漬けになる。全裸に氷は寒いだろうが、まだまだ暑い夏の時期にはピッタリではないか。



「お前ら走れ、走れ!!」


「はいよぉ!!」


「あいあい!!」



 ユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は全裸ゾンビの氷像の合間を縫うように走り抜ける。

 こんな場所、とっとと抜けてしまうのが吉だ。早く踏破しなければゾンビの集団に目をつけられてしまう。全裸ゾンビの仲間入りを果たし、その姿を記録されるのだけは御免だ。


 しかし、



「全裸こそ至高だぁ!!」


「ぎゃああ!?」



 氷像と化した全裸ゾンビの集団をすり抜けたかと思えば、今度は違う変質者がユフィーリアに襲ってきた。


 どうやら本棚に張り付いて闇に紛れていたようだが、中肉中背の全裸野郎が目を血走らせて涎を垂らしながらユフィーリアの腕を掴んでくる。絶対に逃さないという強い意思が握力に表れているようで、腕を掴む力が異様に強すぎる。

 まだ残っていたらしい中肉中背の全裸野郎は、ユフィーリアの腕を引き全裸の仲間入りにさせようと企んでくる。「全裸はイイゾ……」とか訳の分からないことを言ってくる辺り、すでに彼の頭の中の螺子は溶け切っているようだ。



「ユーリ!!」


「それ殺す!?」


「アタシに構うな!!」



 走る足を止めて助けに入ろうとするエドワードとハルアを、ユフィーリアは「とっとと行け!!」と突っぱねる。


 こんな変態に名門魔法学校を騒がせる問題児が負けるなどあり得ない。天地がひっくり返っても彼が勝つことなんて不可能である。

 全裸であるなら好都合だ。その無防備なケツに氷柱を突き刺して、奥までぶっすりと楽しんでやろうではないか。全裸を讃える言葉から悲鳴に切り替わるまで何秒かかるだろうか。


 雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめたその時、



「――ユフィーリアに触るな!!」



 絶叫が聞こえてきたと思ったら、シンカー試験会場の天井が崩れた。


 降り注ぐ瓦礫の向こうから、網膜を焼かんばかりの眩い炎の矢がユフィーリアの腕を掴む全裸変態野郎の頭に着弾して、その頭髪を残らず燃やし尽くしてツルッパゲにしてしまった。それだけではなく彼の脳天に歪んだ三日月が落下し、容赦なく相手を押し潰してしまう。

 何が起きたのか分からないが、天井を見上げると遥か彼方に小さな光の穴が見える。それで判断したのは、この最下層の天井までぶち抜く威力で超高火力の神造兵器レジェンダリィをぶっ放してきたのか。


 シンカー試験の会場を見事にぶち抜いた下手人たる女装メイド少年は、歪んだ三日月を模した魔弓に寄り添い、さながら魔王の如き気迫で変態どもを睥睨する。



「ユフィーリアに触れる相手は何人たりとも許さない!!」



 天井をぶち抜いて最下層まで近道をしてきたショウが右手を掲げると、歪んだ三日月の魔弓――冥砲めいほうルナ・フェルノから炎の矢が雨のように射出される。

 本棚に詰め込まれた本を燃やし、氷像と化した全裸ゾンビの集団を熱で溶かしたと思えば黒焦げにし、被害を着実に拡大させていく。まだ馬鹿にならず最下層の床を踏んだ受験者たちが、踏破寸前で火事になる会場と炎を撒き散らす魔王と化したショウに悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。


 変態から解放されたユフィーリアは、



「あー……とりあえず行くか」


「だねぇ」


「ショウちゃん平気かな」



 暴走気味な嫁の蛮行を止めることなく、ユフィーリアたち3人はシンカー試験を踏破するのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】衝撃が強すぎて馬鹿になりかけたが、何とか持ち堪えた。過去に露出魔と遭遇したことがあるのだが、粗末さに嘲笑ったら泣かせた。

【エドワード】相手が上司だろうと主人だろうと拳を振り抜くことが出来るが、ちゃんと手加減はする。通信魔法を使ってわざわざ「ハアハア」してた変態に対して、ユフィーリアと共謀して場所を特定した上で会いに行ったら泣かれた。解せぬ。

【ハルア】過去に知らない小太りのおじさんから飴で誘われたが、もっと飴がほしかったのでカツアゲした。


【ショウ】最愛の旦那様に触れるのは変態でも許さない女装メイド少年。下着泥棒と遭遇したことがあり、ユフィーリアの下着を取り返すべく半殺しにして耳なし芳一の刑に処してやった。

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