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第4話【問題用務員と試験開始】

 シンカー試験が開始し、しばらくして順番が巡ってきた。



「ユフィーリア・エイクトベルさん、エドワード・ヴォルスラムさん、ハルア・アナスタシスさん、アイゼルネさん、アズマ・ショウさん、リタ・アロットさん。シンカー試験を開始いたしますの」



 名前を呼ばれて、ユフィーリアは読んでいた魔導書から顔を上げた。


 シンカー試験が開始し、受験者が次々と試験会場に向かう姿を見送ってきた。順番待ちをする他の受験者たちは緊張した面持ちで順番が巡ってくるのを待っていたようだが、試験監督であるルージュに名前を呼ばれるとさながら処刑台に上がる死刑囚のように足を引き摺りながら試験会場に向かう様が何とも滑稽である。

 そんな緊張気味な受験者を尻目に読書へ興じていた問題児だったが、この度とうとう順番が回ってきてしまった。これから馬鹿になる道を歩まねばならない訳である。死ぬほど考えたくない。


 読んでいた魔導書に再び視線を戻したユフィーリアは、



「今いいところだから」


「はい行くんですの」


「イダダダダダダダダダ、耳取れる耳取れる耳取れる耳取れる!!」



 ルージュによる問答無用の暴力に屈したユフィーリアは、仕方なしにシンカー試験の会場入り口に向かう。


 魔導書が隙間なく詰め込まれた本棚に取り囲まれるようにして、古びた螺旋階段が地下へ向けて伸びている。螺旋階段の塗装はところどころ剥げており、その先に垣間見える暗闇から誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 この螺旋階段を下りた先でただならぬ出来事が待ち受けているのは理解できる。階段を下りれば馬鹿になる道を進まねばならないのだ。何度も試験を受けているが、馬鹿にならない為に堪えるのは少々骨が折れる。


 嫌そうに顔をしかめるユフィーリアの肩を、神妙な顔をしたエドワードがポンと叩いてくる。



「諦めなよぉ、ユーリ。耐えればいいんだからぁ」


「そうだよな、耐えれば勝ちだ」


「何に勝つんですの」



 呆れたような口振りのルージュが、人数分の角燈を乗せた台車を押してくる。

 角燈にはすでに小さな蝋燭が設置され、小指の爪程の大きさをした炎がゆらゆらと揺れている。シンカー試験会場は明かりがなく薄暗いので角燈などの明かりが必要となってくるのだ。


 ユフィーリアたち問題児5名とリタはそれぞれ1つずつ角燈を手にすると、



「それでは試験開始ですの。試験の様子は記録されておりますので、醜態を晒さないように気をつけるんですの」


「誰に言ってんだ、誰に」



 揶揄からかうように言ってくるルージュに舌を出し、ユフィーリアは螺旋階段を下りていった。



 ☆



 コン、コン、コンと暗闇の中に足音が人数分だけ響く。



「お、到着」


「本当にぃ?」


「無駄に長いよね!!」


「どこまで潜るのか心配になっちゃったワ♪」


「目が回る……」


「大丈夫ですか、ショウさん?」



 ようやく螺旋階段の終わりが見え、ユフィーリアは黒と白のタイルが特徴的な床に降り立つ。

 まるでチェス盤の如き見た目の床の先は見えず、視界を狭めるかのように背の高い本棚が屹立する。本棚には題名のない書籍が隙間なく詰め込まれており、どこか不気味な印象があった。


 ユフィーリアは角燈で行く先を照らすと、



「よーし行くか」


「あ、あの」


「ん? リタ嬢どうした?」


「ショウさんが……」



 心配そうな表情を見せるリタが、顔色の悪いショウの背中を撫でる。

 長すぎる螺旋階段をぐるぐると回っていたことが原因なのか、ショウは吐き気を堪えるように手で口元を押さえている。「うっぷ……」という典型的な酔いを察することが出来る呻きまで漏れていた。


 ユフィーリアはショウの顔を覗き込み、



「ショウ坊、大丈夫か? 無理しないでいいぞ?」


「いや、大丈夫だ……」



 ショウは軽く咳払いをすると、



「せめて1階層ぐらいは突破したい」


「無理すんなよ、体調が悪くなったらすぐに離脱していいからな。離脱の方法が分かんなかったら代わりに申請するし」


「問題ない」



 ようやく目眩と吐き気から回復したらしいショウは、何事もなかったかのようにキリッとした表情で言う。



「行きましょう、皆さん」


「ショウちゃん、螺旋階段で酔った事実は記録されてるからね!!」


「ハルさん、今は現実を突きつけないでもらえないだろうか」



 ハルアに恥ずかしい現実を指摘され、ショウは頬を赤く染めて先輩の肩をポコポコと叩く。あまり力を入れていないのか、ハルアは「あははは」と楽しそうに笑ってショウの拳を甘んじて受け入れていた。リタも未成年組の戯れ合いに慣れているのだろうが、止めるべきかどうかと右往左往している。

 緊張感漂うシンカー試験の会場が一気に賑やかになった。この場にルージュがいれば「緊張感がなさすぎですの」と呆れるだろうが、問題児が関わるならばこのぐらい騒がしくなるのは当たり前である。


 ユフィーリアはやれやれと肩を竦め、



「お前ら、歩くだけって言ってもちゃんとした資格取得の試験なんだからしっかりしろよ」


「分かってるよ!!」


「ああ」


「は、はい」



 経験者のハルアは当然だとばかりの反応を見せ、シンカー試験初受験のショウとリタはどこか緊張気味に応じる。彼らのような初々しい反応が面白くて仕方がない。


 角燈で行く先を照らし、ユフィーリアは果てしなく続く薄暗い道に足を踏み出す。

 進む先に他人の姿はなく、他の受験者は次の階層に進んでいるのか早々に脱落したのか不明だ。夜の書庫を歩き回っているような雰囲気が奇妙な印象を加速させ、先へ進むことを躊躇わせる。


 ショウは両側に聳え立つ本棚を見やり、



「魔導書図書館にこんな場所があるんだな……」


「シンカー試験の為に組まれた空間だ。魔力汚染に耐性がないと数分で頭がおかしくなってくるぞ」



 ユフィーリアはショウへと視線をやり、



「1階層ならまだしも、2階層や3階層まで行くと汚染具合が高くなってくるからショウ坊の頭もおかしくなっちゃうかもな?」


「う、あまり恥ずかしい姿を晒したくないのだが……」



 すでに螺旋階段のせいで目を回すという可愛い醜態を晒したショウだが、この先に進むとさらに彼のおかしくなる姿が拝めるということだろう。それはそれで見てみたいが、最愛にして聡明な嫁が頑張る姿を眺めていたい気もする。

 とはいえ、ショウも魔法は使えないが魔力は持っているので多少の魔力汚染に対する耐性はあるはずだ。魔法が使えないハルアや魔力を持たない獣人のエドワードでさえ合格できる資格である。さすがに最終階層である20階層までは到達できないにしても、5階層までは到達できるのではないだろうか。


 ユフィーリアは順調に歩きながら、



「まあ、ショウ坊もリタ嬢もあまり無理するんじゃねえぞ。体調不良とか、いつもと違うって感じたら脱落していいからな」


「その感覚があまり分からないのよネ♪」



 ユフィーリアの背後に続くアイゼルネが、不思議そうに首を傾げて言う。



「ルージュ先生は『パンツを脱ぎたくなる、全裸になりたくなる』って言っていたけれど、その衝動なんて早々に湧き上がるものなのかしラ♪」


「その感覚を味わったことがないから言えるんだよぉ」


「そうだよ!!」


「あれは本当に言葉では表せられねえからな」



 ユフィーリア、エドワード、ハルアの経験者組は真剣な表情で答える。


 あの時の感覚は言葉では表現できない。ユフィーリアやエドワード、ハルアだって最初の説明段階の時点で「いやそりゃねえだろ」と鼻で笑ったものだ。下着を脱ぎたくなる衝動や全裸になりたい衝動なんて早々ないと考えて、何の対策もせずにシンカー試験を始めて受けたのだ。

 そして進んでいくうちに底から湧き上がるかのように「下着なんていらないんじゃないか?」という衝動が起きたのだ。地上ならば絶対に思わないだろう衝動である。しかもその衝動を振り払うどころか身体が従ってしまうものだから、もうどうしようもない。


 それらの受験の様子が記録されていた時は、絶死の魔眼でどうにか消去できないかと考えたものである。



「本当にあれは気をつけた方がいい。醜態が一生残る」


「特にルージュ先生は今でも覚えているんだからねぇ、覚悟しなよぉ」


「ここじゃ常識なんて通用しないんだよ!!」


「そこまで言うことなのかしラ♪」



 アイゼルネは初めてのシンカー試験だから、その馬鹿になる衝動がまだ理解できないらしい。これ以上はユフィーリアも説明が出来ないので、体験したいのであれば止めはしない。

 何度でも言おう、シンカー試験の様子は受験票に刻まれた魔法陣が記録しているのでいつまでも残るのだ。醜態を晒せばそれだけ恥ずかしい受験の様子が受け継がれていく。少しでも調子が悪くなったら脱落を選ぶのも手段の1つだ。


 ショウは「なるほど」と頷き、



「つまり今穿いている下着は必要ないと言う訳だな?」


「ショウ坊?」



 真面目な表情でとんでもねーことを口走り始めた最愛の嫁に振り返ったユフィーリアは、彼の華奢な肩を掴んで軽く揺さぶる。



「おいしっかりしろ、下着は脱ぐなって言ったろ」


「ユフィーリア、俺は気づいてしまったんだ」



 ショウは至って真剣な様子で、



「下着はこの世に必要ないんだと……!!」


「正気に戻れ!! 今お前、とんでもねえことを言ってるぞ!?」


「俺はいつでも正気だが!?」


「ダメだショウ坊が馬鹿になった!!」



 しかもまだ1階層目である。こんなところで脱落なんて可哀想だ。


 前後に揺さぶったりして正気に戻そうと試みるが、ショウは残念ながら「下着なんて必要ないだろう」とすこぶる真面目に説明してきて取り返しのつかない馬鹿になってしまった。魔力汚染に耐性がなかったようだ。

 このように馬鹿の気配は唐突にやってくるし、自分がおかしなことを口走った記憶すらないので試験の様子を記録するということも起こるのだ。この記録を見た時のショウの恥ずかしさは如何程だろうか。


 すると、



「ユフィーリアさん」


「リタ嬢、ごめん。ショウ坊はもうダメだ、脱落させようと思う」


「ぱんつはいらないと思います」


「リタ嬢、お前もか」



 リタもまさかの馬鹿街道を爆進してしまった。

 慈愛に満ちた笑顔でユフィーリアの肩をポンと叩いてきたかと思えば、頭の中身を疑いたくなるような台詞を口走る始末である。彼女もまた馬鹿になってしまったので脱落させるしかない。


 ユフィーリアは近くにあった本棚から題名のない本を抜き取ると、



「代理申請。受験者、アズマ・ショウとリタ・アロットの脱落」


『申請を受理しますの』



 開いた本には何の文字も書かれていない白紙だったが、ユフィーリアがショウとリタの脱落を宣言すると試験監督であるルージュの声が聞こえてきた。

 それと同時に、ショウとリタの姿が一瞬で掻き消える。転移魔法が発動して試験会場の外に放り出されたことだろう。試験会場の外に出れば正気を取り戻すはずだ。


 ユフィーリアは本を元の場所に戻して、



「アイゼ」


「何かしラ♪」


「ああいう衝動が起きる前に、脱落するなら言えよ」


「分かったワ♪」



 身をもって仲間が馬鹿になってしまう光景を目の当たりにしてしまったアイゼルネが頷く姿を確認し、ユフィーリアたち問題児は残った面子でシンカー試験の会場をさらに進んでいくのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】実はシンカー試験を1人で受けたことがない。暗い中を歩くのが怖い。

【エドワード】大体の資格試験をユフィーリアと一緒に受けるのは寂しくないから。ユフィーリアと受けると絶対に楽しい。

【ハルア】暗い中でもガンガン歩けるが、方向音痴で迷いたくないので先に行かない。

【アイゼルネ】意外とシンカー試験の会場って暗いのネ♪

【ショウ】螺旋階段でぐるぐる回りすぎて酔った。三半規管はあんまり強くないかもしれない。このあと、試験の様子を確認して頭を抱える。


【リタ】初めてのシンカー試験でドキドキだったが、馬鹿になってしまい離脱する羽目に。このあと、この試験の様子を確認して赤面する。

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