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第3話【問題用務員と受験会場】

 さて、シンカー試験の受験日である。



「魔導書図書館でやるのか?」


「おう、シンカー試験の会場として最適だからな」



 問題児5人とリタが訪れた先は魔導書図書館である。


 道端に様々な魔導書が散らばった都市の形をした図書館だが、今日ばかりはシンカー試験の会場に使われているからちゃんとした図書館の様相を保っている。背の高い本棚には隙間なく魔導書が詰め込まれており、他にも小説や雑誌などの一般図書も散見された。見たところ、危険な魔導書が置かれているのは確認できない。

 魔導書は開いただけでも精神に作用する魔法をぶち撒けてくるものもあるので、取り扱いには十分注意が必要だ。中には本棚に収納されている状態でも精神に干渉してくる魔法を放ってくる危険な魔導書もあるので、そういうものに抵抗する為にシンカー試験があるのだ。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら、



「それにしても、1学年全員が受けるから凄え人数だな」


「大人も混ざってるってことは、シンカー試験の更新でしょうか?」


「だろうな」



 首を傾げるリタに、ユフィーリアはミントの香りがする紫煙を燻らせながら言う。


 受験者はヴァラール魔法学院の生徒が大半だが、中には大人の姿も見受けられる。おそらくユフィーリアたちと同じようにシンカー試験の更新時期だから受験を決めたのだろう。

 魔力汚染に対する抵抗値を計測する試験なので、多少の修行をすれば耐えられることが出来る。年を経れば精神的にも強くなるのだろう。前回にも増してより深い階層まで行けたという報告があったりする。


 ユフィーリアはエドワードを見上げ、



「今年も目指すは最終階層だな」


「行けたらいいねぇ」


「オレも今年は最終階層を目指すよ!!」



 ハルアも気合いを入れた様子で言う。彼も前回は18階層という非常に惜しいところで脱落してしまったので、今年こそは後輩にいい姿を見せたいのだろう。



「おねーさんとショウちゃん、リタちゃんは程々に頑張りましょうネ♪」


「初めてですが、頑張ります」


「わ、私も頑張ります!!」



 ショウとリタも気合い十分といったところである。彼らは初めてのシンカー試験なので、いきなり20階層まで到達するのは難しいだろう。

 ユフィーリアやエドワードも初めてシンカー試験を受けた時には10階層で脱落してしまったものだ。ハルアも初受験の時は僅か3階層で脱落してしまった訳である。そこから頑張って修行をしてユフィーリアとエドワードは最終階層を踏破し、ハルアは18階層まで到達できた。修行の成果はあったようだ。


 すると、



「あら、問題児の皆さんもシンカー試験を受けますの?」


「ルージュか」



 艶やかな赤い髪と赤いドレスを身につけた淑女、ルージュ・ロックハートが「騒がしいと思ったらあなたたちでしたの」と言いながら歩み寄ってくる。わざわざ嫌味を言う為にやってきたのだろうか。



「ユフィーリアさんとエドワードさん、ハルアさんは更新ですの?」


「おう」


「そうだよぉ」


「うん!!」



 ルージュの言葉にユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は頷く。そしてこれが証拠だと言わんばかりにシンカー試験の受験票を見せた。

 名刺程度の大きさの受験票には、薄らと魔法陣が描かれている。これは受験者がどこの階層まで到達できたのかを記録する魔法陣で、途中で脱落すると受験票がすぐに合格証へ切り替わるのだ。


 3人分の受験票を確認したルージュは、



「はい、では順番にご案内しますのでお待ちくださいですの」


「生徒が多いだろ、順番が回ってくるまで何時間かかるんだ?」


「大体1時間ぐらいですの。読書でもしてお待ちくださいですの」



 ルージュは次いで初受験であるアイゼルネ、ショウ、リタへ振り返る。



「こちらの皆さんは初めてですの?」


「そうでース♪」


「はい」


「あの、はいッ」



 3人もまた受験票を見せて受験をする意思があることを告げる。


 ルージュは受験票と、受験の申込者のリストを確認して「はい、確かに」と頷く。ちょっと見えたが、やはり凄い数の受験者である。

 記憶力が優れているルージュだから、こうした試験の監督役として買われるのだ。加えて魔導書図書館の司書をしている故に、精神に干渉する系の魔法には高い耐性を持っている。シンカー試験の際には監督役として必ず見かけるのだ。


 ユフィーリアはジト目で見据えると、



「何でアタシは何回も受けてるのに、お前は免除されてるんだよ」


「魔導書管理官の資格を持っているからですの」



 ルージュは受験者のリストを確認しながら、



「シンカー試験の最終階層を300回踏破すると受けられる試験ですの。ユフィーリアさんとエドワードさんはあと少しで受けられますのよ」


「あとどれぐらいなのぉ?」


「あと10回ですの」


「10回も受けなきゃいけないのぉ」



 エドワードはうんざりした様子で言う。

 10回も受けなければならないのは面倒だ。だが10回受けて、その魔導書管理官の資格を取得すればシンカー試験を免除できるのか。それなら魔導書管理官の資格を取得するべきだろう。


 ユフィーリアはエドワードの背中を叩き、



「頑張ろうぜ、エド。魔導書管理官の資格を取得さえすればいいんだから」


「だねぇ、頑張ろっかぁ」


「そう言いますけど、魔導書管理官の資格は非常に難しいですの」



 ルージュが否定的な意見を言ってくるが、ユフィーリアとエドワードは不思議そうに首を傾げる。



「別にいけるだろ、魔導書解読検定の1級も持ってるし」


「冥府書記官の資格も持ってるからぁ、速読や速記も出来るよぉ」


「何でそこまで優秀なのに問題行動ばかり起こすんですの」



 呆れた様子で「合格率0.3%の冥府書記官に合格するとか正気じゃないですの」とルージュは呟く。



「受験者が全員揃いましたので、試験の概要を説明いたしますの。集合をお願いしますの」



 ルージュは「受験者の皆さん、試験概要を説明しますの」と呼びかけながら人混みの中に紛れていく。

 試験概要もクソもなく、ただ会場を歩くだけなのだが初めて受験する人も多い。シンカー試験を「薬物投与して耐える試験」と噂を立てるぐらいだ、説明は受けておいた方がいいだろう。


 ショウはユフィーリアの袖なし外套の裾を引き、



「俺たちも聞いた方がいいか?」


「聞いた方がいいな。規則が変更するかもしれねえし」



 面倒だが、試験内容が変更している場合もある。ユフィーリアは他の受験者を引き連れて、試験内容の説明を受けることにするのだった。



 ☆



「さて、試験内容を説明いたしますの」



 受験者を集めたルージュが指先を振ると、背の高い本棚に真っ白な布が被せられる。そこにジジッという音を立てて、白い布に映像が投影された。

 過去の試験内容を魔法で投影しているのだ。可愛らしい動物や少年少女の絵などが使われており、説明の段階で飽きが来ないように工夫が凝らされている。


 ただし題名が『しんかーしけんってなぁに?』と子供に対するような説明のやり方なので、もう少し大人向けにした方がよかったのではないかと考えてしまう。飽きが来ない為の工夫はいいことだろうと思うのだが。



「シンカー試験の魔力汚染に対する抵抗値を計測する試験ですの。やることは簡単ですの、怖いことは何もしませんのよ」



 ルージュが指先を振ると、白い布に投影された画像が切り替わる。


 少年少女が角燈カンテラを持ち、薄暗い図書館の中を歩いている光景だ。お化けなどは出てくる様子はなく、ただ本棚の群れの中を角燈で行先を照らしながら少年少女が歩いていく。

 シンカー試験は本当に簡単だ。ただ歩くだけである。どこまでも景色が変わらないのが難点だが、特に怖いこともないので初心者でも受けられるのがいいところである。



「ただし歩いている途中で気分が悪くなったり、おかしくなったりする人が現れますの。そういう方は無理をせず、本棚からどの本でもよろしいので本をお開きになって脱落を宣言してほしいですの。そうすると、受験票の魔法陣が自動的に待機所まで運んでくれますの」



 ルージュが指先を振って、画像が切り替わる。


 角燈を持った少年が倒れ、少女が本棚から本を抜き取る様子だ。本を開いて受験番号と名前を告げ、脱落を宣言すると少年が会場の外に転送される様子が描かれている。

 脱落すると、到達した階層が合格基準となる。最終階層まで踏破すれば『踏破完了』と受験票に記載され、踏破回数が表示されるようになるのだ。



「何かご質問はありますの?」


「はい」



 ルージュの呼びかけに対して、受験者の1人が挙手をする。制服を着ているのでシンカー試験を受けにきた生徒か。



「シンカー試験の脱落基準が曖昧なので、もう少し分かりやすく表現してほしいのですが」


「吐き気や頭痛などを催した場合はもちろん、幻聴などが聞こえた場合はすぐに脱落をしてくださいですの。それ以上我慢しますと――」



 ルージュは真剣な表情で、



「馬鹿になりますの」


「馬鹿になる」


「よろしいですの? シンカー試験は魔力汚染に耐える試験だとは言いますが、経験者から言うと『如何に馬鹿にならない為に耐えるか』の試験ですの」



 質問者はあまりピンと来ていないのか、不思議そうに首を傾げるばかりだ。


 ユフィーリアやエドワード、ハルアは経験があるので苦い表情で黙っていた。

 この試験は受験票が試験の様子を記録しているのだが、初受験の時の記録を見返すと今でも頭を抱えたくなる。全く、どうしてこうしたのか見当がつかないのだ。



「具体的に言うと、どんな様子に」


「そうですの」



 ルージュは考える素振りを見せると、



「代表的なのはパンツを脱ごうとしやがりますの」


「パンツを」


「パンツを脱ぎたがる、全裸になりたがるなどの衝動が見られますの。もし脱ぎたくなりましたら脱落をした方がいいですの」



 見本の受験票を見せたルージュは、



「こちらの受験票には試験内容が記録されておりますの。恥ずかしい姿が晒されたくなければ脱落をした方がよろしいですの」



 ざわめく受験者たちに、ルージュは「それでは試験を始めますの」と宣言する。


 そう、馬鹿になるとは普段の理性が焼き切れて馬鹿な行動に走りたくなるのだ。全裸になる、下着を脱ぎたくなるなどが代表的である。

 かつてユフィーリアとエドワード、ハルアも「パンツ脱ぎてえ!!」と叫んで強制的に脱落となったのだ。その記録が残されているので頭を抱えたくもなる。


 ショウは「困ったな」と呟き、



「今日のパンツはちょっと地味だから、ユフィーリアのことを殺せない……」


「ショウ坊、まず脱ぐという選択肢をなくそうな。モラルは守れ」


「頑張る」


「ねえ、何でショウちゃんは平然とユーリのことを殺そうとしてるのぉ?」



 エドワードへ冷静に突っ込まれ、ショウは曖昧に笑って誤魔化すのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】初めてのシンカー試験で「パンツ脱ぎてえ!!」と馬鹿になって脱落した。その時の試験の様子を確認して恥ずかしさのあまり悶絶した。

【エドワード】初めてのシンカー試験で「パンツ脱ぎたい!!」と叫んで脱落した。次に受けるまでに精神力を鍛えようと決意した。

【ハルア】初めてのシンカー試験では全裸でスパイダーウォークを決めたことが原因で脱落した。ユフィーリアとエドワードから指差されて笑われたので精神的に強くなろうと決意したが、前回は18階層で全裸スパイダーウォークしてしまったので脱落してしまった。

【アイゼルネ】初めてのシンカー試験。精神的には強い方だと自負している。

【ショウ】初めてのシンカー試験。どんな試験なのか楽しみ。


【リタ】初めてのシンカー試験。どんな試験なのか緊張気味だが、問題児のみんながいるから怖くない。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ついに次回で400回目ですね!! 本当におめでとうございます!!やましゅーさんの作品は大好きなので、こ…
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