第2話【問題用務員とシンカー試験】
唐突だが暇である。
「暇だから資格合格証を使ってババ抜きしねえ?」
「そういう頭の悪い遊び、俺ちゃん結構好きだよぉ」
銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは真剣な表情で部下のエドワード・ヴォルスラムを遊びに誘う。ちょうど相手も暇だったようで、馬鹿すぎる内容の遊びに乗ってくれた。
事務机の引き出しから互いに革製の箱を取り出す。蓋を開ければ、中身は大量のカード類だった。トランプカードの類ではなく様々な資格の合格証である。
箱の中身を吟味するユフィーリアは、
「お前、何の資格は持ってなかったっけ」
「魔法を使う試験内容は持ってないよぉ」
エドワードも同じような革製の箱の中身を漁りながら、
「魔法が使えないからねぇ、俺ちゃん」
「じゃあジョーカーはどれがいい?」
ユフィーリアが革製の箱から引っ張り出した資格合格証のカードは3枚。
手のひら大のカードには資格の内容や合格した階級、それから誰が取得した資格なのかを示す為にユフィーリアの写真が載せられている。ちゃんと固着化魔法もかけられており、写真のユフィーリアは動くことなく人形のような美貌をこちらに向けていた。
手札のようにエドワードへ資格合格証を提示するユフィーリアは、
「魔法薬剤師、特級呪術師、天候予言士」
「特級呪術師って触っただけで呪われそうだねぇ」
「呪術を解除するのに必要だったんだよ」
エドワードはユフィーリアが提示する3枚のカードに視線を巡らせ、
「あえて特級呪術師にしちゃう」
「しちゃうか」
「ジョーカー的な意味合いもありそうじゃんねぇ」
「確かに」
真面目な様子でユフィーリアは頷いた。
ユフィーリアもエドワードも、かなりの資格を取得していた。魔法列車の運転免許から魔石の採掘に必要な魔法兵器の免許、果ては魔法動物のトレーナー免許に魔法医師免許など多岐に渡る。その数は800を超え、問題児と呼ばれる用務員が如何に優秀であるかを示していた。
だが、ユフィーリアは資格取得を「ただの道楽で取っただけだ」と言い、エドワードは「ユーリが取ったから取っただけぇ」と豪語するほど取得した資格の重要性に気づいていない。これらの資格があればどこでも就職できるし、真面目に働けば高給取りの立場は保証されるのに、優秀さを全て無に帰す勢いで問題行動に勤しむから容赦なく給料を減らされるのだ。
エドワードが持っている資格合格証を手札に揃えていくユフィーリアは、
「よし、準備できた」
「俺ちゃんもぉ」
ユフィーリアと同じく、エドワードの手にも資格合格証が手札のように揃えられていた。
「何の合格証を用意した?」
「四輪免許とぉ、魔法列車運転免許とぉ、調理師免許とぉ、船舶運転免許かねぇ」
「了解、揃えるわ」
手札の資格合格証を確認して、エドワードが手札に揃えた資格合格証に合わせて手札を再編成する。
合格階級まで揃えてもいいのだが、それだとキリがないので資格合格の名前だけで合わせればいいことにする。ただの遊びなのだから簡略してナンボだ。
ユフィーリアとエドワードは互いに向き合い、それぞれ取得した資格の合格証を遊び道具にしてババ抜きを始める。
「よーしまずはどっちが先攻?」
「レディファーストでユーリからいいよぉ」
「何か賭けるか」
「おやつの時間だからぁ、購買部で黒猫シェイクを奢るのはぁ?」
「乗った」
先攻も決まったところで、ババ抜き開始である。
エドワードが突き出してくる手札に指を滑らせ、ユフィーリアはどれを引くべきかと迷う。
当然ながら、ユフィーリアは目を瞑っている状態だ。トランプカードと違って資格合格証の場合は色やカードの裏面に書かれた文言などで何の資格合格証なのか予想できてしまうので、資格合格証で遊ぶ時は目を瞑るのが最低限のマナーだ。
相手の手札から1枚の資格合格証を引き抜いたユフィーリアは、
「調理師免許か」
「それあるとねぇ、便利だよねぇ」
「肉料理部門しかねえじゃん、これ。他の部門も取れよ」
「気が向いたら取るよぉ」
エドワードは目を瞑って、ユフィーリアの突き出す手札に指先を這わせる。小声で「製菓部門も取ったもんねぇ」と言ったのはちゃんと聞こえていた。
「これにしよぉ」
「お、いいのを引いたな」
ユフィーリアの手札からエドワードが引いた資格合格証は、
「四輪免許じゃんねぇ」
「しかも部門合格のところ見てみろよ、ついに大型車の部門も合格したんだ」
「いつ取ったのぉ」
「100年前ぐらい。次は八輪免許も取りてえんだよなァ、最終的には十輪免許も取りてえな」
「八輪は格好いいよねぇ、ユーリが取る時になったら俺ちゃんも取ろっとぉ」
「じゃあ一緒に地獄の合宿に参加しような。四輪の時みたいに」
「四輪の時みたいにぃ、しごいてきた教官を腹いせに八輪で撥ねるつもりなのぉ?」
「お前も教官を轢いたじゃねえか」
四輪、八輪などの会話の単語が飛び交うが、この世には『四輪車』と呼ばれる魔法兵器があるのだ。馬よりも長距離を走ることが出来る魔法兵器であり、しかも荒れ果てた大地でも難なく進むことが可能なのだ。人や物を運ぶことにも優れているが、速度が出過ぎる魔法兵器なので免許が必要となってくる。
車輪の数に応じて免許の部門に違いがあり、車輪の数が増えるほど魔法兵器も大きくなっていくのだ。最大規模である十輪免許ともなると、大勢の人間や物品を運ぶことが出来るようになる。
物騒な会話を交わしていると、
「何をしているのかしラ♪」
「あ、アイゼ」
「どうしたのぉ?」
「そろそろお茶を入れようと思っていたのヨ♪」
居住区画を掃除していた南瓜頭の美女――アイゼルネが陶器製の薬缶を掲げて言う。
彼女の視線は、ユフィーリアとエドワードの手に揃えられた資格合格証の群れに注がれていた。トランプカード代わりにしている複数の資格合格証が珍しいのだろう。
遊び道具にされている資格合格証を眺めていたアイゼルネは、
「それは資格合格証かしラ♪」
「そうだよぉ」
「ババ抜きしてんだよ」
「トランプカードを使った方がいいんじゃないのかしラ♪」
呆れた様子のアイゼルネに、ユフィーリアとエドワードは口を揃えて言う。
「それじゃあつまんねえだろ」
「それじゃあつまんないよぉ」
「そうだろうと思ったワ♪」
アイゼルネはエドワードの手札を覗き込みながら、
「たくさんの資格ネ♪」
「アイゼは何か資格とか持ってたっけ?」
「魔法裁縫師と特殊魔法化粧師、服飾コーディネート検定の1級を持っているワ♪」
「やっぱりお洒落に全振りされてるなァ」
さすが問題児のお洒落番長と呼ばれるだけあって、取得している資格もお洒落に必要なものばかりである。これさえあれば服飾関係の仕事に就職も出来る。
アイゼルネは「あとはマッサージ師ヨ♪」と余計なことまで教えてくれた。普段からマッサージを勉強しているだけあって、本格的に資格取得まで至ったようである。これで正式に、様々な人間を快楽堕ちさせて悲鳴を上げさせるのだろう。
ユフィーリアは泣きそうな目でアイゼルネを見上げて、
「またマッサージされるのか……?」
「あら、されたいのかしラ♪」
「遠慮します」
即座に否定したユフィーリア。確かに今は暇なので実験に付き合ってやることも出来るのだが、動けなくなるのは勘弁してほしい。
その時である。
用務員室の扉の向こう側からドタドタドタドタ!! という誰かが走ってくるような足音が聞こえてきた。おそらく、未成年組がお散歩から戻ってきたのだろう。
「ユーリただいま!!」
「ユフィーリア、ただいま」
「お、お邪魔します……」
扉が勢いよく開かれたと思えば、未成年組のハルアとショウが元気よく帰還を果たした。
キラキラと琥珀色の双眸を輝かせたハルアは、ヘロヘロの状態になったヴァラール魔法学院の生徒であるリタの腕を掴んでいた。どうやら引きずってきたらしい。ハルアの速度に耐えきれず、彼女は目を回している様子だった。
ハルアとショウはユフィーリアに詰め寄ってくると、
「ユーリ、シンカー試験受けよう!!」
「ユフィーリア、シンカー試験を受けてみたいんだ」
「シンカー試験?」
ハルアとショウの口から飛び出した資格の名前に、ユフィーリアは青い瞳を瞬かせる。
シンカー試験といえば、魔力汚染に耐える試験だ。全部で20階層もある特殊な会場を歩き回り、離脱した場所に応じて合格の基準が決まるのだ。特に危険なこともしないので、幅広い年代や職業で受験者が多い。
ユフィーリアもエドワードもシンカー試験を受験したことがある。しかも最終階層まで到達した合格者だ。精神に干渉する系の魔法に耐えられる証明となるので、シンカー試験の資格は重宝している。
エドワードは首を傾げ、
「どうしたのぉ、一体?」
「リタさんたち1学年はシンカー試験を受けなければならないみたいなんです。ちょうどハルさんもシンカー試験の更新時期だから、一緒に受けようということもなって……」
ショウの説明を受けて、ユフィーリアは「なるほどな」と頷く。
ヴァラール魔法学院の1学年は魔法の基礎を学ぶ段階なので、必修科目が多いのだ。リタは魔法動物関連の仕事や研究がしたいと言っていたが、シンカー試験を受けなければならないということは必修科目に魔導書解読学があったのだろう。あの授業は精神に干渉される魔法が不意に飛んできたりするので、シンカー試験を受けておくに越したことはない。
ハルアがシンカー試験の更新時期だと言っていたのならば、ユフィーリアやエドワードもシンカー試験の更新時期になる。これを機に資格の更新をした方がいいだろう。
ユフィーリアとエドワードは互いの顔を見合わせ、
「じゃあ、アタシらも受けるか」
「そうだねぇ。失効しちゃったら意味ないしぃ」
すると、話を聞いていたアイゼルネが「おねーさんも受けるワ♪」と申し出てきた。
「おねーさんもシンカー試験を受けたことないから、リタちゃんと同じネ♪」
「そうなんですか?」
リタは少し嬉しそうに、
「用務員の皆さんが一緒に受けてくれると、私自身も心強いです」
「じゃあ全員で受けるか」
アイゼルネもショウもシンカー試験を受けたことがないのならば、今回がいい機会である。あの試験は危険なことは何もないので、誰でもある程度までは合格できる。
出来るのだが、まあ精神に干渉する魔法への耐性を証明する為の試験だ。試験会場は精神に干渉してくる魔力が充満しているし、魔力が汚染してしまうと頭がおかしくなってしまうので注意が必要である。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、
「まあ、大丈夫だろ。シンカー試験は簡単だし」
「だねぇ」
まだ見ぬシンカー試験が楽しみなのかはしゃぐショウとリタ、アイゼルネを眺めてユフィーリアとエドワードは資格合格証を使ったババ抜きを再開するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】四輪車の試験を受けた時は免許合宿に参加した。しごいてきた教官にセクハラ紛いの発言もされたので思い切り撥ね飛ばして病院送りにした。
【エドワード】四輪車の試験を受けた時は免許合宿に参加した。教官にケツを狙われたので腹いせに轢いておいた。
【アイゼルネ】四輪車の免許は取っていないが、二輪車の免許は持っている。颯爽とかっ飛ばせるぐらいの運転技術は持っている。
【ハルア】成人したら四輪の免許が取りたいが、暴走運転をしそうと言われてユフィーリアとエドワードから止められている。まずドラゴンに乗れる時点でそんなもの必要なさそう。
【ショウ】学力と記憶力には自信があるので、筆記試験系の資格なら取れそうな予感。
【リタ】将来的には獣医の資格も取りたい。