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第1話【異世界少年とシンカー試験】

 今日のおやつを食べにきたら、何やら正面玄関が賑わっていた。



「何だろうか」


「何しているんだろうね!!」



 今日も元気なヴァラール魔法学院の問題児未成年組、ハルア・アナスタシスとアズマ・ショウは揃って首を傾げた。


 正面玄関がいつも以上の賑わいを見せているのだ。彼らが注目しているのは掲示板に張り出されたお知らせのようであり、代わる代わる内容を確認しては「どうしようか」とか「受けようかな」と悩む素振りを見せる。

 受ける、という単語が飛び交っているので試験か何かの話だろうか。それも受験を自由に選択できる形式の試験の様子だ。回答に耳を傾けていると、どうやら生徒の大半が試験を受ける選択をしているようである。


 内容を通行人に問いかけようとすると、横から「ハルアさん、ショウさん」と名前を呼ばれた。振り返ると、その先に見知った赤毛の少女が駆け寄ってくる。



「リタ!!」


「リタさん、こんにちは」


「こんにちは」



 赤い髪をおさげに結んだ眼鏡の少女――ヴァラール魔法学院の1学年、リタ・アロットは眼鏡の奥に秘められた緑色の瞳を瞬かせる。



「ショウさん、今日の格好はとても可愛いですね」


「ありがとうございます。ゴスロリメイドさんです」



 ショウはもはや制服と化したメイド服のスカートを摘んで言う。


 真っ黒なワンピースにはフリルがあしらわれ、ふわりと広がるスカートの下にも白いスカートを重ねて可愛らしさを演出する。細い腰を強調するように胴着を巻き、胸元で飾る赤いリボンが目を惹く。スカートを覆うサロンエプロンもフリフリ仕様となっており、頭部で燦然と輝くホワイトブリムはヘッドドレスと一体化したような意匠となっていた。

 少し仄暗さを感じる雰囲気はゴシックロリータとメイド服が完全融合した奇跡の逸品だ。これも最愛の旦那様である銀髪碧眼の魔女が仕立ててくれたものである。服装を褒められて、ちょっと嬉しく思う。


 お姫様のような縦ロールを揺らして首を傾げたショウは、



「リタさんはどうしたんですか?」


「シンカー試験を受けようかと思いまして、日時を確認していたところなんです」


「シンカー試験?」



 聞き覚えのない試験である。

 何かの授業で必要になってくるのか、それとも受けた方が将来的に有利なものなのか。いずれにせよ、まだ魔法関連の知識が乏しいので何に必要もなる試験なのかショウには予想できない。


 頭の中に疑問符を埋めるショウに、リタが丁寧に説明してくれる。



「シンカー試験とは、魔力汚染に耐える試験です。いわゆる資格取得の為の試験ですね」


「この世界にも資格とかあるんですね」



 資格と聞くと、どうしても元の世界で有名だった『漢字検定』とか『英語検定』などを思い出してしまうショウである。この世界にも資格などの存在があることに驚きだ。

 まさか元の世界のように文字の検定などではないだろう。魔法が生活の根幹に染み付いた世界だ、きっと取得できる資格も魔法に関連するものばかりだろう。


 少し資格取得に興味を持ったショウは、



「ちなみに、他にはどんな資格があるんですか?」


「私は他に魔法動物の生態基礎の資格を持っています。準1級です」


「凄いですね」


「一生懸命勉強して、つい先日合格したんです」



 リタは「あれは大変でした……」と少し疲れたような表情で語る。その苦労を聞きたいところだが、彼女自身の傷が癒えていなさそうな予感があるので触れないようにしておこう。



「リタもシンカー試験を受けるの!?」


「はい、1学年は必修なので受けなきゃいけないと言いますか」



 苦笑いを浮かべるリタは、



「1学年の必修科目に魔導書解読学の基礎があるんです。その時に必要になる資格なので、私も受けなければならないんです」


「リタさんは魔法動物関連のお仕事をしたいんですよね?」


「呪文学や魔導書解読学、魔法薬学など基本的な部分は必修科目なので苦手でも勉強しなければならないんですよね。ちょっと憂鬱ですが……」



 学生の悩みを垣間見たような気がする。リタもリタで大変な様子だ。

 その気持ちは大いに分かる。苦手な科目を勉強するのは憂鬱だろう。ショウもあまり好きではない科目があったので、その時の勉強は気が重かった。


 リタは「それでですね」と言葉を続け、



「シンカー試験なんですが、1学年は初めて受ける人ばかりなのでどういう試験内容なのか分からないんです。先生方は『簡単な試験だ』と言うんですけど……」


「やっぱり筆記試験になるんでしょうか?」


「魔力汚染の抵抗力を見る試験なので、筆記試験はないかと思うんですが……」



 声を潜めたリタは、



「クラスメイトが言うには、何か薬物を投与されてそれに耐える試験だとかで」


「や、薬物?」



 ショウは思わず声を上げてしまった。


 資格取得に薬物への耐性まで求めるとは、魔女や魔法使いの世界はかなり厳しい。もし薬物で身体に異常をきたしてしまったら、一体どうやって責任を取るつもりなのだろうか。

 いいや、この世には治癒魔法とか回復魔法などの都合のいい魔法が存在する。それらで回復すれば問題ないとさえ思っていそうだ。倫理観はどこへ消えたのか。


 すると、今まで静かにリタとショウの会話を聞いていたハルアが口を開く。



「違うよ!!」


「え?」


「何がですか?」


「シンカー試験の内容、違うよ!!」



 何かと思えば、リタとショウが交わしていたシンカー試験の内容を否定する言葉だった。まるでシンカー試験の内容を知っているとばかりの清々しい否定具合だった。



「薬物投与に耐えるのではないのか?」


「シンカー試験は誰でも受けられるんだよ!! オレでも受かるからリタもショウちゃんも絶対に受かるよ!!」


「ええ!?」



 リタが驚きを露わにする。


 ショウも驚きが隠せなかった。

 頼れる先輩がまさかのシンカー試験の経験者、しかも見事に合格しているとは思わなかった。そもそも「魔法なんて使えない!!」と豪語するハルアが、魔法の授業で必須となるシンカー試験を受けることすら想定外である。


 ハルアは黒いつなぎに数え切れないほど縫い付けられた衣嚢ポケットの1つに腕を突っ込み、



「あ、これだ!!」


「何でこれは!?」


「カードケースにしてはパンパンすぎませんか!?」



 ハルアが衣嚢ポケットから引っ張り出したものは、パンパンに中身が詰まったカードケースである。革で作られた箱のような見た目のそれには、様々な種類のカードがギッチギチに詰め込まれていた。もうこれ以上は何も入らないような気配がある。

 カードケースの蓋を開けたハルアは、中身に詰め込まれたカードを確認しては「これじゃないな」とか「これでもないな」とか言いながらお目当てのものを探していく。この世界でもトレーディングカードみたいなものがあるのかと信じたいところだが、おそらくそうではないだろう。


 ようやくお目当てとするカードを1枚だけ引っ張り出したハルアは、



「はい!!」


「ほ、本当ですね」


「しかもランク18って書いてあるが……」



 ハルアに提示されたカードには、確かに『シンカー試験合格証』とあった。その下にはハルアの名前と、さらにランクという階級を示すような言葉まである。

 カードには写真が載せられており、ハルアの顔であることが確認できた。固定する魔法がかけられていないので、カードに載せられた写真のハルアはこちらに向けて変顔をしてくる始末である。実にハルアらしい。


 頼れる先輩は「そうだよ!!」と頷き、



「シンカー試験は全部で20階層あってね、1階層から順番に歩いていって最終的にどこまで行けたかで合格の基準が決まるんだよ!!」


「歩くだけなのか? 他に何かをする訳じゃなく?」


「うん、ただ歩くだけ!!」



 ハルアはカードをしまうと、



「だからお薬を注射されるようなことはないよ!!」


「そ、それなら安心ですが……」



 リタは安堵の息を吐き、



「20階層のうち、ハルアさんは18階層まで行ったんですね」


「そうだよ!! 18階層のところで馬鹿になっちゃったの!!」


「馬鹿になった?」



 不思議な言葉に、ショウは首を捻る。


 普通は「不合格になった」などの表現が正しいと思うのだが、ハルアの言葉は「馬鹿になった」である。ちょっと不合格の基準が独特なのかもしれない。

 馬鹿になる、の言葉の意味は理解できるのだが、その言葉がシンカー試験にどうやって結びつくのか想像できない。不合格だと馬鹿になるのだろうか。それはそれで表現が厳しすぎないか。



「ユーリが言うには『馬鹿にならないように耐える試験』だって!!」


「ユフィーリアがそう言っていたのか?」


「そうだよ!!」



 最愛の旦那様である銀髪碧眼の魔女が言うのだから正しいことだとは思いたいが、やはり『馬鹿になる』の部分が想像できない。果たしてどのように馬鹿になるのだろう。

 シンカー試験は誰でも受けられると言っていた。ハルアも持っているのだから、ショウも持っていて損はないだろう。まずは身を持って経験してから判断をしようではないか。


 ショウは真剣な表情で、



「俺もシンカー試験を受けたいです」


「ショウさんもですか?」


「いい経験になりますし、試験内容にも興味があります」



 ショウの言葉に「それはいいね!!」とハルアが同意し、



「オレもシンカー試験の更新時期だから、また受けなきゃ!!」


「資格だから更新時期なんてあるのか」


「今年が更新時期だし、ユーリとエドも更新時期だと思うよ!! みんなで受けようか!!」



 頼れる先輩用務員がもう1人増え、さらに最愛の旦那様も一緒に受けるとなれば心強い。リタも「ユフィーリアさんとエドワードさんがいれば安心ですね」と言う。



「ところでハルアさん、そのカードケースの中身は全部資格証ですか?」


「うん!!」


「いくつ資格を持っているんですか!?」


「500ぐらいかな!! まだ少ない方だけど!!」



 ハルアはシンカー試験の合格証を、中身がギチギチに詰め込まれたカードケースにしまいながらリタの質問に応じる。



「ユーリとエドはもっといっぱい持ってるよ!!」


「用務員ってやっぱり優秀なんですね……」


「ハルさんは凄いなぁ」



 改めて先輩たちの優秀さを目の当たりにしたショウは、照れ臭そうに笑うハルアに尊敬の念を送るのだった。

《登場人物》


【ショウ】元の世界では漢字検定準1級と英語検定1級を持っていた。この世界でも資格なんてものがあることに驚き。どんな資格があるのかな?

【ハルア】ユフィーリアとエドワードが受けるので資格試験を受け続け、見事に500個以上の資格を取得することに成功した。1番取るのが難しかった資格は大型幻想種騎乗免許、いわゆるドラゴンに乗る為の免許。


【リタ】初めてシンカー試験を受けるヴァラール魔法学院の1年生。魔法動物関連の資格を取得したことで教職員から一目置かれている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >問題用務員、シンカー試験会場破壊事件 以前感想欄で拝見した「シンカー試験」がどんな試験なのか、そし…
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