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第5話【問題用務員と地獄アフタヌーン】

 さて、作戦会議開始である。



「はい、という訳で」



 厨房で用意されていた様々な食材を前に、問題児は意見を出し合っていた。


 議題はもちろん、レディ・マリンを唸らせるアフタヌーンティーの甘味作りである。それも見た目と味を両立させた数種類のケーキと軽食を用意しろという難しい注文のおまけつきだ。

 ただ、そこは普段から問題行動を起こしてばかりいるけれど有能な問題児である。ユフィーリアも最愛の嫁が言わんとすることを理解し、その上で「分かった、作ってやる」と豪語したのだ。料理好きだからこそ可能とする問題行動である。


 ユフィーリアはニヤリと笑い、



「今から地獄のアフタヌーンティーを作ります」


「具体的には何するのぉ?」



 エドワードの質問に、ユフィーリアは「よくぞ聞いてくれた」と応じる。



「マリンはな、血とか内臓とか苦手なんだよな。鼻血を噴き出した人間を見ただけでも悲鳴を上げるほどに耐性がない」



 付き合いが長いからこそ言えるが、レディ・マリンは血や臓物などのグロテスクなものが大嫌いである。鼻血を垂らした人間を見かけただけで悲鳴を上げ、その口からタコ炭を吐き出す始末だ。理由は不明だが、とにかく嫌いなことをユフィーリアはしっかり記憶している。

 嫌いなものが分かってしまえば、アフタヌーンティー用の甘味に落とし込むことが出来る。むしろ都合がいい題材だ。彼女の嫌いな臓物などを題材にして、アフタヌーンティーの甘味を作ればいい。


 話の内容を察知したハルアとショウが、



「なるほどね、ユーリはこう言いたい訳だ!!」


「誰か殺してこいと、そう願うのだな? 任せてほしい」


「おいエド、この未成年組の首根っこを引っ掴んでろ」


「はいよぉ」



 血の気が多い思考回路を有する未成年組の拘束をエドワードに任せ、ユフィーリアはアイゼルネに振り返る。



「アイゼ、指を貸してくれ」


「おねーさんの指を千切り取るつもりなのかしラ♪」


「観察ぐらいさせろよ」



 ユフィーリアは差し出されたアイゼルネの指を観察する。主に人差し指や中指を観察し、実際に触れて骨の硬さや指先の厚みなどを確認していく。

 嫌がらせをするならば徹底的にするのが問題児の流儀だ。見た目にも拘るアフタヌーンティーならば、観察をするのは当然のことである。アイゼルネの指先は自分でも気遣っているだけあって美しく、題材として使うには持ってこいな指先だ。


 爪先に塗られた爪紅マニキュアの色まで確認するユフィーリアは、ようやくアイゼルネの指先を解放した。



「よし大丈夫」


「おねーさんの指先で何をするつもりなのヨ♪」


「まあ見てろ見てろ」



 ユフィーリアは次いで、エドワードに首根っこを掴まれてしょんぼりと肩を落とす未成年組に対象を移す。

 指先の次に重要なのは目だ。アイゼルネの目は角度によって虹彩が違う色に見えることが特徴的だが、それは非常に再現度が高すぎる。レディ・マリンを恐怖で震え上がらせるにはリアルに見た目も再現しなければならない。


 未成年組の綺麗な琥珀色の瞳と赤色の瞳を覗き込むユフィーリアは、



「ユーリ、何で目を見てるの!?」


「あの、ちょっと恥ずかしくなっちゃうのだが」


「いいからいいから」



 虹彩の大きさから色味、それから白目の状態までしっかりと観察してからユフィーリアは未成年組を解放する。眼球をまじまじと観察された未成年組が何が何だか分からず、ただ首を傾げるしかなかった。


 ユフィーリアは最後にエドワードへ標的を移す。

 警戒する素振りを見せるエドワードに、予告もせず口の中へ指を突っ込んだ。硬い歯の感覚や鋭い犬歯の状態、ついでに舌の分厚さなどをしっかり触れて確かめる。


 いきなり口の中へ指を突っ込まれたエドワードは、



「にゃにふんにょ」


「大丈夫、大丈夫」



 ユフィーリアはエドワードの口腔内を指先で蹂躙して、ようやく彼を解放してやった。


 これで材料は揃った。

 さて、恐怖のアフタヌーンティーの発表である。



「よく聞けお前ら、アフタヌーンティーのテーマは――」



 作戦の概要を発表すると、愛すべき問題児の馬鹿野郎どもは清々しい笑顔で親指を立てるなり準備へ取り掛かるのだった。



 ☆



「待たせたな、マリン。アフタヌーンティーの試作が出来上がったぜ」



 ユフィーリアはカートを押して、レディ・マリンの待つ席にまで戻った。


 ちょうどレディ・マリンは人魚の従業員と打ち合わせをしている様子だった。昼食を対価に得た情報を従業員たちと共有して、今後の業務内容を変えるつもりだったのだろう。ユフィーリアたち問題児が現れると、打ち合わせをすぐに中断してレディ・マリンは居住まいを正す。

 細長い煙管を吹かせて「遅いじゃないかい」と宣うレディ・マリン。アフタヌーンティー用の甘味作りは容易ではないので、遅くなるのは当たり前だ。


 カートの上に乗せられた空っぽのティースタンドを見やったレディ・マリンは、



「何も乗せられていないじゃないかい。まさか哲学だって言うんじゃないだろうね?」


「おいおい、苦労して用意したのにそんなオチをやると思うか?」


「あんたならやりかねないんだよ」



 レディ・マリンはユフィーリアの背後に佇むエドワードたちに視線をやり、



「……どうしたんだい、眼帯とかしていなかったろう?」


「ええ、まあ」



 代表して、ショウがレディ・マリンの質問に応じる。


 エドワードの口は白い包帯で覆われており、痛々しい様相をしていた。同じく右腕を包帯で巻くアイゼルネも、指先を撫でては痛みを堪えるように唇を引き結んでいる。ショウとハルアの未成年組は、それぞれ右目に眼帯を装着していた。

 アフタヌーンティーを用意する前にはなかったものである。料理をする上で怪我をするとは思えない箇所だ。


 ユフィーリアはティースタンドをレディ・マリンの目の前に設置しながら、



「まあいいだろ、コイツらのことは」


「は?」



 レディ・マリンは眉根を寄せ、



「あんた、いつからそんな性格になったんだい」


「ほら、自信作なんだからとっとと食べて評価してくれよ」


「話を聞きな!!」



 金切り声を上げるレディ・マリンを無視して、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする。

 転送魔法が発動され、厨房に置かれた食料保管庫からアフタヌーンティー用のケーキや軽食が転送されてティースタンドに並べられる。前菜まで用意される徹底ぶりだ。本格的なアフタヌーンティーと言えよう。


 それなのに、だ。



「きゃああああああああああああ!?!!」



 レディ・マリンは悲鳴を上げた。


 ティースタンドに並べられたのは人間の指や眼球、歯や舌だったのだ。どこからか千切り取ったのか、端々に真っ赤な血が付着している。

 千切り取られた指先は骨や肉の形まで現実味があり、琥珀色の虹彩を持つ眼球や赤い虹彩の眼球は今しがた抉り取られたばかりだと言うように虹彩の輝きは維持されている。クッキー感覚で添えられた歯は犬歯が混ざっており、無理やり抜かれたのか歯茎まで付着しているところが見られた。


 怯えた様子でユフィーリアを見やったレディ・マリンは、



「あ、あ、あんた、まさかッ」


「何だ、気に入らねえのか?」



 ユフィーリアはティースタンドに置かれた赤い瞳を指先で摘み、



「ほら口開けろよ、わざわざショウ坊が頑張ってくれたんだぞ?」


「嫌だ、やめッ、止めなッ」



 レディ・マリンへ馬乗りとなり、ユフィーリアは問答無用で彼女の口に赤い虹彩の眼球を捩じ込む。口の中に眼球が転がっていったところを確認して、口を押さえて吐き出させないようにしてやった。

 唸り声を上げていたレディ・マリンだが、口の中に転がってきた眼球を舌で確かめてから途端に黙り込む。モゴモゴと口の中の眼球を咀嚼し、彼女の細い喉が上下した。どうやら飲み込んだようである。


 そして出した結論は、



「魚のすり身かい?」


「おうよ」



 ユフィーリアは清々しい笑顔で、



「ショウ坊たちには頑張って、自分の眼球とか指先とか歯とか舌とかの再現をしてもらったんだよ。なかなか上手く出来てるだろ?」


「驚かせるんじゃないよ!!」



 レディ・マリンは机を叩いて怒りを露わにし、



「じゃあ何でそいつらは包帯をつけているんだい!!」


「怯えさせる為の演出じゃんねぇ」



 エドワードは口元に巻かれていた包帯を取り払う。その下から現れた口元に傷はなく、歯も舌も無事な状態だ。

 同じくアイゼルネも包帯を取り払って、指先が無事であることをレディ・マリンに示す。ハルアとショウも眼帯を外すと、その下には変わらず琥珀色の瞳と赤い瞳が輝いていた。


 レディ・マリンは舌打ちをすると、



「あんた、契約違反を起こすつもりかい?」


「何がでしょう?」


「惚けるんじゃないよ。こんなふざけたことをして、ただで済むと思っているのかい!!」



 契約を結んだ相手であるショウを怒鳴りつけるレディ・マリンだが、肝心の彼自身はどこ吹く風である。「罰するなら罰してみろ」と言わんばかりの態度だ。



「契約書の名前を確認しました?」


「は? あんたが署名したんだろう」


「はい、確かに署名しました」



 ショウは朗らかに微笑み、



「でも、契約書の名前は俺の名前ではありませんよ」


「え?」


「蛸さんは極東の文字に疎いみたいですね。ちゃんと勉強した方がいいですよ」



 レディ・マリンは転送魔法を発動し、ショウが名前を記入した契約書を確認する。

 そこに記載されていたのは極東文字で構成される名前である。綺麗な文字で書かれた名前はこうあった。


 ――吾妻あずまショウと。



「ちなみに俺の名前はこうです」



 机の上に放置された紙ナプキンに、ショウは人魚の従業員から借りた筆記用具で自分の名前を書いた。

 そこに書かれたのは簡素な2文字だけである。『東翔あずましょう』とあった。


 固まるレディ・マリンに、ショウは笑顔でトドメを刺していく。



「契約書に情報提供の対価内容が書かれていませんでしたので、今回のような手法を取らせていただきました。普通ならちゃんと書きますよね? まして自分が提示した対価ですから、覚えて当然だとは思いますが」


「書き忘れたっていうのは」


「言い訳は通用しません。魔法が全盛期のこのご時世、自分の発言を辿ることも魔法なら可能ということをお忘れなく」



 凄みのある笑顔で、ショウはさらに言葉を続ける。



「『本日の飲食代および以前のユフィーリアたちの飲食代』に対する新商品の提案はこれで終わりです。これ以上の提案を望む場合は然るべき手順を踏んでから、また契約書を交わしましょうね」



 ――こうして、ビストロ・マリーナへの商品開発協力は終わりを迎えるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】眼球とか指先などをリアルな造形のアフタヌーンティーを作った馬鹿野郎。ただし全部魚のすり身である。見本があれば高い再現度で作れるが、見本がないとアメーバみたいになる。

【エドワード】犬歯などの歯の造形を提供。本気を出して自分の歯の鋭さや黄ばみを再現してみた。

【ハルア】眼球の造形を提供。ショウにも協力してもらって瞳の虹彩の大きさなど再現に協力。手先は器用なので再現度は高めだと自負している。

【アイゼルネ】指先の造形を提供。自分の指の細さや爪紅の色まで完全再現。

【ショウ】眼球の造形を提供。ハルアにも協力してもらって瞳の彩度まで再現した。本当は視神経も再現したかったのだが、魚のすり身だけでは難しい。パスタでも刺せばよかったか?


【レディ・マリン】実は内臓や血などグロいものが苦手。目撃すると叫ぶ。

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