第4話【問題用務員とアフタヌーンティー】
そんな訳で食後のデザートである。
「お待たせしました、ディープナイトパフェです」
人魚の従業員がショウの前に置いたのは、巨大なパフェだった。
硝子製の器に盛られているものは水色のアイスクリームや青色のゼリー、クラゲの飴細工に青色と白色が絶妙な配合で混ざったクリームなど全体的に青色でまとめられた甘味である。硝子製の器からはみ出す勢いでたっぷりと盛られたクリームの上には銀色の粒や星型のラムネ、法螺貝を想起させるホワイトチョコレートなどが散りばめられている。
中身は爽やかなゼリーやアイスが中心となっているようで、数種類にも及ぶアイスが何重の層を織りなしている。ゼリーの中には貝殻の形をした寒天が浮かんでおり、まるで海の中を表しているかのようだ。
ビストロ・マリーナで大人気の商品、ディープナイトパフェである。人魚が経営する飲食店だけあって、売りとなる甘味に海の様子を表現するとは芸術点が高い。
「ふわああ」
「何だい、その反応。甘いものが好きなのかい?」
「はい!!」
レディ・マリンの何気ない話題に、ショウはパフェ用の細長い匙を装備して笑顔で応じる。
「甘いものは正義です!!」
「そうかい、新商品の提案にも期待できそうだねェ」
「いただきます!!」
「話を聞きな」
レディ・マリンの話など聞かず、ショウは早速とばかりにディープナイトパフェへ細長い匙を突き刺す。
慎重に青色のクリームをすくうと、匙に盛られたクリームを口に運ぶ。それから花が綻ぶような笑みを見せて「むー♪」と声を漏らす。態度と表情全体で幸せさを噛み締めている様子だった。
ショウは順調に青色のクリームを消費しつつ、
「このスッと抜けるような爽やかさとクリームの甘さの相性が抜群ですね」
「ディープブルーミントを使っているのさ。あれを煮出すと青色の液体を出すからねェ、紅茶なんかに加工すると夏場には最適さね」
「あとケーキスポンジなどを使わずにアイスやゼリーを使うのもいいですね。お酒を飲んだあとの締めだけではなく、重たい肉料理のあとでも食べられそうです」
「いいところに目をつけるじゃないかい、この商品はそれを想定して作られているんだよ」
大人気商品を褒められたことで、レディ・マリンも上機嫌そうに蛸足をくねくねと動かす。ショウも美味しいパフェに舌鼓を打って満足げだ。
ユフィーリアは完全に置いてかれていた。エドワードやハルア、アイゼルネもたらふく食べたあとだからか眠たげである。ユフィーリアもショウとレディ・マリンのやり取りに耳を傾けていたら眠くなってきた。
特に甘いものに関しては門外漢である。調理方法が分かれば作れるだろうが、新商品開発に関わるとなればショウが適任だ。ここは彼の知識に頼ることとしよう。
すでにお腹いっぱいだから眠たげな問題児など置いておき、ショウとレディ・マリンによる新商品開発会議は進んでいく。
「それで、新商品なんだけどねェ」
「パフェ美味しい」
「その話は聞いたよ。それで」
「パフェ美味しいです」
「ああ、話しかけるなってことかい。そうかい」
心の底から幸せそうな表情でディープナイトパフェを堪能するショウに、レディ・マリンは疲れたように応じた。パフェを心ゆくまで楽しんでいる彼に「満足するところまで行かなきゃ話し合いに応じません」という強い意思を感じ取ったのだろう。
あっという間にパフェ上部のクリームを食べ終えてしまったショウは、何層にも重なったアイスクリームを細長い匙で器用にすくう。上の層は雪のように真っ白なアイスだが、中に何か透明な粒のようなものが確認できた。
匙に乗せられたアイスを口に運んだショウは、
「塩ですか?」
「雪塩のバニラアイスさね」
「甘じょっぱくて美味しいです」
雪塩のバニラアイスを満面の笑みで食べ進めるショウは、思い出したように「ああ」と言う。
「そういえば新商品の提案でしたっけ?」
「ようやく気づいてくれたかい」
レディ・マリンは呆れたように肩を竦めると、
「そうさね、新商品の対価としてディープナイトパフェをご馳走したんだよ」
「ついうっかりパフェを楽しんでしまいました」
もぐもぐと何層にも重なったアイスを丁寧に1層ずつ攻めていくショウは、
「新商品はデザートにする予定ですか?」
「食事の方も頼めたらいいけど、現状はさっき提案してくれたランチ用のメニューで対応できるさね。問題は放課後や夜に提供するデザートさ」
「でしたらアフタヌーンティーなどはどうでしょう?」
ショウの提案を聞きながら、ユフィーリアは眠気で支配された思考回路を巡らせる。
アフタヌーンティーといえばケーキや軽食を楽しむ為の方式だ。王族や金持ちなんかの代表的な文化となっており、よくルージュなんかも豪勢なティースタンドにケーキやサンドイッチなどの軽食を乗せて紅茶を傾けている姿を見かける。近づこうものなら生死の境を彷徨うことになるので、もし見かけても絶対に声をかけることはない。
正直な話、庶民派のユフィーリアにとっては縁遠い文化である。お上品にちまちまとケーキだ軽食だと腹を満たして美味しく紅茶を飲むのもいいかもしれないが、やはり食べたいものを食べたいだけ食べるのがユフィーリアの流儀だ。品性とかクソ喰らえである。
その文化が出てくるということは、ショウが生まれ育った異世界でもアフタヌーンティーが存在するのだろう。ここで提案してくるなら何か考えがありそうだが。
「王侯貴族が好む小洒落た文化じゃないかい。あれがどうしたんだい?」
「この世界でのアフタヌーンティーは少々格式が高いものでしょうが、俺の世界では女性に人気があります。少し贅沢をしたい時なんかに利用するようですね」
ショウは次いで水色のアイスを口に運ぶ。「ソーダ味だ」と嬉しそうな声が聞こえてきた。
「ただ、普通にアフタヌーンティーを提案するならどこの店でも出来ます。どうせならこの店だけしかないアフタヌーンティーにしましょう」
「ほう?」
話題に興味を持ったレディ・マリンは身を乗り出し、
「それでどんな提案をしてくれるんだい?」
「テーマ性を持ちましょう。夏なら夏らしい題材を、冬なら冬に旬の果物を利用して、見た目を重視して可愛らしくしましょう。そうすれば女性客は見込めます」
ショウの提案を受けて、レディ・マリンは「なるほど」と頷く。
普通のアフタヌーンティーならばどこの店でも再現可能だろうが、テーマ性を持たせるのはいい考えだと思う。そうすれば季節ごとに色々なアフタヌーンティーが楽しめ、見た目に釣られて女性客が多くやってくるかもしれない。
それに、ここは人魚が経営する店である。身近に題材としやすいものがあるのだから利用しない手はない。
レディ・マリンは羊皮紙にショウの提案をまとめ、
「具体的には?」
「今はまだ夏なので、夏らしい題材にしましょう。海なんていい題材だと思いますが」
「南国風な感じかねェ」
「人魚を題材にするのもいいかもしれませんが、通年を考えるとそれだけでは長く使えませんね。寒い時期に人魚を題材にしても売り上げは伸びないでしょうし」
パフェの半分以上を胃袋に収めたショウは、硝子製の器の下に詰め込まれた青色のゼリーを匙ですくう。
青色のゼリーは爽やかな酸味のあるレモンのゼリーだったようで、ショウが小声で「レモンゼリー美味しい」と呟いていた。ゼリーが気に入ったのか、彼の表情も柔らかくなっており、横から見ていてユフィーリアは可愛さに悶える。
ゼリーを食べ進めていくショウは、
「んむ」
何かに気づいたようで、ゼリーから透明な餅を引っ張り出す。
匙の上に乗った餅はぷるぷるとしており、透明な表面の向こう側に気泡のようなものまで見える。冷たくて美味しそうだ。
ショウはまじまじと透明な餅を眺め、
「アロエですか?」
「いいや、モチクラゲさね。ぷるぷるモチモチしてて、ウチではよくスイーツの商品に使うのさ」
レディ・マリンは「それよりも」と話題を変えると、
「具体的な見た目の話も詰めたいんだけどねェ」
「そこまで面倒を見なきゃいけませんか?」
ショウは不満げに唇を尖らせた。
テーマ性を持たせたアフタヌーンティーまで提案したのだから、もうこれで終わりではないのか。もうすっかりショウがディープナイトパフェを食べ終えたら帰る気でいたので、予想外のお願いにユフィーリアはうんざりする。
もういっそショウを担いで帰ってやろうか。レディ・マリンは蛸足の人魚なので速く泳ぐことが出来ない。足の速さでいえばユフィーリアたち問題児に軍配が上がる。
レディ・マリンは「簡単だろう?」と言い、
「あんたの知恵と、そこの問題児の腕前が合わされば最高の商品になるさね」
「は?」
話題に出されたのはショウだけではなく、ユフィーリアもだった。まさか商品開発に強制参加である。
困った、非常に困った。今までの話をほとんど寝ながら聞いていたので内容が頭に入っていない。アフタヌーンティーって何をすればいいのだろうか、というかそこまで話していただろうか?
いきなり話に巻き込まれたユフィーリアは、
「おいふざけんなよ、何でアタシも巻き込まれなきゃいけねえんだ?」
「タダ飯を食っておきながら逃げられると思うのかい? あんたもちゃんと働くんだよ」
レディ・マリンはビストロ・マリーナの奥に設けられた扉を顎で示すと、
「さあ、厨房はあっちだよ。あんたらは仕事をしないくせに能力だけは高いんだから」
「ショウ坊から知識を引っ張っておきながら、アタシまで働かせようってのかよ。やっぱり金にがめつい蛸ババアだな」
「それならあんたは雪ババアじゃないかい。いや、氷ババアとでも言った方がいいかい?」
「ンだとお前、誰がババアだ」
ユフィーリアは吐き捨てるが、レディ・マリンも同様にババアなので否定できない。正直なところ、ババアとババアの醜い争いになることは目に見えている。
タダ飯にありつけるかと思えば、とんだ仕打ちである。ただ、ここで「嫌だね」と拒否を突きつけて逃げるのも癪だ。
それに、面白いことが思いついてしまったので、このババアに一泡吹かせてやるのだ。
「分かった分かった、飯代ぐらいは働くよ」
「早くしな」
レディ・マリンの要求を飲む振りをして、ユフィーリアたち問題児は厨房に向かうのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】アフタヌーンティーといえば、ルージュの地獄のようなお茶会に巻き込まれたグローリアを指差して笑ったら引き摺り込まれて死にかけた記憶が蘇る。
【エドワード】アフタヌーンティーといえば、金持ちが優雅に紅茶を啜りながらやっている小洒落た文化。あんな小さなケーキで足りるの?
【ハルア】あふたぬーん? ぬーん?
【アイゼルネ】色々と高くて手が出せなかったアフタヌーンティーだが、憧れはある。それが手軽に楽しめるのだったら嬉しい。
【ショウ】披露する知識は全てテレビのバラエティ番組とクラスメイトからの入れ知恵、図書室や図書館の雑誌、本屋の立ち読みなど。元の世界では手が届かなかった憧れを、着々とこの世界で叶えていっている。
【レディ・マリン】問題児の有能さをちゃんと理解している。理解しているが利用しようという魂胆が透けて見えるせいで、逆に仕返しされる。