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第3話【問題用務員とランチタイム】

 しばらくして、人魚が料理を運んできた。



「お待たせしました、爆裂アジの香ばしオイルパスタと真珠鮭の焼きパスタになります」



 まず初めに運ばれてきたのは爆裂アジの切り身が盛られたパスタと、表面に焦げ目がついた白い魚のほぐし身が散りばめられているパスタの2種類である。どちらも取り分けることを前提としているのか、大皿に盛られて提供された。


 爆裂アジのパスタには焦茶色の油が絡められており、食欲をそそる香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。紫唐辛子を細切りにした飾りまで散らされ、ピリッとした辛さも加えられているようだ。爆裂アジには辛い味付けがよく合うので、こうして辛味のあるものと一緒に調理されがちである。

 一方で白い魚のほぐし身が雪のように散らされたパスタには、色鮮やかなスジョウバが彩りを添えていた。白い魚のほぐし身の正体は『真珠鮭』と呼ばれる今の時期が旬を迎える魚であり、全身が真っ白いことで有名だ。身に弾力があるほど美味しく、焼き魚や燻製にして食べると美味しいと評判だ。パスタの表面にも軽く焼き色がつけられており、見た目でも食欲を増進させる。


 他にも緑色のパスタや夏野菜をふんだんに使ったピザ、ふわふわとした卵のオムライスなどが運ばれてくる。机から溢れ出すほどの料理の山は、エドワードという大食漢がいなければ食べ切ることが出来ないほどの量だった。



「さあ、待たせて悪かったねェ」


「おまッ、本当にいいのかこれ?」


「もちろんさね、これからも有益な情報を引っ張り出さなきゃいけないからねェ」



 レディ・マリンによる大盤振る舞いに、ユフィーリアは軽く恐怖を覚える。


 蛸の足で器用に長椅子ソファへ張り付く人魚との付き合いは長く、金銭に関して目がない。彼女にとって商売は金銭を稼ぐ最良の手段であり、大金を稼ぐ為に美容系の店から飲食店まで幅広く経営している。商売になるならどんなものでも売るし、金になるなら手段を問わないのがレディ・マリンだ。

 ユフィーリアも過去に盗撮写真のみを使った写真集を売られるところだったが、絶死の魔眼を使って終焉させてやったのだ。そして『二度とこんなことはしない』という契約を魔法で結び、騒動はそれきり終わった。あの時は「この蛸、どうしてくれよう」と殺意に満ちていたものだ。


 早速とばかりに爆裂アジのパスタの皿を手に取るユフィーリアは、



「ユーリ、そのパスタちょっとちょうだぁい」


「あ、お前ふざけんな何がちょっとだ!?」



 横から伸びてきたエドワードの肉叉フォークが、爆裂アジのパスタを半分以上も攫っていく。「ちょっと」とは言っていたが、半分以上もパスタを攫うことをちょっととは言わない。

 彼はユフィーリアの持つ爆裂アジのパスタを口いっぱいに詰め込み、きちんと咀嚼してから飲み込む。攫われた大量のパスタの消費が一瞬である。恐怖よりも食べ物の恨みが込み上げてくる。


 肉叉を逆手に握りしめるユフィーリアは、



「何で半分以上も食っておきながら『ちょっと』とか言えるんだ、この筋肉ダルマがよぉ!!」


「それは個人差によるものじゃんねぇ!!」



 銀灰色の瞳めがけて振り下ろされたユフィーリアの肉叉を、エドワードが腕を掴んで受け止める。問題児の中で剛腕を誇るエドワードだが、ユフィーリアも負けていない。ギリギリと拮抗状態が続いている。

 馬鹿2名のクソどうでもいい喧嘩など眼中にないのか、ハルアは普通に止めることなくオムライスを食べ始めているし、アイゼルネは運ばれてきた大きめのサラダを独り占めしているし、ショウは自分が食べられる量の真珠鮭のパスタを取り皿に分けている始末だった。首を突っ込めば巻き込まれることをきちんと理解しているのだ。


 真珠鮭の焼きパスタを口に運ぶショウは、



「この焼きパスタっていうのは斬新ですね。パリパリしていて美味しいです」


「そうだろう? うちでも人気の高い商品なんだ」



 レディ・マリンはどこか機嫌よく応じ、



「ほら、早く次の提案は?」


「急かしますね」


「こうしている間にもお客が取られているから必死なのさ」



 授業が終わって昼休みを迎えた頃合いだが、ビストロ・マリーナへ訪れる客の姿は比較的少ない。カフェ・ド・アンジュは長蛇の列が出来るぐらいだったのに、これほどの店の広さを有しておきながら客入りがあまりないところを考えると売り上げが伸び悩んでいると判断していい。

 ちらほらと座席も埋まっている様子だが、広げられたメニューを眺めて悩むように眉根を寄せている生徒や教職員が大半だ。食事の金額とお財布事情と相談の真っ最中なのだろう。


 ユフィーリアはエドワードとの取っ組み合いを中断し、



「値段を下げればいいんじゃねえの? 学生なんだから、大人と違って懐事情が苦しいんだよ」


「値段を下げたらウチのブランドに傷がつくだろう。『最高品質のおもてなし』を主軸にしているのさ」



 ユフィーリアの意見を、レディ・マリンが一蹴する。そもそも「お前には聞いていない」と言わんばかりの態度で応じられた。

 彼女の目的は、最愛の嫁であるショウの方だ。異世界の知識を取り込んで売り上げの上昇を目論んでいるのである。値段を下げずに売り上げの上昇を期待できるのは異世界の文化を用いるのが最適だ。


 レディ・マリンは気味の悪い笑みをショウに向け、



「さあ、あんたの知識だけが頼りさね。何でも言っておくれ」


「では遠慮なく」



 真珠鮭のパスタをちまちまと消費していたショウは、



「ちょっと料理の提供時間が遅いです。料理の提供時間まで30分もかかるとか舐めていますか?」



 そして可憐な女装メイド少年の口から、辛辣な言葉が飛び出した。



「ヴァラール魔法学院のお昼休みは1時間しかありません。そのうち半分以上をメニュー決めから調理に消費するとか、時間を無駄にする行動とも呼べます。学生なんだから、時間は次の授業の予習などに使いたいはずです」


「…………」


「金銭的にも時間的にも余裕のあるお金持ちをターゲットにするなら、この方針で問題はないかと思います。ですがここは学校なので、貴女の想定しているお客さんなど限られてきます。ブランドがどうのと文句を言う前に、状況を判断して方針を変えていくのが最適ではないのでしょうか」


「あんた、意外に言うじゃないかい」



 それまでご機嫌だったレディ・マリンは、ショウによる正論の数々に声を低くする。



「あたしは今までこの経営で上手くいってきたのさ、今更曲げるつもりはないよ」


「ではランチタイムの経営は諦めて放課後の経営のみにすればいいのではないでしょうか? 少なくともお昼時の経営には向いていません、場所を考えてください」


「それもお断りだ」


「なるほど」



 ショウはまだ真珠鮭のパスタが残る取り皿を机に置くと、



「ハルさん、この蛸を殺すのならばどのぐらいの時間が必要になるだろうか?」


「10秒くれれば出来るよ!!」



 すでにオムライスを食べ終えて元気いっぱいのハルアは、後輩の要求にイカれた笑顔で応じる。



「蛸の人魚は泳ぐの遅いから余裕だね!!」


「あんた、あたしのことを本気で殺すつもりかい!?」



 レディ・マリンは金切り声を上げ、



「何を考えてるんだい、交渉相手を殺そうとするとか馬鹿なのかい!?」


「経営方針を変える気がないなら殺した方がいいですよ。経営者を交代させて、もっと柔軟な考えを持つ経営者を据え置いた方が効率が上がりますので」


「ああもう待ちな待ちな、分かったよ!!」



 未成年組による暴力が迫る直前で、レディ・マリンの方が根負けした。さすがに自分の命を犠牲にしてまで儲けを求めようとはしなかったようだ。



「全部の商品の値段を下げればいいんだろう!?」


「いえ、これらの料理はディナータイム専用のメニューとして出した方がいいですね。お値段は据え置きで問題ないでしょう」



 ショウの提示した助言を受け、レディ・マリンはずっこけた。それはもう盛大に、面白すぎるぐらいに。

 長く生きている蛸の人魚が、異世界からやってきてまだ半年前後しか経過していない若造の言葉に振り回されているのが愉快で堪らない。ユフィーリアは爆裂アジのオイルパスタを口に運びながら、胸中で「いいぞ、もっとやれ」と応援した。


 小声で「ご馳走様でした」と言うショウは、



「日替わりのランチメニューで回転率を上げていきましょう。『本日のパスタ』と『本日のピザ』の2種類のみとし、開店前に仕込んでおけばすぐに提供できます。お店の回転率を上げればお客さんもたくさん来ると思います」


「今までのやり取りは何だったんだい」


「ご飯の邪魔をされたくなかったので」



 ずっこけたレディ・マリンは居住まいを正し、



「昼限定のメニューを出すのはいい案さね。日替わりなら対応もしやすい」


「日替わりだと常連もつきやすいので推奨します」


「で? 値段はいくらで提供しろってのかい?」


「量を少なめにして、1200ルイゼから1500ルイゼで収めてください。腹を満たす目的でサラダをセットにするといいでしょう」


「ほう」



 レディ・マリンは少し意外だと言わんばかりの反応を見せる。


 ビストロ・マリーナの料理は大体が1500ルイゼから高くて2000ルイゼ、3000ルイゼもするものが多い。提案した値段はそれほど変わらないのだ。

 昼食で1200ルイゼから1500ルイゼとなると、高いけれど手が出せない金額ではない。ブランドの印象を保ったまま、学生も近づきやすくなりそうである。



「あんた、値段についてはあまり変わらないんだねェ」


「利益に関する計算は貴女の方が詳しいと思うのでお任せしますが、大体の料金は1200から1500の間が最適です。ここはあくまでラウンジに改名する予定ですので、高級感を損なわせずに学生を呼び込むのはこれがいいですね」



 ショウはおかわりが注がれた硝子杯を傾け、



「大盛りを希望する方は料金を加算させてやりましょう」


「代金を抑える代わりに量を少なくするのは、そこでも金を取るカラクリになってるのかい」


「あくまで参考程度の意見ですが」


「いやいい、これはいいことを聞いた」



 値段に関して触れると途端に不機嫌さを露わにしていた時と大違いで、レディ・マリンは上機嫌でショウの提案を羊皮紙にまとめる。

 これはまさか、平和的に商品開発が終わるのではないだろうか。しかもショウの功績のおかげでユフィーリアたちはタダ飯である。さすが聡明で可憐な自慢の嫁だ。


 レディ・マリンは弾んだ声で、



「さあ、次は新商品の開発だよ」


「甘いのがほしいです」



 空っぽになった硝子杯を机にコンと音を立てて置き、ショウはさらに要求を重ねる。

 そこで提案は終了となってしまった。ご飯に対する提案はご飯の対価で消費されてしまったようである。


 レディ・マリンは分かっていたとばかりに、



「いいよ、デザートもつけようじゃないかい」


「ディープナイトパフェがいいです」


「しっかり要求するね、あんた」



 呆れたような表情を見せるレディ・マリンは従業員の人魚を呼びつけると、ショウの要求通りにディープナイトパフェを注文する。

 ディープナイトパフェとはビストロ・マリーナの超人気商品である。夜専用のメニューだから『ナイト』の名前を与えられており、飲み会の締め括りにお勧めと評判だ。


 レディ・マリンはジロリとショウを睨みつけ、



「その代わり、しっかり案を出すんだよ」


「ディープナイトパフェの代金分の働きは見せますよ」



 ショウは「ちょっとお高めだから無料で食べれてよかった」などと強かなことを呟く。もしかしたら、最初からこれが目的だったのかもしれない。

《登場人物》


【ユフィーリア】お昼ご飯のあとにはお昼寝をする派。眠くなるので仕方がない。

【エドワード】お昼ご飯のあとはお昼寝をする派。ユフィーリアに影響された。

【ハルア】お昼ご飯のあとは元気に遊ぶ派。午後も元気。

【アイゼルネ】お昼ご飯のあとはお茶を入れる派。お茶で一息。

【ショウ】お昼ご飯のあとは読書をする派。お昼寝をするユフィーリアに膝枕をし、エドワードの抱き枕をしながら、ハルアとお人形遊びをする器用さを見せる。


【レディ・マリン】最近の悩みは隙あらば食材として狙われること。狙われる相手はハルアとエドワードが主。

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[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「お待たせしました、爆裂アジの香ばしオイルパスタと真珠鮭の焼きパスタになります」 やましゅーさんの描か…
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