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第12話【問題用務員とお礼行列】

 葬儀行列から少し時間が経過した頃である。



 ――コンコン。



 用務員室の扉が唐突に叩かれて、ユフィーリアは読んでいた魔導書から顔を上げた。



「誰だろ」


「ユーリまた問題を起こしたんじゃないのぉ?」


「昨日グローリアの作り置きしてある紅茶を強烈林檎ジュースに変えたけど」


「絶対にそれじゃんねぇ」



 夏の料理特集が掲載されている雑誌を読んでいたエドワードが「素直に怒られてきなよぉ」と見捨ててくる。


 確かに昨日、リリアンティアから貰った「酸っぱくて食べられない」と有名な強烈林檎をジュースにして学院長室にしれっと置いてきた。ついでに作り置きされていた紅茶を勝手に持って帰ってきたのだが、ジュースそのものの出来栄えはいいので学院長も気に入ってくれるはずだ。

 ショウは蹴飛ばされた猫のような声を漏らして飛び上がっていたが、ハルアには非常に高評価をいただいたのだ。美味しくない訳がないのだが、苦情だとすればまだ用務員室に余っている強烈林檎のジュースをたっぷり味わってもらうだけだ。


 コンコンとなおも扉が叩かれるので、ユフィーリアは仕方なしに応じる。



「はいはい、今開ける今開ける」



 ユフィーリアが用務員室の扉を開けると、



「こんにちは、ユフィーリア君」


「親父さんじゃねえか」



 扉の先に立っていたのは怒れる学院長ではなく、最愛の嫁の父親であるアズマ・キクガだった。今日は普通に仕事で訪れたのか、装飾品のない神父服と頭に乗せた髑髏どくろのお面が特徴である。胸元では錆びた十字架が揺れていた。


 ユフィーリアは素直に驚いた。

 というのも、実は少しばかり顔を合わせにくい状況だったのだ。何せユフィーリアたち問題児は、キクガが念入りに準備をしていた葬儀行列を中止に追い込んだ下手人である。せめて何か言っておけばよかったのだが、ほんの少しだけ悪戯心が芽生えて何も言わずに作戦を決行してしまったのだ。


 キクガは手土産らしき紙袋をユフィーリアに手渡し、



「こちらを受け取ってほしい訳だが」


「手土産なんかいいのに」


「これは私からの気持ちな訳だが」


「ん?」



 首を傾げるユフィーリアに、キクガは申し訳なさそうな表情で言う。



「葬儀行列は私にとってもあまり経験がなかった故に、親族に本人の葬儀方法の形式を窺う手順をすっ飛ばしてしまった。君が気づいてくれなければ、私はまた息子と会えなくなるところだった」


「ありゃ何も言わずにオセアーノ王の死体を遺棄したアタシらも悪い。問題行動に巻き込んで悪かったな」


「いいや、そのおかげで私はここにいることが出来る。君たちの問題行動の対象になることがないので、新鮮な気分な訳だが」



 キクガは「それに」と廊下を振り返り、



「彼らもお礼がしたいそうだ」


「彼ら?」



 瞳を瞬かせるユフィーリアの前に、キクガを押し退けて誰かが割り込んできた。

 濃紫の髪を持つ冥王第二補佐官のアヤメだ。黒曜石の瞳からボロボロと涙を流しながら「すみませんでしたぁぁ」などと叫んでユフィーリアに抱きついてくる。


 アヤメからの全力頬擦りを受けるユフィーリアは、



「どうした一体!?」


「第七席様にはとんだご迷惑をおかけしましたぁ!! これお礼です、よかったら受け取ってくださいいい!!」


「何だ何だ何だ!?」



 アヤメから押し付けられたのは、一抱えほどもある箱だった。受け取ってみるとそれはずっしりと重たくて、僅かにたぷたぷという水が揺れる音が聞こえてくる。

 彼女だけではない。次々と冥府で働く獄卒たちが、何やら箱やら袋などを用務員室前にせっせと積み上げていくのだ。何が起きたのか分からず、ユフィーリアはただただ混乱するしかなかった。


 用務員室に迫る異常事態を察知したエドワードが、



「キクガさん、これ何なのぉ?」


「君たちが問題行動を起こしてくれなかったら、我々はこの場にはいない訳だが。命を助けてくれた救世主に礼の1つも出来ないとは冥府の流儀に反する」


「それにしたって多くないのぉ? どんだけ待機してるのよぉ」


「葬儀行列の参加者全員な訳だが」



 キクガに言われ、ユフィーリアとエドワードは互いの顔を見合わせる。


 葬儀行列の参加者といえば、凄い人数が動員されていたような気がする。死んだ王様を迎えにいく為の行列だ、数十人とか数百人で構成されない。

 記憶の限りでは数千人単位で参加していたと思う。あっちを向いてもこっちを向いても個性のある髑髏の仮面を装着した修道女や神父がいた。おそらく彼らも葬儀行列の参加者と見ていいはずだ。


 ――全員?



「嘘だろッ!?」


「なぁにこれぇ!?」



 慌てて廊下に出てみれば、用務員室を目指して冥府の関係者がずらりと並んでいた。誰も彼も箱とか袋を抱えており、用務員室前に積み上げている。

 しかもお行儀よく1列に並んでいるものだから、終わりが見えない。これがずっと続くのか。


 葬儀行列ならぬお礼行列を目の当たりにしたユフィーリアとエドワードは、



「親父さん考え直せ、まさか問題行動の対象にしたから怒ってる!?」


「ここまで貢がれるほどのことをしてないんだけどぉ!?」


「冥王様含め、冥府からのお礼な訳だが。しっかり受け取りなさい」



 問答無用で大量のお礼品を押し付けてくる獄卒たちに、ユフィーリアは「もういいってぇ!!」と悲鳴を上げるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】葬儀行列の関係者をお得意の問題行動で救ったら、まさかのお礼品が大量に積まれて帰ってきた。何かをされた時に用意するお礼は菓子折りが基本と考えているが、お礼参りの際は尻に氷柱が捩じ込まれる。

【エドワード】上司の問題行動に便乗したら、恐ろしい勢いでお礼品が積まれて脳味噌がおかしくなりそうだった。お礼の際は加工肉とかが常識の中にあったが、ユフィーリアから学んで菓子折りを用意するようになった。


【キクガ】冥府を代表してユフィーリアたちにお礼をしようと思ったら、部下が全員ついてきたので意趣返しも含めてお礼行列を決行。慌てふためく問題児の姿を楽しませてもらった。今回はお礼なので、夏らしくゼリーの詰め合わせを用意。

【アヤメ】冥王第二補佐官。危うく自分もとんでもねーことになるところだったので、キクガについて行きお礼行列に参加。お礼品は冥府で人気の地酒を用意。


【ハルア】居住区画でショウと一緒におままごと中。

【アイゼルネ】そろそろお茶の準備をしようかしらと思っていたらユフィーリアの悲鳴が聞こえてきた。

【ショウ】愛する旦那様の悲鳴が聞こえたので居住区画から飛び出したら父親が何かやってた。頭が混乱した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます。 今回のお話も、とても楽しくて笑いました!!すごく面白いです。 >【キクガ】冥府を代表してユフィーリアたちにお礼をしようと思ったら、部下が全員ついてき…
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