第11話【冥王第一補佐官と葬儀行列の中止】
「ユフィーリア、君って魔女は!!」
「りんご」
「めろん」
「いちご!!」
「すいカ♪」
「ばなな」
「馬鹿になるな!!」
七魔法王が第一席【世界創生】のグローリア・イーストエンドが怒髪天をつく勢いで叫んでいる。
葬儀行列は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。冥府へ丁重に迎えるはずだったオセアーノ王は海に沈み、代わりに棺へ収められていたのは男の人魚のふざけた氷像である。爽やかな笑みを浮かべる氷像と対面を果たした時、キクガの思考回路は停止した。
執り行われる予定だった葬儀行列は中断となり、棺の担ぎ手や葬儀行列の為に動員された冥府総督府の関係者はその場で右往左往する始末である。親族の代表とも呼べるオセアーノ王のご子息、マーカスは父親が海に捨てられたということもあって泡を吹きながら気絶した。国民も異変を感じ取ったのか、誰も彼も怪訝な表情を見せている。
それもこれも、グローリアが仲良く正座させて説教中の問題児による問題行動のせいだ。
「オセアーノ王に何てことをしてるの!?」
「もげぽらか」
「ほにゃにゃんだ」
「ぼえば!!」
「ぴぴぴぴピ♪」
「すちゃらかぷぅ」
「急に人の言葉を失うのは止めてくれる!?」
ついに人の言葉さえ話すことを止めた問題児たちは、正座をしているものの反省の姿勢を見せることはない。「何か悪いですか?」と言わんばかりの堂々とした態度である。
キクガには理解できなかった。というのも、問題児の中には愛息子のショウも含まれているのだ。
息子を含め、問題児と呼ばれる彼らはさほど悪いことをしている印象ではない。普段の問題行動には悪戯目的があるのだが、何かしらの意味があった。無意味に犯罪とも呼べる行動を取る訳がない、と信じたいところである。
実際、問題児による問題行動の標的にはなったことがないので、自分の中で衝撃が凄まじい。「どうしてこんなことをした?」という疑問が頭の中を占めている。
「キクガさん、ど、どうしましょう?」
「…………どうするか」
冥王第二補佐官のアヤメに問われ、キクガの思考回路はようやく働き始める。
オセアーノ王の遺体がすでに海へ捨てられてしまったのであれば、葬儀行列は中止せざるを得ない。その場合のニヴァリカ王国の国民による非難は免れないだろうが、さてその時はどうするべきか。
問題児たちは依然として反省する素振りを見せず、正座でグローリアから説教を受けながら何か会話を交わしている模様である。かすかに「腹減ったな」とか「どこかで何か食べてくぅ?」などとやり取りをしている。
そんな会話を経て、問題児のリーダー格である銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルがおもむろに立ち上がった。
「よし逃げよう」
何かとんでもねーことを口走り始めた。
「お前ら、どっかで飯食って帰ろうぜ」
「夜釣りしたぁい」
「素潜りしていい!?」
「釣ったばかりのお魚が食べられるのかしラ♪」
「お葬式の料理も手をつけなかったから、そろそろお腹が減った」
しかも堂々と夕飯のことについて考えている始末だった。
「ちょっと、逃げられると思ってる訳!?」
「うるせえバーカ!!」
「ぶッ!?」
ユフィーリアがグローリアの顔面に叩きつけたのは、本のようなものだった。上等な革表紙が特徴的なそれを顔面で受け止めたグローリアは、言葉にならない悲鳴を漏らしてその場に蹲る。
その隙を見計らって、問題児たちはスタコラサッサと逃亡を図る。葬儀行列に参加する予定だった冥府総督府の関係者や国民がこぞって問題児どもを捕まえようとするものの、高い身体能力を駆使して彼らはするりと包囲網を抜けてしまう。
月明かりに銀髪を煌めかせて逃げる魔女の背に、キクガは彼女の名前を叫ぶ。
「ユフィーリア君!!」
遠ざかっていく銀髪碧眼の魔女は、手袋に覆われた白魚の如き指先をツイと虚空に向ける。
葬儀行列を中止にさせたことは悪かった。
でも、アタシはお望みを叶えてやっただけだ。
文章が直接、頭の中に叩き込まれる。
第七席【世界終焉】の時に使われる魔法だ。声を発さずとも文章が頭の中に送り込まれ、意思疎通を可能とする彼女らしくない魔法。
制止は虚しく終わり、誰も捕まえることすら叶わずに問題児どもは逃げ出してしまった。あっという間にその姿は消え失せ、賑やかな彼らの声も夜の風が運んで掻き消してしまう。
「うわ」
静寂に包まれた中、第二席【世界監視】のスカイ・エルクラシスが唐突に声を上げる。
彼が注目していたのは、ユフィーリアが去り際に投げつけた本だった。その頁を捲るごとに彼の表情が引き攣っていく。
スカイは広げていた本の頁を、ようやく顔面の痛みから回復したグローリアに見せる。頁に記載されたものに視線を走らせた第一席【世界創生】たる青年は、あんぐりと口を開けて文章に注目していた。
「これまずくない?」
「呪臭はきっとこれが原因ッスね」
「間違いではないんだけど、やり方の問題だね。多分、問題児だから悪戯目的も含まれているんだろうけど……」
グローリアはスカイから本を受け取ると、
「キクガ君さ」
「何かね?」
「オセアーノ王って、もしかして人魚だったりする?」
「その認識で間違いない訳だが」
キクガは何の迷いもなく肯定する。
当然のことだが、葬儀行列の申請を受けた際にオセアーノ王が迎えにいくことに適した人物であるか判断する為に過去を調べなければならないのだ。台帳を確認すれば生い立ちから死ぬまでの行動記録を確認できるので、オセアーノ王が人魚であることは理解している。
人魚の葬儀方法は海に遺体を捨てる水葬が代表的だが、陸地を捨てた人魚は人間と同じく土に埋まって弔われることもある。オセアーノ王の葬儀行列を申請してくるのだから、親族にその辺りの相談もしているのではないのだろうか。
グローリアは手にした本をキクガに渡し、
「王妃様が人魚で旦那さんと一緒にいたいが為に呪うってなったら、まだ対処は出来たよ。でもオセアーノ王本人が人魚の呪いを振り撒いていたら、もう望み通りにするしかないね」
「それは一体……」
「そこに全てが書かれているよ。悔しいけど、今回の問題行動は間違いではなかったね」
グローリアに促されるまま、キクガは本を開く。
それは日記帳だった。
罫線さえ無視して書かれた文章は短く淡々としている。しかも文体が荒々しく、書き殴ったかのような印象だ。
『海に帰して』
どの頁にも、この文章だけが並んでいた。
「え、これって」
「本当にオセアーノ王の……?」
「何かの間違いでは」
キクガの広げる日記帳が気になったのか、アヤメや葬儀行列へ参加予定だった冥府総督府の関係者がこぞって覗き込んでくる。
狂気とも呼べる内容に、誰もが顔を引き攣らせていた。キクガもこの呪いの日記帳をどう処理すればいいのか分からず、ただ文章を眺めているだけしか出来なかった。
すると、
「補佐官殿!!」
「何かね」
「冥王様からご連絡です!!」
葬儀行列の関係者が、カタカタと揺れる髑髏を抱えて駆け寄ってきた。
冥府と繋がっている通信魔法専用端末である。スカイが開発した『魔フォーン』とは違い、こちらは冥王ザァト直通の端末だ。
カタカタと歯を鳴らす髑髏の額を軽く叩けば、聞き慣れた声が流れてくる。その声を聞いた途端、周囲に緊張感が漂い始めた。
『キクガか』
「冥王様、どうされました?」
『まだ無事か? 葬儀行列はどうなった?』
葬儀行列に関する質問を投げかけられ、キクガは起こった出来事を素直に報告する。
「第七席がオセアーノ王を海に遺棄した模様です。その為、葬儀行列は中断しております」
『そのまま中止にせよ。葬儀行列はやるな』
冥王ザァトによる命令に、異を唱えたのは葬儀行列の申請者であるマーカスだ。
「失礼ながら発言させていただきます!!」
『ならぬ。それ以上の愚行を晒せば、其方の死後は冥府の刑場にて獄卒による厳しい拷問を受けることになろう』
「ッ」
問答無用で口を塞がれてしまい、マーカスは苦々しい表情で押し黙る。
「冥王様、我々に説明はないのですか?」
『オセアーノ王は葬儀行列を望んでいない。彼奴が望んだのは海への回帰だ』
冥王ザァトはキクガの質問へ簡潔に応じ、
『人魚は葬儀方法を間違えたり、伴侶と引き離すような弔い方をすると周囲に強烈な呪いを振り撒く。キクガよ、其方は磯臭さを感じることはなかったか?』
その質問を投げかけられて、キクガは昼間の光景を思い出す。
ニライカナイ城に現れたユフィーリアたち問題児は、やたら苦しそうな顔をしていたのだ。そして「磯の臭いがする」と訴えてくるのだ。
キクガはその臭いを終ぞ感じることはなかったが、ユフィーリアたちは最後まで気にしていた。海沿いの街だからそういう臭いもあるだろうと軽い気持ちで考えていたのだ。
『臭いを感じなかったということは、其方は人魚の呪いにかかっていたのだ。其方だけではない、派遣した冥府総督府の獄卒やニヴァリカ王国の民にも呪いはかかっていた。このままだと間違いなく、ニヴァリカ王国は人魚の呪いによって海の底に沈んでいたやもしれんな』
「え……」
キクガは顔を青褪めさせる。
人魚の呪いでニヴァリカ王国が海に沈むのであれば、その呪いを受けた獄卒はどうなる。
死後の世界で働いているからか、キクガたちは死と無縁の存在である。どうなっていたかと考えるだけでも恐ろしい。
キクガにとって、最も恐ろしいことは――。
『キクガ、其方の場合は息子にも会えなくなるところだった。第七席は我々冥府の獄卒と、ニヴァリカ王国の両方を救ったのだ』
キクガは、膝から崩れ落ちそうになった。寸前でアヤメが支えてくれたから事なきを得たが、それどころではない。
もしあのまま葬儀行列を敢行していたら。
もしユフィーリアたちが問題行動を起こしてくれていなかったら。
――きっと、もう二度と愛息子のショウと出会うことは許されなかったのだ。
☆
欠けた月を見上げて、ユフィーリアは大吟醸酒を呷る。
「かーッ、美味え!!」
「この煮付け、味が濃くて美味しいねぇ」
「極東の味だ!!」
「生ステーキも美味しいワ♪」
「魚料理が豊富で美味しい」
伽藍とした港の片隅で営業していた魚料理を提供する屋台の長椅子に並んで座る問題児どもは、美味しい魚料理に舌鼓を打っていた。
屋台の店主は今にもぶっ倒れそうなヨボヨボの老爺である。国民が王様の葬儀に参列する中、痴呆が始まっているこのお爺ちゃんは今日も元気にお店を営業していたのだ。指先は震えているのに、包丁で魚を捌く手つきは職人と呼んでもいいぐらいだ。
ユフィーリアは硝子杯に注がれた酒を飲み干し、
「オセアーノ王の旅路に乾杯!!」
「かんぱぁい」
「来世でも元気でね!!」
「奥さんと仲良くやるのヨ♪」
「来世でユフィーリアに惚れたら即座に冥府へ送り返します」
「ショウ坊、そんなに早く生まれ変わるってことあるか?」
飲み物が注がれた硝子杯を掲げ、問題児は亡き王様の来世の幸せを祈るのだった。
《登場人物》
【キクガ】冥王第一補佐官。人魚の呪いにかかってしまったが、問題児による問題行動で命拾いをした。親族との葬儀の方法をちゃんと打ち合わせていなかったが故にまた愛息子と会えなくなるところだった。だいぶお疲れである。
【グローリア】人魚の呪いにかかっていなかったから磯臭さを認識していた。王妃様が人魚だと思っていたから、王様は人魚ではないと信じたらどうやら違っていたらしい。
【スカイ】狂気的な日記帳の中身を見てドン引きすると同時に興奮しちゃった。ヤンデレ好きには堪らない。
【ルージュ】さすがにそこまで関係が深くないような国と心中するつもりはサラサラない。
【八雲夕凪】愛ほど呪いに近いものはないよな、としみじみ思う今日この頃。
【リリアンティア】生きているだけで呪いを浄化できる聖女様だが、さすがに人魚の呪いを解呪するには厳しかった。
【ユフィーリア】事件を起こした元凶。素直に全員を助けようとはしない天邪鬼な問題児。今回は珍しくキクガを対象に悪戯を仕掛けた。




