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第9話【とある人魚と独白】

 ヴィクトル・マーレイシア・オセアーノは、自分の死体を眺めていた。


 棺の中に眠る自分の顔はとても安らかで、今にも眠りから目覚めそうな雰囲気がある。白い髭に白髪頭、顔中に刻まれた皺はとてもではないが美しい人魚には見えない。

 この顔は昔からだ。ヴィクトルは人魚の時から老け顔で、生まれた頃から母親よりも老けて見えたからお爺ちゃんに間違われたものである。哀れに思った母親に地上の世界の存在を教えてもらい、人間に変身する魔法の薬を服用して地上で生活を始めたのがきっかけだ。


 何の運命か不明だが、お忍びで城下町へ遊びにきていたニヴァリカ王国の王女様に見初められて王室入りを果たした訳である。あの時は本当に混乱したものだ。人魚の自分がまさか王族の仲間入りになるとは。



 ――「私はね、ヴィクトル。人魚として死にたいの」



 ヴィクトルのことを人魚だと知っていたのは、王妃であったベティ・ストゥエラ・オセアーノだけだった。


 出会った頃は活発に動き回っていた彼女は、晩年になると病床に臥せてしまった。それでもなお気丈に振る舞うベティのことを、ヴィクトルは心の底から愛していた。

 ベティは人魚が好きだった。人魚を題材にした物語や人魚の絵画などを集めていた。それほど人魚が好きで好きで堪らず、人魚の話をする時は子供のように翡翠の瞳を輝かせて話すものだからヴィクトルは苦笑するしかなかった。


 だからこそ、ベティは人魚と同じ死に方を求めた。彼女は自分の死体を土に埋めるのではなく、人魚の葬式文化である水葬にしてほしいと頼んだのだ。



 ――「ヴィクトル、この広い海で待っているわ。うんと自由に泳ぎながら、あなたが訪れる時をずっとずっと」



 ベティは、自分が大好きだった人魚になれた。

 彼女の亡き意思を汲んで、王族の人間は「王妃様は人魚だったのだ」という話を広めた。人魚姫の物語も絡めて話すものだから、その嘘が真実だと国民に広まるのはあっという間だった。


 さあ、残るは自分だけである。



 キィ。



 ヴィクトルの意識が引き戻される。


 ふと顔を上げれば、自分の棺が安置された広間に黒い影が浮かび上がっていた。

 黒い影というより、黒い外套コートを身につけた人間である。頭巾フードで頭部全体を覆い隠し、絨毯を踏み締めているのは頑丈な黒い革製の長靴である。手も分厚い手袋を装着しており、見える箇所と言えば頭巾の下から垣間見える細い顎の線ぐらいのものだ。


 広間に足を踏み入れてきた影のような人間は、自分の棺の側に立つヴィクトルを見やる。





 何故、この国を呪う。





 頭の中に文字が浮かぶ。



「……妻が待っているからだ」



 ヴィクトルは、今まで閉ざしていた口を開く。



「私は、ベティのところに行きたい。ベティがニヴァリカ王国の地に眠るのであれば、私とてそうした。だがベティは海で眠ることを選んだ。私もベティと同じ場所で眠りたい、それだけだ」



 だから何度も求めた。

 海に帰してほしいと求めたのだ。


 早くベティのところに行きたいから、人間化魔法薬を大量に服用した。あの魔法薬は大量に飲むと中毒死する恐れがある。ベティを一刻も早く追いかけるには、この方法が最もバレずに済むのだ。



「葬儀行列など必要ない。私はベティが愛した国だから、自分の持てる力で国を存続させただけに過ぎない。私は本来、この椅子に座るべきではないのだ」



 何の運命か不明だが、全く関係のないヴィクトルが王様になってしまった。本当ならニヴァリカ王国の正当な後継者はベティであったはずなのに、男児が王様にならなければならないという縛りがあるからベティは婿を取る必要があったのだ。

 その結果、国王に選ばれてしまったのが人魚のヴィクトルである。どうしてこうなってしまったのか。ヴィクトルは、愛する妻と一緒にいられればそれだけでよかったのに。


 浮かび上がる黒い影のような人間は、





 ならば、その望みを叶えてやろう。





 そんな文字が頭の中に浮かび上がると、黒い影のような人間が頭巾を取り払った。


 ふわりと落ちる銀色の髪、ヴィクトルを見据える色鮮やかな青い瞳。人形のような顔立ちに浮かぶのは大胆不敵な笑み。

 影のような人間かと思えば、その下から現れたのは目を見張るほどの美しい女性だった。棺の中に黒い百合を添えた、あの魔女だ。


 銀髪碧眼の魔女は口の端を吊り上げて笑うと、



「人魚の呪いを解くのは簡単だ、お望み通りにしてやりゃいい。海を捨てた人魚が、愛する奥さんがいるから海に戻ろうだなんて面白いじゃねえか」



 大股で棺に歩み寄る銀髪碧眼の魔女は、ヴィクトルの死体を確認する為に棺の中を覗き込む。それから手だけで何かを呼び寄せた。

 その動きに呼ばれて、広間の扉が僅かに開く。顔を覗かせたのは黒髪赤眼のメイドと衣嚢ポケットが大量に縫い付けられたつなぎを身につける少年である。


 足音を立てずに棺の側まで寄ってきたメイドと少年に「よし持ってけ」と指示を出した銀髪碧眼の魔女は、



「奥さんのところに連れて行ってやるのはいいけど、化けて出るんじゃねえぞ」

《登場人物》


【ヴィクトル】世にも珍しい男性の人魚。昔からお爺ちゃん並みに老け顔で、海を捨てて地上で老人のフリをしながら生活していた。お姫様であるベティと恋仲となり玉の輿に乗ったが、まさか国王陛下にまで上り詰めるとは想定外である。心の底からベティを愛しているが故に、人魚の呪いを振り撒いている原因。


【世界終焉】ヴィクトルの望みを叶える為に一肌脱いだ。もちろん誰にも言っていない。

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