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第8話【問題用務員と王様の正体】

 想定を上回るブツが発見されてしまった。



「まずいまずいまずいまずいまずい!!」



 全身から血の気が引いていくのに、思考回路は恐ろしいほど回転している。


 オセアーノ王の他人には言いづらい性癖が詰まった秘密のお品物(意訳)を善意で秘密裏に処理をしてやろうと部屋に乗り込んだら、呪いの日記帳と大量の魔法薬の小瓶が出てきてしまった。予想以上にまずいブツだらけである。

 どれほどまずいかと言うと、このまま普通に葬儀行列を敢行すればニヴァリカ王国が海の中に沈むほどまずい状況である。国全体を覆う磯臭さもこれらの品々を目の当たりにしてようやく合点がいった。


 ユフィーリアは「お前ら集合、集合!!」と呼びかけ、



「まずいことになった、本当にまずいことになった。このままだとニヴァリカ王国は海に沈むし親父さんを含めた冥府の連中も命はねえぞ!? 場合によっちゃアタシらも死ぬ!!」


「ええ!?」


「何それ!?」


「どういうことなノ♪」


「教えてくれ、ユフィーリア」



 自分たちにも命の危機が迫っているということで、エドワードたち4人も反応を示した。


 ユフィーリアが彼らに提示したのは、発見した呪いの日記帳とエドワードとアイゼルネがベッドの下から引っ張り出した小瓶である。この2つが今回の問題の鍵である。

 呪いの日記帳を開いたショウとハルアはあまりの内容に恐怖心を露わにし、エドワードとアイゼルネは「俺ちゃんたちが見つけた瓶じゃんねぇ」「何かの瓶か分かったのかしラ♪」と不思議そうに首を傾げている。これらの品々では何が問題なのか分からない様子だ。


 真剣な表情を見せるユフィーリアは、



「いいか、オセアーノ王の正体は――」



 そこまで語って、ユフィーリアは口を閉ざす。


 遠くの方で足音が聞こえてきていた。しかも徐々に近づいてきている。

 ここで展開が読めてしまった。おそらく「トイレに行く」と嘘を装った際に遭遇したマーカスが、いつまで経っても戻ってこないユフィーリアたち問題児の存在を怪しんだのだ。父親の自室を荒らした問題児どもを見つければ、どうなるか分かったものではない。


 ユフィーリアは慌てて魔法で荒れ果てた部屋を片付け、



「お前ら撤収、撤収!!」


「どどどどうやってぇ!?」



 同じく誰かが接近している気配を察知したらしいエドワードが慌てたように問いかけると、妙案を閃いたと言わんばかりにハルアが「そうだ!!」と叫ぶ。



「窓から飛び降りればいいんだよ!!」


「おいそこの馬鹿を捕まえろ!!」


「ハルさん、危険なことは止めよう。ここからどれぐらいの高さがあると思っているんだ」



 窓から華麗に飛び降りようとした暴走機関車野郎を、ショウが腕の形をした炎――炎腕を総員させて引き留めていた。この尖塔はかなりの高さを有しているので、いくら問題児でも命綱なしで飛び降りれば無事では済まない。

 この場で留まり続ければ方々から烈火の如く怒られ、学院長からは給料の減額を言い渡されることは間違いない。かといってこの部屋に5人の問題児を隠せるような余裕はなく、アイゼルネの幻惑魔法で認識を阻害しても誰かに看破されれば終わりだ。


 逃げ道が塞がれた状態で逃げる方法はただ1つ。



「日記帳は持ったな?」


「持ったよ!!」



 ハルアが呪われた日記帳を掲げる。



「小瓶は持ったか?」


「1個だけなら持ったワ♪」



 アイゼルネが豊満な胸に刻まれた谷間から、埃を被った小瓶を覗かせる。


 必要なものは持った。駄賃として連れていくはずだったカブトマグロの玩具は見送りである。

 魔法工学界の重鎮と名高い副学院長のスカイに依頼すれば、もっとリアルな魚の玩具を用意してくれるはずだ。この部屋にあった玩具よりも性能がよさそうである。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして、転移魔法を発動させた。



「おげえッ!!」


「がばあッ!!」


「むぎゅッ」


「♪」


「アイゼさんがまた動かなくなってしまった……」



 景色が切り替わり、どこかで見覚えのある部屋に転移を果たす問題児たち。

 だが魔法で尖塔から転移した瞬間、鼻孔を貫く強烈な磯臭さに悶絶した。せっかく今まで平気だったのに我慢できないほどの悪臭に、思わず床でのたうち回ってしまう。


 どこに転移したのかと周囲を見渡すと、



「げえッ、棺のある部屋だったか!!」



 ユフィーリアたち問題児が転移した先は、オセアーノ王の棺が安置されている部屋だった。だから強烈な磯臭さが部屋に充満しているのだ。

 部屋そのものの臭いは海沿いの街独特の潮の香りだろうが、呪いの臭いが凄まじくて仕方がない。今すぐ逃げ出したい気力はあるのに魔法を発動させる為の思考回路がまとまらないほど悪臭が酷いので、力なくその場にヘナヘナと座り込むだけだ。


 絨毯が敷かれた床に伏せるユフィーリアは、



「おげ……ダメだ魔法を使う為の考えがまとまらない……」


「さよなら世界、俺ちゃんの鼻は死にます」


「あばよ!!!!」


「♪」


「死ぬなら出来ればユフィーリアの腕の中で死にたかった、ガクッ……」



 うっかり嗅覚を元の状態に戻していたことが仇となり、ユフィーリアたちは棺が安置された広間にて倒れるのだった。



 ☆



 棺が安置された広間が騒がしいということで、様子を見にきた冥府の関係者に救出されて一命は取り留めた。



「生きてりゅ……」


「お茶美味しいよぉ……」


「魚美味え!!」


「ハルちゃん、食べながら喋らないデ♪」


「意外と人間ってしぶとく生きるんだな……」



 ユフィーリアたちが連れ込まれた先は別の広間で、そこには『見送り料理』と呼ばれる料理が並べられていた。

 海産物が有名なニヴァリカ王国らしく、魚介類をふんだんに使った料理の数々が存在している。煮付けや魚介類のスープ、魚の切り身に塩を揉み込んで提供される『生ステーキ』など料理の数は多岐に渡った。自由に取ってもいいのか、取り皿や取り分け用の食器などが用意されている。


 見送り料理とは葬式の際に参列者へ振る舞われる料理のことだ。その国の郷土料理が振る舞われることが多く、ニヴァリカ王国は海産物で有名なので魚が使われた料理が必然的に多くなる。



「大丈夫ですか? 床でのたうち回っていましたが……」



 冥王第二補佐官であるアヤメが、ユフィーリアに温かいお茶を差し出してくる。どこで用意されていたのか、湯呑みに並々と注がれた緑茶である。



「いやー、ちょっと持病の癪が悪化して」


「本日の葬儀行列には参加できそうですか?」


「それは大丈夫、大丈夫。いつも通りやるよ」



 アヤメは「ご無理なさらないでくださいね」と念押しして、葬儀行列の準備に戻ってしまった。冥王第一補佐官と同様、冥王第二補佐官もお忙しい身なのだ。


 湯呑みに注がれた緑茶をちびちびと啜り、ユフィーリアは周囲を確認する。

 葬儀行列の関係者はいるものの、ユフィーリアたちの位置からだいぶ離れている。誰も彼も忙しそうに走り回っているので、コソコソと会話する程度など気にも留めないだろう。


 広間の片隅でコソコソと円陣を組むユフィーリアたち問題児は、



「さっきの話の続きをするぞ」


「ニヴァリカ王国が沈むって言ってたねぇ」


「場合によってはおねーさんたちも死んじゃうっテ♪」


「どういうことなのか教えてほしい」


「オレらどうなっちゃうの!?」



 ユフィーリアは「聞いて驚け」と話を切り出し、



「オセアーノ王は人魚だ」


「……王妃様の方じゃないのぉ?」


「違う、オセアーノ王の方が人魚だったんだよ」



 ユフィーリアは証拠としてアイゼルネから小瓶を受け取る。


 小瓶のラベルは黄ばんでおり文字が認識できなくなってしまっているが、閲覧魔法を使うと確かに『人間化魔法薬』という情報が表示される。しかも人魚が服用することで効果を発揮する類の魔法薬だ。

 これと同じ瓶が、オセアーノ王の部屋にたくさん転がっていた。王妃様が服用していたものをオセアーノ王が隠し持っていたという可能性も考えられるが、ユフィーリアはその可能性はないと否定する。


 その証拠がオセアーノ王の日記帳である。



「その日記帳に『海に帰して』ってあるだろ。人魚は水葬による弔い方法が当たり前だから、海に帰りたいと願うのは当たり前のことだ」


「でも、この日記帳がオセアーノ王のものだとは……」


「それも閲覧魔法を使えば判明する。ほらよ」



 ユフィーリアが雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすると、ショウの抱える日記帳の情報が閲覧魔法によって表示された。『オセアーノ王の日記帳』とあるので、彼のものであることは確定的となった。



「でも人魚さんは女の人しかいないんじゃなかったの!?」


「確認されてねえだけで、実は存在したんだろうよ。何事にも例外はあるからな」



 生まれる可能性は天文学的確率だったかもしれないが、オセアーノ王が男性の人魚だったら全ての話に納得できる。

 ニヴァリカ王国全体に磯臭い呪いを振り撒いたのも、化けて出たことにも説明がつく。彼は海に帰りたいが為に幽霊となってユフィーリアたち問題児の前に姿を見せ、塔に行くように指示したのだ。それほど海に対して執念深さを持っている様子である。


 ショウは「だったら」と口を開き、



「父さんは何故このことに気づかないんだ?」


「冥府が知れるのはあくまで行動の記録だけだ。当本人の気持ちなんぞ冥府の法廷で分かることだしな」



 オセアーノ王が人魚だとしても、葬儀行列は親族の申請によって敢行される。世の中には海を捨てて陸地で生活する人魚もいるので、オセアーノ王も陸地を捨てた人魚だと判断されたのだろう。

 だが、オセアーノ王の望みは海に帰ることだった。息子や他の親族とはよく話をしていなかったのか、葬儀行列などという望まれない葬儀方法で見送られようとしている。


 だから人魚の呪いがニヴァリカ王国を包んでいるのだ。



「お望み通りにしてやらなきゃ全員仲良く海の底に引っ張り込まれる。それに、わざわざ化けて出てまで伝えてくれたんだ。叶えてやらなきゃ悪いだろ」



 ユフィーリアは「ショウ坊、ハル」と未成年組を呼ぶ。この中で最も機動力の高い彼らにしか頼めないことだ。



「お前ら、王様のご遺体を海に捨ててこい。バレんじゃねえぞ」


「貴女の言うことだから間違いはないと思うのだが……」



 ショウは不安げな表情で、



「せめて父さんに言わなくていいのか?」


「おいおい、アタシらは問題児だぞ。それに少し考えれば親父さんだって気づくことに気づかないんだから、ちょっとした悪戯だ」


「少しどころではないと思うのだが」


「細かいことはいいんだよ」



 ユフィーリアは悪魔のような笑みを見せ、



「さて、葬儀行列をぶち壊してやりますか。問題児らしくな」

《登場人物》


【ユフィーリア】王様の正体が人魚だと気づいた魔女。愛ほど呪いに近いものはないよね。

【エドワード】棺の中で寝ていたオセアーノ王と海洋魔法学実習室で見た綺麗な人魚と比べて、本当に人魚なのかと混乱した。

【ハルア】あのお爺ちゃんが人魚になれるなら、自分も人魚になれるのでは?

【アイゼルネ】男の人魚って初めて見たのだが、それにしても老けすぎていないだろうか。人魚とは若い印象がある。

【ショウ】人魚でも雄が存在することに驚き。

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