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第4話【問題用務員と出られない部屋】

 さて、折檻の時間である。



「ぎゃああああああああああああああああ!?」


「助けテ♪」


「全く、君たちって問題児はこれだから。お酒が入ると問題行動に走るのはこれで何度目かな」



 問題児が連行されたのは、ヴァラール魔法学院のどこかにあるグローリアの魔法実験室だった。


 壁沿いに並んだ背の高い本棚には隙間なく魔導書が詰め込まれており、フラスコやビーカーなどの実験道具も取り揃えられていた。難しい魔導書が実験机の上に開かれた状態で放置されており、小難しい言葉が隙間なく書き込まれているところを窺うと途中まで熱心に魔法の研究を進めていたようだ。

 そして現在、魔法実験室の床の一部に巨大な穴が作られており、グツグツと煮えたぎるマグマがお目見えしていた。その上にエドワードとアイゼルネを閉じ込めた鉄製の檻がふわふわと浮かんでいる。


 グローリアはやれやれと肩を竦めると、



「本当に勘弁してよね、扉を接着魔法で固定させて閉じ込めるなんてさ。おかげで出られないで困ったんだから」


「それユーリがやったんだよねぇ!?」


「おねーさんたちは扉を接着魔法で固定なんかしていないわヨ♪」


「アイゼルネちゃんは校舎内に残っていた生徒や教職員を縄で縛ったし、エドワード君はその縛られた人たちを教員寮や学生寮にぶち込んだでしょ。協力した時点で立派に同罪だよ」



 右手を掲げたグローリアは、軽く手を振る。

 その動きに合わせてエドワードとアイゼルネを閉じ込めた檻が揺れ、彼らの悲鳴が魔法実験室に響き渡った。学院長の気分次第でマグマに沈められる可能性があると考えれば、問題児でも命乞いをしたくなるものだ。


 涙目で抱き合うエドワードとアイゼルネは、



「じゃあ何でユーリは無事なのよぉ!!」


「縄で縛ったおねーさんや縛られた人を寮にぶち込んだエドが何でマグマの上で危険に晒されてて、ユーリが無事でいられるのか分からないワ♪」


「え?」



 彼らが指摘したのは、グローリアのすぐ隣で檻に閉じ込められた2人を見上げるユフィーリアである。


 マグマの上に浮かぶ恐怖の檻に閉じ込められているのはエドワードとアイゼルネだけだが、酔っ払い馬鹿トリオが連携して起こした問題行動とはいえ罪の具合で言えばユフィーリアが最も重い気がする。何せ彼女がやったことは接着魔法で扉と壁をくっつけて開けなくし、生徒や教職員を閉じ込めたのだ。

 ところが、ユフィーリアはマグマの上の檻から逃れられていた。今まさに命の危機に晒されているエドワードとアイゼルネを悠々と眺めながら、愛用の煙管を吹かしているぐらい余裕のある態度だった。これに怒りを抱かない奴はいない。


 ユフィーリアは清々しいほどの笑みを見せて、



「いやー、日頃の行いって奴?」


「日頃の行いだったらユーリが1番悪いじゃんねぇ、この腐れ魔女が!!」


「失望したワ♪ あとで足ツボマッサージの刑に処してあげル♪」


「はははは、言ってろ言ってろ」



 檻をマグマの上に吊るす張本人のグローリアへ振り返ったユフィーリアは、



「じゃあアタシ帰っていい?」


「何言ってるの? 君の罰は別に用意したんだよ」


「え?」



 青い瞳を瞬かせるユフィーリアに、グローリアはパチンと指を鳴らして魔法を発動させる。


 足元に薄紫色の魔法陣が出現したかと思えば、見る間にそれが形をなしていく。頑丈な鉄格子がユフィーリアを取り囲むように床から生え、天井が硬い鉄板によって塞がれる。あっという間に立派な檻が完成してしまった。

 しかも魔法で構成されている為、簡単に開閉が出来ない仕様になっているようだ。鉄格子を掴んで前後に揺さぶると、ガシャンと耳障りな音を奏でるだけで開く気配はない。


 鋼鉄の檻に閉じ込められてしまったユフィーリアは、



「おいグローリア、どういうことだよ?」


「何で君が1番悪いのに罪を逃れられると思ってるのさ。おかしいでしょ?」



 グローリアは朗らかな笑顔を見せると、



「だから君にはとっておきの罰を用意しておいたから、せいぜい苦しんでよ」


「たかが出入り口を塞いだ檻に閉じ込めただけでいい気になるんじゃねえぞ、このポンコツ学院長が」



 ユフィーリアはそう吐き捨てて、雪の結晶が刻まれた煙管を握り直す。

 出入り口が塞がれた檻に閉じ込めただけで、魔法の天才と名高いユフィーリアを幽閉した気にならないでほしいものだ。檻は魔法で構成されているから魔法の使用は可能であり、魔法が使えるということは転移魔法で逃げることが出来るという意味でもある。対策は色々できるのだ。


 転移魔法を発動して逃げようとするユフィーリアだが、



「ダメだぞ、ユフィーリア。これは罰なのだから」



 する、とユフィーリアの腰に誰かの腕が巻き付く。


 白く華奢な腕は少し力を込めれば折れてしまいそうな雰囲気があり、視界の端で艶やかな黒髪が揺れる。首だけを背後に向ければ、恍惚とした表情を見せる最愛の嫁がいた。

 まさか一緒に檻へ閉じ込められてしまったのか。これからどんな罰が待ち受けているのか不明だが、今回に限って何もやっていないショウをユフィーリアの罰に巻き込む訳にはいかない。


 鉄格子に飛びついたユフィーリアは、



「おいふざけんな、グローリア!! 今回ショウ坊は何も悪くねえだろ!!」


「何言ってるのさ、ユフィーリア。今回、君に罰を与えるのは僕じゃなくてショウ君だよ」


「え」



 最愛の嫁、まさかの裏切りである。


 どういうことかとばかりに振り返れば、ショウの格好が可憐なメイド服から生地がスケスケの素材で出来ているベビードールに変わっていた。

 白を基調としたベビードールの胸元には真っ赤なリボンがあしらわれた可愛らしい意匠となっており、白い布地を隔てて彼の真っ白いお腹や細い腰などが浮き彫りとなっている。レースが施された白い下着は腰の位置で細い紐が頼りなさげに揺れており、靴下留め(ガーターベルト)によって繋がれた薄い生地の長靴下が彼の素足を覆い隠す。これ以上なく可愛らしい格好だった。


 固まるユフィーリアの前に、ショウは『YES』と書かれた枕を掲げる。それから恥ずかしそうに微笑むと、



「ここは【自主規制】しなきゃ出られない部屋だ」


「【自主規制】しなきゃ出られねえ部屋!?」



 聞いたことのない拷問である。こんな誰が見ているか不明で衛生環境も整っていない場所で【自主規制】に至るなど何の拷問だ。



「思い直せ、ショウ坊。ここにはベッドもねえし」


「あ、出すの忘れてた」


「『出すの忘れてた』で出しちゃダメだろ、グローリアこの野郎!?」



 ショウの大胆なお誘いを後押しするように、グローリアがユフィーリアたち2人を閉じ込める檻の中にベッドを魔法で作り出してしまう。本当にふざけないでほしい。

 これで逃げ道はなくなった。元より逃げ道はないのだが、ショウが主導となった罰なので逃げるような真似をすれば悲しませてしまう。進んでも地獄だし退いても地獄の拷問だ。


 どうにかして事態を解決したいユフィーリアだが、ショウの弱々しい声に意識が引き戻されてしまう。



「ユフィーリアは、俺とそういうことがしたくないのか……?」



 枕を抱えたまま、ショウはどこかしょんぼりとした表情を見せる。背景に大きな目を潤ませる小型犬の幻覚がよぎった。



「そういう訳じゃねえけど、でも」


「じゃあいいだろう」


「わッ」



 檻の中いっぱいに鎮座する巨大なベッドに引き込まれて、ユフィーリアはショウに覆い被さる形で倒れ込んでしまう。

 白い敷布を背に黒い艶やかな髪が散らばり、真っ赤な瞳が真っ直ぐにユフィーリアを見据えている。桜色の唇が緩やかな弧を描くと、華奢な腕をユフィーリアの首に回して彼は身体を持ち上げる。


 ふに、と軽いキスを贈られたあとに生暖かい舌がユフィーリアの唇を舐める。啄むように何度もキスを交わし、熱い吐息が肌を撫でた。



「待って、待ってくれ本当にショウ坊!!」


「ここに来て退くのは嫌だぞ」



 慌てたように距離を取るユフィーリアに、ショウは少し不満げに唇を尖らせる。その拗ねたような表情も可愛いのだが、もう色々と限界なのだ。



「アタシは初めてなんだよ、せめて段階を踏ませてくれ!?」


「なるほど」



 ショウは納得したように頷いてくれた。


 経験豊富そうに見えるユフィーリアだが、恋愛の『れ』の字もしてこなかった初心な恋愛1年生なのだ。恋愛に関しては格好つけているけれど何もかも手探り状態な訳である。

 キスをするだけでも精一杯なのに、いきなりベッドに連れ込まれるとこれ以上は鼻血を噴き出す。鮮血でショウの可愛らしいベビードール姿を汚す訳にはいかないので、思いとどまってほしいものだ。


 だが、



「分かった、こうすればいいのか」


「はえ?」



 納得してくれたはずなのに、ユフィーリアは何故かショウにベッドへ押し倒されていた。


 景色が反転して、檻の天井がショウの背中に広がっている。艶やかな黒髪がカーテンのように垂れ落ち、妖しげに輝く赤い瞳がユフィーリアを真っ直ぐに射抜いていた。

 身体が動かないのは、下腹部にショウがのしかかっているからだ。いつもは衣服という壁があるからまだマシだろうが、心許ない薄い生地の下着類が彼の尻の柔らかさをまざまざと伝えてくる。「これも食育の効果かな、肉付きがよくなったなやったぜ」とか思っている場合ではない。


 ショウは妖艶に微笑むと、



「大丈夫だ、ユフィーリア。俺がリードしてあげるからな」



 ――――もうダメだった。



「――ふぅ」


「え?」



 意識が遠のいていく。

 鼻から何か鉄の味のする液体が噴出し、目の前が徐々に真っ黒へ染まっていく。遠くの方で「ユフィーリア、ユフィーリア!?」とショウの叫ぶ声が聞こえてきたが、それもやがて途絶えてしまった。


 お仕置き失敗である。

《登場人物》


【ユフィーリア】出られない部屋に閉じ込められた魔女。派手な見た目とは対照的に初心な心を持った恋愛1年生なので、嫁に派手な格好をされると鼻血を吹き出す。エロ本には耐性あるのに、嫁は別である。

【エドワード】マグマの上に浮かぶ檻に閉じ込められた巨漢。1番悪いはずの上司が鼻血を出して安らかに気絶する様を「何で?」という気分で見てた。エロ本は読んでるじゃんねぇ。

【ハルア】お部屋の隅っこで朝食のサンドイッチを持ち込んでもぐもぐしてたので大人しい。

【アイゼルネ】嫁に耐性のないユフィーリアに内心で「ざまあみろ」と言葉を送る。でもあれは出血多量で死んだら従僕契約の自分たちもやばいことにならないか?

【ショウ】大胆に攻めてみたらまさかのユフィーリアが鼻血を出して気絶してしまった。ベビードールは自前。


【グローリア】ショウの異世界知識を聞いて、今回の罰を執行した。いつもは異世界知識で悪戯される側だが、異世界の知識って使えるんだね!

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