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第3話【問題用務員と静かな朝食】

 朝食の時間も静かすぎた。



「生徒や教職員すらもいねえよ……」


「ショウちゃんやハルちゃんの時と同じように閉じ込めたんじゃないのぉ?」


「そう考えるのが1番だろうな」



 普段は生徒で溢れかえっている大食堂も、酔っ払ったユフィーリアの問題行動で生徒や教職員を幽閉したことにより静けさが満ちていた。

 すでに用意されていた朝食は手付かずのまま放置されてた影響で少し冷めてしまっており、ユフィーリアが責任を持って魔法で温め直した。魔法を使えば冷めた料理だって出来立てに生まれ変わるのだ。


 カリカリに焼いたバゲットに夏イチゴのジャムを塗って口に運ぶユフィーリアは、



「一体アタシは何の魔法で生徒や教職員どもを閉じ込めたんだ……」


「記憶を飛ばすほど飲んでしまったのか?」


麦酒ビール火酒ウィスキーを交互に飲んだ以外のことを覚えてねえんだよ」



 首を傾げるショウに、ユフィーリアは頭を抱えながら言う。


 断片的にある記憶を手繰り寄せると、昨夜は臨時収入があったから外食をしようという結論になったのだ。そして「どうせならいつもは行かないちょっといい場所に行くか」となり、学院内に併設されたレストランのうち割と値段が高めの『ビストロ・マリーナ』に行くことにしたのだ。

 夜の時間帯になると、店では酒も提供しているので仕事終わりの教職員が多く訪れるのだ。人魚たちの美声に乗せられて酒瓶をパカパカと開けてから記憶が途切れている。その間に問題行動をやらかしたのだろう。


 ハルアがオムレツを頬張りながら、



「そういえば、昨日のユーリはやたら接着魔法について語ってたよ!!」


「接着魔法?」


「物と物をくっつける魔法なんだよね!! 昨日、その話を何度も何度もしてたから覚えちゃった!!」



 ハルアの口から魔法の話題が出ること自体、珍しいことではある。手加減の出来ないお馬鹿さんだから噛み砕いて説明しないと理解しないのだが、何度も同じ説明を繰り返されればさすがに覚えるのか。


 それにしても、接着魔法とは何の接点もない話題を持ってきたものだ。

 接着魔法はハルアの説明通り、物と物を強く接合させる魔法だ。これと言った使い道はないが、せいぜい建物の補強ぐらいのものだろう。窓と壁を接合させれば災害対策にもなり、建設関連の職業に就く場合は知っていて損はない。


 その話題が出てくるということは、ユフィーリアは確実に接着魔法を使った。――学生寮や教職員寮の扉に、だ。



「説教確定だわ、本当にありがとうございました」


「ユーリざまあ」


「元気出しテ♪」


「ちくしょう、他人事だと思いやがって」



 同じく浴びるほど酒を飲んだ影響で記憶を吹っ飛ばしておきながら、ユフィーリアとは違って特に何の問題も起こしていないだろうエドワードとアイゼルネから雑な慰めを受ける。同じ立場のはずなのに、状況が悪化していくのはユフィーリアばかりだ。

 酒を飲む時も理性をなくさない努力をすればいいのに、何故いつも箍が外れてしまうのだろうか。本当に何度経験しても学ばないことである。「禁酒しよう」などという誓いはユフィーリアにとって意味のないものだ。


 天井を振り仰ぐユフィーリアは、



「どうにかしてエドとアイゼも巻き込めねえかな」


「魔法が使えない俺ちゃんを巻き込むなんてナンセンスだねぇ」


「おねーさん、ユーリほど魔法が上手に使える訳じゃないから今回ばかりは無罪ヨ♪」


「え?」


「え!?」



 今回の生徒及び教職員の幽閉には関わっていないと主張するエドワードとアイゼルネに、ハルアとショウが聞き返すような素振りを見せた。

 おっと、これは流れが変わった。彼らもユフィーリアと同じく記憶を吹っ飛ばすほど酒を飲んだのだ、問題児根性が染み付いたエドワードとアイゼルネもお説教を逃れることはまず不可能である。これで同じ土俵だ。


 エドワードは「え?」と聞き返し、



「俺ちゃんやアイゼはユーリと違って問題行動なんてしてないでしょぉ?」


「いやぁ……」



 言いにくそうに言葉を濁すショウとは違って、ハルアは的確にエドワードとアイゼルネにもトドメを刺していく。



「校舎に残ってた生徒や先生たちを縄で縛ったのはアイゼだし、その人たちを引きずって学生寮や教員寮にぶち込んだのはエドだよ!!」


「え?」


「あらやダ♪」


「その上で『何もやってない』って言うんだったら本格的に酒を飲むのを止めた方がいいんじゃないかな!?」



 容赦のないハルアの言葉に、エドワードとアイゼルネは揃って頭を抱えていた。先程までユフィーリアも同じ気分を味わっていたのだからいい気味である。

 ユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人で記憶を飛ばすまで飲むと連携して問題行動に及ぶのは何度目のことだろうか。この前は全裸に見える呪いの眼鏡を全校生徒と全教職員にプレゼントしたし、今回は学生寮や教員寮に幽閉する始末である。ユフィーリアだけで問題行動に及んだ訳ではない事実に笑顔が隠せない。


 エドワードとアイゼルネを指差して笑い飛ばすユフィーリアは、



「はっはァ、ざまあねえなお前ら!!」


「同じ土俵に引き摺り込んだだけでここまで笑える魔女はお前さんぐらいだよぉ、ユーリぃ」


「性格が悪いワ♪」


「同罪のくせに何言ってんだ、仲良く怒られようぜ同胞」


「扉を接着させて幽閉したユーリが1番悪いじゃんねぇ」


「閉じ込めなければ良かったんじゃないのかしラ♪」



 ユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人で最も罪が重い馬鹿野郎を探すが、どちらにせよ問題行動を起こしたという事実がある時点で同率の馬鹿野郎なのだ。罪の重さも軽さもそこにはない。

 だが他人が自分よりも短く説教を受けるのが嫌なのか、互いに互いの足を引っ張り合って共倒れを狙っている。醜い大人たちである。問題行動をやらかした記憶がすっぽりと抜け落ちているから、なすりつけ合いも本格的だ。


 シソタマネギと鶏ささみという健康的なトッピングの龍国粥りゅうこくがゆをちまちまと口に運んでいたショウは、



「そういえば、ユフィーリア」


「ん?」


「昨日、ビストロ・マリーナの代金はちゃんと払ったのか?」


「え?」


「え?」



 最愛の嫁から至極真っ当な質問を投げかけられて、ユフィーリアは思わず聞き返してしまった。


 確かに臨時収入があり、外食をしたという部分までは完全に思い出した。結構割高なビストロ・マリーナでハメを外して浴びるほど酒を飲んだことも、まあ朧げではあるものの記憶には残っている。当然ながらその代金が発生するのは常識だ。

 その代金を支払った記憶がない。相当酔っ払い、なおかつ全校生徒と全教職員を寮にぶち込んで閉じ込めるぐらいだから支払っていないかもしれない。大いに考えられる可能性である。


 ユフィーリアは乾いた笑みを見せ、



「払った記憶がねえわ」


「昨日はユフィーリアが『代金はアタシが持つ』と言ったから任せてしまったが……」


「また食い逃げしたの!?」



 未成年組からの容赦ない言葉の攻撃に、ユフィーリアは堪らず机に突っ伏した。


 今回は払えるほどの代金があったのだが、酔っ払って記憶をすっ飛ばしたから代金を払わずに出てきてしまったのか。食い逃げをした場合、ビストロ・マリーナのオーナーから首根っこを掴まれて「身体で代金を払え」などと言われてしまう。

 そうなってしまったらユフィーリアは人魚の格好をする羽目になるのだろうか。あんな布面積の少ない貝殻だけのブラジャーで接客できるほどユフィーリアは恥を捨てていない。


 エドワードとアイゼルネは机に突っ伏すユフィーリアの肩を叩くと、



「これに関しては俺ちゃんも悪いねぇ、ちゃんと言えばよかったねぇ」


「一緒に人魚の格好をして接客しましょうネ♪」


「嫌だ!! あんなほぼ水着みたいな格好なんかしたくない!!」


「おねーさんは人魚の格好をして海洋魔法学実習室のお掃除をしているのヨ♪ ユーリも恥を捨てなさイ♪」


「アイゼは似合うからいいじゃんねぇ、男の人魚なんて需要はどこにあるのよぉ」



 仲間を得たからか、エドワードとアイゼルネが協力して引き摺り込んでこようと画策してくる。汚え連中である。



『ぴーんぽーんぱーんぽーん』



 その時、食堂全体に間抜けな声が響き渡った。


 放送魔法である。事件の犯人に気づいたらしい誰かが魔法で助けを求めに来たのだろうか。

 それはつまり、ユフィーリアたち3人の説教までのカウントダウンが始まったことを示唆していた。無様に言い合いをしている暇ではなかったのだ。



『えー、用務員のユフィーリア・エイクトベルさん。至急学院長室までお越しください。ついでにエドワード・ヴォルスラム君とアイゼルネさんもお越しください』



 もう説教からは逃れられない。すごすごと出頭すれば正座で何時間も説教を受けることになってしまう。



「こうしちゃいられねえ、今すぐ学外に逃げる!!」


「狡いよぉ、ユーリぃ。俺ちゃんも連れて行きなよぉ!!」


「おねーさんも連れて行ってほしいワ♪」


「当たり前だろ、居場所に勘付かれて告げ口でもされたら逃げた意味なんてねえだろうが!!」



 ユフィーリアはジャムを塗ったバゲットを牛乳で流し込み、それから魔法で使用済みの皿を返却口まで転送する。

 とりあえず逃げる先は近場のイストラか、そこを経由して獣王国ビーストウッズにまで逃げればいいだろうか。あるいはアーリフ連合国に逃げ込むこともありだろうが、どのみち時間稼ぎにしかならない。


 椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がったユフィーリアは食堂の扉を開き、



「やあ、ユフィーリア」


「間違えました」



 バタン、と閉じる。


 今、目の前に存在してはいけないような人物がいた気がする。

 まさに絶対会いたくない人物である。黒髪紫眼の青年で、爽やかな笑みがよく似合うヴァラール魔法学院の学院長だったような感じがした。


 現実逃避をするように扉を閉ざしたユフィーリアだが、



「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「ぎゃーッ!! 今回は覚えてないんだってぇーッ!!」


「また記憶を飛ばすほど飲んだの!? この酔っ払いが、反省しなさい!!」



 扉を蹴り開けてきた学院長、グローリア・イーストエンドにあえなく捕まり、ユフィーリアたち問題児大人組は泣きながら許しを乞うのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】接着魔法で扉を接着させ、生徒と教職員を寮に閉じ込めてきた魔女。さらに昨日の飲み代は踏み倒したらしい。全く記憶がない。

【エドワード】まだ校舎に残っていた生徒や教職員を寮にぶち込んだ張本人。酔っ払っていたので何も覚えていない。

【ハルア】まだお酒が飲めないので容赦なく酔っ払い共に意見が言える。言葉でも相手にトドメを刺す。ビストロ・マリーナではピザを食べてデザートまで食べた。

【アイゼルネ】まだ校舎に残っていた生徒や教職員を縄で縛った張本人。ベロベロに酔っていたから分かんない。

【ショウ】身内には毒を吐かないが、相手が敵なら容赦ない。昨日はビストロ・マリーナで海鮮のパスタを食べた。デザートはハルアと半分こした。


【グローリア】仕事をしていたら酔ったユフィーリア、エドワード、アイゼルネに強襲された学院長。亀甲縛りにされた上で学院長室に放り入れられ、さらに学院長室から閉じ込められた。一瞬のうちに酷い目に遭った。

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