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第5話【問題用務員と新マスコット】

 ガサガサッ、バサバサッ、ガサガサガササッ!!



「ステディ、悪戯するなよ。うるせえな」


「ぎゃーッ!!」


「飯はさっき食ったろ」



 用務員室に響き渡る紙をバサバサと荒らす音の正体は、紙製の怪獣が食事を求めて雑紙を漁るものだった。

 紙製の怪獣は『ステディ』と名付けられ、今日も元気にヨチヨチと用務員室を歩き回っては食事となる雑紙を探し求めている。基本的に食わず嫌いはなく雑紙なら何でも食べるようで、チラシやハルアが描いた落書きなどを食べさせていた。それで満足するとはお手軽である。


 ユフィーリアは読みかけの魔導書を閉じると、



「エド、ステディの餌に何か雑紙はあるか?」


「ユーリも甘いねぇ、甘々だねぇ」



 ちょうど料理雑誌を読んでいたエドワードは自分の事務机を漁ると、紐でまとめられた紙束を引っ張り出してくる。すでに開封済みとなっている手紙のようだ。



「俺ちゃん宛のラブレターならあげるよぉ」


「お前にラブレターとか正気か?」


「ユーリぃ、いいことを教えてあげるねぇ。これはラブレターであってラブレターじゃないんだよぉ」



 エドワードから紙束を受け取ったユフィーリアは、彼の言葉に首を傾げる。ラブレターはラブレターなのだから応えてやったらいいのではないだろうか。問題児とはいえ彼もなかなかの好条件なイイ男なのだから。

 ラブレターなのに雑紙として処分を要求してくるとはこれ如何に。相手だって少なからずエドワードのことを思って書いてくれているのだから、少しぐらいは考えてやるべきではないのか。それなのに「ラブレターであってラブレターではない」とか言いやがるのは、過去に1通もラブレターをもらったことがないユフィーリアへの当てつけか。


 ユフィーリアは受け取ったラブレターの束に視線を落とすと、



『貴方の上腕二頭筋の溝を撫でる職業に就きたいです』



 気持ち悪い。



『腹筋が最高です、その汗を舐めたい』



 そこはかとなく気持ち悪い。



『雄っぱい最高!!』



 とんでもなく気持ち悪い。



「おえッ」


「ほらねぇ、気持ち悪すぎて吐くでしょぉ?」


「何これ酷すぎじゃねえか。いつの奴だよ」


「ショウちゃんが来る前の奴だからぁ、大体4ヶ月前ぐらい?」


「そこまで残してんじゃねえ」



 あまりにも気持ち悪すぎる内容の手紙の数々に、ユフィーリアは思わず吐き気を催してしまった。

 手紙の内容は大抵がエドワードの自慢とする筋肉を褒めるものだったのだが、何故か「舐めたい」だの「溝を撫でたい」だの「揉みたい」だの捕まるんじゃないかと思うような内容だったのだ。何でこんなものを4ヶ月も残しておいたのか。


 ユフィーリアは手紙の差出人を確認すると、



「うわ、これ大半が男子生徒からなんだけど」


「そうなんだよねぇ」



 エドワードは遠い目をすると、



「今時の若い子ってさぁ、こんなに変態さんなのかねぇ。俺ちゃん分かんないやぁ」


「……元気出せよ」



 ユフィーリアは哀れみの目を向ける。変態ちっくな連中から目をつけられるとは、彼も相当運がない。


 エドワードが変態どもから受け取った手紙を丁寧に折り畳んで、ヨチヨチと床を歩き回るステディの前に差し出してみる。小さな手を目一杯伸ばして手紙を受け取ったステディは、大きな口を開けて手紙に食らいついた。

 そのままむしゃむしゃと手紙を噛みちぎって消費していくステディ。ただ噛みちぎった手紙はバラバラになっただけで、本当に消費されずステディの足元に散らばった。中身が空洞となっているので、どうしても出てきてしまうのだ。


 それでも手紙を食いちぎれたのが大満足なのか、ステディはひっくり返って「ずー」と寝息を立て始めた。お昼寝の時間のようである。



「エド、不審者とか見かけたら言えよ。第七席として縁切りぐらいはしてやるから」


「今のところ実害はないしぃ、ショウちゃんが最近だと手紙の検分をしてくれるから届かなくなったよぉ」


「手紙の検分が必要になるほど届いてんのか?」


「俺ちゃんはそこまでの被害は受けてないよぉ」



 エドワードは首を横に振って否定すると、



「1番酷いのはショウちゃんだねぇ」


「誰だ殺す」


「まあでもぉ、ユーリに届いてたラブレターの差出人を闇討ちしているところを目撃されてからなくなったみたいだねぇ」


「アタシにも届いてんの? 気づかなかったんだけど?」


「いつもアイゼが弾いていたものをショウちゃんがやるようになったんだってぇ」



 知らない間にアイゼルネとショウには必要ない気苦労をかけていたようである。これは上司としてしっかり反省し、改善をしていかなければならない。

 試しにまずは魔法薬テロを引き起こして、生徒たちを動物に変身させてやろうか。それとも性癖を暴露する魔法薬でも使って見えないところも見ようとしてみようか。生徒たちを対象にした悪戯ならいくらでも思いつく。


 魔法薬の手引書を本棚から引っ張り出すユフィーリアは、



「ただいま!!」


「ただいまです」


「ぎゃッ」



 ちょうどそこに、未成年組のショウとハルアが金属製のドラゴンを抱えて用務員室に戻ってきた。

 副学院長であるスカイのところにいるドラゴン型魔法兵器(エクスマキナ)のロザリアである。ハルアの頭の上に乗ったロザリアは、赤い魔石を輝かせてユフィーリアとエドワードにご挨拶してくる。


 ショウはロザリアをハルアの頭から退けながら、



「ステディにお友達がほしいかと思って」


「今、腹一杯で寝てるぞ」


「あらら」



 仰向けで「ずー」と寝息を立てるステディに、ハルアが鼻先を指先でくすぐる。くすぐり続けているとステディはくしゃみをしてから、何事だと言わんばかりに飛び起きた。

 紙で作られた眼球をジロリと周囲に巡らせ、お昼寝から起こされたステディはハルアを見上げて「ぎゃーッ」と抵抗してくる。まるで「よくも起こしてくれたな!!」と言っているようだ。


 ハルアはステディを抱きかかえると、



「ほらステディ、お友達だよ!!」


「ロザリアという名前なんだ、仲良くしてほしい」



 ハルアに抱きかかえられたステディと、ショウの腕の中を占領するロザリアがついに対面を果たした。


 ステディとロザリアは互いに興味があるのか、ふんふんと鼻息荒く相手の様子を探っている。短めの手足を伸ばし、四肢と対照的な長い尻尾を振り回して何か会話をしているようだった。

 やがてステディとロザリアは、示し合わせたかのように「ぎゃー」と鳴く。仲良く出来そうである。喧嘩などしようものなら確実にステディがぐちゃぐちゃに潰されてしまう。



「あらお帰りなさイ♪」


「ただいまアイゼ!!」


「ただいまです」



 すると、今まで居住区画に引っ込んでいたアイゼルネが用務員室に顔を出す。それから「ショウちゃん、ちょっといいかしラ♪」とショウを呼びつけた。



「また闇討ちの依頼があってネ♪」


「詳細を教えていただけますか」



 不穏な言葉のやり取りをしてから居住区画に引っ込んでしまった。残念ながらロザリアはエドワードに押し付けられ、ロザリア本人もどこか驚いている様子である。

 上司として首を突っ込むべきなのだろうが、変に首を突っ込めばどうなるか不明である。開けてはいけないパンドラの匣を開けて不幸になりたくない。


 ハルアはステディを事務机の上に解き放ち、



「夏になると増えるよね!!」


「ハルちゃんは何か知ってるのぉ?」


「闇討ち担当はオレだったからね!! ショウちゃんが代わってくれたから負担が減ったよ!!」



 新事実が発覚である。まさかの闇討ち担当がハルアだとは、相手の命が心配だ。彼はただでさえ手加減が出来ない暴走機関車野郎なのだから。

 エドワードも新事実発覚に驚いている様子だった。むしろ「何でユーリは認知してないのに俺ちゃんは変態どもの認知をしなきゃいけないのぉ」と訴えていた。自分の身は自分で守れ、ということなのだろう。


 その時である。



「ユフィーリア、ちょっといい?」



 用務員室の扉が開かれ、学院長のグローリアが顔を出す。その手には巻かれた状態の羊皮紙が握られていた。



「何だよ」


「明日の創設者会議なんだけど」


「どうせ茶をしばくだけだろうが、何するんだよ一体」


「2学期の行事の日程についてだよ。絶対に参加してよね!!」



 グローリアは巻かれた羊皮紙を押し付け、慌ただしく用務員室を出て行った。


 創設者会議とは面倒なことになった。どうせ碌な会議内容ではないので、非常に退屈なだけである。2学期の行事予定など話し合っても、問題児に情報提供をしているだけとは気づいていないのか。

 今後邪魔をする行事の日程を確認する名目で参加するのも悪くはないが、あまりにも気分が乗らない。正直に言ってしまえばすごーく面倒臭い。


 ので、



「ほーらステディ、おやつだぞ」


「ぎゃー」



 ユフィーリアは羊皮紙の中身を確認しないまま、ステディに食べさせた。バリバリと羊皮紙が細かく噛みちぎられて、ハルアの事務机の上に散らばる。

 ステディは手紙を食って満足したのか、今度はロザリアと遊び始めた。エドワードの腕から抜け出したロザリアは、ステディと楽しく戯れ合っている。友達が出来てロザリアも嬉しそうだ。


 エドワードとハルアはユフィーリアを見やると、



「いいのぉ?」


「創設者会議のお知らせを食べさせちゃってもよかった!?」


「サボるわ、何も見なかったことにしてくれ」



 何もなかったかのように読書へ戻るユフィーリアに、エドワードとハルアはやれやれとばかりに肩を竦めたのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】やりたいことしかしない系問題児。割と愛玩動物などは甘やかしがちだが、躾もちゃんとやる。けどやっぱり甘やかすから躾の意味がなくなる。

【エドワード】愛玩動物などは犬以外だと基本的に逃げられがちだが、慣れるとよく抱っこする。ユフィーリア曰く「お前が動物を抱っこすると玩具に見える」らしい。

【ハルア】小動物などは殺してしまいそうで怖いのだが好き。お散歩大好きなので、副学院長の魔法兵器のお散歩やキャンディーちゃんのお散歩のお仕事を積極的に受ける。

【アイゼルネ】愛玩動物はおやつを与えて甘やかしがち。飼育の経験がないからひたすら甘やかすし可愛がる。それがたとえ雄だろうが何だろうが責任を持って可愛がる。

【ショウ】元の世界で飼育委員の友達に頼んで飼育小屋の動物たちのお世話を手伝っていた。小動物に囲まれやすいし可愛がる。ちゃんと躾も頑張る。


【グローリア】基本的に小動物の飼育経験はないのだが、梟などの鳥類は手紙を届けたりするのに使うことがある。でも出来れば飼うんだったら爬虫類がいい、格好いいから。

【ステディ】用務員室にやってきた紙製の怪獣。防水・防火耐性を完備しており、潰れても元に戻る『自動修復魔法』まで織り込み済みなのでハルアの手加減のなさにも対応できる。大好物は他人のお手紙。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 用務員の新しい家族「ステディ-ちゃん」、すごく可愛くて癒されました。よちよちと歩いたり、手紙を食べてお腹いっ…
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