第4話【問題用務員と宿題怪獣とのお別れ】
悪の組織『モンダイジー』は学院長の正義の鉄槌であえなく撃沈した。
「えー、この度はぁ」
「大変!!」
「申し訳ございませんでしタ♪」
「お許しください、学院長殿」
「悪は滅びろ」
「君たちの反省の態度は三点倒立って決まってるのかな?」
学院長室に勢揃いした問題児どもは、三点倒立で謝罪の言葉を述べていた。アイゼルネとショウは身体能力と衣装の問題があるのでちゃんと正座をしていたが、反省する気がまるでないユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は学院長のグローリアを舐め腐っていた。
特にユフィーリアの頭頂部にはクソでけえたんこぶが出来ていた。夏休みの宿題によって作られた宿題怪獣どもの侵攻を止める為に、グローリアがユフィーリアの脳天に魔導書の角をぶつけたのである。頭蓋骨が凹んだかと思ったが、幸いにもたんこぶで済んだ。
真っ赤に染まった白い魔導書の角を手巾で拭うグローリアは、
「やり直せって言ったらどうしてくれる?」
「ショウ坊が教えてくれた『組体操』ってものに挑戦しようかな」
「完璧に謝る気なんてないんだね」
グローリアは深々とため息を吐き、
「三点倒立を止めて正座して」
「何で」
「いいから」
正座をするように強要され、ユフィーリア、エドワード、ハルアの3人も大人しく正座の姿勢で落ち着いた。三点倒立による謝罪の何が悪かったのか理解できないのか、不服であることを訴えるかのように唇を尖らせる。
謝罪方法が間違っていたのだろうか。三点倒立などというふざけた態度ではなく、最初からショウに教えてもらった『組体操』とやらで挑めば少しは結果が違っていたかもしれない。学院長も眉間に皺を寄せることなく笑ってくれたはずだ。
ようやく本題の説教に入れるのか、グローリアは「さて」と口を開く。
「何で僕が怒っているのか分かるよね?」
「被服室の素材を勝手に使って軍服を仕立てたから?」
「まさかとは思っていたけど、やっぱりそうだったんだね!?」
とりあえず心当たりのある罪を自供するユフィーリアに、グローリアは「違うよ!!」と否定する。
「生徒たちの夏休みの宿題を使って何てものを作り出したのさ!?」
「可愛く出来たんだけど気に入らなかった?」
「宿題を使って遊ぶなって言ってるんだよ、ユフィーリア!!」
ユフィーリアは「え?」と首を傾げて背後からとあるものを引っ張り寄せる。
それは生徒たちが白紙で提出、もしくは勤勉な生徒から巻き上げて名前の部分を改竄するというズルを使って提出された夏休みの宿題で構成された宿題怪獣である。学院長室には宿題怪獣の群れが犇めいており、ユフィーリアたち問題児の周りを取り囲んで「ぎゃー!!」と学院長に威嚇をしている。
彼らの忠誠心は高く、術者であるユフィーリアや仲間のエドワードたちを守るように群がってグローリアを相手に威嚇している。そのまま命令すれば、紙製であるにも関わらず意外と頑丈な歯で噛み付くことだろう。
膝に乗せた宿題怪獣の頭を指先で撫でるユフィーリアは、
「可愛くない?」
「今すぐ元に戻して」
「何でだよ、こんなに可愛いんだから別に戻さなくてもいいだろ」
「その怪獣を構成しているのが生徒たちの宿題だからだよ!!」
グローリアは紫色の瞳を吊り上げて怒りを露わにすると、
「その怪獣たちを元に戻して。生徒たちの宿題を採点できないでしょ」
「採点もクソもねえだろ。だってこれ不正で提出された宿題や白紙で提出された宿題なんだから」
「だからとっとと戻してほしいんじゃないか」
執務椅子に背中を預けたグローリアは、
「宿題を強奪する落ちこぼれの生徒っているんだよね。魔法研究の報告書を提出することや呪文の書き取りだけで最低限の点数は確保できるのに、自分の力でやらずに他人から成果を奪おうとするんだから問題だよ」
「学院長も一応はちゃんと問題視していたんですね、無能ではなかったんだと驚いています」
「ショウ君、だんだんと辛辣になっていないかな? 僕は一応、1000年の長い歴史を持つ名門魔法学校の学院長なんだけど?」
辛辣な言葉を吐くショウに、グローリアは眉根を寄せる。無能だと思われていたことに対する不満が多少はあるのだろう。
「だからちゃんと宿題を提出してこなかった生徒にはそれなりに罰を与えるつもりさ。特に不正を企む子には尚更ね」
「具体的には何をするのか聞いてもいい!?」
「そうだなぁ」
ハルアの質問に対して、グローリアは少しだけ考える素振りを見せてから答える。
「まずはそうだな、放課後の教室に集めて」
無難な方向でいけば、放課後の時間を取り潰して補講を受けさせる罰だろうか。
「監禁して」
方向性が変わってきた。
「ユフィーリアとスカイの玩具になってもらおうかな。ちゃんと宿題を提出してこなかった生徒たちだから、それはもうイキのいい反応を見せてくれるでしょ」
「何それ面白そうやりたい!!」
「じゃあ早く生徒たちの宿題を返して。採点が出来なければ君たちが生徒で遊ぶことも許可できないんだからね」
「それなら仕方がねえなァ」
放課後に成績の悪かった生徒たちで遊べることが出来るのであれば仕方がない、宿題怪獣には残念ながらここでお別れとなってもらおう。
自我覚醒魔法で目覚めさせた怪獣たちだが、せっかく可愛く出来たのでどこかもったいない感覚はある。ただ、この不正と馬鹿が横行する宿題たちを元の状態に戻してやらなければ不良生徒たちと楽しく遊ぶことが出来ないのも事実だ。
ユフィーリアは仕方なしに雪の結晶が刻まれた煙管を翳し、
「ご苦労だった、宿題怪獣ども」
「「「「「ぎゃー……」」」」」
力なく鳴いた宿題怪獣たちの身体が元の紙束へと戻され、学院長室に大量の宿題の紙が散乱する。元に戻る時も抵抗をしないとは、最後まで忠誠心の高い連中だった。
まるで「ありがとうございました」と言わんばかりに元の紙の状態へ戻った宿題怪獣たちの群れに、問題児たちは涙を禁じ得なかった。それはそうである、だってあまりにも可愛く出来てしまったのだから愛着ぐらいはある。
全員してグスグスと涙を流す問題児どもは、
「ごめんよ、ごめんよ宿題怪獣たち……無力なアタシを許してくれ……」
「あんなに可愛かったのにぃ……!!」
「学院長が薄情者だから!!」
「お別れなんて寂しいワ♪」
「血も涙もないんですね、学院長」
「元はと言えば宿題を怪獣に変形させる君たちが悪いのに、どうして僕に責任転嫁するのさ!?」
自分で生み出して自分の都合によって変形を解除させられた宿題怪獣を思って涙を流す情緒不安定な問題児からいきなり犯人に仕立て上げられ、グローリアは不服を訴えるように叫ぶのだった。
☆
こんな気分になるなら、最初から宿題怪獣など生み出すべきではなかったのだ。
「もうやらねえ……やらねえ……」
「誰よぉ、自我覚醒魔法なんて酷いものを開発したお馬鹿ちゃんはぁ」
「残酷な魔法だね!!」
「宿題に手を出さなければこんな思いはしなかったんじゃないかしラ♪」
「怪獣……」
どんよりとした空気を背負って、ユフィーリアたち問題児は用務員室を目指す。
これほど後悔する羽目になるなら、最初から夏休みの宿題に自我覚醒魔法などかけなければよかった話だ。どうして面白半分であんな残酷な魔法に手を出してしまったのだろう、きっとその場のノリである。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアはため息と共に重たい空気を吐き出す。
「この魔法を使うと病むって本当だったんだな」
「分かってて使ったのぉ、ユーリぃ?」
「まさか本当に病むなんて思わねえだろうがよ」
ジト目で睨みつけてくるエドワードに、ユフィーリアは「こんなはずじゃなかった」と返す。
実はこの自我覚醒魔法、使用すると大半の術者が精神を病むという現象が起きるのだ。自我を覚醒させた人形、ないしはそれに類する操作対象に愛着が湧いてしまい、魔法を解除することが出来なくなることが原因とされている。
第七席【世界終焉】の責務によって多少は精神的に鍛えられていたと思ったのだが、意外とそうではないと判明してしまった。これでは100人分の終焉させた命を背負う無貌の死神の名折れである。情けない限りだ。
重たい足を引きずって用務員室への道を辿る問題児たちだったが、
「ど、どうされたんですか? 雰囲気が暗いようですが……」
「ああ、リタ嬢か」
預けていただろう夏休みの宿題を取りに来たらしいリタと遭遇し、ユフィーリアは努めて明るい声で返す。だがやはり宿題怪獣のダメージは抜けきっていないのか、声に覇気がない。
「あ、預けていました宿題ですが」
「夏休みの宿題を怪獣に変形させた際に提出しといた」
「あ、ありがとうございます。助かりました!!」
リタは胸を撫で下ろすと、
「あ、あのユフィーリアさんにお願いがあるんです」
「何だ?」
「これです」
リタがユフィーリアに差し出したのは、大量の紙である。何かのチラシだったり、すでに終わった行事のお知らせだったり、内容は様々な雑紙だ。
大量の紙を差し出して期待の眼差しを向けてくるのは結構だが、紙束を見ていると宿題怪獣のことを思い出してしまうのでしばらくは紙を見たくないところではある。傷がまだ癒えていないのだ。
紙束を差し出してくるリタは、
「あの怪獣さんをまた作っていただけませんか?」
「心が折れそう」
「何故ですか!?」
「いつか魔法を解かなけりゃならないって考えただけで心がポッキリ折れちゃう」
しょんぼりと寂しげな表情を見せるユフィーリアに、リタが「これなら大丈夫ですよ」と自信を持って言う。
「今回はズルをした人たちの宿題を使ったから魔法を解く必要があっただけで、雑紙で構成すれば魔法を解く必要はなくなりますよね? もう廃棄する予定の紙ばかりを用意してみたので、ぜひ使ってください」
「リタ嬢、意外と頑固なのな」
「だって可愛かったですから」
キラキラと期待に満ちた緑色の瞳で見据えられ、ユフィーリアは根負けしてしまう。
確かに今回は不正をした生徒たちの宿題を使ってしまったのが悪いのであって、廃棄予定の雑紙を使うのであれば魔法を解く必要はない。世の中には自我覚醒魔法を維持する魔法もあるので、空気中に散らばった魔法の源『魔素』を取り込むように設計すればずっと生きていられる。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をリタの持つ雑紙の束に突きつけ、
「〈自我覚醒・変形指定〉」
魔法を発動すれば、リタの持つ紙束がガサガサと音を立てて丸まったり縮まったり広がったりして、やがて一抱えほどの怪獣に変貌を遂げる。背中の棘も、吊り上がった目元も、大きな口から垣間見える牙の群れも、何もかもが宿題怪獣と似通っていた。
リタの腕に抱かれる宿題怪獣は、キョロキョロと周囲を見渡すとリタの腕に噛み付いた。どうやら甘噛みの様子で、リタはくすぐったそうに笑っている。
怪獣の喉元を撫でるリタは、
「わあ、やっぱり可愛い!!」
「これでよかったのか?」
「はい、大満足です!!」
リタはユフィーリアに紙製の怪獣を押し付けると、
「用務員室の新しいアイドルの誕生ですね!!」
「アイドルか」
ユフィーリアは腕の中にいる紙製の怪獣に視線を落とす。
小さな手でユフィーリアの腕を叩く紙製の怪獣は、ショウとハルアが差し出してきた指先に噛み付こうと大きな口を開ける。それでも絶妙な距離を保たれているせいで噛み付けず、不満げに尻尾を振り回していた。
生み出されたのであれば、用務員室で責任を持って飼わなければならない。それが術者としての役割だ。
「そうだな、用務員室で飼い慣らしておくから遊びに来てくれ」
「ぜひお願いします。それまでにはその子の好きな食べ物を教えてくださいね!!」
「紙製なのに?」
すでに紙製の怪獣を生物として認識しているリタに、ユフィーリアは困ったように笑うのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】第七席としての責務が影響して多少は精神面も強いとは自負しているのだが、可愛く仕上げた宿題怪獣とのお別れはやはり悲しい。
【エドワード】過去に故郷を追放された影響で多少は精神的にも強いとは思っていたのだが、やはり小さいものとのお別れは辛いものがある。
【ハルア】宿題怪獣たちを可愛がっていただけあってお別れは寂しい。小動物はちゃんとお世話を欠かさない方。
【アイゼルネ】あまりにも呆気なくお別れの時間が訪れてしまって悲しい。いくらお別れは慣れたものだったとしても寂しいのだ。
【ショウ】宿題怪獣たちを可愛がっていたので、お別れは純粋に悲しい。学院長はあとでアイゼルネ直伝ヘッドスパの刑に処す。
【グローリア】宿題を魔改造した問題児に宿題を返せと言ったところ、何故か犯人に仕立て上げられた可哀想な学院長。何の罪もないのに可哀想。