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第3話【問題用務員と悪の組織】

『それでは学院長からの挨拶です』



 大講堂ではヴァラール魔法学院の入学式が執り行われていた。


 学院長であるグローリア・イーストエンドは壇上に登り、元気な顔を見せてくれた生徒たちの前に立つ。誰1人として欠けることなくヴァラール魔法学院へ戻ってきてくれて嬉しい限りだ。

 入学式や卒業式と違って、始業式や終業式はそこまで肩の力を入れなくていいから楽だ。入学式や卒業式などのちゃんとした式典だと学院長の挨拶文もいつもより長めに用意しないといけないので、そうしたことをやらなくて済む始業式や終業式は気軽に臨める。


 頭の中で用意していた文章を思い出すグローリアは、



「おはようございます、またみんなが元気に学校へ戻ってきてくれて嬉しいです。2学期は行事が目白押しですが、学業を疎かにせず学生生活を送ってください。終わります」



 非常に短かった。簡素すぎる挨拶文である。


 生徒たちは安堵の表情を見せる一方で、グローリアの長々とした演説を期待していた教職員の方々は困惑気味である。困惑されても、グローリアの方が困るというものだ。

 長い文章での挨拶など用意できず、そんなものを用意する暇があるなら魔導書の執筆活動を片付けた方がマシである。元々そんなに文章を書くのが上手くないので、出来ることなら自分で口に出す挨拶文は簡素なものがいい。


 司会を務めていた教職員の男性が『あのー……』と遠慮がちに口を開き、



『短くないですか?』


「生徒たちをずっと立たせたまま長話をするのは好きじゃないんだ。このやり取り、終業式でもやったはずだけど学ばないね?」


『大変失礼致しました、ありがとうございます』



 夏休み前の終業式でも同じやり取りをしたことを伝えると、彼は冷や汗を吹き出して慌てた様子で謝罪してきた。

 この夏休みという期間で、グローリアの苦手なものを忘れてしまったのだろうか。だとすれば随分と記憶力が大変なことになっている。3歩で全てを忘れてしまう鳥頭なら、魔法薬で鳥に変えて鶏小屋に放った方がいい。


 大講堂の舞台から降りたグローリアは、



「お疲れッス、グローリア」


「やあ、スカイ」



 相変わらず暑苦しい厚手の長衣を身につけた悪の魔法使い――副学院長のスカイが「ヒッヒッヒ」と引き攣った笑い声を漏らす。夏休みが終わったとはいえ、まだ残暑が厳しい頃合いだ。この暑い中で真っ黒い長衣など身につければ、熱中症でぶっ倒れかねない。

 そう思っていたのだが、スカイが身じろぎするたびに袖や裾が捲れて冷気が漏れ出てくる。そういえばスカイは熱中症対策として身体を冷やす魔法兵器を作ったことがあったか。


 グローリアはスカイの長衣から漏れ出てくる冷気から少し距離を取り、



「君の側って寒い」


「そりゃ魔法兵器で冷やしてますからね」



 スカイは楽しそうに笑うと、長衣の袖から手のひらで握り込めるほどの立方体を取り出す。遠慮なくグローリアへ突き出してきたその立方体から真冬にも似た冷気が漂ってきていた。

 そんなもので身体を冷やそうものなら風邪を引きそうだが、スカイ自身が組み上げたのだから自分で調整するはずである。壊れた訳ではなく自分で調整した結果でこうなったか。


 モゾモゾと立方体を長衣の内側にしまい込んだスカイは、



「そういや問題児は?」


「知らない」


「あらまあ、突き放されちゃった」



 スカイが問題児の話題を出してきて、グローリアは現実逃避するように突き放す。


 出来れば問題児のことは考えたくない。彼らはいつも余計なことしかしないのだから、絶対に始業式でも馬鹿な問題行動に及ぶと予想がついていた。一応、大講堂全体を覆うように防衛魔法は組み込んできたが、果たして問題児を阻む障壁となってくれるのか。

 問題児筆頭は、あの魔法の天才と名高いユフィーリア・エイクトベルである。魔法の腕前だけで言えば学院長のグローリアと互角に渡り合える実力を有しているし、実践になれば間違いなくグローリア以上の腕前を持っている。真正面から戦ったら絶対に勝てない自信があるのだ。


 グローリアは頭を抱えると、



「もう何をするのか予想できないし、止めてほしいよ。たまには大人しくしていてほしい」


「問題児が大人しかったら調子が悪いか天変地異の前触れッスね」


「それはそうなんだけど」



 もはや問題児を天災扱いしている自覚のあるグローリアは納得したように頷いた。



 ――ばつんッ、という音と同時に大講堂全体が闇に包まれたのは当然のことだった。



 時間が急に進んで夜が訪れたような、というほど真っ暗ではない。せいぜい大講堂の明かりが落とされた程度のものだが、窓から差し込む陽光のおかげで大講堂の明かりを落とされても真っ暗にはならない。それなのに顔を近づけなければ相手を認識できない闇が大講堂を覆っていたのだ。

 これは明らかに魔法だ。闇魔法の1つで、相手の視界を奪う効果が見込める『闇目眩し魔法』と呼ばれるものである。指定した範囲の空間を闇で包み込んで目隠しをし、その隙に逃げるという使い方が一般的だ。


 歌劇の演出などで使われることもあるのだが、この状況で楽しんで使うと言えば彼女ぐらいのものである。



「ちょっと、一体何!?」


「闇目眩し魔法なんて久々に食らったッスねぇ」


「呑気なことを言ってるんじゃないよ、スカイ!!」



 グローリアは白い魔導書を手元に呼び出して問題児による問題行動に対策を取ろうとするが、それより先に聞き覚えのある声が大講堂に響き渡る。



「一体いつから問題児の仕業だと錯覚していた?」


「まさか平和に始業式を迎えられるとでも思ったのぉ?」


「忘れた!!」


「あらマ♪」


「待機時間が長くてハルさんが台詞を忘れてしまった」



 何だかぐだぐだな始まりである。



「おいハル、ちゃんと練習しただろ。忘れてんじゃねえよ」


「だって難しいんだもん!!」


「悪役の台詞は言い回しが難しいもんねぇ」


「どうしようかしラ♪」


「もうやり直しは出来ないな」



 そこはかとなくぐだぐだな会話が続いていく。



「まあいいや、行け行けお前ら壇上だ壇上」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「了解した」



 闇の中を何かが蠢いたと思えば、次の瞬間、舞台上に強烈な明かりが照射される。魔法によって生み出された光が舞台を照らしているのだ。


 大講堂の舞台には、ヴァラール魔法学院を創立当初から騒がせて止まない問題児どもが勢揃いしていた。

 ただし彼らの格好は普段の服装と違う。黒い生地を基調とし、金色のボタンなどの装飾品が施された軍服を身につけていたのだ。軍帽まで被ったその姿は軍人というより悪の組織に所属する構成員と言っていいだろうか。


 問題児筆頭である銀髪碧眼の魔女は、他と少し衣装が違っていた。軍服の部分は同じだが、肩からマントのようなものを羽織っている。悪の組織の構成員を束ねる総督でも演じているのか。



「始業式はこの悪の組織『モンダイジー』が乗っ取ったァ!!」


「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「何だよ、興を削ぐようなことを言う学院長だな」



 グローリアの悲鳴を聞き、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは呆れたように肩を竦めるのだった。



 ☆



「せっかく悪の組織っぽい格好をしたってのに、台無しにしてんじゃねえよ」



 大講堂の舞台上から、ユフィーリアは学院長のグローリア・イーストエンドに向けて不満を露わにする。


 ショウから「悪の組織っぽく登場するのはどうだろうか?」などと提案されたので、それは素晴らしい提案だと採用したのだ。悪の組織といえば軍隊、そして軍隊といえば軍服なので被服室に直行して軍服を仕立てたのだ。超特急で仕立てたとはいえ、なかなかの出来栄えであると自負している。

 特にショウの軍服風メイド服は珠玉の品である。黒を基調としたワンピースに金色の飾り釦などの装飾品をあしらい、胸元で揺れるのは金色の糸で雪の結晶が刺繍されたネクタイである。膝下まで届く長いスカートを覆うエプロンでメイドらしい可愛さを演出し、頭に乗せた大きめの軍帽との格好良さが上手く調和されている。もはや自分の才能が怖い、


 同じく軍服を身につけて格好よく決めたエドワード、ハルア、アイゼルネもまた不満そうに唇を尖らせていた。



「学院長って空気読めないよねぇ」


「本当だよ!!」


「だから裏で『ぼっち』とか言われてるのヨ♪」


「ううううるさい、誰だそんなこと言ったの!!」



 グローリアは白い表紙が特徴の魔導書を突き出すと、



「今すぐ出て行って!! 始業式の邪魔をするならお説教だからね!!」


「そりゃ困るな」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥えると、



「お前ら、やっちまえ!!」



 ユフィーリアの号令と同時に、大講堂の扉が勢いよく開かれる。


 それまで警戒心を剥き出しにしていた学院長も生徒たちも、一斉に視線を大講堂の入り口に向けた。

 大講堂の外で待機していたのは、あの宿題怪獣たちである。数え切れないほどの小さな怪獣たちが「ぎゃーッ」と鳴きながらヨチヨチと行進してくるのだ。


 その見た目の可愛さに魅了されない生徒はいなかった。問題児の作戦勝ちである。



「わあ、可愛い」


「こっちにおいでー」


「怖くないよー」



 生徒たちはあまりにも可愛い怪獣たちにメロメロである。ヨチヨチと行進する怪獣たちを撫でようとするが、それさえも罠だとは気づかない。


 舞台上でユフィーリアはニヤリと笑った。

 紙製とはいえ、宿題怪獣たちの顎の力は強めに設定した。せいぜい指でも噛まれて絶叫するがいい。



「やれ、怪獣どもよ!! 夏休みの宿題を忘れてくるような馬鹿タレどもに裁きを与えよ!!」


「「「「「ぎゃーッ!!」」」」」



 宿題怪獣たちは雄叫びを上げると、大きな口を目一杯広げて生徒の指や足に噛み付いた。



「ぎゃーッ!!」


「痛い痛い痛い痛い!!」


「紙なのに強いぞこいつら!?」



 宿題怪獣たちに噛みつかれた生徒たちは悲鳴を上げ、ヨチヨチと歩く怪獣たちから距離を取る。ただ相手は生徒数よりも多くいる宿題怪獣である、包囲網を敷かれて生徒たちは逃げ道を絶たれてしまった。



「このッ、所詮は紙なんだから火の魔法で!!」



 グローリアが火の魔法を発動しようとしたところで、ユフィーリアは「いいのか?」と首を傾げる。



「あれ、生徒たちの夏休みの宿題で作ったけど」


「えッ」


「まあ、燃やすなら燃やしてもいいんじゃねえのか? 白紙で提出された夏休みの宿題や、勤勉な生徒から巻き上げたものに名前を書き換えて提出された宿題なんだから」



 宿題怪獣たちを構成するのは、白紙の夏休みの宿題や提出時に不正があった宿題である。燃やせば誰が犯人か分からず、採点することが出来ない。

 グローリアの手がピタリと止まった。悩むように紫色の瞳を見開き、視線をウロウロと彷徨わせている。生徒たちの安全を確保するか、それとも生徒たちの宿題をどうにかして彼らの評価点を取るか悩ましいところだ。


 悪の組織らしく悪い笑みを見せるユフィーリアは、



「さあ逃げ回れ愚かな生徒たち!! 夏休みの宿題をちゃんと終わらせなかった報いを受けろふははははははははは!!」



 まるで魔王のように高らかな笑い声を響かせるユフィーリアは、宿題怪獣に翻弄される生徒たちを眺めるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】悪の組織モンダイジー、総司令官。作戦立案から兵器調達、資材の横取りまで何でもござれ。問題児筆頭としていつもやっていることである。

【エドワード】悪の組織モンダイジー、副官。ユフィーリアの右腕的存在で腕力に自信のある筋肉馬鹿。脳味噌まで筋肉が詰まっていると思われがちだが、ちゃんと頭はいい方。

【ハルア】悪の組織モンダイジー、特攻隊長。危険を顧みずに敵陣へ飛び込むが、頭の螺子がいくつかぶっ飛んでいるので手加減など出来ない。

【アイゼルネ】悪の組織モンダイジー、総司令官秘書。タイトスカートが綺麗な美人秘書。予定の管理からお茶汲みまで完璧。

【ショウ】秋の組織モンダイジー、新人メイド。総司令官に並々ならぬ好意を抱く女装少年。総司令官に仇なす人物は味方であろうと許さない。忠誠心が強すぎる傾向がある。


【グローリア】ヴァラール魔法学院の学院長。説教以外の長話は苦手で、演説も手短に終わらせる。問題児対策はしたのだが、悪の組織モンダイジーの対策はしていなかったので乗っ取られた。

【スカイ】ヴァラール魔法学院の副学院長。面白そうなのでぜひ悪の組織モンダイジーに関わってみたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 最近暑い日が続きますが、お身体にはお気をつけくださいませ。 今回のお話も、すごく面白かったです!! >軍服メイド ものすごいパワーワードが出てきて、…
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