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第5話【問題用務員と親子の再会】

 泥の底に沈んでいた意識が浮上し、ユフィーリアはようやく覚醒する。



「…………うるせえ」



 起き抜けの頭に響く生徒や教職員たちの慌てふためく喧騒に、ユフィーリアは顔を顰めた。ぼんやりとかすむ視界の向こう側には澄み渡った青い空が広がっているが、ややあって銀灰色の瞳を持つ強面の男の顔が割り込んでくる。

 ユフィーリアが覚醒したことを確認すると、強面の男は安堵したように緊張感の漂っていた表情を緩めた。大きな手のひらが薬瓶のようなものを掴んでいて、中身は緑色に輝く液体が揺れている。


 自身の右腕とも呼べる付き合いの長い用務員――エドワードに顔を覗き込まれるユフィーリアは、



「……起きてすぐにお前の顔を見ると、ここが冥府なんじゃねえかなって錯覚するよな」


「ちょっとぉ、それどういう意味よぉ」



 エドワードは不満げに唇を尖らせると、



「せっかく魔力欠乏症マギア・ロストの回復薬を持ってきたのにねぇ、目の前で叩き割ってあげようかぁ?」


「うええ」


「あ、魔法薬が嫌そうな感じぃ?」



 思ったような反応が期待できなかったらしいエドワードは、校庭に寝転がったままの状態でいるユフィーリアを抱き起こす。それから慣れた手つきでユフィーリアに魔力欠乏症マギア・ロストの回復薬を握らせると、まるで親が子供に言い聞かせるような口調で「嫌がらずにちゃんと飲むんだよぉ」と言う。

 別に飲む作業に嫌な気分はないのだ。問題はこの回復薬の味である。柑橘類なのかミントなのか爽やか酸っぱ苦い味が口いっぱいに広がっていくので、出来れば魔法薬の類は口にしたくないのだ。


 回復薬の飲用を躊躇うユフィーリアに、背後から伸びてきたほっそりとした手が迫る。



「あらあラ♪ じゃあおねーさんが口移しで飲ませてあげようかしラ♪」



 首だけ動かせば、すぐ側に橙色の南瓜かぼちゃがあった。視界いっぱいの南瓜の向こう側で、不思議な色合いの瞳が楽しそうに歪んでいる。

 豊かな双丘をユフィーリアに押し付けてくる南瓜頭の娼婦――アイゼルネは「どうすル♪」と首を傾げて聞いてきた。なかなかノリ気な様子である。


 ユフィーリアはフッと口の端を持ち上げて笑うと、



「いただきますそいやヴエエエエ」


「あら飲んダ♪」


「さすがに口移しは嫌だったのかねぇ」


「エド、あとでお話しましょーネ♪」


「ヴエエエエ」



 回復薬の不味さで変な声を上げるユフィーリアは、自分の失われかけた魔力がじわじわと戻っていく気配を感じ取った。

 魔力欠乏症マギア・ロストの回復薬は即効性ではなく、徐々に効いてくるのだ。爽やかな酸っぱ苦い味が口の中にまだ残っていて、胸にも残っている感覚がある。再び校庭に倒れ込みたいところだ。


 ユフィーリアは重たい頭を動かして周囲を見渡し、



「エド、ショウ坊は?」


「ユーリの隣だよぉ」



 視線を下に落とせば、ユフィーリアのすぐ隣にメイド服姿の少年が眠っていた。未だ気絶の状態から目を覚ましていないようだが、薄い胸元は緩やかに上下しているので息はしている模様だ。

 見たところ、怪我をしているところもなさそうである。あとは無事に意識が戻ってくれるのを待つだけだ。


 ユフィーリアは「よかった」と呟き、



「ところでハルは何してんだ?」


「添い寝!!」



 メイド服姿の少年――ショウのすぐ隣で寝そべるハルアは、



「起きたら寂しいかなって思って!!」


「驚くと思うから止めてやれ」


「うん!!」


「あとうるせえ、起き抜けにお前の声は頭の中に響く」


「ごめん!!」


「アタシの話は聞いてなかったのかな?」



 ユフィーリアに注意されて起き上がったハルアは、アイゼルネに頰をつねられているエドワードを邪魔しにいった。校舎が燃えたというのに元気なことである。


 そういえば、とユフィーリアは愛用している雪の結晶が刻まれた煙管キセルを探す。ショウを助けて自由落下した際に手から滑り落としてしまった記憶があるのだ。そろそろ身体に冷気が溜まっている頃合いだから、吸い上げてしまいたいところだ。

 周囲を見渡して煙管を探すユフィーリアの耳に、か細い声で「ん……」という言葉を聞いた。すぐ隣で寝転がるショウへ振り返れば、彼の閉ざされた瞼が僅かに震えていた。


 そして、ようやくショウが覚醒する。ぼんやりと赤い瞳が空を見上げ、それから「あれ……?」と疑問に満ちた声を漏らす。



「どうして俺は外に……図書館にいたはずでは……」


「よう、ショウ坊」



 ユフィーリアはショウの顔を覗き込み、



「気分はどうだ?」


「……ユフィーリア?」


「気持ち悪いとか、頭が痛いとかあるか?」


「ないが……」



 ショウはゆっくりと身体を起こし、それから目の前の光景を見てあんぐりと口を開けた。


 彼の反応はよく分かる。

 目の前に積み重ねられた瓦礫の山はヴァラール魔法学院の校舎だったものであり、重要な施設を含めて大部分が焼け落ちてしまった。あれらを修復するのは大変そうだが、誰がやるのか。


 ユフィーリアは手元に放置されていた雪の結晶が刻まれた煙管を掴むと、



「凄いよなァ」


「だ、誰がこんなことを……?」



 ショウは瓦礫の山と化した校舎を指差して、混乱した様子で言う。


 どうやら彼は、冥砲めいほうルナ・フェルノに乗っ取られた時のことを全く覚えていないらしい。それはよかった、誤魔化しが通用する。

 なのでユフィーリアは、コツンと拳で頭を叩いて片目を瞑り、茶目っ気たっぷりに舌を出して笑ってやった。渾身の「てへぺろ」である。笑うなら笑え。



「ま、まさかユフィーリアが?」


「いやー、避難訓練が盛り上がっちゃって」


「避難訓練が盛り上がったら校舎が全焼するほどの被害になるのか」


「面白かったよ、お前にも見せてやりたかったぜ」



 ショウは苦笑しながら「そ、そうか」と言っていた。これは引かれただろうか?

 ともあれ、誤魔化しが通用したので問題はない。エドワード、ハルア、アイゼルネもユフィーリアとショウのやり取りを聞いていたようで、彼らは密かに親指を立てて「了解」と辻褄合わせに協力する旨を伝えていた。


 可愛い新人の精神を守る為なら汚れ役も進んで買う――それが問題児である。普段なら絶対にやらない。



「そうだ、ショウ坊。お前に会わせたい奴がいるんだよ」


「会わせたい?」



 首を傾げるショウに、ユフィーリアは「そうそう」と頷く。



「あれ? エド、親父さんはどこ行った?」


「学院長とその他大勢の教職員を土下座させて説教の真っ最中だよぉ」


「うわ何あの地獄みたいな光景」



 校庭の片隅では、髑髏どくろ仮面を装着した神父が仁王立ちしてヴァラール魔法学院の教職員連中を土下座させている異様な光景が広がっていた。その筆頭となっているのは学院長であるグローリアで、普通なら屁理屈を捏ねる彼が素直に土下座をしているのが珍しい。

 神父のすぐ側には、純白の鎖で戒められた白い三日月が置かれている。ショウという適合者を失ったことで権能を簡単に封じられた、冥砲めいほうルナ・フェルノである。


 やや気怠さの残る身体に鞭を打ち、ユフィーリアは仁王立ちをする神父様に歩み寄った。



「おーい、親父さん」


「ああ、ユフィーリア君。身体の具合は?」


「まあそこそこ」



 髑髏どくろ仮面の神父――キクガはユフィーリアの方へ振り返り、それから背後に立つショウの存在に気づく。


 対するショウは、キクガを不安げな表情で見つめていた。

 彼からすれば初対面と言ってもおかしくない。いや、いつぞやに少しだけ会話を交わしたが記憶にあるだろうか。



「あの、ユフィーリア。この人なのか?」


「そうそう、お前に合わせたい人」



 ユフィーリアがキクガの存在を紹介しようとすると、横合いから土下座中のグローリアが「ショウ君!!」とメイド服姿の少年に飛びついてきた。



「え、学院長?」


「君って凄いね!!」



 唐突なグローリアからの称賛に、ショウは「え?」と首を傾げた。



神造兵器レジェンダリィに適合するなんて才能以外に言えないよ!! 君は本当に異世界から来た人間なんだね、そうじゃなきゃ神造兵器に完全に適合することなんて説明が出来ないもの!!」


「は、はあ」


「だからね、ショウ君。僕と一緒に来ない?」



 グローリアは満面の笑みを浮かべ、



「僕なら君のことを上手く使えるよ、だからユフィーリアと一緒にいることなんて止めて僕と一緒に」


「そこまでだ」



 じゃら、と金属が擦れる音が耳朶に触れる。

 音の発生源はキクガだ。彼の足元から純白の鎖が伸びて、グローリアを雁字搦がんじがらめに拘束した。簀巻きの状態になったグローリアを校庭に転がし、髑髏どくろ仮面越しに冷ややかな視線をくれる。


 グローリアの言葉は、明らかにショウを物のように扱っていた。ユフィーリアが手を出すよりも先にキクガが黙らせてしまったのが残念だ。



「君はこれから冥王様の説教5時間が決まっている訳だが」


「5時間!?」


「不満かね。ならば24時間にするか、冥王様は48時間と提案している訳だが?」


「ええ、嫌なんだけど!?」



 毛虫のように身を捩らせるグローリアの訴えなど無視して、キクガは不思議そうに首を傾げるショウへ向き直る。



「ショウ」



 キクガは髑髏どくろの仮面を取り払い、ショウに自分の顔面を晒す。


 その下から現れたのは、ショウと同じ顔をした男の素顔だった。

 紅玉にも似た赤い瞳と少女めいた顔立ち、艶やかな黒髪。ショウが数年ほど大人びた気配のあるキクガの顔を見て、息子の立場である彼は驚いたように目を見開いていた。



「久しぶりな訳だが」



 彼の顔を見上げて固まるショウは、



「……父さん?」



 ショウはしっかりと父の顔を覚えていた。

 聞けば4歳の時に行方知れずとなったまま、叔父夫婦の元に行き着いたのだ。それから壮絶な虐待を経て、ようやく親子の感動の再会である。


 キクガは「そうだとも」と頷き、



「今まで君には寂しい思いをさせてきた。謝罪をさせてほしい」


「父さん……ッ!!」



 ショウは父であるキクガに抱きつき、



「俺も父さんに再会できるとは思わなかった。よかった、生きていたのか……」


「ショウ……」



 キクガはショウの華奢な身体を抱きしめ返すが、



「ところでショウ、君はきちんと食べているのかね?」


「え?」


「些か細すぎやしないか? 腕など今にも折れてしまいそうなほど細いのだが」


「…………」



 ショウはそっと視線を逸らすと、



「あ、あの、父さん。怒らないで聞いてほしいのだが」


「何かね?」


「父さんが行方不明になってから、えっと、その……叔父さんのところに行ったのだが……」


「ほう」


「あまり、その、食べさせてもらえなくて……死なない程度には面倒を見てもらったのだが……」


「なるほど」



 キクガは穏やかな笑顔を見せ、それからその笑顔をユフィーリアに向ける。



「ユフィーリア君、今すぐ私を元の世界に帰す方法はあるかね? 用事が出来てしまった」


「冥王様に相談してみたらどうっすかね」


「そうか、その方が的確だろう」



 最愛の息子が自分の弟に虐待されて成長したなど、キクガにとっては完全に想定外である。彼の感情は正しいものだ。

 ただ幸運なのは、ショウが性的虐待まで受けて育ったのを知らないことだろうか。多分この事実を伝えたら、何が何でも元の世界に帰ろうとするだろう。さすがにユフィーリアも責任が取れないので、ここら辺は冥王様にぶん投げだ。


 キクガは「さて」と切り替え、



「ショウ、君はユフィーリア君の元で幸せになりなさい」



 息子の頭を大きな手のひらで撫でてやりながら、キクガは言う。



「たまに用務員室へ遊びに行かせてもらおう。その時に、君の話を聞かせてほしい」


「ああ」



 ショウは嬉しそうに笑うと、



「父さんが来るのを待っている」



 異世界からやってきた親子の感動の再会は見事に成功を収め、ユフィーリアたち問題児は密かに拳を打ち付けて喜びを分かち合っていた。

 何事も、大切な人との再会は嬉しいものだ。

《登場人物》


【ユフィーリア】魔法薬の味が苦手な魔女。普通の風邪薬でさえ飲むのを躊躇う。

【エドワード】お父さんというより親戚のおじさん的な立ち位置にいるような気がする面倒見のいい兄やん。

【ハルア】不安なら添い寝をする系お兄ちゃん。何なら子守唄も歌っちゃう。意外と上手いと評判。

【アイゼルネ】身内なら口移しでお薬を飲ませちゃう娼婦のおねーさん。余計に風邪が悪化すると有名。

【ショウ】何も知らない女装メイド少年。目覚めたら校舎が消し炭になっててビックリ。


【キクガ】ショウの実の父親。息子との感動の再会を果たす。

【グローリア】神造兵器の適合があるショウで魔法の実験が出来ないかと画策するが、その前にユフィーリアと副学院長から折檻を受けるので諦めた方がいい。

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