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第1話【問題用務員と夏休み明け】

 今日からヴァラール魔法学院の2学期である。



「生徒たちが続々と帰ってくるなァ」



 3階の廊下から正面玄関を見下ろしながら、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルはどこか楽しそうな様子で言う。


 本日はヴァラール魔法学院の始業式で、実家で問題児の脅威に晒されることなく羽根を伸ばしていた生徒たちが全寮制の魔法学院に帰還を果たした訳である。大きな旅行鞄とお土産らしき紙袋を抱えて学友との再会を喜ぶ生徒たちの姿を見ていると、何だかこちらまで嬉しくなってしまう。

 今まで問題行動の標的は生徒や教職員、学院長のグローリア・イーストエンドが多かった。ただやはり生徒たちが相手でなければ面白みがない。学院に戻ってきてくれたのがとても嬉しいのだ。これでまた退屈しない毎日が遅れそうである。


 ユフィーリアの隣で同じように3階の廊下から正面玄関を見下ろす筋骨隆々とした巨漢、エドワード・ヴォルスラムは「また何か考えてるでしょぉ」などと指摘してくる。当たり前である、いいカモが帰ってきて問題行動を考えないとは問題児の名折れだ。



「まあ手始めに始業式で水着の女の子の氷像を踊らせようかなって。ショウ坊にリンボーダンスってのを教えてもらったんだ」


「ショウちゃん、この馬鹿に何つー異世界知識を植え込んでいるのぉ?」


「え?」



 キョトンとした様子で応じるのは、今日も今日とて可憐で愛らしいユフィーリアのお嫁さんであるアズマ・ショウだ。


 本日の格好は不思議な世界に迷い込んでしまった少女の童話を題材にし、水色の半袖ワンピースと純白のエプロンを合わせたものである。膝丈のスカートから伸びる華奢な足は赤と黒の縞模様が特徴の長靴下で覆われて、磨き抜かれた黒いストラップシューズが彼の足元までお洒落で可愛らしさを引き出している。

 艶やかな黒髪は丁寧に梳られ、頭頂部ではフリルがふんだんにあしらわれたホワイトブリムの代わりに兎の耳の如くピンと立ったリボンカチューシャが目を惹く。不思議の国を元気に駆け回る少女を想起させる伝統的な衣装をメイド服に落とし込み、ユフィーリアの納得できる可憐さとなっていた。今日も完全無欠で可愛い格好である。


 ショウは不思議そうに首を傾げると、



「ユフィーリアが楽しいなら他を犠牲にしてもいいのでは?」


「入学式の頃に見た謙虚さと真面目さは一体どこに行っちゃったんだろうねぇ」


「さあ? その辺に落ちているんじゃないでしょうか?」



 しみじみと呟くエドワードに、ショウはしれっとそんな答えを返す。彼も随分と問題児の空気に染まってきてしまっていた。



「ユーリ、リンボーダンスは止めた方がいいよ!!」


「お、何だよハル。珍しく意見を言ってくるじゃねえか」



 始業式に氷像でリンボーダンスを踊るという作戦に異議を唱えてきたのは、暴走機関車野郎と謳われる無数の衣嚢が縫い付けられた黒いつなぎを着た少年――ハルア・アナスタシスである。

 基本的にユフィーリアが計画する悪戯に異議を唱えることはないが、最近ではショウからの入れ知恵があるので意見を言ってくることも増えたのだ。馬鹿だ何だ言っておきながら意外と頭の回転は速い模様である。


 ハルアはぶっ壊れた笑顔で、



「だってリンボーダンスは他人にやらせて失敗したところを笑うのが醍醐味なんでしょ!?」


「ああ、何かそう言ってたような気がするな」



 ユフィーリアは真剣な表情で頷く。


 ショウから教えてもらったリンボーダンスとやらは背筋を逸らして棒を潜るという柔軟性が求められる踊りだが、あれは他人にやらせて無様に失敗するところが1番楽しいらしいのだ。氷像に実行させて失敗させても何も楽しくはない。

 そう考えると、始業式でリンボーダンスを披露するのは適していない。始業式をサボろうと画策する生徒を引っ掴まえてやらせる方が楽しいかもしれない。


 リンボーダンス作戦の代替案としてハルアが提示したのは、



「だからショウちゃんに習ったブレイクダンスを提案します!! オレ結構踊れるんだよ!!」


「採用」


「あざーッス!!」



 作戦が採用されたことで直角のお辞儀をするハルア。それもショウから習った挨拶方法なのだろうか、何故か下っ端感のようなものが滲んでいる。



「実験台がたくさん帰ってきてくれて、おねーさんはとっても嬉しいワ♪」


「まさか女子生徒を狙って悪魔のマッサージでも計画してるのか、アイゼ」


「実験台が多ければ多いほどおねーさんは成長していくのヨ♪」



 南瓜のハリボテで頭部を覆う妖艶な元娼婦、アイゼルネが「うフ♪」と笑う。仕草1つを取っても色っぽさがあるのだが、何故か今はその笑顔が怖すぎる。

 ぞくりと背筋を逆撫でた嫌な感覚に、ユフィーリアは身震いをする。同じようにエドワードもぶるりと全身を震わせ、ショウはハルアを盾にして身を隠し、そんなハルアは可愛い後輩を守ろうと南瓜の悪魔に立ち塞がる。健気な奴である。


 アイゼルネは楽しそうな口調で、



「どうしてそこまで嫌がるのヨ♪」


「半日動けなくなるのは嫌だ」


「気持ち良すぎて嫌ってエロ本みたいなことがあるんだねぇ、俺ちゃん長く生きてるけど初体験だったよぉ」


「オレの身体が壊れちゃうから止めて!!」


「アイゼさん、悲鳴を上げさせるように仕向けてくるんですもん。やです」



 確かにアイゼルネは高いマッサージ技術を持っているのだが、気持ちよさのあまり半日以上も行動不能に陥ってしまうのはさすがに許容できない。普段の標的はユフィーリアだけだったのだが、夏休みで生徒がいない期間に教職員を次々とマッサージで沈めた事件は記憶に新しい。

 あわやヴァラール魔法学院がアイゼルネのマッサージ地獄に陥落するかと思いきや、たまたま仕事で訪れていた冥王第一補佐官殿に食い止められて幕引きとなった。彼女は現在、自分を打ち負かしてくれた冥王第一補佐官殿をトロトロにさせる為の鍛錬に夢中なのだ。


 その実験台には誰もなりたくないので、彼女の修行のお相手は何も知らない無垢な生徒たちに押し付けてしまおう。きっと若い彼らであればいい悲鳴を聞かせてくれるはずだ。



「ハルアさん、ショウさん。お久しぶりです!!」



 そこに、聞き覚えのある声がユフィーリアたち問題児の耳朶に触れた。


 振り返った先にいたのは赤毛を三つ編みにした眼鏡の女子生徒である。ヴァラール魔法学院の夏用制服に身を包み、肌もどこか小麦色に焼けて夏休みの間に何があったのか密かに物語っていた。他の生徒と同じく大きめの旅行鞄を抱えている他、何やら色々と詰め込まれた紙袋を細い腕で抱きしめている。

 ヴァラール魔法学院の1学年、リタ・アロットだ。問題児と名高い用務員のユフィーリアたちと友好的な関係を築く数少ない生徒である。



「あ、リタ!!」


「リタさん、お久しぶりです」



 リタと最も交流が深いハルアとショウが反応を示す。

 夏休み期間中、まめに手紙のやり取りをしていたようだが、やはり実際に会えて未成年組もリタも嬉しそうである。何だか微笑ましく思ってしまう。


 抱えていた紙袋をハルアに渡すリタは、



「こちらお土産です。夏休みの時に作りました」


「見ていい!?」


「はい、どうぞ」



 リタから許可を得たハルアは、ガサガサと紙袋の中身を取り出す。紙袋には平たい木箱がいくつも詰め込まれており、一部が硝子張りとなった展示ケースのようになっていた。

 その木箱には、何種類もの昆虫の標本が並んでいた。種類別に木箱が用意されており、極彩色の翅を広げた蝶々や立派な角を持つカブトムシなど多岐に渡る。まるで魔法によって時間を止めたかのような出来栄えである。


 昆虫の標本を前に琥珀色の瞳を輝かせるハルアは、



「凄え!!」


「リタさん凄いです、こんな種類の標本を作るなんて」


「両親に教えてもらいながら頑張りました!!」



 リタは少し誇らしげに胸を張ってから「あ」と思い出したように旅行鞄を漁る。



「ユフィーリアさんにもお土産です。ダイヤモンドスネークの抜け殻と、ゲッコウオオカミの牙」


「やったーッ!!」



 リタが差し出してきた2つの小瓶には、それぞれ白色に輝く蛇の抜け殻とイヌ科動物の牙が収められていた。どちらも希少価値の高い素材で、高度な魔法薬の材料となるのだ。専門店で購入すると5万ルイゼから7万ルイゼは要求される代物である。

 差し出された小瓶を受け取ったユフィーリアは、嬉しさのあまり歓喜の声を上げる。魔法動物を研究する職に就きたいと言っていたからか、どちらの素材も最高の状態で保存されていた。将来有望な魔法動物の研究家になりそうである。


 リタは「実はですね」と言い、



「お土産は下心があってお渡ししたんです」


「下心が?」


「はい」



 不思議そうに首を傾げる問題児に、リタは旅行鞄からあるものを取り出した。

 麻紐でまとめられた紙束や分厚い表紙が特徴的な冊子、紫色の液体が揺れる試験管など様々な教材である。紙束は上から下までびっしりと呪文が書き込まれているものや、動物言語による論文など複数の種類が積まれる。


 教材を積み重ねてまとめてユフィーリアに押し付けたリタは、



「夏休みの宿題なんです、これを預かっていただけますか?」


「預かる?」


「生徒の間でちゃんと宿題をやらずに、他の生徒の宿題を強奪する人がいるんです。私も強奪される前に先生へ提出しようかと思ったのですが、これから始業式なので……」



 リタは困ったような表情を見せる。


 せっかく計画的に終わらせた夏休みの宿題を、宿題をやらなかった不良生徒に奪われるのは可哀想である。努力をした生徒たちが割を食うのは生粋の問題児として許せない。

 問題児だったら宿題の全ページに落書きをするか、関係のない内容を記して堂々と提出してから怒られるまでがセットである。まあ用務員なので宿題とは無縁なのだが。


 ユフィーリアはリタの夏休みの宿題を受け取ると、



「分かった、預かっててやるから始業式が終わったら取りに来いよ」


「ありがとうございます!!」



 リタは「すみませんが、よろしくお願いします!!」と言い残し、バタバタと慌てた足取りでどこかに走り去っていく。あれだけ大きな旅行鞄を抱えたまま始業式に出席する訳にはいかないので、おそらく学生寮に鞄を置きにいったのだろう。


 それよりも、悪い連中がいたものである。

 真面目で勤勉な生徒から夏休みの宿題を巻き上げ、自分の功績として提出するなんて許されていいものではない。これは少しばかり悪い生徒たちへお灸を据えなければならないようだ。


 ユフィーリアは用務員室にリタから預かった宿題を転送魔法で送ると、



「よし、お前ら。勤勉な生徒の為に、ちょっと問題児が一肌脱いでやろうじゃねえか」



 悪い笑みを見せるユフィーリアに、問題児の仲間たちもまた清々しいほどの笑顔で親指を立てて応じるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】夏休みの宿題は初日に終わらせるかと思いきや、全ページに落書きをして呼び出しを食らうタイプの魔女。

【エドワード】夏休みの宿題は計画的に終わらせるタイプだが、最終日に自由研究とか読書感想文とか重たい系の宿題の存在を忘れておりユフィーリアに泣きつく巨漢。

【ハルア】夏休みの宿題なんてやらず、最終日になってショウに指摘されてユフィーリアとエドワードに泣きつくタイプの暴走機関車野郎。

【アイゼルネ】夏休みの宿題は計画的に終わらせ、不備など見せない完璧な提出をする南瓜頭の娼婦。抜かりはない。

【ショウ】夏休みの宿題は計画的に終わらせるし、何だったら成績が振るわない生徒たちの面倒を見ていた実績がある。この世界で夏休みの宿題をやるとなったらハルアの面倒を見るまでがセット。


【リタ】ヴァラール魔法学院1学年。ショウとハルアと仲が良い女子生徒で、魔法動物の研究家になるのが夢。夏休みの宿題は計画的に終わらせて、提出物の不備などない優秀な生徒。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「生徒の間でちゃんと宿題をやらずに、他の生徒の宿題を強奪する人がいるんです。私も強奪される前に先生…
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