第14話【異世界少年と聖女の再出発】
「こーんにーちはー!!」
「こんにちは」
ヴァラール魔法学院の植物園に、ショウとハルアの元気な挨拶が響き渡る。
明日にヴァラール魔法学院の始業式を控えており、ようやく教職員たちも授業準備が終わって校舎内の清掃業務に取りかかっているのだ。問題児であるユフィーリアも朝から学院長のグローリアに首根っこを掴まれ、無理やり清掃業務を手伝わされていた。
エドワードやアイゼルネも副学院長のスカイに捕まり、2学期の授業で使う部品の在庫調査に協力させられていた。残されたのはショウとハルアの未成年組だけである。
そんな訳で未成年組は植物園で魔法植物に水やりをしていたリリアンティアを手伝いに来たのだ。象さんの形をしたジョウロも自前である。
「こんにちは。ショウ様もハルア様も、お手伝いに来てくださってありがとうございます」
鉄製のジョウロを抱えた純白の聖女、リリアンティアがショウとハルアを笑顔で出迎える。
「でも何でちゃんリリ先生が植物園の水やりをやらなきゃいけないの!?」
「植物園の管理を任されているのは八雲のお爺さんではないんですか?」
植物園の水やりは本来、植物園の管理人である八雲夕凪の仕事だ。まあ、あの白い狐がまともに仕事をしている姿など見たことはなく、いつも余計なことしかしないので植物を育てることが得意なリリアンティアにお鉢が回ってくるのは目に見えている。
それにしたってリリアンティアがやる理由なんてないはずだ。植物園の敷地は広大なので、彼女1人で全ての植物に水をあげて回るのは無理がある。純粋なリリアンティアを、あの狡猾な白狐が騙したに違いない。
リリアンティアは朗らかな笑みを見せ、
「以前から植物園の管理は身共が請け負っておりますので、水やりなど苦ではありませんよ」
「あのジジイ、何で学院に雇われてるの!?」
「とっととクビにした方がいいんじゃないですかね」
あの白狐、植物園の管理人として全く仕事をしていない様子である。それでも植物園の草花が綺麗に咲いていたのは、リリアンティアの努力の賜物だったようだ。
そういえば白狐は以前、授業に使うはずの魔法植物を枯らしてグローリアから説教を受けていなかったか。おかげでユフィーリアが魔法植物を最初から育てなければならず、大変なことになっていたような気がする。
赤い象さんジョウロと青い象さんジョウロを掲げるショウとハルアは、
「ちゃんリリ先生、どこのお花に水やればいいの!?」
「1人だと大変ですよね、手分けしましょうか」
「奥の方はまだ終わっていませんので、お手伝いをお願いいたします。それと」
リリアンティアは「実はですね」と言い、
「1人で作業をしていた訳ではないんです」
「誰か手伝っていたんですか?」
首を傾げるショウとハルアの耳に「リリアンティア様」という呼び声がかかる。
振り返ると、リリアンティアと同じく金属製のジョウロを抱えた修道女が立っていた。柔和な顔立ちに優しげな光を湛える薄青の瞳、濃紺の修道服の頭巾から垣間見える彼女の髪色は綺麗な白金色をしていた。清楚な印象を受ける濃紺の修道服の胸元では、磨き抜かれた十字架が揺れていた。
見たことのない女性である。修道服を着ているということは、リリアンティアの宗教に関係のある人物なのだろうか。思えばリリアンティアのことを様付けで呼んでいた気がする。
リリアンティアは戻ってきたらしい修道女に笑みを見せると、
「マリア様、終わりましたか?」
「はい、持ち場の花壇に全て水を与えました」
マリアと呼ばれた女性は頷くと、
「次はどこに水をやりましょうか。まだ植物園の奥には誰も行っていないようですが」
「これから植物園の奥にある花壇へ水やりに行こうと話していたところです。マリア様もお手伝いをお願いいたします」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げた女性は、リリアンティアの後ろをピッタリと追いかける。
それだけで、女性とリリアンティアの関係性が把握できてしまった。リリアンティアが上司で女性が部下ということだろう。リリアンティアが教祖を務める宗教『エリオット教』の修道女の1人か。
ショウは修道女の女性に視線をやると、
「修道女の方ですか?」
「聖女修行の途中にございます」
女性は丁寧な口調でショウの質問に応じ、
「かつて身を穢された私ですが、リリアンティア様が『志半ばで聖女を諦めるのはいけない』と仰ってくださいまして、現在はまた最初から修行を積ませていただいております」
「身を穢され……」
その話を聞き、ショウは彼女の正体を察知した。
彼女はトロニー王国の元聖女だったのだ。確かトロニー王国の腐れ王太子殿下の妻になったが毎日のように暴言や暴力を振るわれていたが、リリアンティアが返還を要求したことで自由の身になったのか。これは素晴らしい傾向である。
身を穢されたのであれば聖職者として元の位置に戻るのは悩ましいところだろうが、リリアンティアたちエリオット教は彼女のことを快く受け入れることにしたようである。ヴァラール魔法学院なら襲われるような心配もないので、修行を積むには最適と言えよう。
「彼女だけではありません、他の7人の聖女と23人の修道女もヴァラール魔法学院にて修行を積む運びとなりました。ここは回復魔法や治癒魔法を学ぶ場所としても最適ですので」
「そうなんだ!!」
「それはいいですね」
リリアンティアの判断に、ショウとハルアも称賛する。
たとえ神託を受けられない状況だったとしても、回復魔法や治癒魔法は魔法として確立している以上は他に勉強方法だってある。それにリリアンティアの下で修行を積み重ねれば、いつかまた聖女として活躍できるかもしれない。
女性は困ったように笑うと、
「ただ、やはり夜は怖いです。警備に問題はないとしても、あの時のことを思い出してしまって」
「大丈夫だよ!!」
ハルアは親指を立てると、
「不審者を捕まえるのがオレの仕事だからね!! 1人も逃がさないから、お姉さんのことは絶対に守るよ!!」
「頼もしい限りです」
女性は嬉しそうに微笑んで答えた。
夜が訪れるたびに、彼女は夜襲を受けた時の恐怖に苛まれるのだ。ショウもかつて叔父夫婦から虐待を受けてきた時は夜も眠れなかったぐらいである。
どうか彼女がまた聖女として再出発できる日が訪れることを祈るしかない。ショウだっていつしか虐待の記憶が薄れていったのだ、長い時間はかかるかもしれないが前を向いて歩き出さなければ始まらない。
この学院が、彼女の新たな第一歩になるように。そう信じようではないか。
「さあ、植物園は広いのでまだまだ頑張りましょうね」
「ちゃんリリ先生、気合いが入ってるね!!」
「奥の方に新しいお花でも植えたんですか?」
「そうなんです!! 難しいお花だったのですが、根気よくお水をあげ続けていたらついに芽が出たんですよ!!」
嬉しそうに花の状況を語ってくれるリリアンティアに、ショウやハルアにつられて修道女の女性も楽しげに笑うのだった。
《登場人物》
【ショウ】この世界に召喚されてから人間らしく、自分らしく再出発を果たした結果、見事な問題児の道を爆走する女装メイド少年。今の生活が1番幸せ。
【ハルア】ユフィーリアと出会ってから問題児としての再出発を果たした暴走機関車野郎。ただし友達には優しく面倒見よく、敵には容赦なくという感覚は以前のまま。
【リリアンティア】永遠聖女と名高い聖女様にしてヴァラール魔法学院の保健医。あまりにもサボるので八雲夕凪に代わり植物園の草花の世話をしている。
【マリア】かつて王太子殿下の第1王太子妃であり、聖女でもあった女性。聖女の修行を受け直すことで再び聖女として歩む道を選んだ。




