第13話【問題用務員と永遠聖女の判断】
「では私はこのゴミの処理に冥府へ戻る。また会いに来る訳だが」
そう言い残して、キクガは活きのいい魚よろしくビチビチと暴れるセシルを引きずって冥府に帰っていった。
これから冥府拷問刑が待っているのだ。ユフィーリアの魔法を看破するだけの才能を持ち合わせていた王太子殿下が、手も足も出ないでボロボロにされていく様は爽快だった。実に素晴らしい幕引きである。
今回の為に呼び出されたパーティーの招待客たちは、連行された王太子殿下と彼自身が犯した罪が明かされたことで混乱しているようだった。あんな爽やかな好青年が、まさか裏では聖女とエリオット教の修道女を食っていたとは思わないだろう。
ユフィーリアとしてもこんな場所に用事はないのでとっとと帰ろうとするのだが、
「一体何の騒ぎだ?」
威厳のある声がパーティー会場に響く。
現れたのはトロニー王国のアイザック国王陛下である。先程の騒ぎを聞きつけてようやく姿を見せたらしい。
自分の息子が冥府拷問刑が適用されて連行されたことなど露知らず、パーティー招待客から突き刺さる冷たい眼差しに彼は首を傾げるだけである。すっとぼけているのか、状況を理解していないのか不明だ。
アイザックは周囲を見渡し、
「セシル、セシルはどこに行った?」
その問いに対する答えはない。
何も知らないとは言い切れない。もしかしたら、国王陛下さえ息子の所業を知った上で黙認していたかもしれないという疑惑があるのだ。息子を探す態度すら演技のように思えてしまう。
パーティーの招待客は責任を押し付け合うように互いの顔を見合わせ、それから国王陛下から視線を逸らす。どうしても彼と目線を合わせたくないのは理解できる。相手は聖女と修道女を姦淫した息子の父親なのだ。
その時である。
「陛下ッ、陛下ッ!! 大変です!!」
足をもつれさせ、肩で息をする衛兵らしき人物がパーティー会場に飛び込んできた。
国王陛下だけではなく、パーティーの招待客や今まさに帰ろうとしていたユフィーリアたち問題児も衛兵に注目する。声の様子から判断して何かとんでもないようなことが起きているようだ。
衛兵は居住まいを正す暇もなく、
「聖女様がお見えです!!」
「聖女はそこにいるだろう」
「違います、永遠聖女様です!!」
衛兵の悲鳴じみた声が会場中に響き渡ると同時に、その人物は彼の背後からひょっこりと現れた。
「突然のご訪問、大変失礼いたします」
絢爛豪華なパーティー会場に浮き彫りとなる純白の修道服と磨き抜かれた十字架、大理石の床を踏むのは洒落っ気のない革製の靴である。可憐な顔立ちには真剣な表情を浮かべており、新緑の双眸が真っ直ぐに国王陛下であるアイザックを射抜いていた。
エリオット教教祖にして『永遠聖女』と呼ばれる少女、リリアンティア・ブリッツオールがついにトロニー王国へ降臨した。その神々しさにパーティーの招待客は息を呑み、彼女を崇拝する信者は膝をついて拝み始める。
リリアンティアの来訪に瞳を瞬かせたショウとハルアは、
「ちゃんリリ先生、どうしたの!?」
「パーティーに招待されたんですか?」
明らかに話しかけられる雰囲気ではないのだが、リリアンティアは新緑の瞳をショウとハルアに投げかけると花が綻ぶような笑みを見せてくれる。
「少し国王陛下とお話をしに来たのです。大事な話なのでお静かにしていてくれますか?」
「ちゃんリリ先生が言うなら仕方ないね!!」
「黙っていようか、ハルさん」
リリアンティアのお願いを素直に聞き入れたショウとハルアは、それから口を閉ざして大人しくなる。友人であるリリアンティアのお願いはちゃんと聞くようだ。
可憐に笑いかけてくれたリリアンティアだが、アイザックに向けた眼差しはショウとハルアに対して投げかけていた優しげな瞳とは打って変わっていた。相手の心臓を射抜くような鋭い眼光を宿している。温厚で生真面目な彼女が敵意を剥き出しにするのは珍しいものだ。
キュッと桜色の唇を引き結んでいたリリアンティアだが、ついにその口を開く。
「貴殿のご子息が犯した罪は、身共も把握しました」
「罪?」
「貴殿のご子息は現在、冥府拷問刑に処されております。今は冥府で拷問を受けている頃合いかと」
リリアンティアから息子であるセシルの現在を聞いたアイザックは、震えた声で返す。
「何故、何故セシルが冥府拷問刑などに」
「聖女を8名、修道女を23名も姦淫した罪です。しかも双方同意といったことではなく、貴殿のご子息が一方的に組み敷いたものとなります」
表現は幾許か優しくなっているものの、直接的に言えば「8人の聖女と23人の修道女を強姦した」という悪辣極まるものである。冥府拷問刑に処されて然るべきだ。
パーティーの招待客は全員して口を閉ざし、彼らの反応がアイザックへ現実を突きつける。信頼に於ける自分の息子がとんだ罪を犯し、威厳ある国王陛下の顔が見る間に青褪めていった。
冷ややかな眼差しを突き刺してくるリリアンティアに対して、アイザックは土下座で許しを乞う。
「愚息が大変なご迷惑を……何とお詫びして良いか……!!」
「身共の願いは『世界中に健康と平和が届くように』であり、そんな世界を実現させる為にエリオット教を興しました」
冷たい大理石の床に額を擦り付けるアイザックを見下ろしたリリアンティアは、
「聖女や修道女を志した女性たちは、身共の願いに賛同して共に世界中へ健康と平和を届けんとする大切な仲間です。彼女たちは未熟者で至らぬ身共を支え、幾度となく助けてくださった方たちです」
恐る恐るといった様子で顔を上げるアイザックに、リリアンティアは淡々とした声で言う。
「そんな彼女たちを組み敷き、穢すなど貴殿のご子息は何をお考えでしょうか。聖女はただの肉袋ですか? 修道女は使い捨て? 身共は皆様の欲望の捌け口として聖女を派遣した訳ではありません」
思ったよりも深刻な問題で、ユフィーリアはさすがに口を挟めなかった。これは静かにしている方が吉である。
エドワードもハルアもアイゼルネもショウも、リリアンティアの口から語られる彼女自身の怒りに口を閉じざるを得なかった。この状況で余計なちょっかいをかけるほど、問題児は頭の螺子をぶっ飛ばしていないのだ。
全身をぶるぶると震わせるアイザックを、リリアンティアはさらに追い込んでいく。
「さらに貴殿のご子息は神官と称して仲間を潜り込ませ、支部を掌握しました。これにより今年の初めからトロニー王国支部の内部状況が把握できなくなり、現状報告と称して聖女から送られる手紙だけがトロニー王国支部の内情を知る手段でした」
「あ、ぁ」
「身共は不勉強なもので、文字を読むことが出来ません。事実を知り、もっと早く何か出来たのではないかと身共は痛感しております」
アイザックと視線を合わせる為に膝を折ったリリアンティアは、
「エリオット教の教祖として宣告いたします。トロニー王国支部は本日をもって引き上げます」
「なッ」
「つきましては、身共が派遣いたしました聖女及び修道女の返還を要求いたします。聖女たちはご子息の奥方として毎日のように暴言・暴力を振るわれ、修道女たちは娼婦として無理やり働かせているそうですね? 今すぐに彼女たちを解放してください」
絶望の表情を見せるアイザックに、リリアンティアはトドメの一言を告げた。
「猶予は3日とします。3日以内に遂行できなかった場合は七魔法王として第七席【世界終焉】に、トロニー王国の終焉を依頼します」
それはつまり、聖女と修道女をエリオット教に返すことが出来なかった場合は、トロニー王国の歴史や存在そのものを消し飛ばして国民を路頭に迷わせるという永遠聖女からの最終通告である。真面目さが振り切り、問題児並みに容赦のない仕返しをしたものだ。
真っ白に燃え尽きるアイザックに背を向け、リリアンティアは用事が済んだとばかりに颯爽と歩き去る。招待客は第七席【世界終焉】の出動の可能性に戦慄し、非難の目線を国王のアイザックに突き刺した。
リリアンティアはユフィーリアたちの前で立ち止まり、
「行きましょう、もうトロニー王国の用事はありません」
☆
「緊張しましたぁ」
パーティー会場を出てから、リリアンティアは安堵の息を吐く。
アイザックと対峙していた時の威厳はすでになく、いつものリリアンティアに戻っていた。教祖として気を張っていたからか、少しばかり彼女の表情にも疲れが出ている。
ユフィーリアは清々しい表情を見せるリリアンティアに視線をやり、
「いいのか。トロニー王国から支部を引き上げるってことは、医者にかかれないほど貧しい患者を見捨てるってことにならねえか?」
「何を仰いますか」
リリアンティアはユフィーリアの言葉を否定し、
「ユフィーリア様がまとめてくださった患者様の情報をもとに、他国に設置させていただいております支部と掛け合ってお引越し先や勤務地などを手配済みです。子供たちは孤児院へ行くこととなりますが、エリオット教管轄の孤児院なので食べることに困ることはないでしょう」
「行動が早いな」
「身共などまだまだです。もっと努力をして、聖女や修道女の皆様を守れるようにならないと」
小さな拳を作って、リリアンティアは気合を入れる。
この小さな身体で数多くの聖女や修道女を預かり、エリオット教という宗教団体を運営していっているのだから全く恐れ入る。僅か11歳で神々から祝福を受けて成長が止まってしまった少女だが、その貫禄はまさに『永遠聖女』の称号に相応しい。
トロニー王国から支部を引き上げると決めるのは、真面目な彼女なりによく考えた結果なのだろう。ユフィーリアはせめてその決断を応援してやるだけだ。
「あの、ユフィーリア様にお願いがございます」
「何だよ、急に。聖女の仕事はもうやらねえぞ」
「身共に性知識を教えてはくれませんか」
どうしてそうなった。
「今回と似たような事件に聖女や修道女が巻き込まれる可能性があります。なので身共も正しく性知識を学び、幅広く聖女や修道女を受け入れることが出来る体制を作りたいのです」
「あー……」
真面目さが振り切ってとんでもねー方向に舵を切ってしまったリリアンティアから逃れるように、ユフィーリアは愛すべき自分の仲間たちに視線を投げかけた。
ところが、彼らは非常に薄情だった。全員揃って視線を逸らすその姿は、まるで「頼まれたのはお前なんだからお前がやれ」と言っているかのようである。
リリアンティアはユフィーリアに詰め寄り、
「お願いします、ユフィーリア様」
「あー、そのー」
ユフィーリアは引き攣った笑みを見せ、
「今回と似た事件が起きたら、また偽物の聖女として潜入するよ」
「それでは意味がありません、ユフィーリア様!! お願いです!! 身共にえっちいことを教えてください!!」
「大声で言うんじゃねえ!!」
往来で「えっちいことを教えてください」と堂々叫ぶリリアンティアに、ユフィーリアは頭を抱えるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】いきなり話題に出された第七席【世界終焉】を冠する魔女。リリアンティアは妹みたいに思っているので、今回の申し出は勘弁してほしい。
【エドワード】リリアンティアは可愛い妹みたいなものなので、今回の教育担当はユフィーリアに押し付けた。
【ハルア】ちゃんリリ先生、格好いいなと思っていた。国王様に意見できるのって凄いね!
【アイゼルネ】多分、今回の教育に関して最も適している人材だが純粋無垢な娘にあれこれ教えるなんて罪悪感が凄いからやりたくない。
【ショウ】リリア先生が毅然とした態度で国王様に意見を言っていた姿が格好よかった。
【リリアンティア】エリオット教の教祖にして『永遠聖女』の名前を冠する聖女様。七魔法王の第六席【世界治癒】でもあるので、国王相手に意見を言える度胸はある。性知識に乏しいので今回の事件が起きたのかと悔やみ、同僚であり頼れる問題児のユフィーリアに頼んだらはぐらかされた。




