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第11話【問題用務員と追放】

 問題児が聖女に扮してトロニー王国に潜入して2日目の朝を迎えた。



「パーティー?」


「ぜひ聖女様にご参加していただきたいとセシル王太子殿下のお申し出です」



 患者を迎え入れる為に教会を清掃していたところ、やってきたのは患者ではなく王宮の使者だった。

 身なりが整えられた30代後半ぐらいの男で、にこやかな笑みを浮かべているものの口元が僅かに引き攣っている。まだユフィーリアたちは彼に何もしていないのだが、何かを知っているのだろうか。


 箒を動かす手を止めたユフィーリアは、



「お誘いいただき、ありがとうございます。ぜひ参加させていただきます」


「それでは夕方、お迎えにあがります」



 使者は一瞬だけ安堵の表情を見せるが、取り繕うように笑うと教会を颯爽と去っていった。

 なるほど、表情が引き攣っていたのはセシル王太子殿下が恐ろしかったからか。まだ使者の男に対して問題行動も暴力行為もしていないのに怖がられているので、てっきり昨日の夜襲に関係があるのかとばかり思ってしまった。早とちりはよくないことである。


 使者の男が馬に飛び乗って去っていく姿を見送り、ユフィーリアはニヤリと笑う。ここにトロニー王国の住民や王宮関係者がいれば、そのあまりの邪悪な笑みに戦慄するだろう。



「お前ら、今日の夜が実行日だ」


「こんなに早くチャンスが到来するなんてねぇ」


「楽しみだね!!」


「どんな言い訳が聞けるのかしラ♪」


「早く夜にならないだろうか」



 教会を清掃中だったエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人は夜に開かれるパーティーが楽しみで仕方がないのか、掃除をする手にも気合が入っている様子だった。

 気合が入りすぎて硝子絵図ステンドグラスや椅子を破壊してしまったが、それはご愛嬌である。あとで魔法で直せば何も問題はないのだ。



 ☆



「凄え人数が集められたな」


「そうだねぇ」


「豪華!!」


「もう少しお洒落をしてくればよかったかしラ♪」


「アイゼさんは修道服姿でも綺麗ですよ」



 夕方、迎えに来た馬車に揺られて王宮までやってきたユフィーリアたち問題児は、目の前に広がる絢爛豪華で煌びやかな世界に目を瞬かせた。


 王宮主催のパーティーだからか、飾り付けも金銀財宝をふんだんにあしらった瀟洒なもので壊したら何百万と請求されそうな気配がある。会場を訪れるのは金持ちばかりで、仕立てのいいドレスや背広と大量の宝石を使った装飾品で身を固めている。提供される食事も豪華なもので、自由に皿へ取ることが出来る形式となっている様子だった。

 そんな眩い空間に黒や濃紺の修道服で訪れたユフィーリアたちは、さぞ場違い感があるのだろう。パーティーの参加者たちはユフィーリアたちを見るなり声を押し殺してクスクスと嘲笑っていた。


 雪の結晶が刻まれた煙管を悠々と吹かすユフィーリアは、



「今日は別にパーティーを楽しみに来た訳じゃねえから痛くも痒くもねえな」


「え? ご飯食べちゃダメなのぉ?」


「お前は食いしん坊か」



 パーティーで提供される食事に視線を固定したまま涎を垂らすエドワードに、ユフィーリアはため息を吐いた。食事があればあるだけ食べてしまう大食漢に食欲を抑えろと言う方が無理な話である。

 同じように、ハルアやショウも食事に興味津々な様子だった。「あのケーキ美味しそうだね!!」「他には何があるのだろうか」などとコソコソ会話しているのが聞こえる。招待客は自由に取っていい形式なので、食べてみたいという気持ちも分からないでもない。


 ユフィーリアはショウとハルアの背中をポンと押し出し、



「いいぞ、行ってこい」


「いいの!?」


「ありがとう、ユフィーリア」



 許可を出すと、ハルアはショウの手を取って食事の皿が並べられた台座に突撃する。料理よりもまず足を向けたのはケーキや焼き菓子などが並べられたデザートの台座である。未成年組はやはりそちらに興味を持ったようだ。



「エド、お前も行ってきていいぞ。程々にな」


「わぁい!!」



 大人げなく喜びを見せたエドワードは、早速とばかりに肉料理が大量に並んだ台座にいそいそと近寄る。料理を提供するコックがギョッとした表情を見せたが、まあ相手の気持ちも分かる。いきなり修道服姿の筋骨隆々とした男が現れれば誰だって目を剥く。

 男性陣は料理を取りに行ってしまったので、残されたのはユフィーリアとアイゼルネの2人だけだ。地味な修道服姿なので話しかけてくるような招待客はおらず、奇異の眼差しを向けて陰口を叩くという陰湿なことをしてくるので居心地が悪い。こんなに居心地の悪いパーティーは初めてである。


 近くを通りかかった給仕を呼び止めたユフィーリアは、



「シャンパン2つくれ」


「どうぞ」



 給仕の青年は爽やかな笑みで、シャンパンが並々と注がれた硝子杯グラスをユフィーリアに手渡す。招待した側に偏見がなくてよかった。


 受け取ったシャンパンの硝子杯をアイゼルネに手渡してやり、ユフィーリアは琥珀色の酒に口をつける。パチパチと口の中で弾ける炭酸の感覚が楽しく、葡萄の芳醇な味わいが口いっぱいに広がっていく。

 相当高級な酒でも提供しているようで、アイゼルネも「♪」とご機嫌な様子だ。修道服姿であるにも関わらず一挙手一投足に気品があり、修道服がドレスのように見えてきたのはユフィーリアの錯覚か。



「これ美味いな」


「ええ、本当ニ♪」



 周囲の視線など気にした様子は微塵もなく酒を楽しむユフィーリアとアイゼルネだったが、



「パーティーは楽しんでおられますか?」



 不意に声をかけられた。


 振り返ると、そこには煌びやかなドレスに身を包んだ若い女性が立っていた。艶やかな白金色の髪を煌びやかな髪飾りでまとめ、柔和な顔立ちには人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。白を基調として金色の糸で複雑な刺繍がされたドレスと胸元で輝く綺麗な宝石をたくさん使った首飾りが、身分の高さを物語っていた。

 パーティーの招待客の1人だろうか。誰も話しかけてこない中で随分と勇気のある女性である。


 彼女はドレスの裾を摘んで綺麗なお辞儀をすると、



「第1王太子妃のマリアと申します」


「これはご丁寧に」



 第1王太子妃であるマリアと名乗った女性は、



「その格好、懐かしいです。エリオット教の聖女としてこの国に派遣された時のことを思い出します」


「聖女だったんですか?」


「ええ、辞めることになってしまいましたが」



 マリアは少し寂しげな表情を見せて言う。


 こんな場所で辞めた聖女に出会うこととなったのは僥倖である。しかも王太子妃ときたものだ。

 いいや、彼女は「第1」と言わなかったか。つまり彼女の他の王太子妃――側室がいるのではないか?



「第1王太子妃ということは、王太子殿下には他に奥方様がいらっしゃいますか?」


「はい、私を含めて8人です」


「マリア様を含めて、8人の王太子妃は元聖女でいらっしゃいますか?」


「その通りです」



 ユフィーリアの質問に、マリアは特に驚いた様子は見せることなく淡々と答えていく。

 アイゼルネを一瞥すると、彼女は小さく首を上下に振った。嘘を吐いている気配はなく、紛れもなく本当のことを言っていると告げていた。


 その時、



「お集まりの皆様、セシル王太子殿下のおなりです!!」



 腰の曲がった大臣らしき老人が声を張り上げ、金管楽器の音色に合わせて会場に王太子殿下のセシルが現れる。招待客の拍手に対して爽やかな笑みで手を振って応じていたが、何故かその左腕は包帯が痛々しく巻かれていた。

 セシルの登場に、マリアは「これで失礼致します」と早口で言うと招待客に紛れてどこかに消えてしまった。王太子殿下に見つかると何かまずいことでもあるのだろうか。


 セシルが手を掲げると、それまで会場中を満たしていた拍手がピタリと止む。恐ろしいぐらいに統率の取れた行動である。



「皆様、本日はようこそお越しくださいました。心より歓迎いたします」



 変わらず爽やかな笑みで招待客を歓迎するセシルだったが、



「本日は皆様に、残念なお知らせをしなければなりません。王太子としてこの発表は心苦しいですが、どうか聞いていただきたいのです」



 招待客が「え、何かしら?」「発表?」と首を傾げる。彼らも知らされていない内容のようだ。


 セシルは招待客の1人に鋭い視線を向ける。

 誰もがざわめく中、セシルが睨みつける先に注目する。人の壁がサッと割れると、睨みつけていた相手が判明した。


 シャンパンの硝子杯グラスを傾けていたユフィーリアである。



「聖女ユフィーリア、貴様は聖女の皮を被った殺人鬼だ!!」



 セシルは堂々と言い放つ。


 招待客に衝撃が走る中、ユフィーリアは特に何の反応も示さなかった。

 だって最初から偽物である。偽物を相手に騒がれても思うことはない。



「かの聖女は教会に従事する神官を殺害した悪魔だ、神官が惨たらしく殺されたとの報告も受けている!!」



 セシルはユフィーリアを糾弾しているつもりなのだろうが、ユフィーリア本人には何も響いていない。ただ高級シャンパンを傾けるだけである。



「よって、偽物の聖女である貴様はトロニー王国から追放処分とする!!」



 最後にセシルは偽物の聖女であるユフィーリアに追放処分を言い渡し、満足げに息を吐いた。随分と短くて退屈な1人舞台である。


 言われずとも、こんな国に用事などない。おさらば出来るのであれば大手を振って追放されようではないか。

 ただ、言われっぱなしでいるのも問題児として癪である。どうせなら彼の1人舞台に花を添えてやろうか。



「おう、そうだよ」



 偽物の聖女と判明した以上、ユフィーリアは猫を被ることを辞めていつもの口調で話す。



「最初から偽物だよ、アタシは。聖女の修行も受けてねえし、何なら今まで神託なんか受けたこともねえよ」


「見たか、これが奴の本性だ!!」



 セシルはどこか嬉しそうに言った。ユフィーリアが偽物の聖女だということが嬉しくて仕方がないのだろう。



「まあまあ、偽物なんだけどな。ちょっと面白い話がいくつかあるんだが聞いてくれるか?」


「貴様の話を聞く耳はない」


「実は偽物の聖女に扮してこの国にやってきたのは理由があって」


「聞く気はないと言っただろう!!」



 セシルが苛立ったように叫ぶが、招待客の注目はユフィーリアに向いていた。

 誰しもそうである。こういった騒動は第三者の立場から聞いているのが面白いのだ。現に招待客は好奇の眼差しをユフィーリアに向け、話の続きを聞きたがっている模様である。


 ユフィーリアは微笑を保ったまま、



「トロニー王国の聖女が立て続けに辞めているんだよ、今年に入って8人も。試しに聖女となって潜り込んでみたら仕事は多いし神官は手伝わねえし、環境も悪いからこりゃ辞めるだろって思った訳だ」


「黙れ」


「その上、夜には夜這いまがいの男まで出たんだよ。そりゃそうだよな、教会の警備はザルだから簡単に侵入できる。聖女は所詮、腕っ節の弱い女だから襲いたい放題だしな」


「黙れ!!」


「それでアタシは気づいたんだ、聖女が8人も辞めた理由は『聖女姦淫』が原因じゃねえかってな」



 話すたびに「黙れ」と声を荒げるセシルを無視して、ユフィーリアは言葉を続けた。


 聖女姦淫とは、聖職者である聖女と肉体関係を持つことである。これは聖女にとって重大な罪であり、場合によっては聖女を名乗ることすら出来なくなる可能性がある。

 また聖女に手を出したということで相手の男にも重い罪がのしかかることになる。正式な手順を踏めば問題はないだろうが、手順を踏まなければ聖女姦淫の罪として死刑にも該当することになる。


 何故なら聖女は神の使いだ。神様のものである聖女を横から掠め取るような真似は許されない。



「まあ、これは偽物の聖女であるアタシの憶測なんだけどな」



 ユフィーリアは「話は変わるけど」と言い、



「実は昨日、アタシの嫁が夜這いされそうになったんだ。その時に部下が左腕を折ったらしくてな、実際アタシも犯人が左腕を痛そうにさすっているのを見たんだよ」



 招待客の誰もが、セシルに注目する。

 セシルの左腕には、痛々しそうな包帯が巻かれていた。怪我をしているのは明らかである。


 ユフィーリアはセシルの左腕を示し、



()()()()()()()()()()()()?」

《登場人物》


【ユフィーリア】追放処分を受けた聖女に扮した魔女。最初から偽物の聖女なのに手のひら返したように糾弾してきたセシルの態度が面白すぎる。コイツ馬鹿なのかな。

【エドワード】肉料理を堪能しながら上司のユフィーリアが追放云々とか言われている光景を目の当たりにして笑った。最初から偽物なんだよねぇ。

【ハルア】焼き菓子を口いっぱいに頬張りながら、ユフィーリアが追放処分を受けている光景に首を傾げていた。今まで偽物だったのに、何で今更追い出されんの!?

【アイゼルネ】上司が追放処分を受けたにも関わらずカパカパとシャンパンを開ける様を眺めて楽しくなっちゃった。手のひら返しが凄すぎて逆に笑えてくるワ♪

【ショウ】本当に追放処分とか言い渡せるんだなぁ、としみじみ思いながらケーキを堪能。それはそうとしてユフィーリアに「黙れ」とか口を利いたセシルはどうやって【自主規制】!!


【セシル】ユフィーリアを追放処分にして大満足なご様子だが、最初から偽物であることに気付けていなかった馬鹿タレ王太子殿下。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは。 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「よって、偽物の聖女である貴様はトロニー王国から追放処分とする!!」 この一言を発した人物は自らの犯した罪…
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