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第10話【問題用務員と作戦会議】

「お前ら、無事かッ!?」



 教会内に設けられた寝室の扉を蹴り開け、ユフィーリアは薄暗い室内に足を踏み入れる。


 居住区画の寝室と比べて、簡素なベッドが2つと衣装箪笥があるだけの殺風景な部屋模様だ。月明かりすら差し込まない暗い部屋は荒れ果てており、ベッドは横倒しとなって放置されていた。

 寝室で休んでいたはずの4人の姿はなく、暗闇に佇んでいるのは全身を布で覆い隠した正体不明の人物である。エドワードかハルアが第七席【世界終焉セカイシュウエン】の礼装である『面隠しの薄布』を使用しているのかと思ったが、身長や体格が曖昧になっていない。普通にマントか長衣で全身を隠している男性である。


 全身を布で覆い隠した相手は、何やら痛そうに左腕をさすっている。見た目では怪我をしたようには見えないが、相手の様子から判断して骨でも折れたか。



「ウチに喧嘩を売ってくるたァいい度胸じゃねえか。偽物神官と同じく首でも掻き切られてえか?」



 銀製の鋏を分離させて双剣のように構えるユフィーリアは、



「まずはその面を拝ませてもらおうかッ!!」



 力強く床を踏み込み、相手へ肉薄する。


 右手に握った刃を引き絞り、勢いをつけて突き出す。狙う先は相手の頭部を覆う布である。壁にでも縫い止めればその間抜け面でも拝めるかと思ったのだが、突き刺すより先に相手が転移魔法で逃亡を図る。

 ユフィーリアの目の前から姿が掻き消えたかと思えば、背後から足音が遠ざかっていく。どうやら寝室の外に転移をし、ユフィーリアから逃げようという魂胆のようだ。


 舌打ちをしたユフィーリアは、



「逃がすか!!」



 真冬にも似た空気が肌を撫で、逃げる相手の足元が凍りつく。うっかり凍った足元に気を取られてすっ転び、氷の上をつるつると滑って廊下の奥へと運ばれていった。

 寝室を飛び出したユフィーリアは、廊下の奥で無様にひっくり返る正体不明の人物めがけて氷柱を射出する。この狭い廊下で逃げ場はなく、防衛魔法を使ってもユフィーリアは氷柱で破壊できる自信があった。魔法の天才と呼ばれる魔女に敵う相手など、名門魔法学校の学院長ぐらいのものだ。


 ところが、



 ――パリンッ!!



 硝子が割れるような音を立てて、ユフィーリアの射出した氷柱が砕け散る。


 魔力看破ブレイクだ。魔法の構造を理解した上で魔力を逆方向に流し込むことで中和し、相手の魔法を破壊する高等技術である。かなりの修練を積まなければ獲得できない技術なのに、相手はユフィーリアの魔法を見事に破壊したのだ。

 このマント野郎、熟練の魔法の使い手と見ていい。少なくとも実力は相手を上回っていたのだから、正面から衝突すればユフィーリアが勝てていた。魔力看破の技術を使われるのは想定外である。


 よろめきながらも何とか立ち上がった相手は、



「――――」



 小さな声で何かを呟き、フッとその姿が消える。今度こそ転移魔法で逃亡を図ったようだ。

 気配はすでに教会周辺にはなく、魔眼で魔力の痕跡を探るも相手は追いつける場所にいない。あらゆる魔法を使って探せば見つかるかもしれないが、今はその行動が億劫に感じる。聖女として働いた疲労感がまだ残っているようだ。


 銀製の鋏を雪の結晶が刻まれた煙管の状態に戻したユフィーリアは、



「……何してんだ、お前ら」


「いやぁ」


「出るタイミングがなくて!!」


「ユーリが追い払っちゃうんだもノ♪ おねーさんたちの出る幕がなかったワ♪」


「格好よかったぞ、ユフィーリア」



 寝室の扉から様子を窺うように顔を覗かせるエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの姿にユフィーリアは深々とため息を吐いた。見たところ怪我をしている気配はなく、全員揃ってピンピンと元気な様子だ。

 これで誰か1人でも怪我をしようものなら、先程の正体不明な人物を魔法で追いかけてぶっ殺していたかもしれない。いいや、サクッと殺してしまうと面白くないので、まずは全身の皮を剥いで考えつく限りの拷問に処してから惨めに死んでもらおう。そこまでしなければ気が済まない。


 安堵の表情を浮かべるユフィーリアは、



「まあ、お前らが無事でよかった」


「ユフィーリアは平気だったのか?」


「アタシはまあ、ミゲルの奴に押し倒されただけでそこまでの被害は」



 ショウの質問にいつもの調子で答えてから、ユフィーリアは「あ」と己の失言に気づいた。


 押し倒されたことを教えたらダメなのだ。何故なら相手はユフィーリアのことを世界で1番愛しているお嫁様である、死んだミゲルをどうにかしてしまうかもしれない。

 案の定と言うべきか、ショウの赤い瞳からスッと音もなく光が消える。それまでユフィーリアの格好よさに目を輝かせていたというのに、今やまるで洞窟のような仄暗さを湛えていた。


 ゆらりと首を傾げるショウは、



「…………押し倒された?」


「いや、あの、ショウ坊」


「押し倒されたと言ったか?」


「だから、あの」



 ユフィーリアがしどろもどろになって止めるも意味はなく、ショウは威圧感のある笑みを先輩であるハルアに向けていた。笑いかけられたハルアの口から「ぴえ」という甲高い悲鳴のようなものが漏れる。



「ハルさん、ノコギリ」


「お、斧なら……」


「じゃあそれで」



 ハルアは修道服の下をゴソゴソと漁り、足元に斧を落とす。ゴトンという鈍い音を立てて転がり落ちてきた斧を拾い上げたショウは、恍惚とした表情で斧の刃を眺めていた。

 今の状態の彼が考えることなど、たった1つしかない。冷や汗をダラダラと流しながら、ユフィーリアは「頼むから予想を外してくれ」と願うばかりだ。


 清々しいほど綺麗な笑みで斧を担いだショウは、



「両腕と両足を切断して礼拝堂に飾ってやる」


「待てショウ坊、もうミゲルは」


「たとえ死んでいたとしてもバラバラにしやすくなっただけだ。信徒が訪れる神聖な礼拝堂とかクソどうでもいい、俺にとって神聖なユフィーリアを穢した報いを受けろ」



 ショウは「待っていてくれ神官さん、今すぐ神様のところに連れていってあげるからなうふふふふ」と虚な瞳で笑っていた。足取りはしっかりしているのに発される言葉は抑揚がなく平坦で、不気味に笑いながらミゲルの死体を探して教会内を徘徊し始めてしまう。

 これはもう何かに取り憑かれたと言ってもいいぐらいだ。口を滑らせて「押し倒されちゃった」など言わなければよかった。


 斧を片手に教会内を彷徨うショウの姿を眺め、ユフィーリアはガタガタと震える。



「しょ、ショウ坊が、ショウ坊が」


「自業自得じゃんねぇ」


「懲りたらユーリは自分のことを大切にしなよ!!」


「お嫁さんに心配をかけさせるのが悪いのヨ♪」



 エドワード、ハルア、アイゼルネから辛辣な言葉をもらい、ユフィーリアは己の危機感のなさを反省するのだった。



 ☆



 さて、状況確認と作戦会議を始めよう。



「まずは状況確認からだな」


「ユーリぃ、ショウちゃんはいいのぉ?」


「大丈夫だ、問題ない」



 問題児5人が集まったのは、教会内の礼拝堂である。月明かりが差し込む硝子絵図が極彩色の明かりを落とし、女神の石膏像が静かに微笑んで礼拝堂全体を見守っている。

 教会内のどこも安全地帯はないと踏んで、ユフィーリアはあらかじめ防衛魔法をかけておいた。これで他人が魔法で襲撃しても跳ね返すことが出来る。最初からこうしておけばよかったのだが、教会は安全地帯だと常識が刷り込まれていたのが今回の敗因だ。


 後ろからショウに抱きつかれたまま、ユフィーリアは真剣な表情で言う。あのままではミゲルの死体をバラバラにして礼拝堂に飾りかねないので、抱っこを許可することで目的を逸らすことに成功した次第である。何か首筋の匂いも嗅がれていたりするのだが、気にしている余裕はない。



「ハル、ショウ坊に何かあったのか?」


「あのマント野郎がショウちゃんにのしかかってたんだよ!!」



 ハルアの言葉に、ユフィーリアの手で握られた煙管からミシリと音が聞こえてくる。握力だけで折れていないことが奇跡である。



「最初はユーリが夜這いに来たのかと思ったんだけどね!! 何か息も荒いし身長も高いから、よく見たら別人だったんだ!!」


「お前の第六感はどうした」


「疲れて働かない!!」



 キリッと格好いい表情で言われても「使えねえ」以外の感想が見当たらないが、ショウを守ろうとした姿勢は褒めるところである。

 それにしても、ハルアの第六感が働かないのは珍しいことだ。こういう時に彼の第六感は活躍すべきだろうが、状況が悪いのか機能している様子はない。


 ユフィーリアは背後から抱きしめてくるショウの頭を撫で、



「怖かったろ。ごめんな、すぐに気づけなくて」


「謝ることはない、ユフィーリア」



 ショウは首を横に振ると、



「実は覚えていないんだ。気がついたらハルさんがあの知らない人の左腕を折ってぶん投げていたから」


「お前、他人の腕をホイホイ折るなよ」


「折れるほど柔な身体の作りをしてる方が悪いんだよ!!」



 ユフィーリアの注意に、ハルアは頭の螺子の所在を疑いたくなるような発言で返す。暴走機関車野郎の名前は伊達ではない。



「ユーリぃ、どうするのぉ?」


「ここにいたら危険じゃないかしラ♪」


「それは分かってるんだけどな」



 エドワードとアイゼルネに指摘され、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら今後の行動を考える。


 このままトロニー王国に滞在すれば、いつまた夜襲の餌食になるか分かったものではない。特にあの全身を布で覆い隠した得体の知れない奴は、高い魔法の才能を有する魔法使いだ。きっと名門魔法使い一族の誰かに違いないが、それなら第七席【世界終焉セカイシュウエン】に喧嘩を売るような真似はしないはずである。

 聖女が辞めたのも、おそらくこの夜襲が原因だろう。ユフィーリアたち問題児ならまだしも、聖女に身を守るような術は持ち合わせていない。うっかり食われて泣く羽目になり、その末に聖女を辞めるという選択肢しかなかったのだ。


 原因が解明されたところで撤退を選ぶべきだろうが、ここで逃げ帰るのはユフィーリアとしても面白くない。喧嘩を売ってきた馬鹿野郎に一泡吹かせてやりたいところだ。



「――あ、そうだ」



 妙案が思いついたユフィーリアは、悪魔のような笑みを見せる。



「お前ら、ちょっとお耳を拝借」



 今しがた思いついたばかりの作戦内容を語るユフィーリア。

 それは至極簡単な内容だ。それでいて、絶対に面白い展開を見せてくれるだろう。


 作戦内容を聞いたエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウは、



「確かにそれは面白そうだねぇ」


「でも利用する形になるのは考えちゃうな!!」


「仕方がないわヨ♪」


「だって事実を語るだけなのだから」



 ――さあ、誰に喧嘩を売ったのか後悔させるお時間である。

《登場人物》


【ユフィーリア】意外と危機感がない魔女。今回の件で懲りたので危機感を持とうと決める。

【エドワード】実は起きてアイゼルネを見張っていた。目は瞑るだけ。床でもどこでも寝られる自信がある。

【ハルア】寝相の悪さでベッドから滑り落ちた衝撃で目が覚め、一緒に寝ていたショウに誰かがのしかかっていたので左腕を握力だけで握りつぶしてぶん投げた。咄嗟の行動力が暴走機関車野郎の所以。

【アイゼルネ】疲れていたのでハルアが騒ぐまで起きなかった。狙われなかったのが救い。

【ショウ】寝起きが悪いのでハルアが悪漢を追い払ってくれたことを覚えていない。炎腕に見張りを頼めばよかったが疲労のあまり思い付かなかった。


【正体不明の人物】かなりの熟練の魔法使いのようで、ユフィーリアの氷柱を中和して破壊したぐらいの実力はあるが、意外とあの氷柱って壊れやすかったりする。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >さあ、誰に喧嘩を売ったのか後悔させるお時間である。 聖女が立て続けに辞めていく事件の真相、これが…
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