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第8話【問題用務員と水浴び】

 それから聖女の業務に追われて夜が訪れた。



「聖女様の風呂はこちらになります」



 ミゲルに案内された場所は教会の裏側である。


 教会の裏側は森に囲まれており、月明かりすら届かない暗い場所となっている。ミゲルの用意した角燈の明かりがぼんやりと進む先を照らすだけだ。

 足場の悪い道をしばらく歩いていくと、陰鬱とした雰囲気の漂う森がパッと開けた。周囲を木々で囲まれた小ぶりな泉があり、紺碧の空に浮かぶ月が青白い光を水面に落としている。泉はゴミなどが浮かんでいる様子はなく、透明な冷たい水が並々と満たしていた。


 大自然が作り出した露天風呂である、こんな場所を入浴として使えと言うのか。



「聖女様の入浴は基本的に泉を満たす聖水で身体を清めてもらいます」


「それ本当にエリオット教の規則として定められてるのか?」


「はい」



 ユフィーリアの質問に、神官であるミゲルは何の迷いもなく肯定で返した。


 正気かと頭の中身を疑いたくなるものだが、聖職者が身を清める際に聖水へ飛び込む話はよくあることである。エリオット教も他の宗教と同じく聖水によって身を清めることを選択しているのだろう。

 ただ、本当かどうか怪しいところではある。誰の目があるかも分からない屋外で水浴びなど「襲ってください」と告げているようなものだ。タオル1枚という無防備な格好で水浴びなどしようものなら、色々な変態が寄ってくるかもしれない。


 ミゲルは「こちらを身につけてください」と籠を渡してくる。大きめの籠には布の塊のようなものが畳まれた状態で詰め込まれていた。



「入浴着になります。屋外ですからね」


「へえ」



 ユフィーリアは籠から入浴着を取り出すと、



「丈が短いな」


「そういうものです」


「本当かよ」



 試しに広げてみると、それほど丈が長くないので下半身が隠れるかどうか怪しいところではある。身体に当ててみると本当にギリギリと言った具合の丈だ。

 他の聖女は随分と細身だったからまだこの短い丈の入浴着でも済んだかもしれないが、ユフィーリアやアイゼルネでは胸が布地を押し上げてしまうので短くなってしまうことは分かりきっていた。エドワードなんか下半身モロ出しである。


 ミゲルは泉を示すと、



「では聖女ユフィーリア、どうぞ」


「あ?」


「どうぞ、ご使用ください」


「いやいやいや」



 普通に泉での入浴を促してくるミゲルに待ったをかけたユフィーリアは、



「何でお前がここにいるの? 正々堂々と覗きをするつもりか?」


「何を仰いますか。神官として聖女様がきちんと身体を清める瞬間を見届けなければなりませんので」



 穏やかな笑みは相手を信用させる為に浮かべたのだろうが、一般的な聖女とは違って色々と警戒心が高い問題児には通用しない。たとえ仮に神官が聖女の水浴びを堂々と覗き見することが出来るのだとすれば、宗教的によかったとしても定めた人間の頭を疑いたくなる。

 嘘を言っている雰囲気はなさそうだが、堂々と覗き宣言をしてきやがった神官の青年が信じられない。この場で最も信用度が低いのはこの純朴そうな人間の皮を被った狼だ。


 ユフィーリアは「分かった」と言い、



「じゃあ1番風呂は譲ってやるよ」


「え?」



 首を傾げるミゲルの後頭部をエドワードの大きな手のひらが掴む。

 驚きの声を上げる彼は強制的に泉の側で膝をつかせられると、頭を丸ごと泉の中に沈められた。容赦のない水責めが神官の青年を襲う。


 水責めによってジタバタと暴れるミゲルの尻をショウとハルアが枝で突き刺しており、拷問がより過酷なものへと変貌を遂げる。狙ってやっているのか、枝が突き刺さる場所はちょうどミゲルの尻穴である。くぐもった悲鳴が水の中から聞こえてきた。



「どうするの、ユーリ♪」


「この件はあとでリリアに確認する。もし本当に神官が聖女を入浴時間まで監督するのだとすれば、常識的にも問題があるからな」



 ユフィーリアはアイゼルネを泉から引き離しつつ、



「それと、この入浴着は問題がありそうだな」


「どんな問題かしラ♪」


「見た方が早い」



 ユフィーリアは指を弾いて着ている修道服を脱ぐ。

 黒い霧状となった修道服は、畳まれた状態でユフィーリアの腕の中に収まる。エドワードたちが身につけているものとは違ってユフィーリアの修道服は、普段着にしている礼装を修道服の形に組み直しただけなので着脱が簡単なのだ。


 黒い下着1枚だけになったユフィーリアは、薄い布で構成される入浴着を羽織る。



「うわ、やっぱり短いな」


「本当ネ♪ おねーさんだったら見えちゃうかモ♪」



 羽織ってみた入浴着はやはり短く、ユフィーリアの太腿の付け根に到達するか否かという程度の丈しかなかった。今はまだ下着を身につけた状態だが、本来であれば全裸の上から身につけるものなので色々とまずい。

 加えて生地が薄いので、若干透けて見えるのだ。ユフィーリアの豊かな胸元は襟元から零れ落ちそうだし、着ている意味などあるのかと問い質したくなるほどの変態的な作りをしていた。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り、



「タオルはあるか?」


「あるわヨ♪」


「じゃあ用意しておいてくれ」



 アイゼルネにタオルの用意をお願いして、ユフィーリアは煙管を一振りして魔法を発動させる。


 ザバァ!! とユフィーリアの頭上から水が降り注ぐ。

 泉には何が仕掛けられているか分からないので、魔法で作り出した水だ。入浴着が容赦なく濡れていき、薄い布地がユフィーリアの華奢な身体に張り付いて身体の線を浮き彫りにしていった。


 水が止まると、入浴着に異変があった。



「ほらな。この入浴着、水に溶ける素材で作られてらァ」


「あらマ♪」



 実験結果を提示するユフィーリアに、アイゼルネは驚きを見せる。


 入浴着を身につけて水浴びをしたはずが、水を浴び終えた途端にその布は綺麗に消失していた。布の欠片すら残さずに消えてしまっている。

 こんな薄い布を用意してくるから怪しんでいたら、案の定何か仕込まれていた。もしかしたら他の聖女にもこの破廉恥な入浴着を渡し、監視しながら入浴着が消失する様を楽しんでいたのかもしれない。


 アイゼルネはユフィーリアの濡れた身体をタオルで包む。だがタオルも短くて質が悪いので、身体を隠すまでに至らない。



「このタオルは全然ダメだワ♪ 質が悪すぎてお肌を痛めちゃウ♪」


「いやいいわ、あとは魔法で乾かす」



 ユフィーリアが煙管を一振りすれば、今度は温風が巻き起こって濡れた身体を乾かしていく。銀色の髪も雪のような肌も、そして身につけていた黒い下着も全て乾いて綺麗さっぱりである。

 とにかく、この入浴着ではまともに水浴びすら出来ない。エリオット教の規則に従おうものなら、この場所が変質者ホイホイとなってしまう。


 すると、



「ゆ、ユフィーリア!? 何て格好をしているんだ!?」


「え」



 愛する旦那様の異変を察知したらしいショウが悲鳴を上げ、慌てた様子でユフィーリアの身体にエプロンドレスを巻き付けてくる。ショウの身体に合わせて仕立てたので身体を隠すことには隠せるのだが、下着1枚のみという格好の上からエプロンドレスはお茶の間にお届けできない危険な仕様となってしまっている。

 さらにえっち指数が上昇してしまったユフィーリアに、ショウは混乱しながらもタオルや自分の頭巾で覆い隠そうとする。お目目もぐるぐるして、もはや錯乱状態に陥っていた。


 手持ちの布を使ってユフィーリアをぐるぐる巻きにしたショウは、



「ユフィーリア、男はみんな人間の皮を被った狼さんなんだ。もう少し自分のことを大切にしてほしい」


「へえ」



 ユフィーリアはショウの頬を撫でると、



「じゃあこの紳士的な狼さんはいつ食べてくれるんだろうな?」


「ふにゃあ!?」


「冗談だよ」



 顔全体を真っ赤に染め上げて硬直するショウを笑い飛ばしたユフィーリアは、彼がせっかく巻き付けてくれた布やエプロンドレスを脱ぎ捨てる。再び下着1枚の姿になったのも束の間、指を鳴らすと黒い霧がユフィーリアの華奢な身体を包み込んで修道服の形を作る。着脱が簡単な礼装は非常に便利だ。

 着替え終わったところで神官の様子を確認すれば、何だか具合が悪そうな顔色で地面に転がされていた。エドワードとハルアで「どうするぅ?」「殺しておく!?」などと物騒な会話を交わしているので、彼の命も秒読みだ。


 ユフィーリアは2人を呼び寄せると、



「トロニー王国の大衆浴場に行くぞ。こんなところで水浴びなんてしたら風邪引く」


「ええ? 俺ちゃんは水浴びでもいいけどぉ」


「オレも!!」



 エドワードとハルアは気にした様子もなく言う。彼らの場合、入浴着など無視して全裸で泉の中に飛び込みそうだ。



「よくねえよ、入浴着は水に溶ける素材で作られてるから変態どもが寄ってくるぞこの泉」


「大変じゃんねぇ」


「男でも大丈夫なのかな!?」


「覗き野郎どもはお前らの裸なんざお呼びじゃねえだろうが、トロニー王国全体が危ない。男湯にアタシとアイゼは入れねえんだから、お前らがショウ坊を守れ」



 エドワードとハルアはこの変態の巣窟となりそうな泉で水浴びでもいいのだろうが、ショウとアイゼルネは問題である。こんな可愛い嫁と美人な従者を泉で水浴びさせようものなら変態が即座に釣られてしまう。

 かと言って、エドワードとハルアをこの場所に残して3人で大衆浴場を利用しようにも、ユフィーリアとアイゼルネでは男湯に入れない。当然ながら逆もである。彼らは大丈夫かもしれないが、ショウの護衛という名目で大衆浴場に連れて行くのだ。


 エドワードとハルアは真剣な表情で頷き、



「それなら仕方がないねぇ」


「だね!! ショウちゃん可愛いもんね!!」


「得体の知れないクソジジイとかの汚え手垢とかつけさすんじゃねえぞ、つけさせたらお前らのことを半殺しにするからな」


「させると思ってるのぉ? 心外だねぇ」


「3人で出かけた時もつけさせたことはないよ!! 安心安全の護衛だよ!!」



 自信満々に言ってのけるエドワードとハルアの言葉を信じ、ユフィーリアは最愛の嫁を預けることにする。3人で日帰りの温泉旅行にも出かけたことがあるし、ショウの身の安全は確保できた。


 ミゲルの存在はもはやどうでもいい。

 彼は変質者の片鱗を持ち合わせているのだから、この場で死んだところで死者蘇生魔法ネクロマンシーの儀式を執り行う時間と労力が無駄である。冥府の法廷でショウの父親であるキクガに説教してもらうことにしよう。



「じゃあ行くぞ」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「ぽやー……」


「ショウ坊、いつまでぼんやりしてるんだ。早く行くぞ」


「ぽやー……」


「ダメだこりゃ」



 何故か心ここに在らずなショウの手を引き、ユフィーリアたち問題児は大衆浴場に向かうのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】身体に冷気が溜まる体質なのでお風呂の温度はぬるま湯でちょうどいいのだが、水浴びをすると下手すれば凍りつく恐れがある。

【エドワード】夏場だし、男だし、水浴びは昔よくしていたし抵抗はない。

【ハルア】お風呂という概念を知る前は水浴びばかりだったので、やはり抵抗はない。何なら許可もらえれば全裸で飛び込む所存。

【アイゼルネ】蒸し風呂のお供として水風呂は楽しむが、水浴びは勘弁してほしい。

【ショウ】虐待されていた時代は水風呂に用意されていたり節約と称してお風呂のガスを切られていたりされたので水浴びには抵抗はないものの、やはりお風呂の文化は最高。


【ミゲル】今回で何やら怪しさ満点になった。

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[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です。 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「じゃあこの紳士的な狼さんはいつ食べてくれるんだろうな?」 ユフィーリア姉さんの大人のジョークが色っぽく…
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