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第6話【問題用務員と治療】

 扉を開ければ、荘厳な教会内とご対面を果たした。



「凄え」


「綺麗だワ♪」


「さすがエリオット教だ」



 エリオット教のトロニー王国支部と銘打たれた教会の内部を見渡し、ユフィーリアたち問題児は息を呑む。


 天井は手を伸ばしても届かないほど高く、天使の絵が描かれた硝子絵図ステンドグラスは極彩色の光を教会内に落とす。等間隔に並べられた長椅子ベンチには埃すら積もっておらず、花道として敷かれた真っ赤な絨毯の先には十字架が埋め込まれた教壇が設置されていた。

 最奥には祈りを捧げる女神の石膏像が掲げられており、この場所が本当に神聖であると告げている。全身で極彩色の光を浴びる女神の石膏像は、新たに派遣された聖女と苦しむ患者たちを迎え入れるように曖昧な笑みを見せる。


 聖女が離れて久しいのに、清掃はきちんと行き届いているのかゴミや埃さえ見当たらない。あの神官の青年が清掃を怠ることなく綺麗にしていたのか。



「せいじょさま?」


「どうしました……?」


「おっと」



 患者たちに怪しげな視線を寄越され、ユフィーリアは取り繕うように綺麗な笑みを見せる。



「では患者の皆様は長椅子ベンチに座ってお待ちください。順番に治療を開始しますね」



 患者を教会内に誘導しつつ、ユフィーリアはアイゼルネとショウに声を潜めて言う。



「とりあえず教会内で筆記用具と紙を探してきてくれ。治癒魔法をかけた患者の記録をつける」


「分かったワ♪」


「ああ」



 アイゼルネとショウはしっかりと頷き、教会の隅に設けられた扉の向こう側に消えていく。これだけ清掃が行き届いた清潔感のある状態が維持されているのだ、筆記用具と紙ぐらいならすぐに見つかるはずである。

 とりあえず治癒魔法をかけた患者の記録をまとめることにしたのは、リリアンティアに報告する為だ。聖女として潜入している以上、その上司である彼女には何かしら報告することが必要だ。記録があれば他の支部と連携しやすい。


 ややあってアイゼルネとショウが戻ってきて、



「ユフィーリア、見つけたぞ」


「古い状態だけど使えるわヨ♪」



 アイゼルネとショウの手にはやや古びたインク瓶と羽根ペン、それから丸まり癖がついた羊皮紙が握られていた。状態は古いが、使えなくはない。


 ユフィーリアは羽根ペンを手に取り、自動書記魔法を発動させる。ふわりと虚空に浮かび上がった羽根ペンの先端がインク瓶に浸され、つらつらと文字を羊皮紙に書き始めた。

 自動書記魔法が珍しいのか、教会内に誘導された患者たちは揃って目を見張る。聖女が自動書記魔法を使う場面など考えられないだろう。彼女たちは回復魔法や治癒魔法の達人であって、他の魔法を使うことはあまりない。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、



「それじゃあ治療を始めます」



 ☆



「胸が苦しいですか?」


「は、はい……息も吸うことが苦しくて、げほげほッ」



 身体をくの字に折り曲げて苦しそうに咳をする女性の背中をさすってやりながら、ユフィーリアは羊皮紙に患者の状態を自動書記魔法で記録していく。

 胸が苦しくて息を吸うことすらままならないということならば、心臓に関する病を想像した方がいい。魔眼が提示する情報にも『生まれつき心臓に疾患がある』とあり、碌な治療を受けないまま今日に至った訳である。もはや奇跡と呼んでもいいぐらいに状態は悪い。


 雪の結晶が刻まれた煙管を女性の胸に突きつけたユフィーリアは、



「〈治癒せよ〉」



 青色の光が女性を包み込み、それまで苦しそうに咳をしていた彼女が途端に正常な呼吸を取り戻す。深呼吸をしても胸に痛みが走らないのか、教会内の空気を何度も何度も取り込んでいた。

 治癒魔法は正しく行使され、女性の身体から病が見事に消え去った。あれだけ苦しそうにしていたはずの彼女はたちまち元気になり、長椅子から弾かれたように立ち上がるとその場でピョンピョンと飛び跳ねて喜びを露わにする。今まで苦しさを強いられてきたのだから、当然の反応だ。


 女性はユフィーリアへ嬉しそうに振り返り、



「ありがとうございます、聖女様!!」


「お大事になさってくださいね」



 ユフィーリアは患者だった女性に笑顔で手を振り、アイゼルネに誘導されて立ち去る彼女を見送った。


 だんだんと治療行為にも慣れてきた。これらの経験は、獣王国の貧困街をどうにかした時のことが生かされているのだろう。あの貧困街もなかなか重篤な患者が大勢いたものだ。

 この場に集められた患者も、まともに医者へかかれないから治癒魔法を無償提供してくれる聖女様を頼るのだ。医者にかかる金銭的余裕があればもっとマシな生活を送れているだろうが、彼らの服装はボロボロだったり汚れが目立っていたりと貧しい生活を送っていることを伝えてくる。


 次の患者に視線を投げたユフィーリアは、



「おっとお……」


「せ、聖女様……」



 次に座っていたのは、頬から青色の鉱石が突き出た男性である。

 よく見ると、皮膚が結晶化しているようだ。指先や脹脛ふくらはぎ、頭皮にも軽い結晶化の兆候が見られる。より顕著に表れているのが頬から伸びる結晶だ。


 男性は泣きそうになりながら、



「身体が、身体がどんどん動かなくなるんです。どうしたら、どうしたら」


「治ります、治ります。落ち着け落ち着け」



 ユフィーリアは泣き縋る男性を無理やり引き剥がすと、



「鉱石病か、しかも鉱石の色が青だから体温も奪われているし」



 鉱石病と呼ばれるそれは、皮膚が鉱石のように固くなってしまう病気だ。皮膚が鉱石で覆われるとやがて動かせなくなり、全身が鉱石で覆われてしまえば、死に至ると言われている。

 採掘場などで働いていると、魔石を採掘した際の毒素が身体を巡って鉱石病を引き起こす可能性が高くなるのだ。彼は見える部分も見えない部分も結晶化してしまっているようで、症状はそこそこ酷いと言えるだろうか。


 ユフィーリアは患者の頭上で雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすると、



「〈治癒せよ〉」



 治癒魔法を発動すると、男性の頬からポロリと鉱石が転がり落ちる。

 他にも指先の結晶化した部分が剥がれ落ち、頭皮に紛れていた結晶部分がポロポロと落とされる。脹脛の結晶化部分も剥がれ落ちた様子で、椅子の下に抜け殻の如く落ちていた。


 元通りになった身体に瞳を輝かせた患者の男性は、



「あ、ありがとうございます聖女様!!」


「まだ話は終わってねえぞ」


「あ、はい」



 長椅子から飛び上がった男性は、ユフィーリアに一喝されて大人しく座り直す。


 危ない、思わず素の部分が出てしまった。何しろこの類の病気は治療方法は確立されているものの、再発の恐れがあるのだ。治癒魔法で完治しても生活を改めないとまた鉱石病にかかってしまう。

 ユフィーリアは咳払いをすると、取り繕うように慈愛に満ちた微笑を見せた。それから男性の身体から剥がれ落ちた青色の鉱石を拾い上げて、彼の目の前に突き出した。



「この鉱石は青色ですよね?」


「そ、そうですね」


「青色の鉱石が出る鉱石病は、体温が吸収されて身体が冷たくなってしまうんです。普段から身体を温かくして生活していれば、鉱石病にかかることはありません」



 表情を明るくさせた男性に、ユフィーリアは手にした鉱石を捨てながら言う。



「ところで鉱石病は魔石から発する毒素が身体に蓄積することで発病するのですが、見たところトロニー王国付近に魔石の採掘場はありません」


「あ、その」


「ご職業をお伺いしてもよろしいですか?」


「えと」


「ご職業をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「…………」



 ユフィーリアは笑顔を保ったまま、患者だった男性の顔面を鷲掴みにする。5本の指先に力を込めつつ、



「まさか違法に魔石の販売して稼いでいるとかじゃねえだろうなァ?」


「ぎゃあああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」



 魔石は採掘場から掘り出されると、然るべき業者の手によって毒素を抜かれてから市場に流通するのだ。その際に本来蓄積されていたはずと魔力が抜け落ちてしまう訳だが、毒素を抜く作業には仕方がないことである。

 その毒素を抜かずに魔石を販売することは違法であり、身体に魔石の毒素が溜まって鉱石病を引き起こす原因となるのだ。毒素を抜かないで違法に販売される魔石は市場を流通する魔石よりも内包される魔力量も魔力の質もいいので、よく分からない魔女や魔法使いは「ああそういうものなんだ、ラッキー」程度の認識で使ってしまう危険性がある。


 ジタバタと暴れる患者だった男性にアイアンクローを決めながら、ユフィーリアは「この馬鹿がよォ!!」と罵倒する。



「完璧に自業自得じゃねえか、治して損した」


「痛い痛い痛いです聖女様あの違うんですこれには訳が」


「へえ、ほう、アタシに言い訳か? それはよくねえな、非常によくない。どんな思惑で違法な魔石を販売したのかも、それを仕入れたのかも、アタシにはちゃーんと見えてるからな? ん?」



 ユフィーリアの有する『絶死の魔眼』では全てが見えていた。


 男性が他の悪党に騙されたのであれば、まだユフィーリアも情状酌量の余地があるとして警察組織に突き出す程度の罰で許した。しっかりと牢屋で反省して更生すればいいだけの話である。

 しかし魔眼で確認すると、どうやら違法で売った魔石で莫大な利益を出しているらしい。大金持ちでウッハウッハのようだ。味を占めたこの馬鹿野郎はさらなる利益を目論んで違法な魔石へ手を出し――ということを繰り返していた様子である。


 この馬鹿な患者は、説教だけでは治りそうにない。これは拳での治療が必要である。



「ショウ坊」


「どうした、ユフィーリア?」



 患者の誘導をしていた最愛の嫁を呼び寄せたユフィーリアは、顔面を鷲掴みにしたこの男性を顎で示す。



「エドとハルのところに連れて行ってくれ。馬鹿だから拳での治療が必要そうだ、力加減なんてしなくていい」


「分かった」



 ショウはポンポンと2度ほど手を叩く。


 すると、彼の足元から腕の形をした炎――炎腕えんわんがずるりと大量に生えてきた。ショウが愚かな患者を指差すと、あっという間に胴上げをして抵抗できない状態にしてしまう。

 ジタバタと暴れる男性を担ぎ、ショウは教会の外に男性を問答無用で放り捨てた。扉を閉める際に、たまたま近くを通りかかったらしいハルアに何かを囁く。



「バ患者追加だ、ハルさん。手加減しなくていいって」


「それ死んじゃうけどいいの!?」


「ユフィーリアが怒っていたから構わないと思う」


「ならいいね!!」



 今しがた治癒魔法で完治したはずの男性による断末魔が扉の向こうから聞こえてくるが、ショウが無慈悲にも扉を閉ざしたことで静かになる。

 他の患者たちは、閉ざされた教会の扉を凝視していた。聖女らしからぬ乱暴な切り捨て方に、治療を待つ患者たちは揃って怯えたような表情を見せる。「この聖女に逆らってはいけないのだ」という事実を認識して、ついに震え始めてしまった。


 ユフィーリアは先程の患者の情報を自動書記魔法でまとめながら、



「いいな、バ患者。今度から使おう」



 馬鹿と患者を上手く掛け合わせた造語に感動し、ユフィーリアは今度から馬鹿に罹患した病人を『バ患者』と呼ぶことにした。

《登場人物》


【ユフィーリア】意外と医学知識もある魔女。魔眼と併用して相手の病原を特定・治療までする。冷気が身体に溜まる特異体質が病気にカウントされるなら病気かもしれない。

【エドワード】過去に『毒吐き病』なるものにかかり、1週間ほど毒を吐きまくった。原因はルージュの紅茶。

【ハルア】病気や怪我とは無縁だが、過去に左手の指が6本になった時は目を疑った。身体に異物が入ったまま再生されちゃった影響らしいけど、そんなことある?

【アイゼルネ】実は自分の存在が希薄になる病持ちなので南瓜のハリボテを被ったりお面をつけていたりする。目立つでしょ。

【ショウ】鉱石病があるなら花を吐く病気とかあるのだろうかと疑問。

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