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第5話【問題用務員と患者】

 エリオット教の教会前に大勢の患者が待ち構えていた。



「おー……」


「患者の皆様がお待ちのようでしたね」



 数え切れないほど待機している患者たちを前に、ユフィーリアは白目を剥いた。


 神官であるミゲルに案内されてエリオット教の支部である教会を訪れたのはいいが、教会内へ足を踏み入れるより先に患者とご対面を果たしてしまった。子供から大人まで、老若男女の患者が教会の前で聖女の到着を今か今かと待っているのだ。そこまで聖女による治癒魔法や回復魔法の無償提供に飢えていたのか。

 教会の前で待っていた患者たちは、ユフィーリアたちイロモノ聖女集団の存在を認識すると「聖女様!!」と殺到してくる。そして口々に自分自身のどこが悪いのかと説明してくるので聞き取れない。



「頭が痛くて」


「朝から腹の調子が悪いんだ」


「足が痛い、痛い」


「腰が……」


「子供が熱を出して」


「むねがいたいってかあちゃんが」


「助けて聖女様、妹の咳が止まらないんだ」



 病状を訴えてくる患者たちを前に、ユフィーリアは思わず絶叫していた。



「あーッ!! うるせえーッ!!」



 聖女らしからぬ大絶叫に、患者たちは全員揃って口を噤んだ。


 エリオット教で修行を重ねた慈悲深き聖女様なら、この大変な状況を前にしても叫ばずに治療行為へ専念しただろう。今回から派遣された聖女も同じように優しく治療をしてくれると思っているに違いない。

 残念ながらこの場にいるのは聖女として未熟、それどころか真逆の立ち位置にいる問題児である。いくら優秀だろうと有象無象に対する慈悲深い心など持ち合わせていないのだ。「うるさい」と感じたら相手の口に石でも詰め込んで黙らせるのが問題児のやり方である。


 ミゲルが慌てた様子で耳打ちをしてきて、



「せ、聖女ユフィーリア。彼らは貴女を頼ってここまで来たのですから、いきなり叫ぶような真似は」


「ああ゛? じゃあ何か、お前はあの怒涛の訴えが全部聞こえたってのか優秀じゃねえか修道服を着せてやるからお前がやってみるか聖女様の役割をよォ!!」


「ぎゃーッ!!」



 ミゲルの鼻の穴に極小の氷柱を2本ほど突っ込み、ユフィーリアはそれらをぐりぐりと丁寧にミゲルの鼻腔に押し込んでやった。

 右や左から病状を訴える声をぶつけられて冷静でいられるほど、ユフィーリアも治療行為に慣れている訳ではない。混乱のあまり叫んでしまうのはやむを得ないものだ。


 メソメソと泣き崩れる神官の青年を足蹴にしたユフィーリアは、



「とりあえず患者の治療行為が先だな。この多さはさすがに優先順位を決めなけりゃまずい」


「でもユフィーリア、こんなに多いんだぞ。捌き切れるのか?」



 不安げな表情を見せるショウの頭を撫でたユフィーリアは、大胆不敵に笑う。聖女のように神託は使えないが、ユフィーリアとて医療知識ぐらいはそれなりに持ち合わせているのだ。



「大丈夫だ、ショウ坊。問診で判断してから治療に入るから、手分けして列整理をしてくれ」


「あ、ああ」


「はいよぉ」


「分かった!!」


「はぁイ♪」



 エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウがそれぞれ散ったところを確認してから、ユフィーリアは取り繕うように綺麗な笑みを見せる。



「今から皆様の治療をしていきます。まずは軽い問診から開始しますので、順番に病状をお教え願えますか?」



 患者たちは互いの顔を見合わせると、それからユフィーリアの指示に従って列を形成し始める。神官への拷問が功を奏したのか、意外にも従順な姿勢を見せてくれた。


 最初にユフィーリアの問診を受けることになったのは、初老の男性である。草臥くたびれた印象を受ける彼は着古した襯衣シャツと麻の洋袴ズボン、汚れた革製の靴という見窄らしい格好をしていた。頬は痩せこけ、頭髪には脂が浮き、落ち窪んだ目がユフィーリアを品定めするようにギョロギョロと蠢く。

 男性が押さえているのは、薄い腹だった。肋骨が浮き上がった痩せた腹で、見るからに健康状態が悪いのは分かる。こういう患者こそ、エリオット教による回復魔法・治癒魔法の無償提供を受けるべきだ。


 男性患者はカサカサになった唇を持ち上げ、



「は、腹が、朝から腹が痛くて」


「はいじゃあアタシの目を見てくれますか?」


「目?」



 男性患者と目が合ったところで、ユフィーリアは魔眼を発動させる。



(『絶死ゼッシ』――魔眼起動)



 ユフィーリアの青色の瞳が極光色の輝きを帯びると同時に、色とりどりの糸が男性から伸びてくる。男性の状態や過去などの情報を司る糸だ。

 下手に閲覧魔法を使うよりも、こうして魔眼を使用した方が怪しまれずに相手から情報を抜き取りやすい。病気の状態も、どんな病気にかかっているのかも分かってしまうのだ。


 ところが、



(――――ない?)



 病気を示す糸がないのだ。


 病気にかかっているならば何らかの糸は認識できるはずだが、それが全く見当たらない。どれほど魔眼の精度を上げても糸が見えないのだ。

 これはユフィーリアの魔眼に問題がある訳ではなく、相手が提示した情報に誤りがあるのだ。分かりやすく言えば仮病である。


 ユフィーリアは魔眼を解除すると、



「ではあちらの方でお待ちください」


「え……?」



 男性患者に示したのはエドワードとハルアが待ち受ける方向である。イロモノ聖女集団の中でも群を抜いて頭のおかしい聖女様が待っているなど、この患者も話を聞いていないとばかりに「待ってくれ!!」と叫んだ。



「治療は? 治してくれるんじゃないのかッ!?」


「あちらでお待ちください」


「おい待てよ、治せよ!! こっちは腹が痛くて」



 掴みかかってくる男性患者の喉を鷲掴みにし、ユフィーリアは5本の指先に力を込めて締め上げながら満面の笑みを見せる。



「聞こえなかったか? 3度目は言わねえぞ」



 乱暴に男性患者を解放し、ユフィーリアは怯えた視線を寄越してくる他の患者たちにも同様の優しい笑みを見せてやった。

 神官の青年を息継ぎなしに罵倒した挙句に鼻の穴へ氷柱を叩き込むという暴挙に出て、患者にも簡単に治癒魔法は使わずに待たせて文句を言えば喉輪という拷問に及んだ。これはさすがに聖女として失格なのだが、この場で文句を言えば治療を受けられないどころか逆に命を奪われかねない。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、次の患者に手招きをした。



「治療を受けたけりゃアタシの言葉は絶対だ、いいな?」



 患者たちはその重圧がたっぷりと込められた言葉に頷かざるを得なかった。



 ☆



 さて、あの大量の患者の問診を終えてから本番である。



「意外と多いな」



 最後の患者に問診を取り行ってから、ユフィーリアは選別した患者たちを観察する。


 エドワードとハルアが待ち構える方向で待機させた患者は、教会前で待機していた患者の総数の約8割を占めていた。待っている間も元気に「まだかよ」とか「おい、ふざけんな」などの文句を垂れていたので、しばらく放置していても別に問題はなさそうだ。

 問題は残り2割に該当する、アイゼルネとショウを待機させた方向である。こちらに案内した患者は大半が子供を連れた母親だったり、逆に母親を連れた子供だったり、自分よりも幼い子供を連れた少年だったりと本当の意味で聖女の治療行為を求めている患者だ。


 ユフィーリアは2割の本当の患者たちへ向き、



「じゃあこちらの人たちは教会内に行きましょう。すぐに治療を開始しますね」


「おい待て、ふざけんな!!」



 散々待たされた挙句に治療の優先順位まで奪われたどうでもいい8割の患者が騒ぎ始めた。「こっちは散々待っていたんだぞ!!」とか「こっちを先に治療しろ!!」と怒涛の文句が押し寄せてくる。

 治療も何も、彼らは至って健康的な状態である。何ならこの文句を垂れている時点で不健康でも何でもない。不健康と言っても生活習慣病か不摂生が祟ったが故のアレである、完全に自業自得だ。


 ユフィーリアと一緒に2割の本当の患者を教会に誘導していたショウは、瞳から光を失わせながら小さく呟く。



「治療よりも火葬がお望みだろうか……?」


「止めろ、ショウ坊」



 元気な患者たちに襲いかかろうとするショウを、ユフィーリアは片手で制する。

 ここで彼が患者の為に労力を割く必要はないのだ。焼き払うことなど救いである。


 だからこそ、ユフィーリアは慈愛の眼差しを最愛の嫁に向けて言う。



「ショウ坊、アイツらの病気はもう治らないものなんだ。だからお前が気にするほどじゃない」


「そうなのか?」


「ああそうだ、馬鹿って名前の病状だ」


「ああ……」



 ショウも納得したように頷き、8割に数えられた患者たちに視線をやる。

 世の中にはどう頑張っても治せない病気があるのだ。それがあの、8割の患者全員にかかってしまっているのである。これはもうユフィーリアの医学知識など通用しないのでどうすることも出来ない。アイゼルネですら哀れみの視線を8割の患者に投げかけていた。


 ユフィーリアの肩をポンと叩いたショウは、



「ユフィーリア、いいことを教えてあげる。異世界知識だ」


「え?」


「俺の元の世界で伝統的な馬鹿の治療方法についてだが――」



 ゴニョゴニョとショウが耳打ちをしてくる。それは非常に魅力的な内容だった。


 ユフィーリアは一瞬だけ聖女をクビになるような悪魔の笑みを見せるが、すぐにごまかすかのように綺麗な笑顔に戻す。一瞬の出来事だったので馬鹿の患者は気づいていない。

 これはとても面白いことを聞いた。これなら患者も治せるかもしれない。幸いにも、あちらに待機しているのは武闘派聖女たちだ。



「エド、ハル」


「なぁに?」


「どうしたの!?」



 エドワードとハルアを呼び寄せたユフィーリアは、作戦を2人に伝える。頭を使うような内容ではないのでハルアも分かりやすかったのか、彼らはキラッキラの笑顔で引き受けてくれた。



「大変申し訳ございません、では治療を同時に開始しますね」


「分かればいいんだよ」


「さっさとやれ」



 治療を受けられると判断した途端に傲岸不遜な態度を見せる患者たちに、ユフィーリアは綺麗な笑みを保ったまま言う。



「ただ、皆様の治療は彼らに引き受けてもらうこととします。彼らも優秀な聖女なので、完璧に治してくださいますよ」



 ユフィーリアが示したのは、力瘤を見せるエドワードとハルアである。

 きっと8割の患者は美人聖女による優しい治療を望んでいたのだろうが、聖女を果たして何だと思っているのだろうか。無償提供という言葉に吸い寄せられてきた蝿には、それ相応のお仕置きが必要だ。


 患者の1人が「ふざけんなよ!!」と叫び、



「何でアンタじゃねえんだ!!」


「聖女を差別するような発言ですね。この2人も立派な聖女なので、貴方がたの治療を行うのは当然のことだと思いますが?」



 ユフィーリアはエドワードとハルアの背中を軽く押し出し、



「じゃあ治療を頼むぞ、拳で」


「はいよぉ」


「あいあい!!」



 武闘派聖女2名に馬鹿の治療は任せ、ユフィーリアは本当に治療が必要な患者たちを教会内へ誘導する。


 それにしても驚いたものだ。

 まさか長年困っていたはずの『馬鹿』にも治療方法があるなど、ユフィーリアの医学知識もまだまだ研鑽が足らないということか。やはり異世界は侮れない。



「馬鹿って叩けば治るんだな、知らなかった」



 背後から聞こえてくる肉を殴る音と悲鳴の大合唱は、この際無視することにした。彼らに救いを与えるつもりなど毛ほどもないのだ。

《登場人物》


【ユフィーリア】随分前、虫歯にかかって医者にかかるのが嫌だったから自分で回復魔法をかけて治した。その事実をリリアンティアに知られて正座で説教された挙句、いい歳しながら歯磨き指導までされた。

【エドワード】子供の頃はよく風邪を引いていたものだが、ユフィーリアに肉体改造をされてから風邪と無縁になった。でも一度風邪を引いたら長引くタイプ。

【ハルア】風邪とは無縁だが怪我とは隣り合わせ。生傷をこさえてきては一瞬で治ってしまうので、回復魔法にも治癒魔法にも縁遠い。

【アイゼルネ】ヴァラール魔法学院の用務員に来る頃に色々と娼婦特有の怪我や病気を抱えていたが、回復魔法と治癒魔法のおかげで至って健康体に早変わり。

【ショウ】来たばかりは傷だらけだったが回復魔法で治り、痩せた身体は今ではすっかり健康体。体重も元に戻りつつあるので嬉しい。


【ミゲル】トロニー王国で神官を務める青年。暴走する聖女に困惑気味。

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