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第4話【問題用務員と聖女潜入】

「トロニー王国の聖女が立て続けに辞めてるから潜入してくる? 君たちさぁ、本当に余計なことしかしないよね。まあでも僕には関係ないからせいぜい頑張ってね」



 学院長のグローリアから激励の言葉をもらい、ユフィーリアたち問題児は早速トロニー王国へと転移魔法で移動する。


 ヴァラール魔法学院の正面玄関から視界が切り替わり、薄暗い室内に到着する。天井から吊り下がった照明器具には無数の蝋燭が設置されており、小さな火がぼんやりと転移神殿らしき室内を照らすだけである。光を発する光源魔法を取り入れた魔法兵器エクスマキナを使わないとは、だいぶ時代遅れな印象があった。

 転移魔法で使用する魔法陣が床一面に描かれただけで、他の調度品などは見当たらない。煉瓦造りの壁は随分と古めかしく、目を凝らすと埃まで被っている様子だった。転移神殿の規模も狭く、民家ぐらいの広さしかないので転移魔法での入国に時間がかかりそうだ。


 ユフィーリアは埃臭い転移神殿に顔を顰め、



「掃除してねえな、ここ」


「不衛生だねぇ、やだねぇ」



 エドワードも埃臭い部屋に眉根を寄せていた。


 転移神殿は言わば、その国の玄関口である。魔法が発達した世の中になっているので転移魔法での移動はもはや日常茶飯事だ。

 それがこのように汚れて埃臭い転移神殿など、客人に対する無礼ではないのか。それとも別の転移神殿でも建築中だろうか。建物の老朽化で転移神殿を建て直すことはままあるのだが、それだったらこの転移神殿はそもそも新しい転移神殿に移しておくべきではないのか。


 すると、遠くの方からバタバタという慌てたような足音が聞こえてくる。



「お、お待たせしました!! 聖女様、おま゛ッ!?」



 部屋に飛び込んできたのは、瓶底眼鏡が特徴的な地味な見た目の青年である。青色の長衣を身につけた姿は神官と呼べる風体であり、おそらくトロニー王国の教会で働いているのだろう。

 神官の青年が転移神殿に飛び込んでくると、転移魔法陣の上で仁王立ちするイロモノ聖女集団を目の当たりにして変な声を漏らしていた。走ってきたあまりずり落ちていた眼鏡も何故か吹っ飛び、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。


 青年神官はそのまま祈りを捧げるように手を組むと、



「邪神でも呼び出す系の聖女様でしょうか?」


「エド、拳での治療」


「はいよぉ」



 のっそりとエドワードが青年神官に歩み寄ると、その頬に平手打ちを叩き込んだ。割と強めに打ったのか、パァン!! という破裂音が転移神殿内に響き渡る。

 強い衝撃を頬に叩き込まれた青年神官は呆気なく吹き飛ばされ、壁に全身を打ち付けて目を白黒させる。殴られた頬を押さえて「え……?」と首を傾げる姿は現実を認識できていない様子だ。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、青年神官に詰め寄ると朗らかな笑みを見せる。



「よう、目は覚めたか?」


「あの、何故に僕は殴られたのでしょう」


「『邪神でも召喚するのか』とか失礼なことを言い出すからに決まってんだろ、もう1発ほしいか」


「結構です、これ以上やられると今度は首が千切れます」



 青年神官は床に落ちた眼鏡を拾い上げ、



「聖女様、ようこそトロニー王国へ。僕はエリオット教のトロニー王国支部にて神官を務めております、ミゲルと言います」


「ユフィーリアだ、よろしく」


「聖女ユフィーリア、とてもいい名前ですね。これからよろしくお願いします」



 ミゲルと名乗った青年神官は人当たりの良さそうな笑みを見せて、右手を差し出してくる。握手を求めてくるとは珍しいことだ。


 ユフィーリアもミゲルへ応じるように右手を差し出すのだが、彼の手へ触れるより先にユフィーリアの背後から別の手が伸びてミゲルの握手に応じる。白魚のような指先がガッチリとミゲルの手を掴み、固く握手を交わしていた。

 ただ相当な握力が込められているようで、ミゲルの手からミシミシと骨が軋むような音が聞こえてくる。ついでに彼の口から甲高い絶叫が迸り、激痛によってジタバタと暴れ狂っていた。せっかくの交流が台無しである。


 ユフィーリアとミゲルの握手を阻止してきたのは、世界で1番旦那様を愛してやまない聖女メイドさんである。



「ユフィーリアと握手をしようだなんて烏滸おこがましい、手など潰れてしまうがいいです」



 可愛らしいニコニコの笑みを見せながら凄まじい握力で青年神官の手に回復魔法をかける必要がある状態にさせるショウは、甲高い悲鳴を上げて手を振り解こうとするミゲルに言う。



「知らないんですか? 今時の握手はこうやって手を握り潰すほどの握力を込めて挨拶するんですよ、異世界方式なんです」


「あがあああああああああああああ!?!!」


「どうしたんですか? ほら握り返してください、出来るものならやってみてくださいよほらほらほら」


「びゃあああああああああああああ!?!!」



 ぎゃあぎゃあと喧しい悲鳴を上げるミゲルに、容赦のない握力を込めて手を握り潰そうとするショウはそのまま地獄の握手を続行する。あの華奢な手のどこからそんな馬鹿力が出てくるのか疑問だ。

 後輩の言葉を間に受けたのか、ハルアも同じようにミゲルの左手を掴むなり全力全開の握力を込めて握り潰した。ショウはまだ握り潰すということを実行するまでに至らないが、ハルアは一瞬でミゲルの手をボキボキに潰してしまった。


 ユフィーリアは青年神官に襲いかかる未成年組を眺めながら、



「どうするか、骨折って意外と治すの難しいんだよな」


「まず骨を元の位置に戻してから回復魔法をかけないとねぇ、そのまま回復しちゃってくっついちゃうから変になっちゃうんだよねぇ」


「ハルちゃんが握り潰した手はどうするのかしラ♪」


「粉砕したから、もう腕ごと切断して新しく生やした方が安上がり」


「じゃあ腕を取っちゃうのぉ?」


「あら大掛かりな手術ネ♪」



 ユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人は互いの顔を見合わせると、仕方がないと言わんばかりに肩を竦めた。



「到着早々にやってきた患者が骨折の神官か、聖女として腕が鳴るな」


「聖女として活動するのにいいスタートだねぇ」


「張り切っちゃうワ♪」



 そんな訳で、未だにぎゃあぎゃあと騒がしい神官を黙らせる為に睡眠魔法を行使したユフィーリアは、早速ミゲルの治療に取り掛かるのだった。



 ☆



 そんな訳でミゲルの治療も済ませて、ユフィーリアたち問題児どもは王宮まで馬車移動することになった。

 すでにリリアンティアから何らかの連絡は届いているのか、トロニー王国側は歓迎の空気が漂っていた。通行人たちは何故かユフィーリアたちを乗せた馬車めがけて手を合わせ、王宮の警護に当たっていた衛兵もすんなり通してくれた。ただ、ユフィーリアたちの姿を見た衛兵も「お゛ッ!?」みたいな変な声を漏らしたが。


 そして新たな聖女を歓迎するということで、ユフィーリアたち聖女に扮した問題児はトロニー国王と謁見を果たしていた。



「ようこそ聖女様、我がトロニー王国へ」



 トロニー王国の国王はさすが精神面でも強靭だったか、ユフィーリアたちイロモノ聖女集団を前にしても眉ひとつ変えなかった。

 年齢を重ねた老爺は白く染まった頭に王冠を被り、しかしながら腰の曲がったヨボヨボのお爺ちゃんではなく威厳のある立派な国王然とした態度で玉座に座っている。立派な髭も蓄えて国王らしい格好を意識しているのだろうか。


 国王は咳払いをすると、



「余はアイザック・トロノール、正式名称は長い故に省略させてもらおう」


「覚えやすくていいですね」



 国王陛下の前で猫を被るユフィーリアは、



「永遠聖女様より命じられて派遣されましたエリオット教の聖女、ユフィーリアです。他はアタシの部下です」


「教祖様より話は伺っている、非常に優秀な聖女だとか」



 アイザック国王陛下は満足げに笑った。聖女の到来を心待ちにしていた、邪気の感じられない笑みである。

 最初からエリオット教の教祖であるリリアンティアの口添えがあれば、特に聖女の洗礼も受けていないが偽物として潜り込むことは容易い。本来であれば嘘を吐くなどしないようなリリアンティアには申し訳ないが、これもエリオット教所属の聖女がこれ以上減少しない為に必要な措置だ。


 ユフィーリアもまた朗らかな笑みを見せると、



「光栄です。世の人々を健康にすることが我々の使命でありますので」


「素晴らしい志だ。やはりあの永遠聖女の元で修行を重ねただけはある」



 アイザック国王陛下は嬉しそうに言うのだが、ユフィーリアたちはヴァラール魔法学院の用務員であって聖女ではない。残念ながらどこまで行っても偽物でしかない。

 当然だが聖女の修行も終えていないので神託など使えず、聖女の責務である回復魔法・治癒魔法の行使は医学知識に基づいた治療行為になる。そもそもまともに聖女の責務を果たす気はないので、リリアンティアに迷惑がかからない程度に捌こうかと思っていたぐらいだ。


 何やらおもむろに咳払いをしたアイザック国王陛下は、



「ところで、そのー……」


「はい?」


「本当に聖女かどうか怪しい人物もいるのだが」



 アイザック国王陛下が示していたのは、ムキムキマッチョの聖女と戦鎚を担いだイカれ聖女の2名である。言わずもがなエドワードとハルアのことである。

 衛兵やミゲル神官もそうだったが、ほぼ間違いなくこの2人の姿を確認した途端に変な声を漏らすのだ。イロモノ聖女集団の中でも群を抜いて頭がおかしい。国王陛下が混乱するのも当然のことである。


 ユフィーリアは笑みを保ったまま、



「最近は何かと物騒なことが多いので、武闘派の聖女も派遣するようにお願いいたしました」


「そ、そうか」


「もちろんトロニー王国の治安が悪いとは言っていませんが、ねえ? ほらもう8人も辞めておられるので」



 少しばかり表情を引き攣らせるアイザック国王陛下に、ユフィーリアは質問を投げかける。



「何か知りませんか? 前任の聖女が辞めた理由などは」


「いや、余のところにまで情報はない。後ほど、神官に尋ねることを勧めよう、そちらの事情は身内に聞く方が早い」


「そうですか、残念です」



 あえてカマをかけてみたのだが、どうやら国王陛下は知らない様子である。これ以上は怪しまれるので深追いをするのは止めておいた方がよさそうだ。

 国王陛下が関与していないとなれば、他に誰が怪しいだろう。それは今後の聖女としての活動を適当にこなしながら観察すればいい。


 ユフィーリアは恭しく一礼し、



「これより支部に向かいたいと思いますので、失礼いたします」


「うむ、よく励むように」



 国王陛下からの激励の言葉をもらい、ユフィーリアたち問題児は聖女として謁見を終わらせるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】本気を出せば女優並みの猫被りを見せるのだが、ボロが出る時は出る。取り繕おうと思わない時は素が出るので、大抵の人間は見た目と中身が釣り合わずに混乱する。

【エドワード】初対面の人間には猫を被ったとしても顔のせいで引かれることが多い。最近では未成年組と一緒に連んでいると初対面の人間でも逃げられなくなってきた。

【ハルア】問題児随一のコミュ強。知らない人でもガンガン話しかけるし、迷惑がられてもめげない。猫を被るという言葉を聞き、ショウの猫耳メイド服の猫耳部分を借りて「被ったよ!!」と言ってのけたのは伝説。

【アイゼルネ】元娼婦なので猫を被ることなど容易い。洞察力が優れているので相手の好みに合わせて演技を変える演技派。

【ショウ】初対面では人見知りで警戒心を抱きがちだが、慣れてくると礼儀正しい。ただしユフィーリアが絡むと暴走する。


【ミゲル】エリオット教トロニー王国支部で神官を務める青年。迎えに行ったら両手を骨折させられて散々な目に遭う。

【アイザック】トロニー王国の国王。

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[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「邪神でも呼び出す系の聖女様でしょうか?」 手を合わせて祈りを捧げて言ったとしてもアウト過ぎる発言に大…
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