第3話【問題用務員と修道服】
そんな訳で聖女の格好である。
「こんなもんか」
ユフィーリアは姿見で自分の格好を確認する。
足元まで隠れる黒いワンピースと銀髪を完全に覆い隠す頭巾、豊満な胸元ではリリアンティアから借り受けた十字架が揺れる。聖女と言っても特別な衣装などはなく、どこにでもありふれた修道服を身につけるのが常識となっている。
聖女として従事した年数が経過するごとに修道服の色が変わっていく仕組みだ。エリオット教設立当初から聖女として従事してきたリリアンティアは最も高位の証として純白の修道服を着用しており、逆に下っ端は濃紺や黒と言った地味な色合いの修道服であることが定められている。
潜入すると言ったとはいえ、ユフィーリアたち問題児はエリオット教の定めに従うと下っ端に該当する。ここで自己主張の激しい格好をしても怪しまれるだろう。
「ユーリぃ、準備できたぁ?」
「おう出来たぞ、礼装を組み直すのも一苦労だな」
居住区画に設けた衣装部屋から出ると、そこには厳つい修道女が仁王立ちしていた。
灰色の頭髪は濃紺の頭巾で隠しているものの、ワンピースの布地越しに分かってしまう鋼の肉体美が清純を体現する聖女と真逆の方向に突き進んでいた。いや逆に一点の迷いもなく鍛えられたという意味合いでは深く読み解くと『清純』と言ってもいいだろうが、そうだとしても聖女の印象とは逆方向すぎる。拳で何でも解決しそうな雰囲気だ。
傷ついた患者を癒してやるというより、悪霊を祓う方の聖女ではないかと錯覚してしまう。立派な胸筋の前で揺れる磨き抜かれた十字架はもはや武器だ。武闘派聖女がここに爆誕である。
衣装部屋から出てきた上司を迎えた筋骨隆々の聖女様は、
「見た目だけなら清純な聖女様だねぇ」
「おかしいな、アタシの目の前に拳で全てを捩じ伏せる聖女様がいる」
「お望みならやるけどぉ」
「やるなよ、誰にやるつもりだよ」
拳を握りしめるエドワードは、
「今日は下だけ穿いてるから恥ずかしくないもんねぇ、ほらぁ」
「お、本当だ」
濃紺のワンピースの裾を捲って、エドワードは証拠を提示してくる。
ワンピースの下に隠されていたのは、迷彩柄の野戦服の洋袴だ。見えないから脱がないで済んだのだろう。念入りに臑毛のお手入れをしていたはずだが、どうやら無駄に終わったようだ。
ユフィーリアは「便利なもんだな」と言い、
「アタシは靴下留めだってのに」
「ユーリは女の子なんだから仕方ないじゃんねぇ」
「ワンピースを捲ったら劣情を秘めし聖女様なんてどこのエロ本だよ」
真っ黒なワンピースの裾を捲ると、華奢な足を覆い隠す純白の長靴下と太腿を走る真っ黒い靴下留めが何とも扇状的である。劣情の『れ』の字も知らないという設定を遵守しなければならないのに、これでは劣情だらけだ。煩悩のままに患者が教会まで押し寄せてきそうである。
これで本当に聖女を演じ切れるのか心配になってくるが、まあ問題が解決するまでの辛抱だ。リリアンティアは「すぐに新しい聖女を見つけますので」と宣言してくれたので、その言葉を信じるしかない。
エドワードは「あらぁ」と手で口を覆い隠し、
「ユーリにしてはえっちな格好じゃんねぇ、ショウちゃんでも悩殺するのぉ?」
「悩殺できるかな、年上ムーヴかませばいけるかな」
「いやもうワンピースの裾をチラッとしただけで悩殺できるよぉ、多分。死んじゃう可能性もあるけどぉ」
会話の内容が男と女がするようなものではない。付き合いが長いだけある問題児ワンツートップだからこそ出来る会話だ。
すると、今度は男子用の衣装部屋の扉が開いて「お待たせ!!」と小柄な聖女様が飛び出してくる。
エドワードと同じく濃紺のワンピースと頭巾を身につけ、肩には花束の戦鎚『グランディオーソ』なる神造兵器を担いでいる。聖女などの聖職者が戦う際は槍よりも戦鎚などの打撃武器という余計な知識を後輩から仕入れたのだろう、こちらは本当に戦う聖女様である。
可愛さの欠片も感じられない狂気的な笑みを見せて戦鎚を担ぐイカれた聖女様は、
「どう!?」
「患者の頭をかち割りそう」
「『神の元に送ってやるよ、今すぐになァ!!』とか言ってねぇ」
「酷くない!?」
上司と先輩からの評価を受け、ハルアが「そんなことしないもん!!」と叫ぶ。でもその第一印象があるのだからどうしようもないのだ。
「何でよ、オレ可愛く決めたじゃん!! 靴下留めもつけたんだよ!?」
「何でそこを可愛くしちゃったかな」
「お前さんが秘めたるエロスを発揮してもねぇ、見た瞬間に頭をかち割りそうなんだよねぇ」
これが証拠だと言わんばかりにハルアが濃紺のワンピースを捲る。
意外にも鍛えられている足にはユフィーリアと同じような純白の長靴下と靴下留めを合わせているのだが、扇状的な印象は見受けられない。むしろ覗いた瞬間に回し蹴りが飛んできそうな恐怖心に駆られる。どちらにせよ頭をかち割られることは確定である。
ユフィーリアとエドワードからボロクソな評価を下されたハルアは、
「いいもん、ショウちゃんが未成年組の印象を払拭してくれるから」
「ショウ坊がどれほど努力してもお前の狂気は拭えないと思う」
「むしろ別問題だねぇ」
いじけた雰囲気のハルアが不満げに言うと同時に、衣装部屋の扉が開いて「お待たせしました」とショウが出てくる。
彼に仕立てたのはただの修道服ではない。青色が強めのワンピースの上から純白のエプロンドレスを身につけた、修道服とメイド服の奇跡の合体である。頭巾の代わりにホワイトブリムを乗せ、清純で無垢なる聖女メイドとなっていた。
艶やかな黒髪はコテを使ったのか緩やかに波打ち、胸元ではリリアンティアより借りた十字架が煌めく。少女めいた顔立ちに恥ずかしそうな笑みを見せたその姿は、まさに初心な聖女様と言えた。
ユフィーリアは膝から崩れ落ちると、
「聖女降臨!!」
「それはどなたのことを言っているんだ、ユフィーリア」
「ショウちゃんのことだと思うよぉ」
胸元から下がる十字架を握りしめて最愛の嫁の可愛い格好を拝み倒すユフィーリアの後頭部に、エドワードの拳が容赦なく叩き込まれた。拳で治療を開始、という訳である。
拳による治療が功を奏したのか、ユフィーリアはすぐに正気を取り戻す。危なかった、綺麗なお花畑で冥王第一補佐官として務める彼の父親が手招きしている幻覚まで見えてしまった。
咳払いをしながら立ち上がるユフィーリアは、
「似合ってるぞ、ショウ坊」
「ありがとう、ユフィーリア。貴女は、その」
ショウはユフィーリアの豊かな胸元に視線をやると、
「……聖女には向いていないな」
「何でそんなこと言うんだ?」
「見えないからこそ掻き立てられる劣情があるんだ、ユフィーリア。世の中には木の空を見かけただけで発情する奴もいるんだ」
「ええ……?」
木の空とはリスなどの小動物が住み着いている印象があるのだが、そんな場所を見ただけで発情することが出来る人間とは相当な想像力を持ち合わせているようである。ユフィーリアには真似できない芸当だ。
ショウはそれから悩ましげな表情で「やはり近づく連中は冥府に旅行させるしか」とか「ハルさんにお願いして闇討ち」などと不穏なことを考えている模様である。おかしい、背後から黒い靄のようなものが見える。
そこに、
「ユーリ♪」
「おう、アイゼ。着れたか?」
「それなんだけド♪」
衣装部屋から少しだけ顔を覗かせたアイゼルネがユフィーリアへ手招きをし、
「胸がきつくて後ろの釦が留められないのヨ♪」
「うわ本当だ」
「おねーさんだけ借り物なんてしなければよかったワ♪」
アイゼルネの修道服だけはリリアンティアが予備の修道服を貸してくれた訳だが、体格が合っていそうな聖女の修道服がまさかの『入らない』という結果である。おかげで艶かしい背骨や肩甲骨などが丸見えになっている。
意外にもアイゼルネの胸が凶悪すぎて修道服が入らなかったのか。色々とお年頃な男子諸君が見たら発狂しそうな色香である、これは早急に修道服を仕立てなければならない。
ユフィーリアは被服室から無断で持ち出してきた濃紺の布地を広げながら、
「だから仕立てるって言ったろ。頑なに借りるって意見を曲げないからこうなるんだよ」
「入ると思ったんだもノ♪」
「お前は自分のスタイルの良さを自覚しろ」
魔法でチクチクと濃紺の布地を縫いながら、ユフィーリアはアイゼルネの胸部を巻尺で計測する。その目盛りを確認して、
「お前、この前計測した時より胸が大きくなってねえか?」
「あラ♪」
「その爆乳、まだ育つの?」
「まだ育っちゃうみたイ♪」
茶目っ気たっぷりに返すアイゼルネは、胴着と布面積がやたら少ない下着姿の状態で犬や猫などの可愛らしいお面を選んでいく。南瓜のハリボテを被った状態では修道服の頭巾が入らないからだ。
舞踏会で見かける豪奢な仮面では患者を怖がらせるだけなので、可愛い犬や猫などのお面で怖がらせない為の工夫をしているのだ。彼女なりの気遣いである。
その時、衣装部屋の扉が控えめに叩かれた。
「アイゼルネ様、修道服の大きさは合っていたでしょうか?」
「ああ、リリア。悪いんだけど」
衣装部屋の扉を開けてきたのは、アイゼルネに貸した修道服の様子を確認に来たリリアンティアである。
ユフィーリアは素直に修道服が入らなかったことを告げようとするが、それよりも先にリリアンティアが膝から崩れ落ちる。
何事かと思えば、彼女はメソメソと静かに泣いていた。そういえばリリアンティアは豊かな胸部に憧れを抱く絶壁だったことを失念していた。
「何故に問題児の方々は豊かな胸部をお持ちの方が多いのですか、身共も悪の道へ堕ちればおっぱいが大きくなりますか!?」
「ならねえよ。お前の場合は年齢と体質だよ、多分」
「ハルア様にも負けた身共の気持ちも汲んでください!!」
引き合いに出してきたのはまさかの暴走機関車野郎である。エドワードに負けているというのはすでに自分でも分かりきっているようだ。
「おいハル、何で勝ってんだよおっぱい引っ込めろ」
「無理だね!! 身長も伸びなけりゃおっぱいも縮まないよ!!」
「無駄な胸筋をつけてくるんじゃねえよ、リリアが泣いてるだろ」
「エドのおっぱいを抉ればいいじゃん!!」
「何で俺ちゃんに飛び火すんのよぉ」
比較対象に選ばれてしまったハルアは、困惑のあまり関係のないエドワードに標的をぶん投げてしまう。急に標的となったエドワードも頭を抱えていた。
リリアンティアは即座に立ち上がると、オロオロと狼狽えていたショウへ抱きついた。
彼は唯一、問題児の中では豊かな胸筋をお持ちではない人物だ。胸の大きさもリリアンティアと同じぐらいである。だからこそ2人で『ちっぱい同盟』なるものを結成している様子だった。
「身共の仲間はショウ様しかおりません……!!」
「大丈夫です、俺はいつでもリリア先生の味方ですよ」
「ショウ様……!!」
キラッキラの瞳で見上げてくるリリアンティアを、ショウは慈愛の眼差しで受け入れていた。もうしっちゃかめっちゃかである。
聖女として潜入するより先に巻き起こる混沌にユフィーリアが白目を剥いていると、用務員室から「ユフィーリア!!」という怒号が響き渡る。
その聞き慣れた声は学院長のグローリアだ。もう声から判断して怒っていることが嫌でも分かる。
用務員室に問題児の姿がないと見るや、今度は居住区画の扉を勢いよく開けてグローリアは叫ぶ。
「ユフィーリア、君って魔女は!! また被服室の資材を勝手に――」
叫ぶ学院長が見た光景は、イロモノ聖女の集団とメソメソと泣くリリアンティアというお腹いっぱいになりそうなものである。
ユフィーリアならともかく、他はムキムキ聖女とぶっ壊れ聖女に聖女メイドさんだ。事情を知らなければ何事かと思うことだろう。
少し思考回路を働かせたグローリアは、
「君たち、いつから修道服が制服になったの……?」
「学院長も拳の治療が必要?」
混乱のあまり捻り出したグローリアの言葉にエドワードが拳を握り、ユフィーリアは膝から崩れ落ちて笑い転げるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】普通に綺麗な聖女様だが、言動と行動で全てを台無しにする。修道服を仕立てる為の素材はもちろん被服室から無断で拝借してきた。
【エドワード】拳で全てを捩じ伏せそうな武闘派聖女様。ふざけたことを言えば拳が飛びそう。今回は修道服の下にちゃんと洋袴を穿いているので恥ずかしさはない。
【ハルア】事前にショウから入れ知恵され、戦鎚を装備したイカれ聖女様。もっと武器っぽい方がいいかと思ったが、リリアンティアが怖がるといけないので可愛い見た目の戦鎚にした。
【アイゼルネ】リリアンティアが修道服の貸与を申し出てくれたので、せっかくならと借りてみたが着れなかった。服で悩む部分は大抵胸、好みの服が入らずに断念するのだがユフィーリアに仕立ててもらうことを覚えてからだいぶ楽になった。
【ショウ】天使らしく聖女メイドさんに転身。ユフィーリアを癒す聖女様を目指すが、他は割とどうでもいい。エドさんの拳で治るんじゃないですか?
【リリアンティア】持たざる者。何をとは言わないが、とにかく大きいものに強い憧れを抱く聖女様。悪の道に堕ちれば大きくなるのではないかと最近邪念を抱くたびに、教会でお祈りを捧げて邪念を撲滅している。
【グローリア】被服室の資材を確認したら減っていたので、魔法で問題児の仕業と特定した。乗り込んだら邪神を召喚するタイプの聖女がいてびっくりした。