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第1話【異世界少年と聖女の悩み】

 保健室へ遊びに行ったら留守だった。



「ちゃんリリ先生、お留守なんだ!!」


「本当だ」



 保健室の扉を前にして立ち尽くすのは、ヴァラール魔法学院の用務員であるハルア・アナスタシスとアズマ・ショウである。

 彼らの手には購買部の紙袋が抱えられており、その中身は『夏季限定』と銘打たれたお菓子が数種類ほど詰め込まれている。別に盗んできた訳ではなく、保健医として勤めるリリアンティア・ブリッツオールと一緒に食べようとわざわざ購買部で買ってきたのだ。


 保健室の扉に掲げられた『留守中』の札に、ショウとハルアは互いの顔を見合わせる。



「どうしようか」


「出直そうかな!?」


「そうしようか」



 保健室の主人が留守ならば仕方がない、ここは出直す他はないだろう。


 誰もいない保健室の前から撤退しようと考えたところで、廊下の奥から白い修道服を身につけた少女が大きめの毛玉のようなものを抱えて歩いてくる姿を発見した。汚れの見当たらない純白の修道服と頭巾から垣間見える豊かな金髪、そしてどこか憂いを帯びた新緑色の瞳が特徴的な聖女様である。

 保健医のリリアンティア・ブリッツオールである。一抱えほどもある白くてもふもふとした毛玉を籠に入れて抱えており、何だかとても重たそうではあるものの彼女自身の足取りはしっかりしている。ただ、表情はどこか悲しそうだ。


 ハルアが大きく右手を振り、



「ちゃんリリせんせーい!!」


「ハルア様とショウ様、保健室に何かご用事ですか?」



 リリアンティアはそれまで浮かべていた憂いのある表情を消し去り、少女らしく華やかな笑みを見せてくれる。



「購買部で商品入れ替えセールが行われていたんです。だからお菓子を大量に買ってしまったので、リリア先生にもお裾分けをしようかと」


「ちゃんリリ先生、甘いの好きだよね!?」


「いいのですか? ありがとうございます」



 リリアンティアは保健室の扉に掲げられていた『留守中』の札をひっくり返す。『在宅中』の文字が書かれた札が揺れると同時に、保健室の扉にかけられていた施錠魔法が解除された。

 ガチャン、と鍵が外れる音を聞くと、リリアンティアが保健室の扉を開けてショウとハルアを室内に招き入れる。病人を診察する為の椅子と執務机、ヴァラール魔法学院の生徒たちの情報が詰め込まれた冊子が並ぶ本棚、病人を休ませる為のベッドまである清潔感溢れる保健室だ。


 執務机に毛玉が乗せられた籠を置いたリリアンティアは、



「今年のもふメロンがいい感じに仕上がったんです。お菓子のお礼として、よければ食べていってください」


「もふメロン?」


「見ての通り、もふもふした毛皮が生えたメロンなんです。毛艶がいいほど甘い証拠なんですよ」



 リリアンティアが机の上に置かれた毛玉を示して「ショウ様、触ってみてはいかがですか?」と問いかけてくる。


 メロンはまあ理解できるが、もふもふとした毛皮を持つメロンなど初めてである。この世界独特の果実には驚かされてばかりだ。

 誘われるがままにもふメロンへ触れてみると、ふかふかとした感触が手のひらから伝わってきた。毛の調子はゴワゴワではなく犬や猫を想起させるふわふわさ加減で気持ちがよく、ずっとこのまま触っていたくなってしまう。


 もふメロンのふわふわな毛皮に魅了されるショウは、



「これ、凄く気持ちいいです……!!」


「皮はお持ち帰りなさいますか? 洗浄して乾かしてから手巾に加工いたしますが」


「いいんですか?」


「もちろんです。もふメロンの毛艶を褒められるのは嬉しいので」



 保健室の戸棚からショウとハルアの分の食器ともふメロンを切り分ける為の包丁を持ってくるリリアンティアだが、やはりその表情は優れない。ショウとハルアが話しかけなければ、またすぐに悲しそうな顔に戻ってしまう。

 これは何かあるに違いない。思わせぶりな態度を見せてくる、明らかに『私悩んでいますけど〜』なアピールをしてくる相手は嫌いだがリリアンティアは別である。ショウもハルアも、リリアンティアとは大切なお友達なのだ。


 ショウとハルアは首を傾げ、



「リリア先生、元気ないですね」


「何かあったの!?」



 そんな質問を投げかけてみれば、彼女は申し訳なさそうな表情で口を開く。



「聞いてくださいますか?」



 ☆



「聖女が立て続けに辞めてる?」


「はい」



 切り分けてくれたもふメロンを肉叉に刺して口に運ぶショウは、リリアンティアの悩み事に目を瞬かせた。


 彼女の口から語られたのは、聖女が立て続けに辞めているというあまり想像できない内容だった。そもそも聖女という役職を知らず、リリアンティアがどういった立場にいるのかも理解していない。

 聖女と言えば元の世界ではよく漫画やアニメで聞いたことのある役職だが、まさかこの世界でも同じような役職があるとは驚きである。リリアンティアもヴァラール魔法学院の保健医か、もしくは七魔法王セブンズ・マギアスが第六席【世界治癒セカイチユ】としての印象が強い。


 ショウは申し訳なさそうに「すみません」と謝り、



「聖女という役職が想像できなくて……」


「あ、そうでした。大変申し訳ございません、ショウ様は異世界出身でしたね」



 リリアンティアは咳払いをすると、



「身共はヴァラール魔法学院の保健医として勤務する他、エリオット教と呼ばれる宗教団体の教祖をしております」


「エリオット教?」


「『如何なる存在でも平等に健康を』という理念を掲げた宗教となります。回復魔法や治癒魔法の無償提供を主な活動として、全世界の国々に支部を置かせていただいております」


「ちゃんとした宗教だ」



 それでいてリリアンティアらしい宗教である。


 回復魔法や治癒魔法など、頭のいい人間がいれば確実に金儲けの材料になる。どんな病でもたちまち治し、致命傷を負っても瞬時に回復されるなら大金を払っても治療を受けたいところだろう。

 その回復魔法や治癒魔法を無償提供して世界中の人間を病から守ろうとする姿勢は、さすが【世界治癒】と呼ぶべき慈悲深い心だ。聖女と呼ばれるべき存在とも言えよう。


 リリアンティアは言葉を続け、



「聖女は、エリオット教で修行を重ねた回復魔法・治癒魔法の達人に送られる称号です。分かりやすく言えばお医者様ですね」


「じゃあリリア先生もお医者さんなんですか?」


「はい、身共も聖女なので医者の役割を果たしているのです。とはいえ宗教団体を束ねる長ですので、あまり積極的に活動をすることはないのですが」



 ショウは「なるほど」と頷き、



「それで、その聖女様が立て続けに辞めているんですか?」


「はい……」



 それまでどこか誇らしげだったリリアンティアの表情が、ショウの話題によって途端に曇る。ここから彼女の悩みどころか。



「実はトロニー王国に派遣した聖女が立て続けに辞めているのです」


「辞めるというのは」


「ご想像通り、宗教自体を去ってしまうんです」



 リリアンティアはため息を吐くと、



「今年に入ってからもう8人目となります」


「1ヶ月で1人のペースはさすがに考えものですね」


「何かあったのかな!?」



 1ヶ月で1人も辞めていれば、さすがにリリアンティアも頭を悩ませるだろう。辞めることだって何か理由があるはずだ。

 エリオット教で聖女として修行を積んでいれば、簡単には宗教から離れなさそうな印象がある。『如何なる存在でも平等に健康を』と理念を掲げているから回復魔法や治癒魔法を学んだはずなのに、こうもあっさりと役職を投げ出せるものなのだろうか。


 リリアンティアは緩やかに首を横に振ると、



「理由は不明です。ただ、辞めた聖女は全員決まって結婚しているようですが」


「聖女は既婚者じゃダメなんですか?」


「ダメではないですが、順序を定めています」



 首を傾げるショウに、リリアンティアが説明してくれる。



「聖女は清らかな身体でなければなりません。そうすることで神託を受けやすくなり、回復魔法や治癒魔法の精度が上昇します。もちろん回復魔法や治癒魔法の精度は医学知識が豊富であればあるほど上昇しますが、勉学には誰しも向き不向きがありますので」


「そうなると限られてきてしまいますもんね」


「平等に治癒魔法や回復魔法を受けることが出来るような環境を作るには、これらの達人が大勢必要です。そうなると神様より病状を教えてもらう『神託』に頼る方が早いのです。神託は敬虔な信徒に与えられる神様からのお言葉ですから」



 医学知識や実務経験が必要な医者とは違い、神様からの言葉で治療が出来る聖女はなかなか凄い存在ではないか。確かに清らかな印象があるので重要そうな部分ではありそうだ。

 叔父から性的虐待まで受けて成長したショウには無理な話である。残念ながら清らかさの『き』の字もないのだ。そのことを考えると、ほんの少しだけしょんぼりしてしまう。


 まあ、そんなことは置いといて。



「聖女を妻として娶るには神に報告してから祝福を受けなければなりません。そうすれば人妻の身でありながら聖職者として活動できます」


「なるほど」


「ですので、辞めてから結婚ということがどうにもおかしいのです」



 リリアンティアは困ったような表情で、



「夏休みが終了する目前ではありますが、身共がトロニー王国へ出向いて、代わりの聖女が派遣されるまで繋ぎの役割を果たそうかと思っていたのです。その時の畑の様子を誰に見てもらおうか……」


「心配するのは畑なんですね」


「はい、作物が成長するのは大切ですからね」



 ふむ、と考えるショウ。


 確かにどちらも協力できる話ではある。リリアンティアが留守の間に彼女が頑張って育てた作物の面倒を見るのも、トロニー王国の聖女についての調査もショウとハルアの実力にかかれば簡単なものだ。

 問題は、どちらの方が面白いかである。これは考えればすぐに結論が出せた。


 ショウはリリアンティアと向き直ると、



「リリア先生、トロニー王国の聖女様の件は俺たちに任せられませんか?」


「ショウ様たちに?」


「はい」



 首を傾げるリリアンティアに、ショウは満面の笑みで頷いた。



「ちょうど今、問題児は暇を持て余していたところなんです。トロニー王国の聖女様の問題、解決してみせますよ」

《登場人物》


【ショウ】聖女に対する印象は仲間を回復させる僧侶みたいな役割か、もしくは王国追放されるものと植え付けられている。もちろん異世界知識である。リリアンティアとは同盟を組んでいるので仲がいい。

【ハルア】聖女ってそんな凄いんだなと感心。リリアンティアとは未成年組関係で仲が良く、年下なのでよく気にかけてはいるのだが、何よりリリアンティアには妹の件で世話になっているので恩義がある。


【リリアンティア】ヴァラール魔法学院の保健医を務める11歳の聖女様。歳を取らなくなったので『永遠聖女』と呼ばれている。エリオット教の教祖も務め、非常に精度の高い神託を受けることが出来る回復魔法・治癒魔法の達人。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 七魔法王の中でも癒し系で真面目で、可愛らしいリリアンティア先生と未成年組のやり取りがとても暖かくて、…
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