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第8話【問題用務員と新たな恋】

「酷え目に遭ったんですの」



 ドレスや髪は乱れて芝生の葉っぱが付着し、汗だくだし犬に舐められた痕跡まで見られるルージュが疲れ切ったような表情で主張してくる。


 あれからキャンディーちゃんや他の希少種を狙った詐欺と誘拐犯の集団を魔法で探し出し、丁寧に1人ずつ全裸にひん剥いて尻に氷柱を突き刺してからイストラの警察組織の建物前に並べて放置してきたのだ。この間、僅か20分である。問題児の割にはいい仕事をしたと思う。

 ただ、それまでルージュはひたすら犬に追いかけ回されていた。とうとう力尽きたようで、ユフィーリアがドッグランに戻ってきた頃には大量の雄犬にベロベロと顔を舐め回されているところだったのだ。その光景には死ぬほど笑わせてもらった。


 ユフィーリアは清々しい笑顔で、



「でもキャンディーちゃんを誘拐犯から守ったんだから褒めてほしいな」


「その節はどうもありがとうございますのこの問題児、それとこれとは話が違いますの」



 ルージュはユフィーリアを鋭い双眸で睨みつけると、



「貴女が余計なことをしたおかげでわたくしの体力は限界ですの」


「キャンディーちゃんの背中に乗せてもらえよ」


「ふざけんじゃねえですの、愛犬の背中に乗るだなんて出来ませんの」


「キャンディーちゃんが『乗る?』って提案してるから言ってやったのに」



 ルージュの周りに纏わりつくキャンディーちゃんが、彼女の頭や顔に額を擦り付けながら「わふん?」と背中に乗るかと聞いている。それだけ大きな身体を持っていれば人間を乗せても潰れることはないだろう。

 キャンディーちゃんの頭を丁寧に撫でてやるルージュは、愛犬からの申し出をやんわりと辞退していた。さすがに愛犬側からの申し出であっても気が引けるようだ。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、



「それでルージュ、約束のブツは帰ったら取りに行っていい?」


「余計なことをしてくれたのは考えものですが、約束は約束ですの。わたくしの記憶力は嘘を吐きませんの」



 ルージュは仕方がないと言わんばかりに肩を竦めると、黒柴ショウの前で膝を折った。



「お嫁さん、ユフィーリアさんの今の流行は『夜這い』みたいですの」


「わん?」(そうなんですか?)


「ですので夜に寝静まった頃を見計らって【自主規制】して【検閲削除】して【放送禁止】をしてやるんですの。そういう内容のエロ本を本日借りる予定ですの、ちゃんとお勉強しておくんですの」


「わん!!」(ありがとうございます、ぜひ!!)



 このアマ、余計なことをしてくれやがった。



「おいルージュ、ふざけんな!! 何でショウ坊にバラすんだよ!?」


「あら、何かいけないんですの? お嫁さんにしてほしいことを自分の性癖が詰まったエロ本で学ばせるなんて、見上げた根性の旦那様ですの」


「誰しもが秘めてるものをホイホイと明かすなクソアバズレ!!」



 ユフィーリアはルージュの肩を掴んで前後に揺らすのだが、



「わん……?」(ユーリぃ、どういうことぉ?)


「わんわんわん!!」(エロ本の為にオレらを犬にしたの!?)


「わんわん」(どうやら目的はそっちだったみたいネ♪)



 ルージュが余計なことをバラしてくれたおかげで、ユフィーリアが今まで秘密にしていた本来の目的が明かされてしまった。

 誰にも言っていないが、ユフィーリアは希少価値のあるエロ本が魔導書図書館に入荷するから協力しただけだ。まだ生徒の手に渡っていない絶版されてしまった代物である。そんな貴重品がすぐ近くにあるのだから、読んでみたくなるのが読書家のサガである。


 エドワード、ハルア、アイゼルネはジリジリと距離を詰めていき、



「わんわん」(またそういう事情で俺ちゃんたちを巻き込んだでしょぉ)


「わんわんわん!!」(だったらユーリも犬役やってよ!!)


「わん」(おねーさん、もふもふしたいワ♪)



 ユフィーリアは距離を詰めてくる3匹から視線を外すと、



「散ッ」


「わん!!」(逃げるな!!)


「わんわん!!」(逃げられると思ってんの!?)


「ぎゃーッ!! 何で追いかけてくるんだよ、いいだろ別にアタシら一蓮托生じゃねえか!!」



 逃げ出すユフィーリアをエドワードとハルアが追いかけ、せっかくドッグランの危機を救ったというのに地獄の鬼ごっこが始まってしまった。

 ウルフドッグとポメラニアンにひたすら追いかけ回されるユフィーリアをルージュは涙を流しながら笑い飛ばしていたのだが、頭に氷塊が叩きつけられて不細工な悲鳴を漏らしていた。完全に八つ当たりである。


 飼い主を追いかけるウルフドッグに熱い視線が注がれていたことを、その場にいる全員は誰も気がつくことが出来なかった。



 ☆



「恋煩いが解決しておりませんの」


「それ、寝る前に言うこと?」



 その日の夜、すでに寝る準備まで済ませた問題児の元を訪れたのはルージュである。


 用務員室の扉がガンガンと叩かれたものだから、ユフィーリアは仕方なしに応じることとなったのだ。エドワードもハルアもアイゼルネもショウも、夕飯も食べてお風呂も済ませたので眠たげである。

 非常識な時間帯にやってきた非常識なお客様は、どこか不機嫌な様子のルージュだったのだ。そして開口一番に「恋煩いが解決していない」である。今すぐ扉を閉めてやりたくなった。


 ユフィーリアは欠伸をしながら、



「恋煩いも何も、キャンディーちゃんが恋をしていたのは犯罪者だ。自分をどこか別の蒐集家コレクターに売り飛ばすか、殺して剥製にするような相手を好きになるのかよ」


「あのチワワについては解決しましたの」


「だったらいいじゃねえか」


「よくありませんの、また別のお相手に恋をしましたの」



 ルージュの言葉にユフィーリアはため息を吐いた。


 希少種の犯罪者からキャンディーちゃんを遠ざけることには成功したが、今度は新たな恋のお相手である。恋の多い乙女だ。

 もう勝手に悩んでいてほしいところではある。だってユフィーリアには関係ないし、問題児にも関わりがない話だ。キャンディーちゃんは可愛くて魅力的だったが、それほど恋が多ければそのうち忘れそうな気配はありそうだ。


 ユフィーリアは心底興味なさそうな表情で、



「で、そのお相手ってのが誰なんだ。また別れさせりゃいいのか?」


「エドワードさんですの」


「はあ、エドワードな。どこのイケメン様だ」



 ルージュの指先がユフィーリアを示す。

 いいや、その標的はもっと先だ。


 彼女の指を視線で辿ると、灰色の肌着と緩く穿ける厚手の洋袴ズボンという寝巻きを身につけたエドワードだった。



「…………え?」


「エドワードさんですの」


「エドワードって、ウチのエドのこと?」


「そうですの」



 ルージュは真剣な表情で頷く。


 接点がないだろうと思うだろうが、そういえばキャンディーちゃんの誘拐を企んでいたチワワ野郎とのやり取りに乱入したのがエドワードだったか。結果的にあのチワワ野郎は犯罪者だったので、そのやり取りに乱入をしたエドワードはキャンディーちゃんにとっての王子様である。

 その事実を噛み砕き、よく咀嚼して飲み込み、ようやく現実を認識したところでユフィーリアは腹を抱えて笑った。人間のような見た目をした銀狼族の先祖返り様が、まさかケルベロスに惚れられるだなんて誰が想像できるだろうか。



「ぶわははははははははは!! け、ける、ケルベロスに惚れられてやんのお前!!」


「冗談じゃないよぉ!!」



 エドワードはユフィーリアの両肩を掴むと、



「ほらいつものお得意の問題行動でキャンディーちゃんの記憶をすっ飛ばしてきなよぉ!!」


「いやもう付き合っちまえばいいんじゃねえかな。ほら、一応キャンディーちゃんは雌犬だし。お前も銀狼族の獣人だから実質ワンちゃんだし」


「見た目が人間だし長いこと人間社会に馴染んで今更獣人を名乗れる訳がないじゃんねぇ!! というか獣人と魔法動物が付き合えると思うんじゃないよぉ、俺ちゃんは犬の言葉なんて分かんないよぉ!!」



 ガックンガックンとエドワードに勢いよく揺さぶられるユフィーリアだが、



「いえ、エドワードさんであれば問題ありませんの」



 ルージュからのまさかの許可発言に用務員室の空気が凍りついた。



「エドワードさんは身体も大きいですの、キャンディーちゃんが潰してしまうようなことはありませんの。それにエドワードさんはとても魅力的ですの、キャンディーちゃんに相応しいお相手ですの」


「それはお前の好みも反映されてるのか?」


「まさか、そんなことはありませんの。キャンディーちゃんはわたくしの娘も同然の存在、娘の幸せを願うのは当然のことですの」



 朗らかに笑うルージュに、ユフィーリアは少し考える。


 あれだけ愛犬のキャンディーちゃんを大切にしているのだから、娘扱いするのは分かる気がする。娘には幸せになってもらいたい気持ちも大いに理解できる。

 チワワ野郎は下手をすれば潰しかねない小ささだったが、エドワードは身体も大きいしキャンディーちゃんに体当たりされても無事でいられる頑丈さも持ち合わせる。これ以上ないほどいいお相手だ。


 ユフィーリアはエドワードの肩をポンと叩くと、



「結婚おめでとう、ご祝儀は弾んでやるからな」


「テメェ食い殺すぞ」


「嫌なら自分で振ってこい」


「問題行動の責任は自分で持ちなよぉ!!」



 ユフィーリアとエドワードによる取っ組み合いは深夜まで続き、騒ぎを聞きつけた学院長のグローリアの一喝によって事態は収束を迎えた。


 ちなみにキャンディーちゃんの恋煩いの解決方法は至って簡単である。

 ユフィーリアが絶死の魔眼で記憶を一部だけ終焉させてエドワードの存在そのものをキャンディーちゃんの記憶から消去し、全てをなかったことにした。「だったら最初からそうやれ」とツッコミが起きるだろうが、問題児が他人の悩みを簡単に解決する訳がないのである。


 その後、キャンディーちゃんは時々ショウとハルアの未成年組と戯れている現場を目撃された。

《登場人物》


【ユフィーリア】希少価値のあるエロ本の為にルージュに協力した下心ありありの魔女。その目論見は多方面にバラされた。一目惚れというのはないが、好きになったショウを大事にしている。

【エドワード】上司の目的のために利用されて追いかけ回した。キャンディーちゃんに惚れられて頭を抱える。人生で一目惚れをしたのは近所に住んでいた女の子(獣人)である。

【ハルア】上司の目的のために利用されたことを知って追いかけ回した。このあとしっかり上司をチワワに変えてもふもふさせてもらう。人生で一目惚れ? 一目惚れって何?

【アイゼルネ】上司の目的のために利用されたことを知って吠えるだけに留めた。このあとしっかり上司をチワワに変えてブラッシングを堪能する。人生で一目惚れをした経験は娼館を出入りしていた下働きの男の子。

【ショウ】最愛の旦那様の好きなものを知ることが出来たので万々歳。その日の夜に夜這いを仕掛けたつもりだが、ベッドに引っ張り込まれて抱き枕にされるだけに終わった。


【ルージュ】娘みたいに可愛がっているキャンディーちゃんが好きになった相手とは結ばれてほしいので、今回のエドワードとの恋路は応援するつもりでいた。別に筋肉フェチが発揮された訳ではない。このあとユフィーリアによって記憶をすっ飛ばされる。

【キャンディー】エドワードに関する記憶をすっ飛ばされても元気いっぱい。仲良くなった未成年組は全力で遊んでくれるので好き。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「まさか、そんなことはありませんの。キャンディーちゃんはわたくしの娘も同然の存在、娘の幸せを願うの…
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