第4話【問題用務員と犬化】
そんな訳で、問題児ワンワン作戦である。
「エドはウルフドッグか」
「わふ」(まあねぇ)
ユフィーリアは目の前でお行儀よく座る銀色の毛並みを持った大型犬の頭を撫でる。意外と毛並みは硬めだがゴワゴワしておらず、何だか不思議な感覚である。ふさふさの尻尾が左右に振られ、積極的に床掃除をしていた。
銀色の毛並みと銀灰色の双眸というエドワードの特徴を残し、彼は狼犬であるウルフドッグに変身を遂げた。彼が銀狼族の先祖返りだからだろうか、犬化魔法薬を服用すると狼に関連した犬種になるらしい。
パタパタと尻尾を揺らしてユフィーリアの手を受け入れるエドワードは、
「わん、わふ」(撫で方は悪くないねぇ)
「何目線だ」
「わん」(犬目線だよぉ)
ついでに何だか笑っているような表情も見せてくれる。撫で方がよかったのだろうか。
「わんわんわんわんわん!!」(ユーリユーリユーリ何でオレは小っちゃいの!!)
「うるさうるさうるさッ」
エドワードの頭を撫でていたユフィーリアは、用務員室全体に響き渡る犬の鳴き声に思わず耳を塞いだ。
用務員室の隣に設けられた居住区画から勢いよく飛び出してきたのは、コロコロとした毛が特徴の小型犬である。何だか大きな埃の化身が元気よく床を這い回っているような見た目だが、赤茶色をしたふわふわの毛並みとつぶらな瞳は可愛らしい。
犬化魔法薬を飲んだことで、ハルアはポメラニアンに変化した様子である。チャカチャカとユフィーリアの周りを駆け回る彼は、しきりにワンワンと吠えて小型犬に変身したことを主張してくる。見れば分かる。
ユフィーリアは床を駆け回るハルアを捕獲すると、
「落ち着け、ハル」
「わんわんわんわんわんわん!!」(何で何で何でエドは大っきいのにオレは小っちゃいの!!)
「それはお前の身長を恨め」
ハルアの身長では小型犬になることはほぼ間違いない。
変身系の魔法薬を服用すると、使用者の身長に適した姿に変化するのが通例である。エドワードやハルアも例外に漏れず、彼らの人間時の身長を参考にして変身後の姿が算出された結果が現在の姿だ。こればかりはもう仕方がない運命なのである。
ユフィーリアも犬化魔法薬を服用していたら、真っ白いチワワになっていた。これは予想ではなく現実である。実際に犬化魔法薬を服用したことがあるので覚えていることだ。
「わんわんわんわんわん!!」(もっと大きくて格好いいのがいい!!)
「我儘を言うな、お前の人間時の身長だと大型犬は無理だよ」
「わん!!」(何で!!)
「小さくてすばしっこさが売りのお前が何言ってんだ」
大型犬への変身を希望するハルアに現実を突きつけたユフィーリアは、
「ほらエド、仲良くしてやれ」
「わんわん、わふッ」(仲良くも何も、ハルちゃんじゃんねぇ)
ハルアを解放してエドワードに近づけてやれば、赤茶色の綿毛が銀色の狼に頭から突撃をかました。
物凄い勢いで飛びついたポメラニアンの頭突きに、さしもの大型犬であるエドワードも耐えられなかった。呆気なく押し倒されると銀色の毛並みをハルアがシャカシャカと乱し始める。
大型犬に変身できなかった執着心でもあるのか、その目は血走っているように見えた。小さいのが大きいのに勝利しちゃった訳である。
「わんわんわんわんわんわんわん!!」(羨ましいねえねえ今からでも遅くないから身体を交換しようよねえねえねえ!!)
「くうーん、くうーん」(ユーリぃ、助けてぇ)
「エドを泣かすな、ハル」
やはりコイツは自由にさせてはいけないと再度ハルアを捕獲したユフィーリアは、仕方がないので膝に乗せておくことにした。ハルアは野放しにするとどうなるか分からないので、あとでリードを装着させることにしようと画策する。
強制的にユフィーリアの膝の上に固定されてしまったハルアは、不満げに「うううう」と唸り声を上げながら四肢を忙しなく動かして脱出を図る。彼の毛並みはふわふわで触り心地がいいのだが、綿毛のようにふわふわな毛並みに隠された身体は割と鍛えられている様子である。
乱れてしまったエドワードの毛並みを撫でて直してやるユフィーリアは、
「大丈夫か、エド」
「くうーん」(酷い目に遭ったぁ)
「ハルは落ち着きがないからリードをつけるわ」
「わん!?」(えッ!?)
心外なとばかりに振り返ったハルアは、
「わんわんわんわん!!」(ユーリ、オレらにリードはつけないって言ったじゃん!!)
「お前は落ち着きがないからだよ。ドッグランに行ってよそ様の飼い犬に突撃したら危ないだろうが、動物は繊細なんだよ」
「わんわんわんわんわん!!」(オレの頭突き程度でへこたれるような奴は犬じゃないよ!!)
「ふざけんなよお前、やっぱりリード決定だわ」
問答無用でハルアにはリードを使用することを決定したユフィーリアに、赤茶色のポメラニアンはなおもリードの使用について異議を申し立てていたが無視することにした。これ以上は取り合わない方がいい。
犬化魔法薬を使用することで、ある程度は人間並の思考回路を有しているから「リードは使用しない」と告げたばかりである。呼べば戻ってくるし、ユフィーリアの言葉をちゃんと理解しているからリードを使って行動を制限する必要はないかなと判断したユフィーリアが甘かったのだ。
暴走機関車野郎にそんな甘い考えは通用しない。彼だけは他の犬と同様にリードで行動を制限した方がよさそうである。リードだけでは心配なのでハーネスも一緒につけてしまおう。
とりあえず魔法で編んだリードとハーネスを用意したところで、居住区画から緑色の何かが顔を覗かせる。
「くうーん……」(ユーリ、いいかしラ♪)
「お、アイゼどうした?」
チャカチャカと爪を鳴らして居住区画から出てきたのはアイゼルネである。
彼女の体毛は色鮮やかな緑色であり、やや毛先がくるくると癖がついている。全体的に身体は細めで、垂れた耳から白い小さな花が咲いている。普通の犬種ではないことは明らかだ。身体の大きさから判断して中型犬から大型犬ぐらいだろうか。
やや後ろ足を引き摺りながらやってくるアイゼルネは、悲しげな声で訴えてくる。
「くうーん、くうーん。きゅーん」(髪色のせいで変な色のワンちゃんになっちゃったワ♪ これだとダメかしラ♪)
「いや、アイゼも立派な犬種だぞ」
ユフィーリアは緑色の犬となったアイゼルネの頭を撫でてやり、
「アイゼは魔法が使えるから『フォレストハウンド』って魔法動物になったな。森を豊かにするって言われてんだぞ」
「くうーん」(それならいいけれド♪)
アイゼルネが変身した『フォレストハウンド』は、歩けば大地を浄化して豊かにすると逸話がある希少な魔法動物である。義足のせいで後ろ足が悪いのはあまり歓迎できるものではないが、こればかりは仕方がない。
彼女は変な色の犬に変身してしまったことを後悔している様子である。尻尾は垂れ落ち、先程から悲しげな声で「きゅーん、きゅーん」と鳴くばかりだ。知識のない阿呆から揶揄われるのは可哀想だ。
すると、お行儀よく座って待機していたエドワードがアイゼルネに擦り寄り、
「わん、わふ」(大丈夫だよぉ、俺ちゃんが守るからねぇ)
「くうーん」(頼りにしてるワ♪)
ウルフドッグに変身したエドワードが側にいれば安泰だろう。彼も見た目の迫力があるので番犬には最適そうだ。
ユフィーリアも飼い主役として人間の脅威からアイゼルネを守ることは出来るが、ドッグランを駆け回る犬の脅威は見逃してしまう可能性がある。そこはエドワードに補佐してもらうことで彼女の心の安全は守ろう。
ユフィーリアの膝上から脱出しようともがいていたハルアも飛び降りると、
「わんわんわんわん!!」(アイゼをいじめる奴がいたら頭突きしてあげんね!!)
「くうーん、きゅーん」(ハルちゃんもありがとネ♪)
「わんわんわんわんわん!!」(だから悲しそうな顔をしないで、アイゼは綺麗だよ!!)
超ど直球に自分の思ったことを全力投球するハルアに、アイゼルネも気分を持ち直してくれた様子である。ほっそりした尻尾をパタパタと左右に振ってご機嫌だ。
ハルアもアイゼルネの護衛に買って出てくれるとはいい傾向だ。これならハーネスとリードを装着しないでも問題ないだろう。アイゼルネを悪く言うような躾のなっていないクソ駄犬に、どさくさに紛れて頭突きをしてもらおう。その責任を負うのはユフィーリアの仕事になりそうだが、そこはそれ、笑いながら「うちの子ヤンチャなので〜」で済まそう。
そして最後に居住区画から飛び出してきたのは、
「わん!!」(ユフィーリア!!)
「お、ショウ坊は極東犬か。何犬だ?」
「わんわん!!」(黒柴だ!!)
チャカチャカと元気よく駆け寄ってきたのは、極東で主に見られる柴犬に変身したショウだった。艶やかな黒い毛並みとくりくりとした瞳、麿眉が何とも可愛らしい姿である。
くりんと先端が丸まった尻尾をぶんぶんと千切れそうな勢いで振り回し、黒柴に変身したショウがユフィーリアの足元に擦り寄ってくる。脛にぐりぐりと身体全体を擦り付け、さらに前足でユフィーリアの膝をガリガリと引っ掻き、興奮気味に何度も「わん!!」とユフィーリアの名前を呼んでいた。
黒柴に変身したショウは舌を出しながらユフィーリアに笑いかけ、
「わんわんわん!!」(お膝に乗せてくれ!!)
「どうしたショウ坊」
「わんわん、わんわん!!」(ユフィーリア好き、ユフィーリア大好き!!)
「…………」
なるほど、犬の言葉だからどうせ伝わらないしぶち撒けてやろうとでも思っているのだろう。好き放題なことを叫びまくっていた。
ユフィーリアは動物言語もちゃんと学んでいるので、犬の言葉も大体理解できるのだ。そんな訳でショウが何と言っているのかも分かる。
ワンワンと騒がしく吠えるショウの頭をポンと撫でてやると、可愛らしい黒柴は目を細めてユフィーリアの手のひらを受け入れる。尻尾の振り具合も最高潮だ。
「ショウ坊、その言葉はせめて人間の時に言ってほしかったな」
「くうん……?」(もしかして分かるのか?)
「おうよ、バッチリ」
黒柴ショウはその場にゆっくりと伏せると、前足で自分の目元を覆い隠した。
「くうーん……」(誰か俺を殺してください)
「わんわん」(ショウちゃん、どんまい)
「わん」(元気だしなよぉ)
「わんわふ」(ユーリは嫌がってないわヨ♪)
伏せるショウにエドワード、ハルア、アイゼルネが慰めるようにポンと前足を置いた。誰にだって間違いはあるのだ。
さて、この個性豊かなワンワンメンツでドッグランである。
魔法薬の制限は6時間と長めに設定した。それ以前に終われば解除薬を用意してあるので、それを浴びせて任務完了である。
「お前ら、気合い入れてけ!!」
「わん」(はいよぉ)
「わん!!」(あいあい!!)
「わん」(分かったワ♪)
「くうーん……」(死ぬしかない……)
「ショウ坊はまだ落ち込んでんのか。嬉しかったから落ち込むのは止めろ、誰にだって恥ずかしい事件の1つや2つぐらいあるだろ」
床にグダッと寝転がったまま動こうとしない黒柴ショウを抱きかかえ、ユフィーリアはイストラのドッグランに向かうのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】今回はドッグランのお客さんに擬態する為、飼い主役に徹する。昔に犬化魔法薬を服用したら風船みたいに身体を膨らませて空を飛ぶ真っ白なチワワ、通称『ボムボムチワワ』なる魔法動物に変身した。解せぬ。
【エドワード】銀狼族の先祖返りだからか、ウルフドッグに変化。見ただけで子供が泣きそうな強面も、ワンちゃんになったことでイケメンに大変身。多分これで子供の前に出たら背中に乗られると思う。
【ハルア】ポメラニアンに変化。喧しく鳴く、喧しく騒ぐ。見た目の割に身体能力は高いのでシャカシャカ動く埃の妖精。
【アイゼルネ】魔法が使えるので『フォレストハウンド』なる緑色の犬に変化。後ろ足が悪いのであまり歩けない。見た目だけで言うならボルゾイ。
【ショウ】他の人にはツン、仲間にはデレ、ユフィーリアにはデレデレの黒柴に変身。犬の言葉なんて分からないだろうとタカを括って色々と叫んでいたらバッチリ聞こえていた。




