第3話【問題用務員vs冥砲ルナ・フェルノ】
「〈凍結〉!!」
ヴァラール魔法学院の校庭を踏みつけたユフィーリアの前に、真っ黒な空を目指して伸びる氷の道が作られた。
青みを帯びた氷の道に飛び乗り、ユフィーリアは駆け出す。転移魔法も浮遊魔法も使えないのならば、得意とする氷の魔法で道を作り出す他はない。
ちなみに風の魔法で空を飛ぶという手段も考えられるが、あれは広義的に見れば浮遊魔法に属するので封印されることだろう。あとそこまでユフィーリアは風の魔法を得意としている訳ではない。
「『炎と氷では相性最悪というのに』」
氷の道を駆け上がるユフィーリアに狙いを定め、冥砲ルナ・フェルノは右手を掲げる。
側に寄り添う歪んだ白い三日月の前に、複雑な魔法式を組み込んだ魔法陣が出現する。氷の魔法を使って空中に道を作り、着実に距離を詰めてくる銀髪の魔女を狙っているのだ。
魔法陣が出現すると同時に、冥府の空をも射抜く魔弓がギチギチと嫌な音を立てた。紅蓮の炎が束ねられて矢として番られ、ユフィーリアの全身を焼き焦がさんと目論む。
引き裂くような笑みで勝利を確信する冥砲ルナ・フェルノは、
「『放て』」
無情にも、紅蓮の炎を射出する。
高火力の炎が、ユフィーリアの作り出す氷の道に着弾。一瞬にして氷の道を溶かしてしまい、道を支えていた支柱が着弾の衝撃で折れてしまう。
バランスを崩して虚空に投げ出されるユフィーリアだが、まだ諦めていない。素早く雪の結晶が刻まれた煙管を握り直すと、再び氷の魔法を発動させた。
「〈凍結〉!!」
空中で器用に体勢を入れ替え、氷の魔法で作った足場に着地を果たすユフィーリア。色鮮やかな青い瞳には冥砲ルナ・フェルノに操られる可愛い新人しか映っておらず、足場を中心にして氷の道を展開しながら距離を詰める。
これに感心したのは冥砲ルナ・フェルノだ。
空中に投げ出されたところで第2射の餌食にしてやるはずだったが、器用に体勢を変えて足場を作るとは天晴なことだ。神造兵器に怖気付くことなく立ち向かってくる闘志も消えていない。
「『なかなか動くではないか、魔女よ!!』」
「こちとら毎日問題を起こしてんだ、舐めんな!!」
冥砲ルナ・フェルノが放ってくる第2射、第3射を回避して氷の道を作るユフィーリアは、さらに氷の魔法を展開する。
「〈薄氷の白棘〉!!」
パキパキと音を立てて作られたのは、先端が尖った一抱えほどもある氷柱である。氷の道に沿って並べられた氷柱を雪の結晶が刻まれた煙管で叩き、射出の合図を促す。
ユフィーリアの合図を受け取った氷柱は、勢いよく発射されて空に浮かぶ白い歪んだ三日月を狙った。こんなもので勝てるとは思っていないが、気を逸らすことには使える。
本体の白い三日月を狙われた冥砲ルナ・フェルノは忌々しげに舌打ちをすると、
「『猪口才な奴め!!』」
右手を掲げ、魔法陣を同時に3つほど展開される。
射出された氷柱を狙って紅蓮の炎が放たれ、氷柱が白い三日月へ触れるより先に爆破する。
パラパラと舞う氷片。あまりの熱気に氷片はすぐに溶けて水滴となる。
「『ッ!?』」
冥砲ルナ・フェルノが息を呑んだ。
死角から回り込んできた氷柱が、白い三日月を狙っている。あと少しで白い三日月を貫こうとしていた。
氷の道を駆け抜け、氷柱を射出する銀髪の魔女は「お」と目を見張る。神造兵器がまさか油断でもしていたのだろうか。攻撃すら寄り付かせない雰囲気を見せていたのに、こうもあっさりと奪還が叶うのだろうか。
――そう思っていた自分自身をぶん殴ってやりたい。
「『甘い』」
死角から回り込んできた氷柱が、空中で押し止められる。
その原因は、白い三日月から伸びた腕の形をした炎だった。
炎の腕に掴まれたことで、氷柱はみるみると溶けていく。ぽとぽとと水滴が垂れ落ち、徐々に小さくなっていった。
腕の形をした炎が、掴んでいた氷柱を握力だけで折ってしまう。真っ二つに割れた氷柱は校庭めがけて落下し、生徒や教職員たちの悲鳴が起きた。
「『今のは危なかった。まさか本体を狙われるとはな』」
赤い瞳でユフィーリアを睨みつける冥砲ルナ・フェルノは、
「『往生際の悪い魔女め、さっさと死んで楽になるがいい』」
「だーれが死ぬか、このクソッタレが!!」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り直すと、
「〈蒼氷の塊〉!!」
「『ぬぅッ!?』」
見るからに冥砲ルナ・フェルノが慌てた。
ユフィーリアが次に展開した魔法は、冥砲ルナ・フェルノの本体である白い三日月の上に氷塊を叩き落とすものだ。青みを帯びた氷の塊が白い三日月の上に落ちるが、その寸前で冥砲ルナ・フェルノが回避してしまう。
炎の腕で払い除けるとか、炎を射出して溶かすとか、色々とやりようはあっただろう。神造兵器でも回避するのか。
しかし困った、炎と氷では魔法の相性が最悪である。氷の魔法は容赦なく溶かされてしまうし、冥砲ルナ・フェルノが氷の道を壊していくので思うように距離が詰められない。
「簡単にやられるかよ……」
絶対に取り返すと決めたのだ。
一般の魔女や魔法使いは、神造兵器に立ち向かうことすら躊躇うはずだ。
相手は神々の為に作られた規格外の兵器である。地表を一瞬にして焦土と化す実力を持っているし、現にこの状況は相手にとってのお遊戯みたいなものなのだろう。
無茶だ、無謀だ、と言われても諦めるものか。
アズマ・ショウという少年は、ユフィーリアにとって大切な少年なのだ。
「助ける為なら命を張るって言ったんだ」
雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめ、大胆不敵に笑うユフィーリアは言う。
「こんなモンで『命張ってる』とか言ってんじゃねえぞ、オラァ!!」
それは自分自身に気合を入れる為の言葉だった。
諦めるものか、取り返すまでは失敗して成功策を探ればいい。
何度でも、何度でも、魔力が尽きようが手足がもげようが、構うものか!!
「〈大凍結〉!!」
ユフィーリアは広範囲に氷の道を展開させ、そのうちの1本を選んで走り出す。
氷の道は、さながら空中で蜘蛛の巣でも描くように複雑な絡みを見せていた。何本もの支柱が校庭に突き刺さって道を支え、だが冥砲ルナ・フェルノの攻撃を受ければあっという間に崩れてしまいそうな気配のある繊細な道である。
氷の道を駆け抜けて距離を詰めてくるユフィーリアを見下ろし、冥砲ルナ・フェルノは嘲笑する。
「『無駄だ、炎と氷では相性が悪い』」
冥砲ルナ・フェルノにとって、ユフィーリア・エイクトベルという魔女がやっていることは無謀な行動に過ぎなかった。
右手を掲げ、白い三日月の前に魔法陣が展開される。
真っ白な魔弓に炎の矢を番え、ギチギチと弓が引き絞られていく。冥府の裁きの炎を束ね、高火力を誇るそれが射出された。
寸分も違わずユフィーリアを狙って着弾する炎。銀髪の魔女は炎に隠れて見えなくなるが、
「『…………何?』」
冥砲ルナ・フェルノは眉根を寄せた。
氷の道が溶けない、道を支える支柱が着弾の衝撃で崩れない。
それどころか、炎に直撃されたはずのユフィーリアが燃える炎から飛び出して、なおも氷の道を走るではないか!!
「『運のいい魔女め』」
ならば、と冥砲ルナ・フェルノが第2射を放ってくる。
今度は確実にユフィーリアが狙われていた。
視界の端で赤いものを認識する。そちらの方向には一瞥もくれることなく、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りした。
「〈氷雪の壁〉!!」
ユフィーリアを守るように展開されたのは、分厚い氷の壁だ。
冥砲ルナ・フェルノが放った高温の炎が、氷の壁に受け止められる。
常識で語るならば、冥砲ルナ・フェルノが圧し勝つはずだ。氷と炎では相性が最悪で、勝つのは炎なのだ。溶けない氷はない。
なのに、
「『何故だ』」
冥砲ルナ・フェルノは赤い瞳を見開き、
「『何故、貴様の氷は溶けない!?』」
「そりゃ文字通り、命を懸けてるからな」
分厚い氷の壁を消し、空中に展開される氷の道を駆け抜けるユフィーリアはそう答えた。
氷の魔法で炎の魔法に打ち勝つ方法は、実に単純明快だ。
魔力量の差で上回ればいい。使われた炎の魔法を上回る魔力の量を込めて氷の魔法を使えば、本来溶けるはずの氷さえも打ち勝つことが出来る。
ユフィーリアはこの方法を利用して、自分の魔力を大幅に消費するように氷の魔法を展開したのだ。おかげで神造兵器の魔力量を上回ることは出来ないが、受け止めることだけなら可能となった。
「『何だと? 貴様、魔力欠乏症になるつもりか!?』」
「神造兵器が魔力欠乏症について知ってるのは驚きだな、知識も人並みにあんのかァ?」
魔力を大幅に消費しているので、ユフィーリアの指先はほんの少しだけ凍りついていた。魔力欠乏症の症状がこれほど早く出るとは想定外である。
だが、神造兵器を相手にダラダラと戦うのは命取りだ。ユフィーリアの体力も無尽蔵ではないのでいつか底を尽きるだろうし、あんな大量殺戮兵器など長々と相手にしたくない。
魔力欠乏症になろうが何だろうが、命が尽きなければそれでいい。
「来いよ、ルナ、フェルノ!! とっととショウ坊を返さなけりゃ、頭の先から爪先まで氷漬けにするだけだ!!」
☆
頭上で展開される神造兵器とたった1人の魔女による戦いは、激化の一途を辿った。
あらゆるものを焼き尽くし、魂までも焦土と化す神造兵器の中でも指折りの威力を誇る冥砲ルナ・フェルノを相手に、あの銀髪の魔女は互角に渡り合えているのだ。彼女の実力は計り知れない。
冥王第一補佐官であるアズマ・キクガは、彼女の戦いぶりを眺めながら呟く。
「――君には、その覚悟があるのだな」
愛息子を助ける為に、彼女は命さえも懸けると言った。現に魔力欠乏症の危険を冒してまで、神造兵器に操られる息子を助けようと最善を尽くしている。
ならば、父親たるキクガはどうだ? 何もせずに、ただ立っているだけではないか。
彼女と神造兵器が相討ちなど、それは最悪の結末である。正気に戻った息子も、それを望まない。
「ちょっとぉ、何か凄いことになってるんだけどぉ!?」
「割り込む!?」
「割り込んだら死んじゃうわヨ♪」
銀髪碧眼の魔女の部下である3人の問題児たちは、神造兵器と魔女の戦いに割り込むか否かを話していた。あの激しい戦いに割り込むことは不可能だが、このままでは上司である魔女の命が危ないと理解しているのだ。
彼らもまた、それなりの実力者である。
嵐のように戦う魔女と過ごしてきたのだ、その実力は常人を遥かに超していることだろう。
「エドワード君、ハルア君、アイゼルネ君」
キクガは彼らの瞳を真っ直ぐ見据え、
「君たちに協力してもらいたいことがある訳だが」
息子を助けることが出来るのは、おそらくユフィーリア・エイクトベルだけだろう。ならば、キクガがやることは自分の出来る限りで最善を尽くすことだ。
《登場人物》
【ユフィーリア】発揮される魔法の天才たる側面。魔女でありながら身体能力や戦闘能力も学院では他の追随を許さない。
【冥砲ルナ・フェルノ】神造兵器でも指折りの威力を誇る魔弓。炎を束ねて放つ技は氷の魔法を得意とするユフィーリアの鬼門となるか?
【キクガ】息子救出に対して命を懸けるユフィーリアの支援をするべく乗り出す。