表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

349/915

第3話【問題用務員とケルベロス】

「で、問題のキャンディーちゃんってのは一体どんな犬種なんだ?」


「大型犬ですの。連れてくるので校庭でお待ちいただけますの?」



 そんな会話を経て、問題児は全員揃って校庭に待機していた。


 どうせなら涼しい校舎内で待機していたいところだが、躾の行き届いているとはいえ動物を歩き回らせることが忍びないのだろうか。ルージュは「校庭でお待ちくださいですの」などと言い残し、愛犬を迎えにどこかへ行ってしまったのだ。

 そんな訳で校庭に待機するしかない。とりあえず日差しが降り注ぐ中で待ちたくないので、ユフィーリアたち問題児は日陰で待機していた。5人仲良く並んで購買部で買ってきたばかりのアイスに齧り付いている。


 アイスの棒を齧るエドワードはユフィーリアを睨みつけると、



「ユーリが安請け合いをするからこんなことになるんだよぉ」


「うるせえな、ルージュに恩を売っておいて損はねえだろうが」



 ソーダ味のアイスを食べ終えたユフィーリアは、アイスの棒に印字された文字を確認する。『ハズレだよバーカ』とあったので叩き折った。


 ルージュのお願いは、愛犬の初恋を上書きしてほしいという頭の中身を疑いたくなるようなものである。彼女の愛犬を問題児の魅力でメロメロにすれば任務は完了だ。ルージュも満足してくれるし、ユフィーリアは魔導書図書館に入荷されたばかりのメイドさんものエロ本を楽しむことが出来る。

 エロ本の件に関しては、全員にまだ明かしていない。そんな事情を話せば確実に「じゃあお前だけでやれ」という展開になるのは見えている。ここはあえて黙っておき、事後でどうにか誤魔化せばいい。


 日傘に色付き眼鏡、紫外線を防止する薄手の上着という完全防御体勢の出立ちを見せるアイゼルネは「それにしてモ♪」と口を開く。



「ルージュ先生は遅いわネ♪」


「いつまで待たせるつもりでしょうか」



 同じく日傘を装備してソーダ味のアイスをしゃりしゃりと消費するショウは、



「ユフィーリアが『協力する』って言わなきゃ帰ってましたよ」


「ごめんな、ショウ坊。こんな暑い中に付き合わせて」


「気にしないでくれ、ユフィーリア。俺は貴女の役に立てるならそれだけで嬉しいんだ」



 ユフィーリアに満面の笑みを見せ、ショウはとても嬉しいことを言ってくれる。その笑顔で目が潰れてしまいそうだった。

 完璧すぎる綺麗な笑顔に「ぐぅ」とユフィーリアの口から変な声が漏れる。最愛の嫁が健気で可愛すぎる。本日の犬耳メイドさんの格好も相まって、忠犬具合はエドワードを超える。


 すると、今までアイスを食べていたハルアが唐突に立ち上がる。琥珀色の双眸で校庭を示すと、



「あれ何!?」


「え?」



 ハルアが指差した方角にユフィーリアは視線を投げる。


 何やら黒くて巨大な影が見えた。蜃気楼とか暑さが見せる幻覚ではなく、ちゃんと生き物らしく動いている。置物でもないようだ。

 その黒くて巨大な影は、3つの頭部を有していた。3つの頭のうち1つは白目を剥いて舌をだらりと垂らしながら眠っているが、残り2つの頭は興味深そうにヴァラール魔法学院の校庭を見渡している。ぶおんぶおんと尻尾を振る様は、そのうち竜巻でも起きるのではないかと思うぐらい勢いが凄まじい。


 これは何かの幻覚か、あるいは悪い冗談なのか。ユフィーリアたちの前には、この世に存在してはいけない魔法動物がいたのだ。



「ごきげんよう、皆さん。お待たせして申し訳ないですの」



 そんな巨大な黒い影の側に控えるルージュは、



「こちらがわたくしの飼っているペット、キャンディーちゃんですの」



 ユフィーリアたち5人は改めて、ルージュが紹介した巨大な影を見上げる。


 3つの頭を有する巨大な犬である。首は1つの胴体に繋がっており、その大きさはヴァラール魔法学院の校舎3階まで届きそうである。エドワードを一体何人必要とするのだろうか。

 キャンディーちゃんと紹介された犬は、黒い手触りのよさそうな毛皮が特徴的である。それから文句が出にくくなるつぶらな黒曜石の双眸も相まり、高い位置からユフィーリアたちを観察していた。


 どこからどう見ても、立派なケルベロスである。冗談じゃねえ。



「ふざけんなよ、このクソアバズレが!?」


「いきなり暴言を吐いて何なんですの」


「ケルベロスを大型犬に数えるなよ!!」



 キョトンとした表情を見せるルージュに、ユフィーリアのツッコミが炸裂した。


 ケルベロスとは冥府の番犬とも呼ばれる3つの頭を持つ犬である。もちろん通常の犬種とは異なり、体長は小さくても10メイル(メートル)は超える魔法動物だ。冥府の象徴と呼び声が高く、普段は罪人を冥府から脱走させない為に各刑場の見張りを任されている。

 そんな超巨大な冥府の番犬が、現世で普通に首輪のつけられた状態で飼われているのが驚きである。いつのまに地上へ流出したのだろうか。この状況を冥府の役人であるショウの実父、アズマ・キクガが見たらどう思うだろう。


 ルージュは「ちゃんと子犬の状態から育てましたの」と言い、



「子犬の時にキクガさんからお譲りされたんですのよ」


「親父さんが?」


「『各刑場に配置するケルベロスは確保できたのだが、あまりにも数が多すぎるので里親を探している』と言われたので立候補しましたの。わたくし、ワンちゃん大好きですの」



 ルージュが右手を掲げると、ケルベロスが甘えた声を出してルージュの右手に擦り寄ってきた。

 こうして見ると、冥府の番犬と呼ばれるケルベロスもただの愛玩動物に見えてきてしまう。顔立ちは可愛いのに身体の大きさが全然可愛くないのだが、本当にこの超巨大な冥府の番犬をメロメロにさせろと言うのか。


 ユフィーリアは頭を抱え、



「ちょっとタイム、タイムを要求する」


「一度だけですの」


「ふざけんなお前、帰ってもいいんだからなこっちは」



 ルージュの冗談にも聞こえない言葉を無視して強制的に作戦会議の時間をもぎ取ったユフィーリアは、問題児5人で円陣を組む。



「誰かケルベロスをメロメロにさせる方法を考えてくれ、アタシは無理だ」


「ユーリが考えなよぉ、安請け合いしてきた張本人じゃんねぇ」


「あの大っきいの相手にどうやって愛の言葉を囁けばいいの!?」


「伏せたところを狙うしかないのかしラ♪」


「――というか気づいてしまったのですが」



 ショウが真剣な表情で、



「あの巨体でドッグランに行ったんですかね。よく許可されましたね」


「「「「…………」」」」



 ユフィーリア、エドワード、ハルア、アイゼルネの4人はショウの指摘に言葉をなくす。


 ケルベロスは小さな個体でも10メイルは超える巨躯が特徴の魔法動物だ。それぐらい巨体でなければ冥府の番犬としての威厳が保てない。見た目で怯ませる必要があるのだ。

 今この場にいるケルベロスも例外に漏れず巨大である。ルージュが魔法で出した水を飲んで水分補給をしているところを見ると本当の犬のようであるが、やはり何度見ても見上げるほどの巨躯は誤魔化せない。魔法で縮めたのだろうか。


 とりあえず作戦会議を終了させたユフィーリアたち問題児は、



「ルージュ、聞いてもいいか?」


「何ですの?」


「このままドッグランに行ったのか?」


「もちろんですの」



 ルージュの回答にユフィーリアは頭を抱えた。

 よくもまあこのままの状態で、ドッグラン側は受け入れてくれたものである。下手をすればその日の営業は出来なくなってもおかしくない。子供は大泣き、大人も恐れ慄く3つの首を持った巨大なワンちゃんが駆け回ることが出来る敷地を有しているのが驚きだ。


 もう一体どうすれば正解なのだろう。犬の状態でこの巨大なワンちゃんを相手にするなど正気の沙汰ではない。



「ほら早く犬へ変身するんですの」


「ちょっと待て、これだと他の作戦を考えた方がいい」


「キャンディーちゃんの恋煩いをどうにかしてくれるんではないんですの?」


「どうにかしてやりたい気持ちはあるが、ここまで超大型犬を出されるとは思ってなかったんだよこっちも!!」



 恋煩いのせいで食事も喉を通らないというのはさすがに可哀想なので、キャンディーちゃんの恋煩いをどうにかしてやりたいという気持ちはある。ユフィーリアも動物全般が好きだし健康的であるべきだと考えている魔女なので、出来ることなら何でもしてやりたい。

 でも犬に変身して恋煩いを抱く乙女をナンパするのは難易度が高すぎる。それなら他の路線に変更した方がいい。


 ユフィーリアは「よし」と頷き、



「お前ら、アタシの為に犬へ変身してくれ」


「殴っていい?」


「おい止めろ、拳を握るな。これは立派な作戦だぞ作戦」



 拳を掲げるエドワードに、ユフィーリアは今回の作戦を説明する。



「いいかお前ら、あの大っきいワンちゃんを口説くことが出来るか? 相手は恋煩いに悩む乙女だぞ、今更乗り換えることなんて出来る訳がねえんだよ」


「恋するとその人にしか眼中にないって言うものネ♪」


「さすがアイゼ、分かっていらっしゃる」



 ユフィーリアは「そこで」と言葉を続け、



「路線変更だ。今回のお願いは初恋の上書きだ、どうにかこうにかキャンディーちゃんに相手を諦めてもらう必要がある。あるだろ手っ取り早い方法が」


「まさか、ユフィーリア……!!」



 戦慄するショウに、ユフィーリアは悪い笑みで言う。



「そうだ、初恋の相手とやらに振ってもらえばいい。いわば失恋させりゃいいんだよ」



 病状はさらに悪化しそうなものだが、確実な方法はこれしかないだろう。あとはユフィーリアが魔眼を使って初恋の記憶を消してしまえばいい。元通りとは言わないが、ルージュのお願いは十分すぎるほど叶えられている。

 もう本当に申し訳ないが、こんな悪どい作戦しか思いつかないほど追い詰められていることも分かってほしい。恋心を抱く乙女をどうにか出来るほど問題児に恋愛スキルはないのだ。


 エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウも覚悟を決めたような表情で、



「もうそれしかないなら仕方がないねぇ」


「あんな大っきいワンちゃんの相手なんか務まらないもんね!! そっちの方がいいや!!」


「ケアはいくらでも出来そうだものネ♪」


「ユフィーリアの為なら犬になるぞ」


「頼りにしてるぞお前ら」



 さて、作戦も立てたことだしもういいだろうか。



「あのー、ルージュさんや。ちょっといい?」


「何ですの今度は」


「キャンディーちゃん、撫でさせてもらってもいい? ほらこんなでっかいワンちゃん初めてだし」



 普段は問題行動をしてばかりの馬鹿野郎でも、無類の動物好きである。ユフィーリアも犬が好きだし、これほど大きな犬は初めてなのだ。相手が冥府の番犬として恐れられるケルベロスだったとしても撫でたい衝動はある。

 エドワードも珍しく銀灰色の双眸に期待の光を宿し、ハルアとショウは今にも飛びつきそうなほど興奮している。アイゼルネはいつかの為に用意されていた犬用のおやつを準備していた。問題児全員揃ってキャンディーちゃんに興味津々である。


 ルージュはやれやれとばかりに肩を竦めると、



「毛を引き抜くなどの乱暴なことをしなければよろしいですの」


「うひょー!!」


「やったー!!」


「大っきいワンちゃん!!」


「おやつはいるかしラ♪」


「もふもふ、もふもふ」



 飼い主から許可が出されたことが引き金となり、ユフィーリアたち問題児はキャンディーちゃんに突撃するのだった。

 ちなみにキャンディーちゃん、ルージュにちゃんと毎日手入れをされているのか毛皮はもっふもふで手触りがよかった。

《登場人物》


【ユフィーリア】ケルベロスを冥府以外で見たのは初めて。まさか子犬が産まれているとは思わなかった。ケルベロスについて知っていることは色々あるが、とりあえず子守唄で眠るのか試したい。

【エドワード】ケルベロスは冥府の番犬だと知っていたのだが、地上で見たのは初めて。たとえ相手が3つの首を持っていようが犬なら可愛い。

【ハルア】こんなにおっきい犬は見たことないよ!!

【アイゼルネ】ケルベロスといえば冥府の番犬の印象だが、ルージュに甘え倒しているのが驚き。ケルベロスは人間に懐くのネ♪

【ショウ】ケルベロスについての伝説は元の世界のおかげで色々と知っている。交代で眠るという話は本当なのだろうか。


【ルージュ】ケルベロスを手懐ける美魔女。犬も好きだが猫も好き。ケルベロスの子犬を貰った際はどうやって育てるべきか頭を抱えた。

【キャンディー】ルージュの愛犬。可愛がられて成長したが、繊細な心を持った乙女。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >どこからどう見ても、立派なケルベロスである。冗談じゃねえ。 初めて読んだ時、ビックリしました。 まさか、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ