第16話【異世界少年とお別れ】
『姉御、ご無事でしたか!!』
すっかり夜も明けてしまった晴れ空に安堵の声が響き渡る。
見れば、アドリア空賊団の飛空艇がシエルたちを抱えるショウとハルアめがけて飛んできていた。どうやらお迎えが来た様子である。
飛空艇の窓にへばりついて「だんちょー!!」「おねえちゃん、ぶじでよかったー」などと子供たちが甲高い声を上げていた。子供たちもシエルたちの存在が気になっていた様子である。
冥砲ルナ・フェルノの恩恵で空を飛ぶショウは、
「逃げていたんですね」
『エッダ王国の連中がヘンネ天空遺跡に入ってくのを見かけたんでさァ。言い付け通りに離脱したんだけど、やっぱり気になっちまってよ』
アドリア空賊団の飛空艇はゆっくりと高度を下げていき、
『まずは安全な地上に行きやしょうや。姉御たちはそこで離してくだせえ』
☆
そんな訳で無事にヘンネ天空遺跡からも脱出である。
「おねえちゃああああああああああああん!!」
「ぶじでよかったよおおおおおおああああ!!」
地上に着陸した飛空艇から子供たちが飛び出してくるなり、すでに縄を焼き切られて自由の身となったシエルに抱きつく。シエルも泣きじゃくる子供たちの頭を優しく撫でてやっていた。
シエルについていったアドリア空賊団の空賊たちも、仲間たちと熱い抱擁を交わしている。縛り首にされるかもしれないという恐怖と戦っていたのだろう。よくもまあ耐えられたものである。
シエルに抱きついていた子供たちは、
「おねえちゃん、おたからは?」
「あのおおきなおしろに、たくさんのおたからがあったんでしょ?」
「あー……それがねえ……」
シエルは困ったような表情で、
「なかったんだよ。ごめんね、またお宝は探し直しだ」
「そんなあ」
「ごはんがいっぱいたべられるかとおもったのにぃ」
「エッダ王国の連中が財宝を軒並み食い荒らしていきやがったのさ。まあ、肝心の連中は吹き飛んだけど」
シエルの若干恐れを成したような視線がショウとハルアに向けられる。
あの壮大な天空遺跡は影も形も見当たらないほど綺麗に爆発四散させ、エッダ王国の連中も海の藻屑ならぬ空の藻屑となって消えた。爆発させた下がちょうど冥府に繋がる巨大な穴なので、あの遺跡調査隊は可哀想だが冥府へ直行ぶらり旅である。
どうせ冥王第一補佐官として勤務するキクガが事情聴取と称してショウに連絡が来そうなものだが、そうなったらもう正直に事情を吐くしない。だって全面的に悪いのはエッダ王国ではないか。
ヘンネ天空遺跡にお宝がなかったことでガックリと肩を落とすアドリア空賊団の姿を見て、ハルアが「あ、そうだ!!」と衣嚢にしまい込んだものの存在を思い出す。
「シエルお姉さん、飛空艇に乗せてくれたお礼!!」
「お礼? いいんだよ、命を助けてもらったことでチャラさね」
「はい!!」
シエルの手にハルアが無理やり握らせたのは、大量の金貨である。中には宝石もちょっとだけ混ざっていた。
唐突な財宝の出現に固まるシエル。瞳を見開き、まるで石像のように固まった姿は滑稽である。
そのままハルアは衣嚢を漁って、次々とヘンネ天空遺跡に隠されていた財宝を取り出す。金貨に銀貨、黄金の胸像や王冠や杖など大量の財宝を次から次へと地面に放っていき、最終的には財宝の山がシエルたちアドリア空賊団の目の前に築かれることとなった。
あんぐりと口を開けたシエルに、ハルアが満面の笑みで言う。
「お礼だよ!!」
「こ、こんな財宝の山をどこで……!?」
「ヘンネ天空遺跡の地下で見つけたの!! 全部持ってきたから半分だけどあげるね!!」
「これで半分!?」
目の前にうず高く積まれた財宝の山に、シエルが驚きの声を上げる。一生遊んで暮らせるような財宝を目の前に出されて「まだ半分」と言われれば、それはもう目を疑いたくなるものである。
「よかったね、シエルお姉さん。これでアドリア空賊団も安泰だね!!」
「…………ああ、そうさね」
シエルは快活な笑みを見せると、
「ハルア、そしてショウ。お前たちは突拍子のないことをしてくる連中だけど、本当に助かった。礼を言うよ」
「こっちもヘンネ天空遺跡まで付き合ってくれてありがとう!!」
「おかげで宝石も無事に返すことが出来ました」
宝石を無事に返すことが出来たので、おそらくユフィーリアたちも目覚めている頃合いだ。このあとの展開が非常に怖いのだが、誠心誠意、謝って許してもらおう。
肝心の宝石はハルアの持つ花束の戦鎚に早変わりしてしまったのだが、あの不思議な女性が「大切に使ってください」と言ってきたのでもらってもいいものだろう。ショウは使えないがハルアなら使えそうである。
ショウはハルアを冥砲ルナ・フェルノに乗せて、
「では、俺たちは帰ります」
「ばいばーい!!」
シエルたちアドリア空賊団に手を振って、ショウとハルアは大空に飛び立つ。
急いで帰らなければユフィーリアたちが起きてしまう。まだ目覚める時間帯ではなさそうだから、急いでヴァラール魔法学院に戻れば誤魔化せそうだ。財宝に関しては学院長のへそくりをかっぱらってきたと言い訳すればいい。
風を切って空を飛ぶショウの耳に、聞き慣れた音が飛び込んできた。
――ピリリリリリリリ、ピリリリリリリリ。
音の発生源はメイド服の衣嚢からである。
「あ、父さんだ」
「ショウちゃんパパ!?」
通信魔法専用端末『魔フォーン』の画面に表示されていたのは、父親であるアズマ・キクガだ。冥砲ルナ・フェルノで冥府の空に風穴を開けたことに対する説明を求められるのだろうか。
これに関しては本当に悪くはない。悪いのはトンデモな魔法を開発したクソエルフと小太り軍人閣下の集団である。キクガだってきっと分かってくれるはずだ。
ショウは魔フォーンの画面に触れると、
「もしもし」
『ショウかね? 早起きな様子だが』
「おはよう、父さん」
『はい、おはよう。挨拶が出来て何よりな訳だが』
魔フォーンから流れてくる父親の声は穏やかである。
『ところで、冥府の空に風穴が開いててんてこ舞いな状態なのだが』
「父さん、これには深い事情があってだな」
『君のことだ、またユフィーリア君関連のことだろう。冥府の空に風穴を開けたことに関しては何も言わない。下手人が冥府に落ちてきてくれたので、こちらとしてもとっとと裁けるから私としては問題はない』
深く追求はしてくれないようである。
ショウとハルアは父親の穏やかな声を聞いて安堵の息を漏らした。ユフィーリアたちには怒られる可能性があるので覚悟をしておかなければならないのだが、父親にも怒られるとなるともう心が折れる。
優しい父親で安心である。これなら何とか誤魔化しが通用するかもしれない。
『ショウ、そしてハルア君』
「何だ、父さん?」
「何!?」
『ユフィーリア君に黙って遠方に外出とは感心しない。大勢を心配させることになる訳だが』
それまで父親の穏やかだった声が、徐々に冷たさを帯びていく。何故だろう、目の前に父親がいないはずなのに容赦のない重圧がのしかかってくる。
ダラダラと冷や汗を噴き出すショウとハルア。「これには深い事情があって」という言い訳に対しても、父親は笑顔で「問答無用だ」と言い渡すに違いない。
キクガは見た目だけは穏やかな口調で、
『何をしていたのかこれから台帳を確認する訳だが、まずは何にせよ相談するのが先決ではなかったのかね。子供だけで深夜に大冒険はさすがにお説教せざるを得ない訳だが』
「あの父さん、これには深い事情があって」
『事情? 君の口から珍しく言い訳が出てくる訳だが、ショウ』
「ぴい……」
ショウの口から甲高い悲鳴が漏れた。これは言い訳なんて通用しない。
同時にハルアも冥砲ルナ・フェルノにしがみついてガタガタと震えていた。琥珀色の瞳に涙まで溜めている始末である。説教の気配に恐怖を感じている様子だった。
魔フォーンから漏れ出る底冷えのするような重圧が怖くて涙を滲ませるショウとハルアに、キクガは『ははは』と笑い飛ばした。
『安心しなさい、私から説教をすることはない。何せ君たちは仕方がなかった訳だが』
「ほえ……」
「はうあ……?」
ショウとハルアの口から変な声が漏れてしまう。魔フォーンから聞こえてくる父親の声は、素の穏やかなものに戻っていた。
『宝石の事情に巻き込まれたことは、こればかりは仕方がない。君たちはよく頑張ったとも、そこは褒められるべきだとは思うがね』
「父さん……」
「ショウちゃんパパ……」
『もちろん、何も言わずに出てきてしまったことは反省すべき点な訳だが。さらに空賊を勝手に脱獄させてしまうのも、これはあまり歓迎できる状況ではない。ちゃんと謝るように』
「はい……」
「ごめんなさい……」
正論で諭されて、ショウとハルアはしょんぼりと肩を落とす。
悪いことをしてしまったのは事実なので、そこはしっかりと反省するべきだ。せっかく捕まえた空賊を逃がし、何も言わずに出てきてしまったのだから怒られて然るべきである。
キクガは『よろしい』と頷き、
『ではユフィーリア君、あとは頼んだ』
「え?」
「は?」
驚くショウの後ろから、黒い長手袋に覆われた指先が伸びて魔フォーンの画面に触れる。通信魔法が切断され、それから父親の声が聞こえなくなってしまった。
石像よろしく固まるショウの背中に、2つの膨らみが押しつけられている。本来なら喜べる状況なのに、どうしてか今は冷や汗が止まらない。ついでに寒さも止まらない。
黒い長手袋で覆われた指先が、ショウの頬を撫でる。その優しい手つきに恐怖を覚える日が来るとは初めてだった。
「よう、ショウ坊。こんなところまで冥砲ルナ・フェルノでドライブしてたのか? アタシを誘ってくれないなんて悲しいな」
振り返ると、満面の笑みを浮かべるユフィーリアがそこにいた。
浮遊魔法で飛んできたのか、彼女はふわふわと虚空を漂っている。その格好はいつもの袖のない黒装束で、雪の結晶が刻まれた煙管を咥えてニコニコと微笑んでいた。
ショウは急いで冥砲ルナ・フェルノで逃げようとするが、
「探し物はこちらですかぁ?」
「ハルさん……!!」
いつのまにいたのか、冥砲ルナ・フェルノにはエドワードが座っていた。彼の腕はハルアの首に巻き付けられ、見事にヘッドロックを決められてハルアは白目を剥いている。尊い犠牲が出てしまった。
正しく四面楚歌の状態だ。頼れる先輩はすでに意識を刈り取られ、残るはショウだけである。
ユフィーリアはショウに向かって朗らかに微笑むと、
「宝石の正体が『森の乙女の涙』だったってのも、その呪いが発動しちまってアタシらが人質に取られたことも、それを助けようとして冒険してたのも、まあ事情は分かる。この辺りは親父さんが教えてくれてな」
恐ろしいほど冷気を発するユフィーリアは、
「でもな、行き先を告げずに出かけるのはどうかな。おかげで随分と探し回ったんだぞ?」
「ご、ごめ……」
「あとせっかく捕らえていた空賊を逃がすのもどうだったんだ? アドリア空賊団がそこまで悪い連中じゃなかったからよかったけど、世の中には善意につけ込む連中も多いんだからな」
「あ、あう……」
最愛の旦那様を心配させてしまい、罪悪感に瞳を潤ませるショウにユフィーリアが罰を下す。
「当面の間、2人だけで外出は禁止な。おつかいもエドの監視をつけます」
「ご、ごめんなさいユフィーリアああああ!!」
ショウの謝罪の言葉が、朝の空に響き渡るのだった。
《登場人物》
【ショウ】当面の間、ハルアと一緒に外出が禁じられて涙目。それ以上にユフィーリアから嫌われるのではないかと思って必死に謝った。
【ハルア】後ろからエドワードに襲い掛かられて外出禁止を言い渡されたことに気づいていない。財宝を他人に分け与えるだけの気概はある器のデカい兄ちゃん。
【シエル】もらった財宝を換金して空賊団の連中に贅沢をさせてやった。子供たちに美味しいご飯が食べさせられるのでハルアとショウには感謝している。
【ユフィーリア】朝起きたらショウとハルアがいないので学院中を探し回った。探査魔法をかけたら学院からかなり離れた場所にいたのでびっくり。
【エドワード】ショウとハルアがいないと騒ぐユフィーリアに叩き起こされ、一緒に探す羽目になる。怒らせると割と暴力に走りがち。
【アイゼルネ】お留守番。
【キクガ】台帳でショウとハルアの行動を読み、ユフィーリアとエドワードに情状酌量の余地を求めた。でも息子が無断で遠方に外出をした時は気が気ではなかった。このあと冥府に落ちてきたエッダ王国の連中は刑場に叩き込む。