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第15話【異世界少年と破壊】

 たっぷりプロレス技15連発を味わってもらってから、ようやくショウはエルフ魔法使いと小太り軍人を解放した。



「口ほどにもないですね」


「お、おのれェ……!!」



 地面に倒れ伏したナルーセルは、憎悪に満ちた眼差しで睨みつけてくる。


 魔法の腕前は飛び抜けているのだろうが、プロレス技15連発を披露している時に抵抗して抜け出せればショウもそれ相応の対処をしたものである。ロメロスペシャルとキャメルクラッチ、逆サソリ固めなどを食らっておきながら悲鳴を上げるしか出来ないとは、応用力は落第点である。

 小太り軍人閣下は泡を吹いて気絶しているので、まだエルフ魔法使いのナルーセルの方が根性はある。その執念だけは褒めるべき部分だ。


 ガクガクと生まれたての子鹿のように膝を震えさせながら立ち上がったナルーセルは、



「この私を怒らせたことを後悔するといい……!!」



 天球儀を据えた長杖ロッドを掲げると、天球儀の中心で輝いていた青色の球体が強い光を放つ。

 強烈な光が室内を満たすと同時に、強い風が吹き荒れた。光と風の攻撃にショウは眉根を寄せるが、こんなものは相手にとって序の口だろう。


 ナルーセルは引き裂くように笑うと、



「これでも食らうがいい!!」



 勝利を確信した様子で魔法を発動しようとするのだが、



「発動までが遅いんですよね」



 ショウはくるくると指先で自分の髪をいじる。室内に強風が吹き荒れたせいか、せっかくまとめた自慢の黒髪が乱れてしまっていた。


 いいや、それよりも。

 魔法を発動するまでの時間が遅すぎるのだ。最愛にして最高、そして最強の旦那様であるユフィーリアならくしゃみと同時に相手の尻へ氷柱を3本ぐらい捻じ込むことが出来る。欠伸をしながら3つの魔法を同時進行してしまうほどの魔法の天才に、このど腐れエルフが勝てる訳ないのだ。


 さて、そんな思い上がりも甚だしいエルフ野郎にお仕置きである。



冥砲めいほうルナ・フェルノでどーん!!」


「ぐっはあ!?」



 横合いから冥砲ルナ・フェルノに乗ったハルアがナルーセルに突っ込み、その衝撃に耐えられなかったクソエルフ野郎がものの見事に吹き飛ばされる。一体どれほどの速度で突っ込んだのか、吹き飛ばされたナルーセルは壁をぶち破って姿を消した。壁に人型の穴が開いてしまったのは、もう漫画みたいな展開である。

 狂気的な笑顔を保ったままのハルアは、ナルーセルが開けた壁の穴を眺めて「凄えや!!」などと感想を叫んでいた。あそこまで綺麗に穴が開けられるのは正直凄いと思う。


 冥砲ルナ・フェルノから降りたハルアは、



「ショウちゃん、どうする? もうあの宝石ないけど」


「大丈夫だ、ハルさん」



 ショウは朗らかな笑顔を頼れる先輩に向けると、



「冥砲ルナ・フェルノさえあれば問題はない。ちょっとあのナルシストさんを冥府まで旅行させてくる」


「凄えや、単純に『殺す』っていう言葉がここまで言い換えられるんだね」



 ハルアが感心したように言うと同時に、人型の壁穴からナルーセルがボロボロの状態で顔を出した。

 金色の髪は乱れに乱れ、頬や長衣ローブには土埃が付着してしまっている。血走った眼球で冥砲ルナ・フェルノの側に控えるショウを睨みつけると、天球儀が据えられた魔法の杖を突き出してきた。


 ピカピカと天球儀の中心に浮かぶ青色の球体が輝いたと思えば、拳大の火球が襲いかかってくる。踊るように火球を回避すれば、反対側の壁に大きな穴が開いた。



「おやまあ、その程度ですか?」


「小僧め、余裕の態度も今のうちだ!!」



 ナルーセルが天球儀の杖を握り直し、何やら詠唱をし始める。


 経験は少ないので何とも言えないのだが、詠唱のある魔法はとんでもない予感がしてならない。視線をショウから外すことなく詠唱を続けるナルーセルの今の姿は、呪いをかけているようにしか見えない。

 この室内という限られた空間で大規模な魔法を発動されてしまうと、シエルたちアドリア空賊団に迷惑がかかってしまう。こんな場所で見捨てるほど、ショウの根性も腐っていないのだ。


 なので、



「ルナ・フェルノ」



 ショウが右手を掲げれば、歪んだ白い三日月に炎の矢がつがえられる。

 ごうごうと燃え盛る炎の矢は、ナルーセルではなく誰も被害が及ばなさそうな壁に向けられていた。その場にいる誰もが我が目を疑ったことだろう。


 何をするのかと問われれば答えは簡単だ、ただ壁をぶち破るだけである。



「放て」



 つがえられた炎の矢が放たれて、壁に巨大な穴を開ける。しかも壁の向こう側には別の部屋があり、その部屋の壁さえもぶち抜いて風穴を作ってしまった。

 そのままヘンネ天空遺跡の外側まで壁の穴は続き、冷たい風が流れ込んでくる。唖然とするナルーセルは詠唱を唱える行為を中断してしまい、せっかく発動しかけていた魔法が霧散して消えていた。


 ショウはナルーセルの金色の髪を引っ掴むと、



「え? 命綱なしのスカイダイビングがしたいって? 仕方がないですね、俺が責任を持って貴方を高高度から叩き落としてあげますね」


「やめッ、馬鹿野郎痛い痛い痛い!!」



 ナルーセルが悲鳴を上げるのも気にせず、ショウは暴れるエルフ野郎の髪の毛を引っ掴んで壁の穴からヘンネ天空遺跡の外に飛び出す。


 時間もいくらか進んでいるのか、紺碧の空が明るくなっていた。山の向こう側から朝日のようなものが見え隠れしているので、もうすぐ夜が明けるのだろう。夏場は夜の時間帯が短い。

 ふわふわと冥砲ルナ・フェルノで大空を自由自在に舞うショウは、清々しい笑顔で「いやー、凄いですねぇ」と言う。眼下には森林を焼き、山岳を崩し、地面に作られた巨大なクレーターがある。ナルーセルが開発したらしい『破滅呪星カタストロフ』と呼ばれる魔法がもたらした影響だ。


 この壮大な光景を見ても、なお生温いと思えてしまうのは同じようなことが出来るからか。



「奇遇ですね、俺も同じことが出来るんですよ。いや、むしろ俺の方がちょっと凄いかな?」


「何だとッ」


「だってクレーターですよ? 開いていないですよね、穴が」



 ショウは掴んでいたナルーセルの髪を解放する。


 空中に投げ出されるナルーセル。表情が引き攣った彼はすぐさま浮遊魔法を発動させようとするのだが、発動させるまでの時間が遅すぎるのだ。空中から突き落とされることを想定しなければならないのに。

 すでに冥砲ルナ・フェルノには炎の矢がつがえられており、狙いもバッチリ定まっていた。ギリギリと炎の矢は引き絞られて、クレーターめがけて落下していくナルーセルを射止めんとする。


 ショウは親指と人差し指で拳銃を作ると、



「ばーん」



 その合図と共に、冥砲ルナ・フェルノにつがえられた矢が射出される。



 ――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッ!!!!



 明け方の空に響き渡る爆発音。


 冥砲ルナ・フェルノの矢はナルーセルを巻き込んで地面に着弾すると、巨大な穴ぼこを開けた。クレーターと同じ大きさの穴である。

 いくら強大な魔法でも、高火力を誇る冥砲ルナ・フェルノには敵わなかったようだ。あれで自慢できるとは片腹痛い。


 ショウは「あ」と呟くと、



「父さんにまた怒られてしまう……」



 冥府で働く父親からの説教を想像して、しょんぼりと肩を落とすのだった。



 ☆



 ヘンネ天空遺跡に凱旋すると、シエルを人質に取った小太り軍人閣下とハルアが睨み合っている光景に出くわした。



「何をしているんだ?」


「ショウちゃん!!」



 ハルアは救世主が来たと言わんばかりに振り返り、



「あのね、宝石はもうないって言ったらシエルお姉さんが人質に取られちゃった」


「えー……」



 ショウは小太り軍人閣下を見やる。


 目を血走らせ、ギリギリと歯軋りをする軍人閣下殿は縄で縛られて抵抗できないシエルのこめかみに銃火器を突きつけていた。銃の形をした魔法兵器エクスマキナだろう。あれで頭を吹き飛ばされれば、さしものシエルとてただでは済まない。

 ただ、本当に宝石はないのだ。もうあの知らない女の人に返却してしまい、肝心の宝石はハルアが担いでいる花束の戦鎚に早変わりしてしまった。納得できないのであれば別の魔石をご用意するしかない。


 シエルを人質に取る軍人閣下殿は、



「嘘を吐いても無駄だ、早く出せ!!」


「だからないって言ったじゃん!!」


「そこのメイドの小僧が持っているかもしれんだろう!!」


「ショウちゃんも持ってないってば!!」



 ハルアは持っていないことを主張するも、小太り軍人閣下は「黙れ!!」と激昂してくる。可哀想になるぐらい現実を見ることが出来ていない。



「ショウちゃん、どうしようか!!」


「こうも話を聞いてくれないとなると……」



 ハルアもショウも困惑するしかない。


 錯乱している状態なので適当な宝石を握らせれば満足するだろうが、その適当な宝石というものに心当たりがない。魔石や宝石の類は珍しいのだ。

 かと言って、あの小太り軍人閣下にヘンネ天空遺跡の地下空間で見かけた財宝を分けてやるのも癪である。絶対に嫌なことにしか使わないのは目に見えている。


 考えること数秒、ショウの脳裏に妙案が閃く。



「そうだ、ハルさん。あれは?」


「あ、そうだね!!」



 ハルアはつなぎの衣嚢ポケットをゴソゴソと漁ると、手のひらに収まる程度の真っ赤な宝石を取り出した。鮮血を流し込んで結晶化したように毒々しい赤色をしており、表面はゴツゴツとしているので研磨されていない。

 道端に落ちていた綺麗な石と呼んでもいいのだが、副学院長から譲り受けた立派な魔石なのだ。しかも本人曰く「危険だから遊ぶ時は十分に気をつけるんスよ」と念押しされていたのだ。


 ハルアは赤い魔石を掲げ、



「おじちゃん、この魔石をあげるよ!! ウチの副学院長が持ってた魔石なんだ!!」


「だからシエルさんを解放してください。こちらの魔石を無料でお譲りしますので」



 魔石と人質の交換を申し出ると、軍人閣下殿は先程よりも耳を傾けてくれるようになった。たぷたぷの顎でショウとハルアの足元を示すと、



「そこに窪みがあるだろう」



 見れば、魔法式が刻み込まれた床の上に窪みを発見した。大きさは合わないだろうが、無理やり嵌め込めば機能しそうである。


 ハルアが窪みに赤い魔石を設置すると、魔法式で構成された円環がふわりと浮かび上がる。先程の破壊魔法『破滅呪星カタストロフ』が展開される時と同じだ。

 軍人閣下は『破滅呪星』の魔法が展開されていく様を、涎を垂らしながら眺めていた。いつのまにかシエルは解放されており、絶望したような表情でくるくると天球儀のように回る円環を見つめている。


 ショウは冥砲ルナ・フェルノにハルアを乗せて、



「シエルさんたちは申し訳ないですが、炎腕えんわんによる補助席となります。安全に地上まで送り届けますね」


「え、はッ!?」



 絶望したような表情で魔法が展開されていく様を眺めていたシエルたちアドリア空賊団の面々を炎腕で引っ掴み、ショウは壁に開けた風穴から外の世界へと脱出する。

 炎腕によって宙ぶらりんとなったアドリア空賊団の面々から悲鳴が上がるが、冥砲ルナ・フェルノに乗せることが出来る人数は限られてくる。せいぜいでも2人が限界なのだ。そうなると、もう冥砲ルナ・フェルノから伸びる炎腕に捕まって宙ぶらりんの状態にするしかない。


 宙ぶらりんにされたシエルは、



破滅呪星カタストロフを発動させちゃまずいだろう!?」


「発動できませんよ」



 ショウは首を横に振って否定し、



「あの魔石、リコリスの糞なんです」


「え?」


「高濃度の魔力が溜め込まれている魔石ではあるんですけど欠陥品でして、あれを用いて魔法を使おうとすると爆発するんですよね」



 次の瞬間である。



 ――ちゅどーんッッ!!



 ヘンネ天空遺跡を吹き飛ばすほどの大爆発が起き、巨大な天空遺跡が一瞬にして瓦礫の山と化す。瓦礫がボロボロと崩れて、地面に開いた巨大な穴へと吸い込まれていった。

 瓦礫に混ざって人影のようなものまで見えるが、まあ全て冥府の法廷で言い訳をしてもらおう。ショウには助ける余裕なんてない。


 爆発によって呆気なく消し飛んだヘンネ天空遺跡を眺め、ハルアとショウは楽しそうに言う。



「凄えね、ウ○コ爆弾!!」


「ああ、確かにそうだな」


「お前たち、とんでもない子供だよ……」



 炎腕によって宙吊りにされるシエルは、畏怖の眼差しをショウとハルアに向けるのだった。

《登場人物》


【ショウ】実は『破滅呪星』よりも凄いことが出来ちゃう女装メイド少年。冥府の空をぶち抜いた回数はこれで3度目である。

【ハルア】割と副学院長から危険な魔法兵器や失敗作をもらったりする。今回の魔石も綺麗だったからもらっただけである。いつ全身が爆発四散してもおかしくない火薬庫状態だがへっちゃら。

【魔石】スカイが組んだ自立型の魔法兵器による老廃物の結晶。糞扱いで処理されるべき代物だが、高濃度の魔力が不安定な状態で凝固されているので魔法に使えば爆発が起きる。


【ナルーセル】魔法の才能があるエルフ魔法使い。ショウの地雷を全力で踏み抜き、そのまま冥府へ旅行させられた。

【小太り軍人閣下】エッダ王国の遺跡調査隊の総司令官。特に印象のないまま冥府へ旅行させられた。

【シエル】アドリア空賊団の団長。手を貸したショウとハルアがとんでもねー子供で戦慄。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >ロメロスペシャルとキャメルクラッチ、逆サソリ固めなどを食らっておきながら悲鳴を上げるしか出来ないと…
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