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第13話【異世界少年と返却】

 さて、財宝を獲得したら宝石の返却である。



「おおー」


「凄く大きいな……」



 地下階層から戻ってきたショウとハルアはヘンネ天空遺跡内を冒険し、そして中庭までやってきた。


 四方を建物に囲まれた中庭は植物に侵食される東屋や長椅子などが点在し、崩れ落ちた石の塔の素材が中庭の隅に積み重ねられている。地面は色とりどりの花で覆い尽くされており、中庭というより綺麗な花畑となっていた。

 そして中央にそびえ立つのが、太い石の塔を崩して天まで高く伸びる巨木である。元々中庭ではなく温室と呼ぶべき場所だったのか、石の塔はどうやら高い位置にある温室の天井を支える役目を負っていたようだ。その証拠に、巨木が硝子製の天井を突き破っているように見える。


 巨木を揃って見上げるショウとハルアは、



「さすがに木登りは出来ないな」


「出来ないね、引っ掛かりがないもん」



 手の届く範囲に足場となる枝がないので、これはさすがに木登りには適さない巨木である。冥砲ルナ・フェルノがあれば簡単にてっぺんまで登れるだろうが、それでは木登りの醍醐味が味わえない。

 木登りとは戦略である。どの枝を選べば頂上に到達できるか、という自然と自分の駆け引きのようなものだ。居心地の良い場所を発見できたら秘密基地にも出来るので、やはり木登りは魔法に頼らず自力でやるのが1番である。


 そんなことはさておいて、



「ハルさん、宝石を返しに行かないと」


「そうだった!!」



 目の前に広がる花畑のお花を摘んでいたハルアは、衣嚢ポケットに摘み取ったお花をズボッと突っ込む。「綺麗だから持って帰る」とハルアはお持ち帰りを宣言した。

 花畑を抜けた先には、埃っぽい階段が上層階めがけて伸びていた。螺旋階段とかではなくて普通に階段である。浪漫がない。


 薄暗い遺跡内をキョロキョロと見渡すショウは、



「一体どこに返したらいいのだろう」


「宝石に聞いてみた!?」


「それが、うんともすんとも言わなくなってしまったんだ」


「宝石って喋るの!?」


「ハルさん、そうじゃない。宝石が喋り始めたらさすがに怖い」



 ハルアへ静かにツッコミを入れるショウは、エプロンドレスの衣嚢から宝石が入った小さな箱を取り出す。

 箱の蓋を開ければ、青と翡翠色の宝石が天鵞絨張りの台座に嵌め込まれていた。ヘンネ天空遺跡まで案内してくれた光も大人しくなってしまい、今やただの宝石として箱の中に収納されている。


 カタカタと軽く箱を振ってみるも、宝石は反応を返さない。やはり遺跡内を自力で探せという思し召しなのだろう、不親切な宝石である。



「もうここら辺に捨てていく? ヘンネ天空遺跡まで返しにきたじゃん」


「あの大きな木にぶつけてみようか」


「いいね、オレやりたい!!」



 早くも宝石返却に飽きてきてしまっていたショウとハルアは、もう宝石を巨木に投げつけて返却したことにしようと画策する。返却先を示してくれないなら適当な場所に返すしかない。


 すると、どこからか飛んできたのか青と翡翠色の翅を持つ蝶がショウとハルアの目の前を優雅に飛んでいく。

 ひらひらと薄い翅を揺らして虚空を優雅に舞う蝶は、階段の先へと消えていった。非常に綺麗な蝶である。捕まえて標本にでもしたら記念品になりそうだ。


 ショウとハルアは互いの顔を見合わせて、



「あれ捕まえて標本にしたらさ、リタは喜ぶかな」


「喜んでくれると思う。ハルさん、熱心に標本の作り方を勉強していたから、きっと上手く標本にすることが出来る」


「じゃあ捕まえよう!!」


「捕まえちゃおう」



 ヴァラール魔法学院の数少ない友人に標本として贈るべく、ショウとハルアは蝶を追いかけて階段を駆け上がる。


 蝶はショウとハルアを待っていたかのように、留まっていた階段の手すりから飛び立って再び優雅にひらひらと舞う。ひらひらしているからか、手を伸ばしても指先をスルリと抜けてしまうので捕まえることが出来ない。

 自分の意思を持っているのではないかと思うほど蝶は捕まらず、ショウとハルアの手をすり抜けて飛んでいく。まるでどこかにショウとハルアを案内しているように遺跡内を飛び回るのだが、2人は蝶の思惑に気づくことなく捕獲に夢中だ。


 階段を駆け抜け、廊下を進み、再び階段を上る。徐々に天空遺跡の上層部に誘われているのだが、ショウとハルアは綺麗な蝶を捕まえることに目的が固定されてしまっている。



「捕まらない!!」


「蝶ってあんなにすばしっこかっただろうか……」



 ハルアは悔しがり、ショウは捕まらない蝶に疑問を持ち始める。


 ひらひらと舞う蝶は、突き当たりの廊下を曲がっていった。

 蝶の捕獲を目論むショウとハルアもまた蝶が進んだ方向を目指して曲がるのだが、その先に蝶はいなかった。忽然と姿を消していたのだ。


 代わりにあったのは巨大な扉である。遺跡のあちこちが植物に侵食されているのだが、その扉だけは苔も雑草も生えていない。綺麗な観音開き式の扉である。



「消えちゃった!!」


「あの扉の向こうだろうか」


「蝶って扉をすり抜けるっけ?」


「出来ないな……」



 蝶を追いかけて上層階までやってきてしまったショウとハルアは、簡単に触れてはならないような雰囲気のある扉の前に立つ。


 扉自体は近くで見ると錆や埃などが目立つのだが、植物の侵食がないので開くことが出来るのだろう。他の部屋の扉は木の根が扉の前に立ち塞がっていたり、取手に巻き付いていたり、部屋に侵入することを拒んでいるような気配さえあった。

 この扉にはそういったものがない。初めから歓迎されているようである。歓迎されているということは、非常に怪しいこと極まりないのだが。


 ショウはハルアの肩を掴み、



「ハルさん、嫌な予感はするか?」


「しないよ!!」



 自信を持って否定をするハルアは、



「行こっか、ショウちゃん」


「ああ」



 頼れる先輩に手を引かれ、ショウは扉の表面に手を乗せる。同じくハルアも手を扉の表面に乗せて、2人同時に扉を押した。

 ギィ、という蝶番が軋む音が耳朶に触れる。施錠すらされていなかった扉は簡単に開き、ショウとハルアをその向こう側に誘い込んできた。


 扉の向こうで待ち受けていたのは、



「おー」


「誰かの部屋だろうか」



 広い、あまりに広すぎる部屋を前にショウとハルアは感嘆の声を上げる。


 端から端まで十分に駆け回れるほど広い部屋には、年頃の少女が好みそうな調度品が埃を被った状態で放置されていた。可愛らしい意匠の衣装箪笥クローゼットや鏡台、本や筆記具が開かれたまま手も触れられずに置かれた机までそのままである。このままこの部屋で生活が出来そうな勢いだ。

 そして、随分と可愛らしい天蓋付きベッドまで置かれていた。カーテンは閉ざされているが、誰かが寝転がっている姿は確認できる。深夜という時間帯だからか、この部屋の主人も眠っているのか。


 ショウとハルアはベッドに歩み寄ると、



「おはようございまーす!!」


「宝石のお届けに参りました」



 遠慮なしにカーテンを開ける。



「うわ」


「これは酷い」



 そして開けて後悔した。


 何とこのベッドで眠っていたのは白骨肢体だったのだ。しかも全身を木の根で縛り付けられており、胸の前で手を組んだまま綺麗な骨の状態を晒し続けている。

 ベッドで眠っている間に拘束されて、そして死んでしまったのだろうか。随分と可哀想な最期である。こんな場所に1人で放置されて、この白骨死体の悲しみや恨みはどれほど深いだろうか。



「白骨死体だったな……」


「やべえとこ見ちゃったね。見なきゃよかった」


「これは埋めてあげた方がいいだろうか」


「どうせなら中庭に埋める?」



 早くも白骨死体の処理方法について話し合うショウとハルアは、白骨死体の胸の前で組まれた手に金属めいた輝きを発見する。


 よく見ると、親指に指輪をしていた。肉がないのでぶかぶかな状況となっており、かろうじて指先に引っ掛かっている程度のものである。錆びもなければ曇りもない、綺麗な黄金の指輪だ。

 ただし、その指輪には象徴となるべき宝石がなかった。かなり大粒の宝石を使用していたのか、指輪の宝石がはまる部分がやたら大きい。特殊な宝石を使っていたことは容易に想像できる。


 白骨死体の親指に引っ掛かっている黄金の指輪に視線を落としたショウは、



「あ」


「どうしたの、ショウちゃん!!」


「もしかしたらこの指輪に、この宝石が嵌め込まれるのかもしれない」



 ショウが示したのは、箱の中に収まる青と緑色の宝石である。指輪を飾る宝石として妥当な大きさだ。



「そうかもしれない!!」


「今の状態だと嵌めにくいから、少し外してからお返ししよう」


「そうだね!!」



 ショウは慎重な手つきで親指に引っ掛かる黄金の指輪を外す。指輪は簡単に抜けて、ショウの手の中に転がった。

 試しに宝石を指輪の台座に嵌め込むと、ピタリと一致する。やはりこの指輪の宝石で間違いはなさそうである。しっかりと宝石が嵌め込まれたことを確認してから、ショウは再び白骨死体へ指輪を嵌める。


 その時だ。



「わッ」


「わあ!?」



 ショウとハルアは揃って驚きの声を上げた。


 指輪を親指に嵌めた途端、白骨死体がザラザラと砂と化したのだ。こちらとしては指輪に宝石を嵌めて返却しただけなのだが、白骨自体が唐突に砂となるようなことはしていない。

 白骨死体だけが砂となり、残ったのは宝石が嵌め込まれた指輪だけである。白い砂の中に、あの宝石が嵌め込まれた指輪が埋もれていた。



「な、何が起きたんだ?」


「何だったんだろうね!!」



 ショウとハルアは首を傾げると、



「ありがとうございます」


「きゃあ!?」


「おぶえッ、ショウちゃんいきなり強烈なハグはきついッ!!」



 唐突にお礼を言われたものだから、ショウはハルアに強めの力で抱きついてしまった。おかげでハルアの口から「おえッ」という嗚咽が漏れる。



「本当にありがとう、貴方たちの大切な人を人質に取るような真似をしてごめんなさい」



 振り返った先にいたのは、半透明の女性である。その親指には青と翡翠色の宝石が煌めく指輪が嵌め込まれ、とても嬉しそうに微笑んでいた。

 翡翠色の長い髪と色鮮やかな青い瞳、緩やかに波打つ髪から白い薔薇などの色とりどりの花が咲いている。頭頂部をぐるりと巡るのは月桂樹の冠で、清楚な印象を与える白いドレスを身につけていた。ショウが夢で見た女性と同じである。


 半透明の女性は穏やかな声で、



「宝石を返してくれたお礼に、どうかお受け取りください。私の大切なものです」



 女性の白魚の如き指が、天蓋付きベッドを示す。


 そこには砂と化した白骨死体とその白い砂に埋もれる黄金の指輪があったのだが、女性の言葉と共に指輪が変貌を遂げる。

 青と翡翠色の光に包まれたかと思えば、見る間にその質量が増えていく。植物のようにぐんぐんと伸びていくと、先端が膨らんでから光が収まった。


 黄金の指輪が、何やら花束を先端に括り付けた杖のようなものに変わったのだ。先端の花束と杖は一体化しており、花束の部分には色とりどりの花が綺麗に咲いている。



「グランディオーソと言います。どうか末永く、大切に扱ってあげてください」



 女性はそう言い残して姿を消した。


 ショウとハルアは、グランディオーソと銘打たれた花束の杖に視線を落とす。

 杖と呼ぶにはあまりにも長い。ハルアが使う槍と同じぐらいに長いので、どちらかと言えば戦鎚と言った方がよさそうである。こんな戦鎚で殴られても多少痛いだけだと思うのだが。



「ショウちゃん、いる?」


「俺は冥砲ルナ・フェルノが同担拒否してるから……」



 ショウが足元を見やると、ちょっとだけ姿を覗かせていた炎腕がぶんぶんと手首を横に振っていた。「そんなものは必要ない」と言わんばかりの態度である。



「そっかぁ、じゃあオレが貰っていい?」


「ハルさんならちゃんと扱えそうだな」


「使い方は分かんないけど、多分使えるよ!!」



 話し合いの末、花束の戦鎚はハルアの手に渡った。たくさんの武器を持っているハルアなら、きっと上手に扱うはずである。

 花束の戦鎚をヒョイと持ち上げたハルアは、軽々と肩に担ぐ。戦鎚の見た目がメルヘンチックだからか、どこか武器には見えない。


 さて、これで用事は終わりだ。宝石は返却したし、女性も満足した様子なので誰も文句はないはずである。



「帰ろっか、ショウちゃん」


「そうだな」



 ヘンネ天空遺跡での用事を早々に済ませたショウとハルアは、元来た道を辿り始めたのだった。

《登場人物》


【ショウ】借りたものはちゃんと返すという常識はある女装メイド少年。返却期日を把握し、返却期限の前日までには余裕を持って返す。

【ハルア】借りたものはちゃんと返すという常識はあれど、借りたものの存在を忘れる馬鹿タレ。返却期日を忘れるか、返却するべきものを忘れるかの2択。最近ではショウが把握してくれているので、返し忘れはない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です。 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 遺跡の細部に至るまでの描写がすごく精巧で、幻想的な風景が目に浮かぶようで素敵です。ファンタジックな背景や世界…
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