第12話【異世界少年と財宝の山】
そんな訳でシエル団長から正座で説教である。
「いいかい、お前たち。遺跡の探索で最も重要なのは『慎重さ』さね。扉を開けたら即死級の罠が待ち受けているかもしれなかったんだよ」
「嫌な予感はしなかったから蹴飛ばしたんだけど!!」
「そういう第六感に任せた行動は今すぐ止めな!! 命取りになるさね!!」
ショウとハルアは並んでシエルからありがたいお説教を受けていた。
遺跡などの探索で最も重要なのは慎重さであり、下手をすれば即死級の罠が扉を開けた途端に発動してもおかしくない状況だった。特にヘンネ天空遺跡はまだ情報が世の中に出回っていない神秘的な場所なので、どんな罠が発動するのか不明なままだ。
こういった場所に不慣れなショウは、もしかしたら死んでしまっていた可能性がある。何と言うことだ、ヴァラール魔法学院の用務員から父親の元で冥府の役人として働くことになってしまう。強制的な転職活動は御免だ。
ハルアは不満げに唇を尖らせると、
「オレ、この生き方しか分からないから知らないもん」
「お前はいいかもしれないさね、お前はな」
シエルはハルアの隣に並ぶショウを顎で示すと、
「お前は後輩を見殺しにしたいのかい? 随分と薄情な先輩じゃないかい」
「そんなことないよショウちゃんごめんね!? オレ直すね!?」
「ハルさん、気にしないでくれ。俺も一緒になって蹴飛ばしてしまったのだからグエエ」
シエルに事実を突きつけられ、ハルアが目にも止まらぬ速さでショウに抱きついてきた。優しい先輩なのだが、力加減が出来ていないのか背骨を折る勢いで強く抱きしめてくるのはさすがにショウでも堪えた。このままでは全身を締め上げられて魂が抜け出てしまう。
綺麗な川が見えつつあるショウは、腹に顔を押し付けてくる先輩の背中をポンポンと叩いて宥めてやる。遺跡の危険性を説いてくれたシエルには感謝しているが、ハルアに締め上げられて死んだら枕元に立ってやろうかなと画策するぐらいには多少の恨みもあった。
すると、一足お先にヘンネ天空遺跡を調べていたアドリア空賊団の大人組が「姉御!!」と駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「ダメでさァ、どこもかしこもすっからかんですぜ」
首を横に振って戦果を報告する大人組に、シエルは苦い表情を見せる。
エッダ王国の遺跡調査隊とやらの根城になっているだけあってか、すでに食い荒らされたあとだったようだ。
大人組総出でヘンネ天空遺跡の部屋をあちこち見て回るも、やはりお目当てだった金銀財宝はどこにもないらしい。近くの部屋に金銀財宝がないだけで、これだけ巨大な天空遺跡なのだからどこか金銀財宝は別の場所に移されていることも考えられる。不安げな子供たちに「心配すんなよ」「大丈夫だって」と声をかけてから、飛空艇に引っ込む。
何をするのかと思えば、飛空艇から戻ってきた大人組は大量の荷物を詰め込んだ背嚢を装備して出てきた。遺跡を探索する気満々の装備だ。
「何人かはここに残りな。チビたちのことを頼んだよ、何かあれば飛空艇を出発して離脱するんだよ。アタイらのことは気にするんじゃない」
「了解でさァ」
「お気をつけてくだせえ、姉御」
数名の大人組と、不安げな眼差しを投げかけてくる子供たちがシエルたちに手を振って送り出す。子供たちはどれだけせがんでも遺跡の中を探索することが出来ないのでもどかしい思いをしているはずだ。
「ヴァラール魔法学院のお前たちも、ここでお別れさね」
「うん、ここまで連れてきてくれてありがとう!!」
「ありがとうございました」
ショウとハルアもシエルたちに別れを告げ、彼女たちはヘンネ天空遺跡の内部に足を踏み入れる。会話が建物内に反響していたが、暗闇の中にシエルたちの背中が消えていくと徐々に会話も聞こえなくなっていく。
彼女たちの目的はヘンネ天空遺跡に眠る金銀財宝の山で、ショウとハルアを乗せてくれたのは利害が一致したからだ。ヘンネ天空遺跡まで来ることが出来れば用事はないということだろう。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、
「行こうか、ショウちゃん」
「ああ、ハルさん」
それからその場に残ったアドリア空賊団の面々に振り返ると、
「飛空艇に乗せてくれてありがとう!!」
「助かりました、ありがとうございます」
「兄ちゃんたち、気をつけるんだぞ。遺跡は何があるか分からねえからな」
「げんきでねー」
アドリア空賊団の面々に見送られながら、ショウとハルアはヘンネ天空遺跡の建物内に足を踏み入れた。
☆
ヘンネ天空遺跡は、遺跡というより城という雰囲気である。
壁には抽象画のようなものが飾られており、太い柱が何本も高い天井を支えている。硝子絵図が嵌め込まれた窓は壮観の一言に尽き、玄関口の奥には大階段が伸びて2階に繋がっている模様だ。
ぐるりと周囲を見渡すと、あちこちで道の存在を確認できた。これではどこに向かって進んでいいのか分からない。
ショウはハルアの着ているつなぎの袖を引っ張ると、
「ハルさん、どこに進んだらいいのか分かるか?」
「こっち!!」
ハルアが示したのは大階段の裏側にある廊下だった。その廊下の先には地下に向かう階段が伸びており、明かりもなく目の前すら認識できない闇が蟠っている。
明らかに怪しい道である。明かりもないので非常に危険であり、階段を転げ落ちたら二度とヘンネ天空遺跡から出ることが出来なくなりそうな気配がある。
ショウは緩やかに首を横に振ると、
「あそこの道はダメな気がするんだ、ハルさん。きっと危ない」
「ううん、ショウちゃん!!」
ハルアは自信を持ってショウの言葉を否定すると、
「あっちはね、いい予感なの!!」
「いい予感?」
「うん、いい予感!!」
ハルアの言う「嫌な予感」は最悪の展開を招くが、いい予感というのは初めて聞いた。何か違うのだろうか。
ハルアはショウの手をおもむろに取ると、意気揚々といい予感がすると言った道を選んでしまう。怪しさ満点ではあるのだが、頼れる先輩が言うのだから心配はないはずだ。
薄暗い道に足を踏み入れると、視界を補佐する為に炎腕が壁から突き出て目の前を照らしてくれる。ゆらゆらと揺れる炎腕は特に何も示唆しておらず、危険であることは伝えてこない。彼のの言う通り危険なことはないのだろうか。
ショウはハルアに手を引かれながら狭い階段を下り、
「いい予感って、宝石を返す場所が分かったのか?」
「多分そうじゃないよ!!」
「そうじゃない?」
「その宝石の返す場所はもっと高い場所だと思う!! オレの勘だけどね!!」
ハルアはショウを転ばせないような力加減で手を引きつつ、
「でもせっかく来たならちょっと寄り道したいよね!!」
「確かに冒険はしたい」
ショウは真剣な表情で頷く。
空に浮かぶ遺跡なんて初体験である、ここはぜひとも冒険をしたいところだ。遺跡探索の知識など皆無だし慎重さの欠片もないのだが、どうせ来たなら見て回りたいものだ。
ユフィーリアやエドワード、アイゼルネといった問題児の大人組も絶対にその選択肢を取るはずである。何なら「アタシあっち行きたい、お前らついてこい」と先導するところまで想像できた。
ハルアは「でしょ!?」と言い、
「もし綺麗なものとか珍しいものとか見つけたら、ユーリたちにお土産で持って帰ってあげようか!!」
「そうだな、ハルさん。どうせならシエルさんたちと同じように金銀財宝がいいな」
「そうなったらユーリにどうやって言い訳をしようかな!?」
「学院長のへそくりにしておこう」
さて、言い訳の内容も考えたところで階段が途切れる。
炎腕が壁から突き出ているおかげで松明の代わりになっており、どこまでも伸びる道がとても明るく照らされている。天井付近には明かりの途切れた燭台が等間隔に設置されているものの、蝋燭自体に火が灯っていないので機能していない。炎腕の存在は偉大だ。
廊下はそこそこ狭いが、ハルアとショウが並んで歩ける程度には幅がある。石造の壁には苔が生えており、中には植物の根っこらしきものが突き出ている箇所も見受けられた。遺跡の中央にある巨木の根っこだろうか。
ハルアは「ショウちゃんは後ろね」とショウの前を進み、
「後ろからエッダ王国の兵隊さんが来たらオレにお知らせしてね」
「ああ、そうなったらハルさんを抱えて冥砲ルナ・フェルノで逃げるぞ」
「シクヨロ!!」
互いに逃走方法を確認したところで、ショウとハルアは縦に並んで狭い道を進んでいく。
狭い道に、ショウとハルアの2人分の足音がやたら大きく響く。互いの呼吸音どころか心臓の音まで聞こえてきそうなほど周辺は静かで、ヘンネ天空遺跡のどこかで騒ぐシエルたちのやり取りさえ聞こえてこない。
しばらく道を進んでいくと、
「あれ?」
「あれ!?」
2人揃って首を傾げる。
道の先は行き止まりとなっていた。何の変哲もない壁があるだけで、ボタンもなければ怪しいものも見当たらない。ただの苔むした壁がショウとハルアの行手を阻んでいた。
ここで行き止まりとは運がない。確かに危険なものはないが、かと言っていいものがあるような気配すらなかったのだ。壁から突き出た炎腕たちもガッカリしたように手首を垂らす。
ショウはハルアの手を引き、
「ハルさん、ここには何もないようだ。戻ろう」
「えー、あると思ったんだけどなあ」
ハルアは唇を尖らせて、
「ちくしょうめ!!」
ガッカリした気持ちを晴らすように、手近な壁をぶん殴る。
そのぶん殴った壁の一部分が埋没し、カチッという音を立てる。何かが起動した証拠である。
その直後、ゴゴゴゴという音が背後から聞こえてきた。
「わー!?」
「わあ!?」
振り返った先に広がっていた光景を目の当たりにして、ショウとハルアは目を剥いて驚きを露わにした。
行き止まりだった壁が割れて、その先にあった隠し部屋の存在が明らかになる。隠し部屋には山のように積まれた金貨や銀貨、宝石をあしらった王冠や杖、黄金で作られた誰かの胸像や煌びやかなドレスなど数多くの財宝が眠っていたのだ。
部屋の扉が開かれたことで、ショウとハルアの足元まで積み重ねられた金銀財宝の山が雪崩を起こしてくる。ドザザザザザッと迫ってきた黄金の波に、2人で思わず退いてしまった。
ヘンネ天空遺跡に眠っていた財宝とは、おそらくこれのことかもしれない。シエルたちの遺跡探索の目的を早くも終了させてしまった。
「ど、どうしようかハルさん」
「とりあえず全部持って行こうか」
ハルアは足元に転がってきた金貨を拾い上げて、
「シエルお姉さんたちと会ったら分けてあげようか」
「そうだな、ハルさん。宝石を返しにいく道すがら、もしかしたら会えるかもしれないしな」
ショウも「炎腕、手伝ってくれ」と炎腕に協力要請を出し、金銀財宝を拾い始める。ヘンネ天空遺跡に連れてきてくれたお礼なら、この金銀財宝で支払うだけで十分だろう。
《登場人物》
【ショウ】第六感が働かないので命が危ぶまれるところにはあまり行きたくないが、先輩が言うのでついて行っちゃう。冥砲ルナ・フェルノのおかげで度胸はついている。
【ハルア】第六感がアホほど働くので、危険な道やそうでない道なども分かる。くじ運もいい時はいい。
【シエル】一応、年長者として説教はした。第六感に頼る方法は自分でもやってしまうのだが、味方に迷惑をかけたくないので確実性を重視する。