第11話【異世界少年と天空遺跡】
それから何度か偵察隊として駆り出された。
「亀!!」
「目玉商品」
「またダメだ!!」
冥砲ルナ・フェルノにしがみつくハルアが「うがーッ!!」と頭を抱える。
きっかけは、ハルアが言い出した『すぐ負けるしりとり』である。
ルールは簡単で、最初にハルアが出したお題にショウが『ん』で終わる言葉を返せたら勝ちという内容だ。『ん』で終わる言葉を出すことによってすぐに負けるので『すぐ負けるしりとり』という名前がつけられた。
ショウは苦笑すると、
「ハルさん、交代するか?」
「まだやる!!」
諦め悪く次の言葉を考えるハルアに、ショウはやれやれと肩を竦めた。これでは永遠に先輩が負け続けるだけなのだが、果たしていいのだろうか。
「レンチ!!」
「チタン合金」
「きゃーッ!!」
一生懸命出したお題へ即座に回答をすると、再びハルアが悲鳴を上げた。甲高い絶叫が夜の世界に響き渡る。
そういえば空を飛び続けて随分と時間が経過したものだが、今はどの辺りを飛んでいるのだろうか。まさか1日がかりで到達できるような場所なのだろうか。
この世には転移魔法という非常に便利な魔法があるので遠方に行く際にはよく使われるのだが、転移魔法を使わずに南の森の奥地まで行ったら帰ってこれるか心配になる。止まった時間が動き始めてしまったら朝が来てしまい、朝が来るとユフィーリアたち大人組が目覚めてしまう。
そんなことを不安に思うショウに、横からハルアが「大丈夫?」と問いかけてくる。
「何かあった?」
「ちゃんとヴァラール魔法学院に帰れるか不安で」
「それならこれがあるよ!!」
ハルアはつなぎに縫い付けられた無数の衣嚢をゴソゴソと漁り、何か小さなものを取り出す。
それは方位磁石だった。しかも壊れているのか磁石の中で肝心の針が外れてしまっている状態である。あまりにも乱暴に扱った影響か、方位磁石の表面には亀裂が刻まれていた。
ハルアの手のひらに乗せられた方位磁石に視線を落としたショウは、何とも言えない表情で問いかける。
「ハルさん、これで方角は分かるか?」
「分かんないね!! 随分前にぶつけて壊しちゃった!!」
「捨てないのか?」
「ユーリがくれたから取ってあるの!!」
「それは捨てられないな」
ショウは真剣に頷いた。
最愛の旦那様であるユフィーリアからもらったものなら、たとえ壊れていても何にも勝る宝物である。ヘンネ天空遺跡の宝物など霞むことだろう。
ハルアは壊れた方位磁石を衣嚢にしまい込んで、
「あれ、どこにしまったっけな」
「何かあるのか?」
「何かね、前にユーリとエドと一緒に出かけた時に見つけたものがあるんだけど……」
ハルアは身体のあちこちにある衣嚢をゴソゴソと漁り、それから「あった!!」と自信満々に引っ張り出した。
先程の方位磁石とは違って、見た目は重厚な懐中時計のようである。魔法陣のようにも見て取れる幾何学模様が刻み込まれた蓋を開くと、針がくるくると回った状態の方位磁石とご対面を果たした。方位磁石の文字盤には星のような模様まで描かれており、かなり年季が入ったものだと理解できる。
ショウは針が当て所もなく回り続ける方位磁石を見下ろし、
「何か壊れているようにも見えるのだが」
「壊れてないよ、まだ行き先が決まっていないだけ!!」
ハルアは方位磁石を握りしめると、
「ヴァラール魔法学院までの帰り道!!」
方位磁石に行き先を告げた途端、それまでくるくると壊れたように回っていたはずの針がピタリと止まった。針の先端は突き進んでいる方向と反対を示しており、そこから動くことはない。
おそらく、これが帰り道だ。少しだけ方角からずれるとその分を修正してくれて、ちゃんと案内をしてくれる模様である。
ショウは「おおー」と感嘆の声を上げ、
「これは凄いな、壊れているのかと思ってしまった」
「でしょ!! 何かね、ユーリが言うには『星屑の羅針盤』っていう昔に作られた魔法兵器なんだって!!」
ハルアはそんな説明と共に、ショウヘ「はい」と方位磁石を突き出す。
「あげる、オレ方位磁石読めない」
「落としそうだからハルさんが持っていてくれないか?」
「それなら仕方がないね!!」
とんでもねーブツを普通に何の躊躇いもなく渡そうとしてきた先輩に、ショウはやんわりと断りを入れる。さすがにそんな歴史を感じさせる代物を簡単に贈られても扱いに困ってしまう。
ただ、帰る際はその方位磁石を使わせてもらった方がいいかもしれない。この広い世界を飛んで帰るには必要になる代物だ。ハルアが便利なものを持っていてよかった。
ゴソゴソと方位磁石を衣嚢へしまうハルアに、ショウは首を傾げた。
「神造兵器の他にも色々とあるのか?」
「副学院長が三徹して作った変な魔法兵器とか、あと学院長が酔っ払って作った呪符とか、ユーリが面白半分で作った鏡とか、ちゃんリリ先生がお祈りしてくれた十字架とか色々あるよ!!」
「七魔法王が大半関わっているではないか」
この世の神様よりも崇められていると言われる七魔法王による物品だったら、それはもうとびきり優秀だろう。
いや、優秀なのはリリアンティアがお祈りを捧げた十字架ぐらいのものだ。残りはガラクタと呼んでも差し支えはない。きっとハルアも面白そうだからという理由で貰ったに違いない。
その時だ。
「…………」
「どうしたんだ、ハルさん?」
ハルアが唐突に口を閉ざした。
眼下に広がるのは森と山ぐらいのもので、豊かな自然がどこまでも続いている。不思議なものは何も見当たらないし、周辺にはアドリア空賊団の飛空艇以外に飛んでいるものは存在しない。
それなのに、何故だろうか。どこからか地鳴りのような音が聞こえてくるのだ。
周囲を見渡すショウの視界に、ふと影が落ちる。薄暗くなる視界に異変を感じて空を見上げると、
「……ハルさん、あれ」
「ショウちゃん、凄えねあれ」
ショウとハルアは確かにそれを認識していた。
夜空に浮かぶ月を覆い隠すかのように、巨大な城のようなものが飛んでいるのだ。天を貫かんばかりに高い石の塔がいくつも連なり、様々な形の建物を適当に積み上げましたと言っているような異様な見た目である。
巨大な城は半球形の大地に乗せられて、空の高い位置をふわふわと風に流されていた。元々地面にあった城が土地ごと空中浮遊しているような気配がある。建物の表面は蔦などの植物で覆われており、ところどころから木の根っこのようなものまで突き出ていた。
そして何より特筆すべき点は、巨大な城の中心部分から生えた巨木だろうか。最も高い石の塔を破壊して突き出た巨木は、枝を大きく広げて空を覆い隠そうとしているようだ。土地そのものが空中浮遊しているので、大きく見えるだけかもしれない。
『何をしているんだい』
「シエルお姉さん!! あの城、空に浮かんでるよ!?」
『あそこがヘンネ天空遺跡さね。宝石の気配に釣られて引き寄せられてきたんだろうよ』
アドリア空賊団を乗せた飛空艇からシエルの声が聞こえてくる。拡声魔法を練り込んだ魔法兵器を搭載している、と何度目かの偵察の時に説明されたことを思い出した。
彼女が言うには、あれが目的地であるヘンネ天空遺跡なのか。南の森の奥地にあると言った割にはすぐに到着したような感覚だ。おそらく時間が止まっているから分からないだけで、実は相当な時間が流れているのかもしれない。考えたくない。
シエルたちアドリア空賊団を乗せた飛空艇は徐々に高度を上げていき、
『ついて来な、ここから正念場さね』
ハルアとショウは互いの顔を見合わせると、
「ハルさん、落ちないようにしっかり捕まっていてほしい」
「うん!!」
ハルアがしっかりと冥砲ルナ・フェルノにしがみついたところを確認してから、ショウは上昇していく飛空艇を追いかけた。
☆
ヘンネ天空遺跡の玄関口は意外にも広い。
ショウとハルア、そしてアドリア空賊団の面々が降り立った場所でまず出迎えてくれたのは、見上げるほど巨大な扉である。
扉の表面には絵柄のような模様が刻み込まれており、凸凹した溝に埃や砂が溜まってしまっている。扉の大きさに反してノッカーはあまりにも小さく、人間が使うことを想定されて作られている様子である。
シエルは扉を見上げると、
「ここがヘンネ天空遺跡……!!」
「あの、感動に打ち震えているところ悪いんですけど宝石を返してもらえませんか」
「おっと」
ショウが宝石の返却を要求すると、シエルは「ほら、受け取りな」と箱ごと宝石を返してくれた。目的地に到達したからか、宝石も光を発さずに大人しくなっている。
あとはこの宝石を返せば目標達成で、ユフィーリアたちも無事に解放される手筈となっている。ショウとハルアにとって重要視しているのはユフィーリアたちの解放である。ヘンネ天空遺跡とやらの財宝にもここを根城とした魔法の実験にも、2人揃って興味はないのだ。
宝石を入れた箱の蓋を丁寧に閉じてエプロンドレスの衣嚢にしまい込んだショウは、
「ハルさん、開きそうか?」
「ノックしても反応はなかったよ!!」
怖いもの知らずなハルアがノッカーを使って巨大な扉をガンガン叩いていたのだが、扉はうんともすんとも言わない。全く反応がない。
試しにショウも先輩がやっていた時と同じようにノッカーを使って扉を叩くのだが、やはり同じく反応がなかった。居留守を使われている気分である。
ムッと唇を尖らせるショウとハルアに、シエルが「そんなんじゃ開かないよ」などと言う。
「この扉には魔法がかけられているのさ、しかも高度なね」
何やらシエルが説明をしてくれているが、そんな言葉など無視してショウとハルアは扉から距離を取る。
「この魔法を解読するのには2日間ぐらいかかるかもしれないねェ、まあヘンネ天空遺跡に到着しちまえばこっちのモンさね」
ぐだぐだと何かシエルが言っているが、そんな話など聞いていないショウとハルアは扉めがけて走り出す。
「さあまずは周辺を捜索して扉を開ける為の暗号を」
「「ダブルラ○ダー・キーック!!」」
シエルが部下に指示を飛ばした直後、ショウとハルアによる助走をつけた飛び蹴りが扉に炸裂した。
扉自体には魔法がかけられて封鎖されていたのだろうが、飛び蹴りを受けたことで蝶番から破壊されて扉ごと吹き飛ばされる。盛大な破壊音を立てて部屋の奥までぶっ飛ばされた扉は、そのままバタンと床に倒れて砂埃を巻き上げた。
飛び蹴りで強行突破したショウとハルアは、シエルに振り返って清々しい笑顔で言い放つ。
「開きましたよ」
「開いたよ!!」
「何してくれてんだい、お前たち!?」
シエルが「そんなことをすれば遺跡に仕掛けられた罠とか発動するかもしれないだろう!!」と至極真っ当なことを叫ぶのだが、日頃から物を壊すことなんてよくある問題児の2人には全く響かない説教だった。
《登場人物》
【ショウ】ラ○ダーキックをハルアに教えた張本人。まさか出来るとは思わなかったので、次はどんな技を教えようか考え中。ゴムゴムとか教えたら出来そうな予感がして怖い。
【ハルア】ラ○ダーキックを教えられたので実現した。格好いいキックなので意外と気に入っている。運動神経の高さは折り紙付き。
【シエル】アドリア空賊団の団長。憧れのヘンネ天空遺跡にやってきて感動。数々の遺跡を探索してきたことがあるので、罠の解除法などノウハウを理解している。