表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
339/915

第10話【異世界少年と先輩の秘密】

 そんな訳で凱旋である。



「ただいま!!」


「ただいまです」



 何食わぬ顔でアドリア空賊団の飛空艇に帰還を果たしたショウとハルアを、シエルは「お前たち、何をしてんだい」と出迎える。



「エッダ王国に喧嘩を売ったようなもんさね」


「怒ったらオレらのせいにすればいいよ、殺してやるから!!」


「お前の先輩、随分と血の気が多いじゃないか。どうしたんだい」


「これが普通と言いますか……」



 シエルに助けを求めるような視線を寄越されるのだが、ショウは何とも言えない気持ちになった。


 これが通常運転というか、おそらく深夜という時間帯も相まって少しばかりテンションが振り切れているのだ。暴走機関車野郎の度合いにも拍車がかかっているような気がする。

 せめてここに男子組の大人勢であるエドワードがいればハルアの暴走も止められたかもしれないが、残念ながら頼りになる親戚のおじちゃんはいないのでショウがハルアを止めるしかない。先輩を止めるだけでこんなに大変だとは想定外である。


 やれやれと肩を竦めたシエルは、



「まあでも、あの巨大な飛空艇を撃ち落とせたものだよ。名門魔法学校に在籍しているだけあるねェ」


「凄えな、兄ちゃんたち!!」


「やっぱ魔法使いは違えや!!」



 シエルの他、彼女の部下からも称賛の声が寄せられる。不思議と悪い気はしなかった。



「おにいちゃん、すごいねぇ」


「おそらをとべるのすごい」


「ぼくものりたい」



 さらに子供たちからも英雄扱いである。

 特に冥砲ルナ・フェルノが気に入ったのか、ショウの足元に複数人がまとわりついて「乗りたい」の大合唱である。もはや神造兵器ではなく空飛ぶ便利な乗り物扱いだ。


 どうやって子供たちに対応するべきかと頭を悩ませると、シエルが手を叩いて子供たちの注目を集める。



「チビどもは部屋に引っ込んでな。エッダ王国の連中がやってきたら空に投げ出されるよ」


「えー」


「だってあのおつきさまにのりたーい」


「普段から飛空艇に乗って空を飛んでるだろう、同じじゃないか」



 不満げな子供たちを「はいとっとと入る」と部屋に押し込むシエル。他の乗組員も小さな子供たちが空へ投げ出されることを心配しているのか、頬を膨らませる子供たちを宥めすかしながら部屋に案内していた。

 ハルアは付き合いの長い先輩だし身体能力も抜群なので乗せても安心だが、子供たちは冥砲ルナ・フェルノから落ちただけで即死する危険性がある。興味を強制的に引き離してくれて助かったかもしれない。


 子供たちを部屋に押し込んだシエルは、



「空を自由に飛べるなんて魔法みたいなもん、利用しない手はないねェ」


「利用しようという魂胆なら全裸にひん剥きます。癪に触る」


「失礼な、ただの協力要請じゃないかい。お前たちはあの巨大な飛空艇に喧嘩を売って、それで撃墜してきたから追っ手がくることも考えられるだろう?」



 事実を指摘され、ショウは口を噤んだ。


 確かにそれはそうである。ショウとハルアは無謀にも巨大な飛空艇に喧嘩を売り、そして見事に勝利を収めてきた。撃墜した巨大な飛空艇は追いかけてくる気配がないのでまだ平和だが、いつ飛空艇に乗っていたエッダ王国の遺跡調査隊が追いかけてきてもおかしくない状況である。

 彼らが追いかける相手がショウとハルアだけならいいが、今はアドリア空賊団の飛空艇にお邪魔しているのだ。そしてここには小さな子供たちもいる。この飛空艇が撃墜されるような状況は避けなければならない。


 シエルは朗らかに笑うと、



「空が飛べるならちょうどいいさね。お前たち、偵察に行ってきておくれ」



 ☆



「何かいいように使われている気がする!!」


「そうだな」



 ハルアを冥砲ルナ・フェルノに乗せて、ショウはアドリア空賊団の飛空艇周りを飛ぶ。


 紺碧の空には白銀の星々が瞬き、青白い明かりを落とすほんの僅かに欠けた月が静かに浮かんでいる。冷たさを孕んだ夜の風が頬を撫で、自然と眠気を覚ましていく。

 普段だったら夢の世界を遊び回っている時間帯だが、今回ばかりはそうもいなかい。健康優良児と名高い未成年組、初めての長時間夜更かしである。ユフィーリアとエドワード、アイゼルネからお叱りを受けそうなものだが最悪の未来は見なかったふりをしておこう。


 アドリア空賊団の飛空艇から、青色と緑色の光が一条に束ねられて遠くを示している。この光を辿った先にヘンネ天空遺跡があるのだ。



「大丈夫だろうか」


「何が!?」


「ユフィーリアや、エドさんとアイゼさんが心配だ。『森の乙女の涙』を返せば本当に目を覚ましてくれるだろうか」



 ショウの心配事は、まさにそこだった。


 うっかり手にしてしまった『森の乙女の涙』にかけられた呪いによって、ユフィーリアや他の全員は夢の世界に閉じ込められてしまった。だから宝石を返却しに行く最中なのだが、返して本当にユフィーリアたちを助けることが出来るのだろうか。

 もし助けられなかったらどうしよう、このままずっとユフィーリアが目を覚さなかったらどうしよう。――そんな不安がショウの頭の中をぐるぐると巡っており、少しでもユフィーリアのことを考えただけで泣きそうになってしまう。


 すると、冥砲ルナ・フェルノに乗ったハルアが、目一杯に腕を伸ばしてショウの頭を撫でてきた。



「大丈夫だよ、ショウちゃん。宝石を返せば目を覚ましてくれるよ」


「ハルさん……」


「返してくれなかったらさ、その時は」



 ハルアはぶっ壊れた笑顔で親指を立て、



「ヘンネ天空遺跡、ぶっ壊しちゃおうよ!!」


「ハルさん?」


「こっちはユーリが目覚めればいいんだから!! ユーリに頼めばヘンネ天空遺跡も直してくれるでしょ!!」


「まずはユフィーリアにヘンネ天空遺跡なんていう遠方まで行った理由を問い質されそうだが、それについての言い訳は?」


「夢で見て壊したと言えばよくない!?」


「夢遊病を疑われてしまう……」



 だが、ハルアとの会話でいくらか気が紛れた。


 あれこれ考えていても意味はない。今はただ、宝石を返して様子を見るしかないのだ。宝石を返したのに約束を破るような真似をすれば、その時はハルアの言う通りにヘンネ天空遺跡を破壊してやるまでである。

 最愛の旦那様を返してくれると言うから宝石をわざわざ遠くから返却しにきたのに、約束を破るような真似をするから悪いのだ。まだ約束を反故にされたことはないのに、酷い判断である。


 ショウはハルアに笑いかけ、



「ハルさん、ありがとう。やはり頼りになるな」


「えへへ」



 照れ臭そうに鼻の下を指で擦るハルア。今日びそんな照れ方をする人を見るのは初めてだが、この先輩ならやってもおかしくない。



「そういえば、ハルさん」


「何!?」


「ハルさん、飛空艇を撃墜した時に使っていた剣は何だったんだ?」



 飛空艇を撃墜した際、ハルアが使っていた金色の剣は凄まじい威力を発揮した。展開中だった防衛魔法を打ち消し、巨大な飛空艇を真っ二つに叩き斬ってしまったのである。

 それに加えて相手の飛空艇に搭載された魔力砲を防いだ時、何か旗のようなものを掲げていた。あの旗があったから魔力砲マギア・カノンの弾丸による衝撃から身を守ることが出来たし、ショウもこうして無傷の状態でいられた訳である。


 魔法兵器エクスマキナと称するには些か威力が強すぎる。冥砲ルナ・フェルノと並ぶ強さと言ってもいいだろう。



「エクスカリバーのこと?」


「あの剣のことか?」


「うん、そう。相手の魔法を吸収してね、力を溜めてズバーンってやるんだよ!!」



 ハルアは「オレね、あの武器好きなんだ!!」と嬉しそうに語ってくれた。抽象的な説明が気になるところだが、実際にこの目で見た光景を説明すると確かにその通りの内容になるかもしれない。



「あとね、エル・ブランシュも好きなんだ!!」


「エル・ブランシュ?」


「旗のこと!! あれね、防衛魔法よりも強いんだ!! だからどんな攻撃からも守れるんだよ!!」



 魔力砲の弾丸から守ってくれたあの旗にも名前があるようだ。しかも防衛魔法よりも強いということは、極めて防御力が高い証拠である。あの旗だけでどんな攻撃からも身を守れるので、魔法兵器エクスマキナという可能性は低そうだ。

 魔法を吸収して衝撃波として放つ強力な剣と、どんな攻撃からも身を守ることが出来る強固な結界を展開する旗。どう考えても神造兵器級の武器と言ってもいい。むしろ、そうでなければおかしい。


 ショウは少し考えてから、



「ハルさん、もしかしてあの2つの武器は神造兵器レジェンダリィか何かか?」


「凄いね、ショウちゃん!! よく分かったね!!」


「当たってしまった……」



 予想が見事に的中してしまった。


 しかし、これは凄いことである。神造兵器は絶大な威力を誇る武器だが扱える人間が少なく、ショウも冥砲ルナ・フェルノに奇跡的に適合したからこうして扱えているだけだ。他の神造兵器に適合できるかと問われれば自信はない。

 頼れる先輩用務員のハルアは、この扱える人間が少ない神造兵器を2種類も使いこなせているのだ。いわばショウにとって神造兵器の大先輩である。


 ショウは尊敬の眼差しをハルアに向け、



「ハルさんは凄いな、2種類の神造兵器レジェンダリィを使えるなんて」


「あれだけじゃないよ!! あと221種類ぐらい使えるよ!!」


「凄いな、そんなにたくさんの神造兵器を持っていたら怖いもの知らずだな」


「そんなに凄くないよ」



 それまで自慢げだったハルアの態度が、何かが急に切り替わったかのように大人しくなる。

 彼の横顔は、どこか苦しそうだった。明るいを通り越して狂気的な笑みは形を潜め、遠くの世界を見据える琥珀色の瞳には痛々しい光を湛えている。


 言葉に詰まるショウより先に、ハルアが口を開く。



「いっぱいの神造兵器レジェンダリィを使うのに、オレはたくさん痛い思いをしたんだ。本当は嫌だったけど、でもオレがやらないと次は弟と妹が痛い思いをすることになるからたくさん我慢したの」


「弟さんと妹さんがいたのか……」


「弟はもういない、死んじゃった。妹はちゃんリリ先生の教えを受けて修道女としてどこかの教会で働いてるよ!!」



 いつもの快活な笑みを見せるハルアの頭に、ショウはそっと手を伸ばす。ポンと先輩の頭を撫でると、少し硬めの髪質が手のひらから伝わってきた。

 彼がどれほどの努力を重ね、数多くの神造兵器を使えるようになったのかショウは分からない。これはきっとハルアだけが抱える痛みなのだろう。もう過ぎ去ったこととはいえ、その痛みは分かち合えない。


 だから、



「ハルさん、俺はハルさんの後輩だから遠慮なく頼ってほしいな」


「いつも頼りにしてるよ!?」


「あと、弟さんと妹さんの件も教えてほしい。ハルさんのお話が聞きたい」


「ごめん、それについてはもう覚えてない。オレってどこで生まれてどこで育ったんだっけ?」


「ええ!?」



 記憶喪失に聞こえなくもない本気の「忘れた」発言に、先程までの重々しい空気が瓦解する。本人も必死に思い出そうとしてくれているのだが、どうしても思い出せずにいるようだった。このままでは知恵熱が出る。

 まあ、ハルアとの関係は先輩と後輩程度の間柄でちょうどいいのだろう。彼もショウの触れてほしくない部分には自分が口を開くまで待ってくれるし、それならショウもハルアの姿勢を見習うとしよう。


 ショウは知恵熱が出そうな勢いで頭を悩ませるハルアに、



「ハルさん、思い出したらでいいから」


「何か絵本に出てきたパンが美味しそうだったから齧り付いたら妹に引っ叩かれた記憶なら思い出したよ!!」


「ハルさん、それはさすがに俺でも引っ叩くぞ」



 ショウは思う――「ハルアの妹は相当苦労したんじゃないか?」と。余計なことは言わない方が吉なので、黙っておこう。

《登場人物》


【ショウ】先輩の秘密にはあまり触れないようにしようと心に決めた察せる後輩。兄弟の存在はいないが、ハルアとエドワードが兄弟のように感じる。

【ハルア】弟と妹がいたのだが、今は離れ離れで生活。多数の神造兵器を有している割と凄い人物だが、隠された過去が重々しい予感しかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ