第9話【異世界少年とドッグファイト】
並走してくる飛空艇は、アドリア空賊団の有する飛空艇より何倍も大きかった。
「凄え!!」
「凄いな」
冥砲ルナ・フェルノに乗って悠々と夜空を飛ぶショウとハルアは、月並みな感想を叫ぶ他はなかった。
あまりにも巨大すぎる飛空艇である。アドリア空賊団が有していた動力装置を何個積めばあの巨体を浮かばせることが出来るのだろうか。アドリア空賊団の飛空艇と同じように飛行船のような形をしており、真上から突き出たプロペラがいくつも回っている。
金持ちが金を積んで作らせたというより、どこからどう見ても軍用である。飛空艇を構成する素材も金属めいており、とても頑丈そうに見受けられる。普通にぶん殴っただけでは撃墜なんて出来なさそうだ。
ショウは冥砲ルナ・フェルノにしがみつくハルアへ視線をやり、
「ハルさん、どうやって撃墜させるんだ?」
「どうしよっか!!」
「考えなしだったか……」
予想していたことだが、当然の反応を前にショウはため息を吐くしかなかった。まあ、彼らしいと言えば彼らしい。
もしハルアが「考えがあるから撃墜しよう」だなんて言えば、ショウは彼自身に熱があるのではないかと疑う。無鉄砲で考えなしに相手へ突っ込むのが暴走機関車野郎と名高いハルアである。考えがあるから相手に突っ込むなど、それこそ想像できない。
とりあえず様子見で飛空艇に近づこうかと判断したショウだが、
「あ」
「何だ?」
巨大な飛空艇を浮かばせている気嚢部分から、何かが突き出てくる。
それは数え切れないほどの大砲だった。どうやらあの気嚢部分、空を飛ぶ為の構造だと思えば魔法兵器の類だったようだ。
ショウは顔を青褪めさせ、慌てて回避行動を取る。
「まずいハルさん、あそこ魔法兵器か!?」
「え、そうだと思ったけどうわショウちゃんいきなり急降下ァ!!」
急降下で大砲の軌道から逸れると同時に、飛空艇から砲弾が放たれる。
夜空に響き渡るいくつもの砲声。放たれたものは本物の砲弾ではなく、魔力によって構成された弾丸である。あれら全て魔力砲だったのか。
雨霰の如く降り注ぐ魔力砲の弾丸から、ショウは冥砲ルナ・フェルノを走らせて逃げる。大半の弾丸は冥砲ルナ・フェルノの速度についていけずに他の弾丸と衝突して爆発するか地面に落ちて爆発するかの2つの道を辿るが、何発かはしつこく追いかけてきていた。
ハルアは冥砲ルナ・フェルノに振り落とされないようにしがみつきながら、
「やべえね、自動追尾までついてるよ!!」
「シエルさんたちの乗る飛空艇には被害がなくてよかったが……」
夜空を自在に駆け回って魔力砲の弾丸から逃げようと画策するショウは、びゅんびゅんと飛びながらかろうじて背後を振り返る。
未だに魔力砲の弾丸はショウとハルアを追いかけていた。自動追尾の機能が魔法によって付与されているとはいえ限度がある。
魔法兵器としての技術が凄いのか、はたまたあの飛空艇に乗っているエルフの魔法使いが凄腕なのか。魔法の専門家ではないから分からないが、もう面倒なので両方凄いということにしておこう。
ショウは右手を掲げると、
「ルナ・フェルノ!!」
すると、冥砲ルナ・フェルノから炎の矢が何本も放たれる。
冥砲ルナ・フェルノから放たれた炎の矢に触れて、ショウとハルアを追いかけていた魔力砲の弾丸は全て爆発した。これでもう追いかけられることはないが、第二射が襲いかかってくる可能性だって考えられる。今のうちに撃墜することが望ましい。
ショウはハルアを冥砲ルナ・フェルノに乗せたまま、巨大な飛空艇と同じ高さまで上昇する。気嚢部分から突き出た魔力砲がショウとハルアに狙いを定めており、第二射を準備しているところだろう。今が好機だ。
巨大な飛空艇を睨みつけたショウは、
「ルナ・フェルノ、多めに!!」
再び冥砲ルナ・フェルノから炎の矢が雨の如く放たれる。
巨大な飛空艇に何発か触れるも、元々から耐火性の高い素材を使っているからか焦げ跡しか残らなかった。やはり撃墜するには威力が足りないのだろうか。
威力の高い一撃を放つには、冥砲ルナ・フェルノに誰かが乗っていない状態が好ましい。今はハルアが乗り物の代わりにしているので、威力は弱まるけど広範囲を攻撃できる手法しか選べなかった。
不満げに唇を尖らせるショウは、
「あんまり効かない……」
「耐久性が高いってことだね!!」
ぶっ壊れた笑顔を保ったまま、平然とした様子で言ってのけるハルア。正直すぎる感想に心が折れそうだった。
この巨体を相手にするだけでも緊張感が凄まじいのに、今できる攻撃が対して効果がないと現実を突きつけられると泣きそうになる。せめて生身の人間が出てきてくれれば少しは成果を出せると思うのだが、誰も好き好んで堅牢な飛空艇から出てくることはない。
すると、
――ヴヴン。
何かが起動するような音が耳朶に触れた。
巨大な飛空艇を覆うように、魔法陣が幾重にも展開される。煌々と輝く赤い魔法陣の形に、ショウはどこか見覚えがあった。
防衛魔法である。しかも、ユフィーリアがよく他人の魔法を反射する時に使う防衛魔法だ。巨大な飛空艇を覆うように展開するということは、ショウの攻撃を弾く気満々であるという意思表示だった。
冥砲ルナ・フェルノにしがみつくハルアは瞳を瞬かせ、
「あれってユーリとか学院長が使う魔法だよね!?」
「相手は相当魔法の腕が立つみたいだ、ハルさん」
「やべえね!! オレ魔法を使われちゃうと勝てないよ!!」
「俺も魔法を使われてしまうと分からない……」
これほどユフィーリアの存在が大きいものだとは思わなかった。魔法の天才である彼女であれば、相手が防衛魔法を使っていても巨大な飛空艇を撃墜する方法などいくらでも思いつくだろう。
ショウは生身の人間しか相手したことがなく、また学院長や副学院長は反撃をしてこないので甘く見ていた節がある。獣王国の反乱では魔法の使えない獣人を相手にしていたから互角に戦えただろうが、今回は簡単にいかない。
魔法というこの世界特有の技能を出されてしまうと、いくら神造兵器で機動力を確保しているとはいえ勝てない。どうしたものか。
「ショウちゃん!!」
「ッ!!」
ハルアの鋭い声に、ショウの意識が現実に引き戻される。
防衛魔法が展開された巨大な飛空艇の魔力砲が、再び火を噴いた。数え切れないほどの砲弾がショウとハルアめがけて襲いかかる。
慌てて回避行動を取るが、自動追尾機能が魔力砲の弾丸に付与されているので逃げるショウを追いかけてくる。このままでは巨大な飛空艇を撃墜するどころか、こちらが撃墜されてしまう。
「ルナ・フェルノ!!」
ショウが右手を掲げると、冥砲ルナ・フェルノから大量の炎の矢が放たれる。撒き散らされた炎の矢が飛んでくる魔力砲の弾丸と衝突して爆発するが、何発か撃ち漏らしてしまった。
まずい、これは非常にまずい。飛び回る冥砲ルナ・フェルノに触れるまで残り僅かである。冥砲ルナ・フェルノの側面からショウとハルアを守るように炎腕が伸びるも、魔力砲の弾丸を喰らった時の衝撃は免れない。
衝撃へ耐えるようにショウは固く目を瞑るが、
――ドドドドドドドドドッ!!
立て続けに爆発音が聞こえてくるも、衝撃は全くない。痛さもなければ爆風による影響もなかった。
「…………?」
ショウはそっと瞳を開ける。
目の前に、透明な膜のようなものが展開されている。冥砲ルナ・フェルノから伸びた炎腕が戸惑うようにうねうねと揺れているだけで、魔力砲から守ってくれた訳ではなさそうだ。
視界の端で旗のようなものが揺れる。色褪せてボロボロになった青色の旗が透明な膜を展開し、冥砲ルナ・フェルノごとショウを守ってくれたようだった。
その青色の旗を掲げているのは、冥砲ルナ・フェルノを足場にして器用に仁王立ちをするハルアである。
「ごめんね、ショウちゃん。オレが言い出しっぺなのに、危ない目に遭わせて」
ハルアはつなぎに縫い付けられた無数の衣嚢に旗をしまい込むと、
「オレがやっつけるから、もう少しだけ付き合ってくれる?」
「……出来るのか?」
「うん!! 出来るよ!!」
自信満々に言い放つハルアに、ショウは「分かった」と頷く。
ハルアならきっと、あの巨大な飛空艇にも打ち勝つことが出来るだろう。
頼りになる先輩用務員なのだ。それに問題児として学院に大小様々な迷惑をかけてきた実績もある。飛空艇を撃墜することなど問題児にとっては造作もないということか。
「ハルさん、何をすればいい?」
「なるべく高いところまで飛んで!! あとオレのことを受け止めて!!」
「受け止め?」
ちょっと上手く読み込めない指示を受けながらも、ショウはとりあえず言われた通りに高い位置まで飛んでいく。
巨大な飛空艇を見下ろす位置まで到達すると、ハルアから「この辺で!!」と制止がかかる。かなり高い位置まで飛んでおり、びゅうびゅうと吹き付ける風の勢いが凄まじい。
ハルアは冥砲ルナ・フェルノを足場にして立ち上がると、
「じゃ、頼んだよショウちゃん!!」
「は、ハルさん!?」
ハルアは何の躊躇いもなく冥砲ルナ・フェルノから飛び降りた。
命綱なしの高高度落下である。彼が「受け止めてね」と言ったのはこれが原因か。
慌てて追いかけようとするショウだが、冥砲ルナ・フェルノから伸びた炎腕がショウのメイド服の袖を引っ張って止める。何かと思えば炎腕の指先が自由落下をするハルアを示していた。
落ちるハルアの手には、どこから取り出したのは不明な金色に輝く剣が握られている。
「魔力吸収!! 最大開放!!」
ハルアの声が耳朶に触れた。
彼の持つ金色の剣が淡い金色の光を纏うと、飛空艇を覆っていた赤色の魔法陣の群れが次々と消失していく。魔法陣が1つ消えるとハルアの持つ金色の剣の光が増していき、全て消失すると剣は眩いばかりの光を放った。
魔力吸収と言っていたから、魔法陣を構成していた魔力を吸収したのだろう。あれだけ巨大な飛空艇を覆う魔法陣だ、吸収された魔力は少なくないはずである。
煌々と輝く金色の剣を大上段に構えたハルアは、
「エクス――――」
落下の速度さえ利用して、
「――――カリバーッ!!」
剣を振り下ろす。
金色の光を帯びた剣から、網膜を焼かんばかりに輝く金色の衝撃波が放たれる。その衝撃波は防衛魔法という防御手段を失った飛空艇を真っ二つに叩き切った。
横に切断された飛空艇はあちこちが爆発し、火を噴き上げながらゆっくりと降下していく。夜の世界に次々と小さなものが落ちていくので、乗組員が脱出しているのだろう。
「ショウちゃん助けてえーッ!!」
「ハルさーん!!」
自力で飛ぶ術を持たないので自由落下していくハルアを、ショウは慌てて追いかける。
風のように空中を駆け抜け、ショウは虚空に向かって伸ばされていたハルアの手を取った。あのままぼんやりとしていたら、間違いなくハルアは地面と衝突を果たして生きていなかっただろう。
寸前のところで引っ張り上げられたハルアも「危なかった!!」などと笑っていた。笑っている場合ではないと思う。
ショウは冥砲ルナ・フェルノにハルアを乗せると、
「行こうか、ハルさん」
「そうだね、ショウちゃん!! 勝ったね!!」
「ほとんどハルさんのおかげだと思うけど、飛び降りるのは止めてくれ。心臓に悪い」
随分と先まで進んでしまったアドリア空賊団の飛空艇を追いかけて、ショウとハルアは冥砲ルナ・フェルノで夜空を走るのだった。
《登場人物》
【ショウ】冥砲ルナ・フェルノがあるので空を自由自在に飛び回りながら、炎をばら撒いたり高威力の炎の矢を放ったりする空中戦のエキスパート。空からの攻撃はお任せあれ。
【ハルア】多数の武器を所持する暴走機関車野郎。怖いもの知らずなので高高度の自由落下すら躊躇わない度胸がある。地上戦に固定されていたのだが、最近では空を飛べる後輩が出来たので行動範囲が広がった。