第8話【異世界少年と出発】
「凄え!!」
「わあ、凄い」
初めて乗る飛空艇の内部構造に、ショウとハルアは瞳を輝かせた。
飛空艇の内部は意外にも広く、乗組員が共同で生活する部屋まで用意されているようだ。大きな机が中央に設置された食堂の隣には食料を保管する為の倉庫、そして貯め込んだ食材を用いて料理をする調理場まである。
空を駆け回る空賊だから、飛空艇の内部で生活できる為の空間は確保しているのだろう。外から見ただけではただの飛行船で長時間に渡って共同生活が出来るのか不安だったが、設備が充実しているので問題はなさそうである。
飛空艇内の各部屋を巡るショウとハルアは、
「副学院長なら作ってくれるかな、飛空艇!!」
「きっと研究したがるだろうな」
「そんな甘い世界じゃないんだよ、飛空艇ってのは」
シエルはとある部屋を指差して、
「見な、あれが飛空艇の動力部分さ」
空賊団を取りまとめる団長様が示した部屋は『動力室』と書かれていた。言葉の意味合いから判断して、この飛空艇と動力部分となる部屋なのだろう。
扉に埋め込まれた小さな窓から部屋の中を覗き込むことが出来るようになっており、ショウとハルアはそこから動力室の内部を観察する。
薄暗い部屋には中心に巨大な天球儀のような装置が置かれている。何十にも重ねられた銀色の輪っかがくるくると回転する中心には、煌々と青色の光を放つ巨大な球体が浮かんでいる。球体の表面には幾何学模様がこれでもかと刻み込まれており、球体そのものも回転しているようで表面の幾何学模様が流れるように切り替わっていく。
複雑な装置を前にあんぐりと口を開けるショウとハルアに、シエルが自慢げに言う。
「この船の動力装置さね。これを盗むのには苦労したよ」
「盗んだんですか、これ」
「盗んだ上で改造した。ああいうのは知識がないと作れないのさ、魔法工学の知識は門外漢なもんでね」
自慢げに盗んだことを明かしてくるシエルに、ショウは冷ややかな視線を突き刺す。空賊だから盗むのは仕方がないが、碌な死に方をしないと思う。
魔法工学といえば、有名なのはやはりヴァラール魔法学院の副学院長であるスカイだろうか。彼なら絶対に再現してくれそうな気配がある。むしろ鼻息荒くあの装置を解体して研究しかねない。「研究させてェ!!」と工具片手にシエルへ迫るところまで想像できた。
シエルは「こっちだよ」と先導して飛空艇内を進み、
「奴らに嗅ぎつけられるより先に出発しないとねェ」
「奴らって誰!?」
「そりゃあ決まってるさね、エッダ王国の連中さ」
不思議そうに首を傾げるハルアに、シエルはあっけらかんと答える。
「エッダ王国って昼間に秘宝が云々とか言って学院に来ていた連中じゃないですか?」
「こうね、めちゃくちゃ太ったちょび髭のおっちゃんがユーリにデレデレしたんだよ!!」
「何だって!?」
ショウとハルアの言葉を聞いたシエルは、わざとらしく聞こえるような反応を見せた。大袈裟な態度が胡散臭く思えてくる。
やはりアドリア空賊団に頼るのではなくエッダ王国の方を頼るべきだったかと少し後悔するショウだが、シエルはそれどころではないらしい。どこか思い詰めたような表情でブツブツと何かを呟いている。
ハルアと互いに顔を見合わせていると、シエルがショウに詰め寄ってきた。
「その集団にエルフの魔法使いはいなかったかい」
「いましたが……」
「お前たち、何をしているんだい!! とっとと出発準備を終えな!!」
シエルは弾かれたように振り返り、部下の大人たちに出発準備を急がせる。今までのやり取りを聞いていたらしいアドリア空賊団の乗組員たちは、団長のシエルの命令に異議を唱えることなくバタバタと飛空艇内を駆け回っていた。
状況をよく理解できないのだが、とりあえずシエルがエッダ王国を警戒していることだけは分かる。助けを求めるようにハルアへ視線をやれば、彼は「やっぱりエッダ王国に頼らないで正解だね!!」などと言っていた。頼れる先輩の第六感とやらだろうか。
シエルは「行くよ」と言い、
「エッダ王国の連中に気づかれるより先に出発しないと先を越されちまう。奴らの飛空艇の方が性能がいいんだよ」
「撃墜しなよ!!」
「そんな簡単に出来る訳ないだろう。ウチみたいな弱小空賊団が、軍隊を相手に戦えるかい」
ハルアの暴力的な意見をあっさりと一蹴したシエルは、
「こっちが操縦室さ。その宝石にヘンネ天空遺跡の居場所まで案内させるよ」
☆
「出発準備が出来たよ、姉御!!」
「こっちも準備万端でさァ」
部下から次々と出発準備が完了したと報告を受け、シエルは「よし」と頷く。そして舵輪を握る乗組員に振り返り、
「出発しな!!」
「出発進行!!」
舵輪を握る乗組員がペダルを踏みつける。
それが合図となったのか、飛空艇が震えた。動力装置が起動した証拠なのだろう、大きな振動のあとに揺れは安定した。
ふわりと少しの浮遊感があると、窓の向こうの景色がゆっくりと上昇していく。試しに窓を覗き込んでみれば地上が徐々に離れていった。冥砲ルナ・フェルノがあれば空を自由自在に駆け回ることが出来るのだが、それでも空を飛ぶことには何度だって感動を覚える。
ショウとハルアはベッタリと窓に張り付き、
「凄え!!」
「あっという間に地上が見えなくなってしまった」
「窓に引っ付いている場合じゃないだろうに」
シエルは呆れたようにため息を吐くと、
「ほら、早くヘンネ天空遺跡の居場所を宝石に吐かせな」
「はい」
ショウはエプロンドレスの衣嚢に忍ばせていた小さな箱を取り出し、その蓋を慎重な手つきで開ける。
蓋を開けると同時に青と緑色の光が溢れ出し、一条の光となって窓の外を突き抜けていく。時間が止まった夜の世界を貫く不思議な光は、ヴァラール魔法学院を取り囲むように築かれた山々の向こう側を示していた。
光の位置を確認したシエルは、
「方向を変えな、面舵一杯!!」
「面舵いっぱーい!!」
乗組員が元気よく舵輪を回すと、飛空艇がそれに合わせて方向を変えていく。グングンと高度を上げていき、風に乗って星屑が散りばめられた紺碧の空を進んでいった。
小説などの文章でしかお目にかかれないような台詞を実際に聞くことが出来て、ショウは軽く感動してしまう。飛空艇とやらに乗れるだけでも感動できるが、やり取りの1つ1つに浪漫がある。
窓にベッタリと張り付いていたハルアは「そうだ!!」と振り返り、
「そういえば、お姉さんは何で動けるの!? ユーリたちは揺さぶっても起きなかったのに!!」
「そりゃあ起きていたからさね」
光の方角を地図で確かめながら、シエルはハルアの言葉に応じる。
「そこの坊ちゃんが持っているのは『森の乙女の涙』と呼ばれる宝石さね。ヘンネ天空遺跡に隠されていた秘宝だよ」
「何でユフィーリアは動かなくなっちゃったんですか?」
「『森の乙女の涙』にかけられた呪いが発動したんだろうよ。そいつには重たい呪いがかけられていてね、盗んだ奴がちゃんと宝石を返しに来るまで眠っている人間を夢の中に人質として捕らえるのさ」
ショウは手元の箱にある宝石に視線を落とす。
今もなお紺碧の空めがけて光を放つ宝石は、何だかとんでもない呪いを内包していたのか。盗んだ本人にわざわざ宝石を返しに来させるとは面倒なことを強制してくるものである。しかもショウが宝石を返却しない限り、ユフィーリアたちは夢の世界から帰ってくることはない。
というか、ショウが宝石を盗んだ訳ではないのに盗んだ犯人に仕立て上げられるとは不名誉極まりない。ユフィーリアが人質に囚われていなかったら、間違いなくこの宝石を砕いて夜空に撒き散らしていたかもしれない。
地図から顔を上げたシエルは、
「それよりも重要なのはエッダ王国の方さね。本当にやってきたのかい?」
「はい」
「オレが追い返したんだよ!!」
ショウは短く応じ、ハルアが自慢げに胸を張る。
昼間の来訪客は怪しさしかなかったのだが、ユフィーリアにデレデレしたことをちゃんと謝罪してくれたので許してしまったのだ。ハルアが「嫌な予感がする」と言ってくれなければ、この『森の乙女の涙』を渡していたかもしれない。
でも怪しいことには変わりはない。怪しい具合で言ったら、学院長が胡散臭い笑みを浮かべながら揉み手で寄ってきた時ぐらいよりも怪しいのだ。
シエルは舌打ちをすると、
「エッダ王国は前からきな臭い連中でね、特にあのエルフの魔法使いがやってきてからおかしくなったのさ」
「いたね、そんな魔法使いね!!」
「王宮に仕えていると言っていなかったか?」
昼間の来訪客で印象に残っているのが、あのエルフの魔法使いである。エルフといえば魔法を使う雰囲気が強いので、魔法使いのエルフに遭遇して少し感動したことは記憶に新しい。
創作物に於いて、最初は味方の雰囲気を出した敵のような胡散臭さである。何か怪しいことを企んでいるのは本当だったか。
シエルは「厄介な連中さ」と肩を竦め、
「ただでさえ魔法適性が高いエルフだからね。何を企んでいるのか分からないが、噂じゃ七魔法王が総出で動かなけりゃまずい魔法を開発しているってさ。眉唾だけどね」
「大変だ!!」
「大変だあ」
あまり魔法の知識がある訳ではないので、ショウとハルアはただ純粋に驚きを露わにする。七魔法王が総出で動かなければならないということは、ユフィーリアや父親のキクガまで危険に晒すことになるのか。
「遺跡調査隊ってのも嘘さね。大方、ヘンネ天空遺跡を隠れ蓑にして件の魔法を研究しているのさ。アタイらは興味ないけど」
「それ、本当に大丈夫ですか? ヘンネ天空遺跡の金銀財宝って、エッダ王国に取られちゃったりしていません?」
「…………」
ショウがエッダ王国にヘンネ天空遺跡の財宝を取られている可能性を示すと、シエルの顔があからさまに青褪めた。まさか可能性を視野に入れていなかったか。
ヘンネ天空遺跡が本当にエッダ王国の開発中である魔法の研究が進行中だったら、その開発費の足しとして財宝が接収されている可能性が極めて高い。むしろその考えしか出来ないのが当然だ。あの樽のように突き出た軍人なんかも私服を肥やしたに違いない。
これは本格的に秘宝を返却したらユフィーリアに報告である。学院長に言っても半信半疑の対応をされるので、嫁の言うことなら全面的に信じてくれる最愛の旦那様に頼るしかない。いざとなれば第七席特権で破滅への道を突き進んでもらおう。
ハルアが「エッダ王国って悪い奴らなんだね!!」と納得したように頷き、
「じゃあ追いかけてきてるから撃墜した方がいいかな?」
「え?」
「えッ」
ショウとシエルは窓に引っ付く。
紺碧の空は遮蔽物など見えず、雄大な夜の世界が広がっているだけだ――と思っていたのが間違いだったのだ。
いつのまにやらアドリア空賊団の飛空艇に並走するかのように、巨大な飛空艇が浮かんでいたのだ。アドリア空賊団の何倍もある飛空艇は、どこからどう見ても軍隊が所有していてもおかしくない装備である。
あんぐりと口を開けるショウとシエルに、ハルアが清々しいほどの笑みで言う。
「あれ撃墜していい!?」
「は、ハルさん、撃墜していいと言って簡単に出来るものではないと思うのだが」
「大丈夫だよ!!」
ハルアはグッと親指を立てて、
「オレとショウちゃんなら出来るよ!!」
「いやハルさん、その自信はどこから来るんだ?」
「先に行ってるね!!」
「話を聞いてほしいのだが!?」
早くもあの飛空艇を撃墜することに方針が決定してしまい、ハルアは意気揚々と操縦室から飛び出していく。
本当にやる気なのはいいことなのだが、ハルアは空を飛ぶ術を持っていない。必然的にショウが一緒にいなければ、撃墜どころかハルア自身が紐なしバンジージャンプの刑である。
ショウは深々とため息を吐くと、
「シエルさん、この宝石をお願いします。ハルさんと一緒に撃墜してきます」
「ほ、本当に行く気かい!?」
「ええ、まあ」
声を裏返すシエルに、ショウは自信ありげに答えた。
「だって問題児ですから」
《登場人物》
【ショウ】飛空艇の冒険にワクワクしたと思えば、何かエッダ王国も追いかけてきて初っ端から大変そうな予感。とりあえず暴走する先輩は追いかけなければならない。あのままだと紐なしバンジーをしてしまう。
【ハルア】邪魔をするなら撃墜しろの精神で、エッダ王国の飛空艇に喧嘩を売りにいく暴走機関車野郎。常に思考回路は血の気が多い。
【シエル】アドリア空賊団の団長。ポンコツかと思いきや意外と知っていることは多く、空では頼りになる存在。エッダ王国のエルフ魔法使いについて何か知っているらしい。