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第7話【異世界少年と飛空艇】

「ここさね」



 シエルに先導された先には、正面玄関ほどではないがそこそこ大きな扉があった。

 扉には頑丈な錠前がぶら下がっており、誰もこの付近に近寄ることはないのか扉は蔦や雑草などに覆われている。実際、扉の位置はヴァラール魔法学院の端にあるので、こんな場所があるとはショウも知らなかった。


 ショウよりも遥かに学院の在籍期間が長いはずのハルアも知らなかったようで、



「ここどこ!?」


「購買部が商品仕入れをする際に使う資材搬入用の扉さね」



 シエルは懐から何か小さな枝のようなものを取り出す。

 それを一振りすると、枝のようなものが3段階に分けて伸びた。どうやら伸縮自在な魔法の杖らしい。普段はユフィーリアの煙管やアイゼルネのトランプカードぐらいしか見たことがないので、伸縮自在の魔法の杖など初めて見る存在である。


 杖の先端を頑丈な錠前に突きつけたシエルは、



「〈開け〉」



 すると、ガチャンという音が錠前から聞こえてくる。

 ユフィーリアもよく使う解錠魔法だ。まさかシエルまで使えるとは、意外とこの解錠魔法は初歩的な魔法なのかもしれない。


 錠前を外しながら、シエルは「魔法が使えりゃ簡単さね」と自慢げに言う。



「特に今日は月に2度の卸売業者が出入りする日さ。卸売業者は2日か3日にかけて出入りするから、まだ扉も隠さずに存在したままなのさ」


「よく知っていますね」


「そりゃそうさね。アタイらは空賊だよ、建物の構造ぐらい魔法で理解しとかなきゃお宝を盗めないだろう。ヘマをやらかすと首吊りの刑だしねぇ」



 この空賊、ポンコツかと思えば意外と有能だった。ちょっと悔しいところである。

 シエルの部下である太っちょの男と筋骨隆々とした男は、口を揃えて「姉御、さすがッス!!」「凄えや、姉御」と彼女を褒め称えた。男たちに褒められたシエルもまんざらでもなさそうである。


 褒められていい気になったシエルは、



「今日は部下が2人も増えたからね、新参者に船長の偉大さを伝えなきゃ」


「調子に乗っているようですね。炎腕、そこの脳内お花畑船長モドキにくすぐりの刑」



 ショウがポンと手を叩くと、足元からワッサァ!! と大量の炎腕が這い出てくる。ショウやハルアなどヴァラール魔法学院の関係者にとっては見慣れた光景だが、シエルたち外部の人間からすれば異常とも呼べる事態だ。何かの魔法と言っても差し支えはない。

 大量の炎腕がシエルに組み付くと、腕や首筋、脇腹などを容赦なくくすぐり始めた。静かな夜の世界にシエルの甲高い絶叫が響き渡る。ジタバタと暴れるシエルを押さえつけ、炎腕はコショコショコショコショとくすぐり攻撃を続ける。


 悲鳴を上げるシエルを無視して、ショウは扉の錠前を外す。扉を押すと、ギィと蝶番が軋む音と共に扉が開いた。



「わあ……」



 目の前は湖となっており、そのすぐ近くの岸辺には巨大な飛行船が停まっていた。飛行船の表面には蜘蛛の巣を這い回る白い蜘蛛の絵が描かれており、あれがアドリア空賊団の象徴なのだろう。

 意外と立派な飛行船に、ショウは目を奪われた。元の世界では飛行船などたまに宣伝で空を飛んでいるぐらいのものであり、飛行船そのものに乗る機会などなかった。今回初めて乗船するので期待が高まる。


 目の前に鎮座する飛行船を見上げるショウとハルアは、



「これが飛空艇なの!?」


「凄い、飛行船だ。初めて乗る」


「オレも初めて!!」


「副学院長に言ったら羨ましがられそうだな」



 そんな内容の会話を交わしていると、背後から控えめに「あのう」と声をかけられた。


 背後を振り返ると、太っちょの男が申し訳なさそうな表情で扉を示していた。

 彼の示す方向に視線をやると、炎腕に取り囲まれたシエルが白目を剥いてビクンビクンと震えていた。どうやらくすぐりすぎて天国が見えてしまったようである。筋骨隆々とした男がシエルを抱き起こし、炎腕が心配するようにわっさわっさと揺れている。


 そういえば、調子に乗ったシエルを制裁するのでくすぐり攻撃を仕掛けていたことをすっかり忘れていた。



「引っ叩いて起こします?」


「ごめん、ウチの船長をもう少し優しく扱ってくんねえかな。あれでも孤児であるオレらの面倒を見てくれてんだ」


「じゃあ調子に乗らせないでください。俺たちは別にあの人の部下になるつもりはないんですが」



 太っちょの男に「ごめん、言い聞かせておく」と謝られたので、ショウもシエルの調子に乗った発言を許してやることにした。ショウにとって敬愛するのはユフィーリアと父親、それと用務員の全員なのでシエルの入り込む余地などないのだ。



 ☆



「全く、偉い目に遭ったよ」


「ふざけた発言をしたら全裸を晒すと思ってくださいね」


「さっきから暴力的な発言は何なんだい、可愛い顔が台無しだよ」


「貴女に可愛いと言われても癪に触るだけなので、せめて格好いいと言ってください」



 ぶつくさと文句を呟くシエルに、ショウは棘のように鋭い視線を突き刺す。


 くすぐり攻撃だけで済ませてあげたのだからありがたいと思ってほしいとものである。いくら魅力が皆無の寸胴体型でも女性だから素っ裸にひん剥くのはアレかと判断したから、冥砲ルナ・フェルノで衣類を燃やすのは止めてあげたのだ。

 ハルアもシエルの部下を扱うような発言には納得していないようで、いつものぶっ壊れた笑顔を保ったまま「そうだよ、オレらはお姉さんの部下じゃないよ!!」と主張する。頼れる先輩も同じ感性だったようだ。



「せめてお友達から始めてよね!!」


「ハルさん、それでいいのか?」


「お友達のお願いなら聞けるよね!!」



 清々しい笑顔でそんなことを言うハルア。彼はかなり優しい人間らしい。



「お友達なんだからヘンネ天空遺跡にも連れて行ってくれるよね!!」


「はいはい、お友達お友達」


「ショウちゃん、シエルお姉さんとは絶交するから冥砲めいほうルナ・フェルノで連れて行ってくれる?」


「絶交までが早くないかい!?」



 あまりにも早い切り替えに、シエルが目を剥いていた。


 頼れる先輩はとても優しい割には、切り捨てるまでが早すぎる。さすがのショウもついていけずに唖然としてしまった。

 ハルアはツーンとそっぽを向いて「シエルお姉さんはお友達じゃないし」などと言う。先程までの態度はどこへ消えたのか。


 すると、



「姉御、お帰りなさい!!」


「なかなか帰ってこないから心配で眠れなかったんでさァ」


「おねえちゃん、おかえり!!」


「新しい人がいる」



 飛行船の扉が外側から開くと、大人から子供まで大勢の人間が飛び出してきた。

 10歳にも満たない子供からショウと同い年ぐらいの少年少女、髭もじゃのむさ苦しい男やもやしのようにヒョロヒョロで痩せ細った男まで乗組員は多岐に渡る。全員して空賊団を取りまとめるシエルの帰還を待っていたようで、数名の子供がシエルの両足にまとわりついていた。


 子供たちの小さな頭を撫でるシエルは、



「ダメだろう、ちゃんと寝ていなきゃ。大きくなれないよ」


「だってしんぱいだったんだもん」


「おねえちゃん、なかなかかえってこないんだ」


「たすけにいこうとしたけど、おとなたちにとめられたんだよ」



 子供たちはそれから「おれ、きょうはさらあらいしたんだ」「あたしはおりょうりのおてつだいをしたの」「ふねのそうじはぼくがしたんだよ」とお手伝いの結果をシエルに報告し始める。ポンコツではあるが、面倒見のいい女性なのだろう。これだけ子供たちに慕われているのが証拠だ。

 孤児によって構成されていると説明されたが、彼らも孤児なのか。まだ幼い子供たちにとって、シエルが母親代わりなのかもしれない。母親が阿呆なことをして捕まっていたから心配で眠れなかった心境は理解できる。


 子供たちに群がられるシエルの姿を眺めるショウだが、メイド服のスカートを引っ張られて視線を足元に向ける。



「おねえさん、だあれ?」


「あたらしいひと?」



 シエルにまとわりついていた子供たちが、今度はショウに標的を移したようだ。メイド服のスカートを小さな手で掴み、興味ありげに見上げている。

 同じくハルアにも子供たちがしがみついており、感性が同じだったからかすぐに仲良くなっている様子だった。つなぎに縫い付けられた無数の衣嚢からどんぐりや綺麗な小石などを取り出すハルアを、子供たちが「すげえ!!」「まほう!?」などと称賛する。


 ショウは子供たちと視線を合わせる為に膝を折り、



「俺たちは、シエルお姉さんが『行きたい』って言った場所まで案内するんだ。だから一緒に飛空艇へ乗せてもらうことになった」


「こえがひくい!!」


「おとこのひと!?」


「え、そ、そうだが……?」



 少女めいた見た目とは対照的に、ショウの声は低く涼やかなテノールボイスである。そのおかげでよく勘違いされるのだが、大体喋ると女装していると判断してもらえるのだ。

 このご時世、ショウと同じぐらいの身長を持つ女性も多いのだ。そのおかげでショウの性別を『女性』だと勘違いされがちだが、ショウも歴とした男の子である。普段からエドワードとハルアとお風呂に入っている立派な日本男児だ。


 驚きを露わにする子供たちは、



「かわいい……」


「おとこのこなのにかわいい……」


「あ、ありがとう……?」



 何故だかぼんやりとショウに見惚れる子供たちに、困惑しながらも感謝の言葉を述べた。子供相手にきつい言葉を使うのは教育面と精神衛生面から考えてよくないことである。

 ニコッと笑いかけると、子供たちは顔を手で覆い隠して蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。出発準備中の飛行船から顔を出すのだが、ショウと視線が合うだけで引っ込んでしまう。何もしていないのに居た堪れない気持ちになった。


 唖然とするショウの肩を、ハルアがポンと優しく叩いてくる。



「ショウちゃんは大事なものを盗んでいきました」


「そんな、ハルさん!! 俺は何も盗んでいないのだが!?」


「あの子たちの心です」


「弁護士、弁護士を呼んでくれハルさん!! 俺はただ普通に会話していただけなんだ!!」


「何を騒いでいるんだい、お前たち……」



 騒がしくやり取りを繰り広げるショウとハルアを、シエルは飛空艇の出発準備を進めながら呆れた様子で眺めるのだった。

《登場人物》


【ショウ】冥砲ルナ・フェルノのおかげで空を自由自在に飛べるのだが、飛空艇は初めてなのでちょっと感動。冒険の予感にワクワク。

【ハルア】冥砲ルナ・フェルノに乗ってお空を自由に飛べることは出来るようになったが、飛空艇は初めて見る。副学院長に言ったら作ってくれるかな!?


【空賊の皆様】魔法を使えたら意外と有能だということが判明。大人から子供までたくさんの乗組員がいる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「ショウちゃんは大事なものを盗んでいきました」 >「そんな、ハルさん!! 俺は何も盗んでいないのだが!?…
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