表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
335/913

第6話【異世界少年と脱獄】

 ヴァラール魔法学院には懲罰房と呼ばれる牢獄がある。


 本来であれば重大な校則違反を犯した生徒や学院内を彷徨う不審者を捕らえておく独房で、閉じ込められると魔法を使うことが出来ない構造になっている。転移魔法や、鍵を開ける魔法などで脱獄されないようにする為の対策だ。

 ちなみに学院最大級の問題児である用務員連中は数え切れないほど懲罰房に叩き込まれたが、叩き込まれるたびに鉄格子を無理やり壊して脱獄してしまう為、学院長は諦めて懲罰房に叩き込むのを止めたらしい。魔法が通じないので修繕魔法も当然効かず、業者を呼んで修理しなければならないのにぶち込むと壊して脱獄するから修繕費が嵩んだとか何とか。


 そんな訳で、



炎腕えんわんがいてくれてよかったよ!!」


「ああ、心強いな」



 わっさわっさと壁や床から生えた炎腕たちに暗闇を照らしてもらいながら、ショウとハルアは懲罰房を目指す。


 懲罰房には今日捕まえたばかりの空賊が投獄されている。飛空艇という魔法兵器を操ることが出来る彼らなら、あの不思議な宝石が示す先に連れて行ってくれるかもしれない。

 ただ懸念要素もある。空賊団なので鍵開けの技術を用いて脱獄している可能性もあるのだ。あるいは壁や床に穴を開けて、簡易的な洞窟を作って脱出を試みるかもしれない。自らを空賊と名乗るぐらいだから、彼らの行動は警戒して然るべきである。


 足元から生えた炎腕が、ショウの着ているメイド服のスカートを引っ張る。何かと思えば、その炎腕は人差し指だけを立てた。



「ハルさん」


「なぁに、ショウちゃん!!」


「炎腕が静かにって言ってる」



 先を歩くハルアはショウに振り返ると、それから言われた通りに口を閉ざす。


 懲罰房に繋がる暗くて狭い階段の先から、何やら男女でぎゃーぎゃーと騒ぐ声が聞こえてきた。その声があまりにも大きいので、階段の方まで響き渡る。

 あの空賊団、どうやら脱獄に苦労している模様である。格好よく『アドリア空賊団』と名乗る割にはなかなかポンコツ空賊団らしい。


 ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、



「あの空賊団、大丈夫なのか? 空賊団を名乗る善良な一般人では?」


「意外とポンコツなんだね。これならユーリが『問題児空賊団』と名乗った方がまだ格好がつくと思うよ」


「ああ、何だか想像できる……」



 馬鹿でかい銃火器を担いで飛空艇を乗り回す最愛の旦那様の姿が脳裏をよぎったところで、ショウは頭を振って妄想を追い出す。今はそれどころではない。



「行こうかショウちゃん、脱獄される心配はないけど交渉しないと」


「そうだな、ハルさん。別の意味で不安になってくるけど」



 彼らに頼んで本当に大丈夫なのだろうか、という不安はあるが、飛空艇という交通手段を持っている彼らにしか頼めないことである。もう少しマシな空賊団が宝石を狙ってくれればよかったのに、こうもポンコツだから仕方がない。

 ちゃんと目的地まで連れて行ってくれるのか、そもそも交渉が成り立つのか不安要素はまだまだある。冥砲めいほうルナ・フェルノによる長時間の飛行よりも飛空艇という手段があるなら使うべきだ。


 炎腕で暗闇を照らしながら、ショウとハルアは徐々に騒がしくなっていく階段を降りていく。



 ☆



「鍵はまだ開かないのかい、このままだとアタイらは縛り首だよ!!」


「意外と頑丈なんですぜ、姉御。洞窟を作って脱出した方がマシに思えてくらァ」


「いや洞窟も無理だと思うぞこれ、だって煉瓦レンガだもん」



 狭い懲罰房へ一緒に叩き込まれた3人組の空賊団は、脱獄をしようと一生懸命に鍵穴へ針金を差し込んでいる様子だった。

 ところが鍵穴は意外と頑丈なようで、鍵開けが難航しているらしい。懲罰房は埃を被っているとはいえ煉瓦造りの頑丈な部屋となっており、隙間なくピッタリと積み上げられているので穴を開ける余地などなかった。


 鍵開けに難航する空賊団3人組を目にしたハルアは、



「単純に手先が不器用なんだね」


「え、そうなのか?」


「あそこの鍵ってね、鍵開けの技術があれば開けられるよ。オレも開けられるもん」


「ハルさんも鍵開けの技術を持っているのか……」


「ユーリに教わった」


「ユフィーリアは何でも出来ちゃうなぁ」



 鍵開けも出来てしまう最愛の旦那様に、ショウは遠い目を向けるのだった。本当に何でも出来てしまう素晴らしき旦那様である。



「ようポンコツども!! そんなに鍵開けって難しい!?」


「ひゃあッ!?」


「ぎゃあッ!!」


「びゃあッ!!」



 ハルアが鍵開けに夢中な空賊団に声をかけると、3人はそれぞれ悲鳴を上げた。特に鍵開けをしていた太っちょな空賊のお兄さんは、鍵穴に突っ込んでいた針金を落としてしまったようで「針金が!!」と別の意味で悲鳴を上げていた。

 エドワードを想起させる筋骨隆々とした背の高い空賊のお兄さんは煉瓦の壁を頑張って殴っているようだが、素手では限界がある。リーダー格である女空賊、シエル・アドリアナは服の装飾品を使って煉瓦の壁をひっ掻いていたが逆に装飾品の方が削れてしまっていた。


 姿を見せたのがショウとハルアだと認識すると、シエルは「ふ、ふん」と強がるような素振りを見せる。



「何だい、昼間のクソガキどもじゃないかい」


「せっかく懲罰房から出してあげようと思ったのに、そんな態度を取るなら出してあげないからね!!」


「お待ち、待って、待ってくださいお願いします」



 態度を一転させたシエルと部下らしい空賊のお兄さん2人組が、仲良く埃っぽい懲罰房の床に土下座する。



「お願いします出してください」


「空賊は捕まると縛り首の刑に処されるんです」


「俺たちまだ死にたくねえです」


「素直なところは尊敬できるね!!」



 ハルアは数え切れないほど縫い付けられた衣嚢ポケットから針金を取り出しつつ、



「じゃあお願いがあるんだけど、聞いてくれる!?」


「お願い?」



 土下座の状態から顔を上げたシエルが、怪訝な表情を見せた。



「お願いだなんて何だい?」


「この宝石が示す場所に連れて行ってほしいんです」



 ショウがシエルの前に、青色と翡翠色が混ざった綺麗な宝石を突き出す。

 宝石はなおも青色と翡翠色の光を放ち、ショウとハルアの真後ろめがけて伸びている。光を辿っていった先に宝石の帰るべき場所があるのだろうが、そこがどこまで遠いのか判断できない。


 シエルは琥珀色の瞳を瞬かせると、



「それはヘンネ天空遺跡の場所を示しているのさ」


「ヘンネ天空遺跡?」


「そうさね」



 不思議そうに首を傾げるショウとハルアに、シエルは得意げに話す。



「ヘンネ天空遺跡ってのは、南の森の奥地にある空中浮遊している遺跡さね。そこには金銀財宝が眠っていて、空賊たちはその宝の山を求めてヘンネ天空遺跡を探していたのさ」


「じゃあ、貴女が宝石を求めていたのはヘンネ天空遺跡のお宝がほしいからですか?」


「そうさね。空賊なんだからそれ以外にないだろう?」



 シエルはペタンコな胸の下で腕を組み、



「特にアタイらは親もなければ後ろ盾もない、孤児の集まりなんだよ。明日も食っていくのがやっとさね、ヘンネ天空遺跡の財宝があれば食うに困らなくなるんだよ」


「そんな事情があったんですね……」



 意外と世知辛い現状に、ショウは何とも言えない気持ちになった。


 世の中には貧困に喘ぐ人間もいる。魔法を使うことが出来たとしても、まともな就職先につけるとは限らないのだ。

 ショウやハルアは運がいいだけである。ヴァラール魔法学院は歴とした教育機関で地位もちゃんとしており、後ろ盾には七魔法王セブンズ・マギアスの第七席【世界終焉セカイシュウエン】であるユフィーリアがいる。シエルたちのように後ろ盾がない人間は、どうにかこうにか食べていくので精一杯なのだ。


 シエルは「で?」と言い、



「本当に出してくれるんだろうね?」


「ヘンネ天空遺跡に連れていってくれるならね!!」


「いいとも、アタイらもそこがお目当てだったのさ。願ったり叶ったりだよ」



 大胆不敵に笑うシエルは、



「ただし、自分の身は自分で守りな。アタイは部下の命を預かるので精一杯さ、お前たちの面倒までは見れないよ」


「飛空艇に乗せてくれるならそれでもいいよ!!」


「俺も異論はないです。一応、身を守る術はありますので」



 これでも問題児として数々の問題行動と修羅場を潜り抜けてきた実績はあるのだ、身を守る術や逃走手段の確保などはお手のものである。

 いざとなれば冥砲ルナ・フェルノで全てを無に帰してしまえばいいだけだ。こんな時の為の神造兵器である。


 懲罰房の鉄格子を掴んだシエルは、



「さあ開けておくれ」


「もう開けたよ!!」


「早ッ」



 ハルアの早すぎる行動に、シエルは目を剥いていた。実際、懲罰房の鉄格子は簡単に開いており、シエルたちを脱獄へ導いていた。

 頼れる先輩の言う通り、ショウも気づかないほど早く鍵開けが可能となるなら懲罰房の鍵開けは簡単らしい。ハルアの手先の器用さにはショウも驚きが隠せなかった。


 おっかなびっくり懲罰房から抜け出したシエルたちアドリア空賊団は、



「え、えーと、ありがとう?」


「助かったでさァ」


「やるな、坊ちゃん!!」


「どいたま!!」



 ハルアは清々しいぶっ壊れた笑みを見せると、



「多分これオレら怒られるよね?」


「ハルさん、現実は見ないようにしよう」


「ショウちゃん、現実逃避は良くないと思うんだ」


「では怒られたいか? 正座で3時間コースだと思うのだが」


「やっぱり現実逃避しとこう。オレらは世界を救うんだ」


「そうだぞハルさん、俺たちは世界を救うんだ」



 せっかく捕まえた空賊団を脱獄させて怒られるかもしれない、という最悪の未来から目を背けたショウとハルアは、アドリア空賊団についていくのだった。

《登場人物》


【ショウ】最初の頃は怒られたら素直に謝る気概は見せたが、今じゃすっかり怒られない為なら嘘も吐くし現実逃避もする。全部ハルアの入れ知恵。

【ハルア】怒られないなら下手な嘘も吐くし現実逃避もするし、何なら事態を悪化させてよりやべえ方向にやる。最近だとショウの悪知恵もついてきたので洒落にならない。


【アドリア空賊団の皆様】ポンコツだから脱獄も出来ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >【アドリア空賊団の皆様】ポンコツだから脱獄も出来ない。 ポンコツ過ぎて、悪人なのか善人なのか分か…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ