第4話【異世界少年と秘宝】
「エッダ王国の秘宝?」
学院長であるグローリア・イーストエンドに捕まった最愛の旦那様、ユフィーリアは不思議そうに首を傾げた。
「そんなものあったか?」
「僕も聞いたことないんだよね……」
難しそうな表情でグローリアも応じる。
不審者を懲罰房に叩き込んだ帰り道のこと、たまたま正面玄関に差しかかったら来客対応中の学院長とバッタリ遭遇してしまったのだ。そのせいでユフィーリアは捕まり、流れるようにショウたち4人も来客対応に巻き込まれる形となった訳である。
その来客というのが、煌びやかな軍服に身を包んだ集団とエルフの男性である。横に突き出た特徴的な耳を持つエルフ族を初めて見たので、ショウ的にはちょっと感動である。やはり異世界といえばエルフ族だ。
エルフの魔法使いに見惚れるショウに、ハルアがコソコソと耳打ちする。
「エルフの耳って掴みやすそうだよね」
「そうだな、ハルさん。引っ張ったら千切れそうだな」
「未成年組は物騒なことを考えるんじゃないよぉ」
エドワードに背後から手刀を脳天に落とされて、ショウとハルアは揃って「痛い!!」と痛みを訴えた。加減はされていたが痛いものは痛い。
「エッダ王国なんてどこにあるの!!」
「聞いたことありませんが……」
そもそも話題にあるエッダ王国すら分からないのだ。どこにある国かも知らないのに、秘宝が云々と言われても理解が出来ない。
大人組は互いの顔を見合わせると、小声で「そうだ、知らねえよな」「だって地味だもんね」などと言っていた。それはさすがにエッダ王国にも失礼な言葉だろうが、聞き覚えがないということはどこまでも地味なのだ。
ユフィーリアが代表として咳払いをすると、
「エッダ王国ってのは、レティシア王国のご近所さんだよ」
「そうなんだ!!」
「レティシア王国は大きいから目立つが、そのご近所さんだから地味なんだな」
「あんまり失礼なことを言ってやんなよ、そろそろあの軍人さんが怒るぞ」
ショウとハルアの話し声が大きかったからか、軍人の1人が顔を真っ赤にして震えていた。
他の軍人に比べて胸元で輝く勲章が多く、突き出た腹が軍服の布地を押し上げている。身を挺して王国を守るような風体には見えず、雰囲気的には後方から指示を飛ばして偉そうにしていそうな軍人である。
しかし思いの外、偉そうな軍人様は理性があったらしい。怒りを大人のアレコレで強制的に鎮めると、
「これはこれはお美しい魔女様、貴殿もヴァラール魔法学院の教員ですかな?」
「ユフィーリアに鼻の下を伸ばすとは何事ですか豚野郎、生姜焼きにして今日のお昼ご飯にしてやりましょうか」
「何だねこのメイド!?」
偉そうな軍人様がユフィーリアに向けてデレデレと鼻の下を伸ばしやがったので、ショウはすぐさま飛びかかろうとしたがハルアに羽交い締めにされてしまった。あともう少しで喉笛を引き裂けるかと思ったのだが、先輩の力が想定よりも強すぎて引き戻されてしまう。
樽みたいな腹を揺らして警戒心を露わにする偉そうな軍人様と、その後ろで銃火器と剣が合体した武器を構える一般兵がショウに敵意を向けていた。上等である、そんな玩具で対抗できるとは片腹痛い。
冥砲ルナ・フェルノで薙ぎ払ってやろうと画策するショウだが、一触即発の空気を沈静化させたのはエルフの魔法使いである。
「閣下、今のはさすがに度が過ぎるかと」
「あくまで社交辞令に過ぎんだろうが、何が悪いと言うのかね」
「よくご覧ください、彼の指先を。魔女の従僕契約の印があります」
エルフの魔法使いが指摘をしたのは、ショウの薬指で輝く雪の結晶が刻印された指輪である。ショウがユフィーリアのお嫁さんであることの証だ。
「あの位置は『魔女の花嫁』に該当する箇所です。旦那様である魔女を奪われまいとする為の防衛本能でしょう」
「おお……うむ、嫉妬深い嫁ということか。世の中にはまあ、色んな嫁がいるからな……」
「防衛本能は少々暴力的でしたが、彼にとって我々は旦那様を誘惑しようとする悪い蝿です。いくら美しかろうとデレデレするのはお止めなさい」
「うむ……すまん……」
なかなか話の分かるエルフである。彼に免じて冥砲ルナ・フェルノの餌食にするのは止めよう。
偉そうにしていた軍人様も態度を改めたようで、申し訳なさそうに「すまんな、お坊ちゃん」と謝罪してきた。態度を改善することが出来るのは褒められたことである。今回の件は仕方がないので不問にしよう。
エルフの魔法使いは爽やかに微笑みながら、
「ところで少年、この辺りで宝石は見かけなかったかね」
「宝石ですか?」
「どんなの!?」
ハルアと一緒になって首を傾げるショウに、エルフの魔法使いは探している宝石の特徴を提示してきた。
「青と緑が混ざった宝石だ。こう、宝石の中に我々エッダ王国の紋章が刻まれている」
「あ、あれってエッダ王国の秘宝だったんですね」
「そうなの!? オレ知らなかった!!」
ショウはポンと手を叩いて、エプロンドレスの衣嚢から手のひらに収まる程度の箱を取り出す。慎重に蓋を開ければ、そこには先程聞いたばかりの青色と緑色が混ざった紋章入りの宝石が鎮座していた。
箱の中身を目撃したエルフの魔法使いは瞳を見開き、偉そうにしていた軍人様も「おお!!」と声を弾ませる。ユフィーリアやエドワード、アイゼルネにグローリアまで箱にしまい込まれた宝石を目の当たりにして息を吐く。
震える指先で箱の中身を示した軍人様は、
「こ、これは、どこで?」
「購買部でお使いをした時に、中身にこれが混ざっていたんです。業者に問い合わせてもらったんですけど、所在不明の宝石で扱いに困るからこちらで処分してくれと」
当然だが、嘘は吐いていない。何なら購買部の黒猫店長も証言してもらってもいいぐらいだ。
ただ、この宝石は何だか狙われているようである。懲罰房に叩き込んできたアドリア空賊団とやらも、この綺麗な宝石を狙っていたのだ。エッダ王国の秘宝で価値があるものだとすれば、空賊に狙われるのも納得できる。
エルフの魔法使いは紳士的な態度で、
「すまないが、こちらの宝石を返していただけないか?」
「あ、はい。それはもちろん、盗まれたものなら当然お返しを」
箱を閉じたショウはエルフの魔法使いに宝石を返却しようとするのだが、またしても横合いからハルアが宝石の箱を奪ってしまった。
ハルアは宝石の箱をショウのエプロンドレスの衣嚢にしまい込むと、ショウの腕を引き摺ってエルフの魔法使いから距離を取る。されるがままになっていたショウはエルフの魔法使いに盗まれただろう宝石を返却しようと試みるが、やはりハルアが横から阻止してきた。
ショウは困惑した様子で、先輩用務員を見やる。
「あの、ハルさん。これはエッダ王国から盗まれたもので」
「ダメだよショウちゃん!! これはオレが買ってあげたんだから大事にして!!」
「でもハルさん、これは盗まれたものだからエッダ王国の人も困って」
「嫌な予感がするの!!」
ハルアはショウをユフィーリアに押し付けると、
「どいつもこいつも、この宝石を狙って何なの!! 一体何しようとしてるの!!」
エルフの魔法使いとエッダ王国の軍人を睨みつけたハルアは、
「さっきの空賊たちもそうだった!! でも今の方がもっと嫌な予感がする!! オマエらに宝石を渡したら絶対に嫌なことに使われる!!」
ショウを守るように立ち塞がったハルアは、敵意を剥き出しにして叫んだ。
「帰れよ、オマエら!! 帰れ!!」
さすがにそのハルアの態度には我慢の限界があったようで、軍人様は樽のように突き出た腹をブルブルと揺さぶって怒りに顔を赤く染める。つぶらな目も吊り上がり、歯軋りまでし始めていた。
同じように、武器を携えた一般兵もハルアに敵意を向けていた。穏便に済ませようとしていたはずなのに、突き放された態度を取られれば怒りだって湧く。剣を先端に取り付けた銃火器を、一斉にハルアへ突きつけた。
あと数秒でハルアが蜂の巣になろうとしたその時、
「おう、クソ豚ども。誰の許可を得て魔法銃剣を向けてんだ?」
偉そうな軍人様の喉元へ、ユフィーリアが雪の結晶が刻まれた煙管を突きつける。
銃火器を構える一般兵たちの敵意が揺らぐ。偉そうな軍人様も顔を引き攣らせていた。
対するユフィーリアは驚くほど無表情である。ついでに言えば、その色鮮やかな青い瞳が徐々に極光色へ転じていた。彼女にだけ許された特別な魔眼が発動されていた。
「悪いな。たとえ馬鹿げていると笑われようと、アタシはハルの予感を信じるよ。何せ外した試しがないからな」
でっぷりと贅肉が乗った首に煙管をグリグリと押し込むユフィーリアは、
「ご退去願えねえんなら今ここで終わらせてやる。悪評を広めるならどうぞご自由に、お前らの存在を終焉させれば発言そのものも綺麗さっぱり消えてなくなるからな」
脂汗を滲ませる軍人様は「ひいッ」と上擦った悲鳴を漏らした。
喧嘩を売る相手を間違えたのだ。この場にいるのは問題児として魔法学院を騒がせる魔法の天才にして、世界を終焉に導く最強の死神【世界終焉】である。
下手なことをすれば存在ごと抹消される。この場を凌いでも居場所を特定することすら容易いのだ。もう勝ち目はない。
「さあ、お帰りは回れ右して真っ直ぐだ。終わりたくねえよな?」
ユフィーリアが笑顔で脅しかけると、軍人様は全身に脂汗を滲ませながら叫んだ。
「総員撤退、撤退しろ!!」
そう命令されるや否や、軍人たちは一目散にその場から逃げ出した。かろうじて武器の類を取り落とすことはなかったが、その逃げ方はあまりにも無様である。
エルフの魔法使いも、ユフィーリアをジト目で睨みつけてから転がるように逃げていく太った軍人様の背中を追いかけた。あの野郎の態度が気に食わないので追いかけて殺してやろうかと思ったのだが、それより先に正面玄関の扉が閉ざされて見えなくなってしまう。
ユフィーリアは閉ざされた扉を見上げて、
「ショウ坊」
「ユフィーリア……?」
「その宝石、渡すんじゃねえぞ」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ミントにも似た清涼感のある煙を吐き出しながら最愛の旦那様は言う。
「絶対に、誰にもだ。いいな?」
「うん、僕もそれは思った。誰にも渡しちゃダメだよ」
「あ、ああ」
グローリアからも念を押されてしまい、ショウは頷かざるを得なかった。
《登場人物》
【ショウ】秘宝を返そうと思ったら止められた。異世界ならではのエルフ族を初めて見て感動。
【ハルア】第六感が優れた暴走機関車野郎。空賊よりもこっちのが嫌な予感がする。
【ユフィーリア】第六感が優れたハルアの言葉を信じる天才魔女。経験上、部下の言葉を信じないことはない。
【エドワード】エルフに暴力を振るおうと画策する未成年組のストッパー。ハルアの「嫌な予感がする」発言は雷に打たれて感電したことから信じるようになった。おかげで雷がさらに嫌いになった。
【アイゼルネ】ハルアの「嫌な予感がする」発言は自分にストーカー紛いの男子生徒を発見してから信じるようになった。おかげで誘拐されずに済んだ。
【グローリア】ハルアの第六感は割と信じている。「嫌な予感がする」と言われた時にユフィーリアの問題行動へ巻き込まれた経験から信じるようになった。