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第3話【学院長と来訪客】

 ピリリリリリリ、という聞き慣れた音が学院長室に落ちる。



「ん?」



 書類仕事を片付けている最中だったヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは視線を執務机の端にやる。


 通信魔法専用端末『魔フォーン』が通信魔法を受信していた。そこに表示されていたのは副学院長のスカイ・エルクラシスである。

 また画期的な魔法兵器のアイディアを熱く語られるのか、それとも単に業務連絡なのか。まだ通信魔法には出ていないのであくまで予想になってしまうのだが、新しい魔法兵器のアイディアを熱く語られるのはご遠慮願いたい。そういうのは問題児とやってほしい。


 グローリアは深々とため息を吐き、



「何かな、スカイ」


『ああ、出た出た。グローリア、ちょっといいッスか』


「新しい魔法兵器エクスマキナのアイディアなら聞かないよ。そういう話はユフィーリアの方が興味あるんじゃない?」



 魔フォーンを片手に握り、グローリアは軽く右手を振った。


 執務机の上に倒れていた羽根ペンがひとりでに起き上がると、ペン先をインク瓶に浸して書類の上をくるくると踊る。書類仕事は自動書記魔法に任せて、スカイの話に耳を傾けながら休憩を取ろう。

 でも魔法兵器のアイディアは聞くつもりがない。砂粒ほども興味が湧かない。スカイも同様にグローリアが語る魔法実験の内容を適当にぶった斬るのだからおあいこである。


 スカイは『いや、違くて』と言い、



『何か、学院にお客さんがいらしてるみたいで。正面玄関のところで呼び出し鈴を何度も押されてるんスよね』


「ええ? どんな人?」



 グローリアは眉根を寄せる。


 今日は来訪客の予定なんてなく、グローリアにも心当たりはない。他の教員が招いた客なら確実に事前の申請がグローリアのところに来るのだが、残念ながらその申請書は夏休みになってからぱたりと見かけなくなった。

 かと言って、夏休み期間中の教職員が学院に戻ってきた訳ではないだろう。彼らだって正面玄関を開ける為の魔法は使えるはずだ。使えないのだとしたら、本当に客人なのだろう。



「ユフィーリアたちは?」


『何でも学院に不審者が出たみたいで、そいつらを投獄しに懲罰房へ行ってるッス』


「不審者が? それって誰?」


『懲罰房の鍵を借りに来た時に聞いたんスけど、何かアドリア空賊団って名乗ってたって』


「あー……」



 グローリアは頭を抱える。


 空賊と言えば、飛空艇と呼ばれる空飛ぶ魔法兵器を駆って強盗などを繰り返す人物たちだ。主にヴァラール魔法学院とは真逆の南側に被害が集中しているのだが、何故こんな辺鄙な場所までやってくるのか。

 とはいえ、何かを盗み出される前に捕まえてくれたのは問題児もお手柄である。普段は仕事をしない最強の馬鹿野郎どもがここに来てまともに機能してくれた。ちょっと感動を覚えるのだが、それではない。



「じゃあ何? 空賊団の仲間か、それとも空賊団を追いかけてきた警察組織かな?」


『空賊団を追いかけてきた警察組織っぽいけど、そういう雰囲気じゃないんスよね』


「どういうこと?」



 怪訝な表情を見せるグローリアに、スカイは『何かね』と言葉を続ける。



『どっかの国の軍隊っぽい』


「軍隊?」


『そうッスね。軍人みたいにキラッキラのお洋服を身につけた連中ッス』



 スカイは『ねえ、グローリア』と神妙な声で、



『ハルア君みたいに第六感が優れている訳じゃないんスけどね。でも、ボクは彼らに関わらない方がいいと思うんスよ』


「その理由は?」


『もう勘としか言えない。根拠とか示せないけど、何だか物凄く嫌な予感がする』



 スカイがそこまで訴えてくるのは異常である。


 おかしな魔法兵器エクスマキナを開発する発明家の側面は持ち合わせているものの、スカイもヴァラール魔法学院の副学院長として常識的な見方はある。本来は真面目で思慮深い性格ではあるのだ、魔法兵器が絡むと途端に阿呆になるのだが。

 そんなスカイがそこまで熱心に警告してくるということは、本当に嫌な予感がする相手なのだろう。グローリアには未来予知などという高等技術は身につけていないが、学院の長としての判断力は持ち合わせているつもりだ。


 少し考えてから、グローリアは結論を下す。



「玄関先で対応する。変に学院の中を歩き回られても困るからね」


『対応するんスか?』


「君の勘を信用できないとは言わないんだけど、ここで無碍にすれば学院の評判に繋がるからね。危険かもしれないけれど、話を聞く態度だけは見せておいた方がいいかもしれない」



 グローリアは仕方なしに執務椅子から立ち上がると、



「スカイ、学院の扉を開けて。正面玄関から出さないでおいて」


『了解、学院長の判断に従うッスよ』



 そこで通信魔法は途切れた。


 魔フォーンを執務机の上に投げ出し、グローリアは深々とため息を吐く。

 どこぞの国の軍隊ということは、国全体で空賊を撲滅しようという目標を掲げているだろうか。ユフィーリアたち問題児の餌食になってしまった可哀想な空賊たちには申し訳ないが、話を聞いて引き渡す手筈を整えよう。


 ここで軍隊に協力しないと言ったら、ヴァラール魔法学院の心象や七魔法王セブンズ・マギアスの評判も下がる。穏便に済ませるのが吉だ。



「何だろう……」



 グローリアはポツリと呟き、正面玄関に向かうのだった。



 ☆



 正面玄関を物珍しそうに歩き回っていたのは、恰幅のいい壮年の軍人である。


 真っ赤な軍服には煌びやかな装飾が施され、胸元ではいくつもの勲章が輝いている。鼻の下に蓄えたちょび髭はくるんと先端が巻かれており、軍服の布を押し上げる膨らんだ腹はまるで妊婦のようだ。おそらくただの不摂生で太っただけだろうが、それにしても立場のある人間らしく視界を圧迫する。

 彼が従えてきたらしい軍人たちは数百名にも上り、頭は頑丈なヘルメットを被って銃と剣が一緒になった魔法兵器エクスマキナ――魔法銃剣を携えている。高価な武器だとは思うのだが、全ての軍人に魔法銃剣を支給できるとは財力を持っていると言えよう。


 そしてもう1人、異様な雰囲気のある男性が軍人たちに紛れて佇んでいる。


 こちらは軍服を着ておらず、身なりのよさそうな貴族を想起させる服装である。黒色の背広にクラバットを巻き、赤い魔石を使った装飾品が胸元で輝く。手には天球儀を据えた魔法使いの長杖を握り、青色の光を妖しげに明滅させる。

 透き通るような金色の髪を後頭部へ撫で付け、緑色の双眸は怜悧な印象を見る者に与える。ゾッとするほど整った顔立ちと白磁の肌、そして側頭部から真横に突き出た大きな耳が特徴的だ。どうやらエルフ族らしい。


 グローリアは興味深そうにヴァラール魔法学院の正面玄関を歩き回る軍人の前に現れると、



「お待たせしてしまい、大変申し訳ございません。ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドです」


「おお、これはこれは。わざわざご足労いただき、大変恐縮です」



 太った軍人がグローリアに大股で距離を詰めてくると、



「エッダ王国の遺跡調査隊にて総司令官を務めております、モナーク・グウェンと言います」


「エッダ王国ですか。西側にある国だと聞き及んでおりますが」


「いや何、魔法の技術も経済力も普通の国です。今は遺跡調査に精を出しているところでして」



 モナーク・グウェンと名乗った軍人は大きな声で笑い飛ばすと、



「いやはや、実に素晴らしい場所ですな。私にも魔法の才能が少しでもあれば、このヴァラール魔法学院に入学したかった」


「エッダ王国の方が、こんな辺鄙な場所まで一体何のご用事でしょうか。それもわざわざ軍隊を引き連れてくるほどですから、よほどの理由がお有りでしょう」


「ああ、申し訳ない。すっかり本題のことを失念しておりましたわ」



 長話に付き合うつもりはサラサラないので本題を振れば、モナークは「おほん」とわざとらしい咳払いをする。大袈裟に振る舞わなければ死んでしまうのだろうか。



「実はですね、ええ、ウチの国の秘宝がこの学院に流れ着いたと王宮お抱えの魔法使いが言うものですからね」


「秘宝?」


「ええ、はい。王家の紋章が入った宝石でして」



 取り繕うようなハリボテの笑みを見せてくるモナークに、グローリアは怪訝な表情を見せる。


 王家の紋章が入った宝石が学院に流れ着いたということは、学院関係者が盗んだのだろうか。そういえば夏休み期間中にアーリフ連合国の国宝である魔法のランプが盗まれたと聞いて、その犯人が学院の教職員だったのだが今回も同じような状況なのか。

 だが、今回に限っては副学院長のスカイが「関わらない方がいい」と主張しているのだ。関わらなくて済むのであれば関わりたくない。


 グローリアは人当たりのいい笑みを浮かべて、



「教職員がエッダ王国から秘宝を盗んだとは考えにくいですが、調査した上で後日の報告とさせてください。今は夏休み明けへの準備が忙しいものでして」


「信用なりませんな」



 口を開いたのは、エルフ族の魔法使いだ。モナークの言っていた『王宮お抱えの魔法使い』で間違いないだろう。



「もしかしたら学院内ですでに発見され、組織ぐるみで隠蔽を図ろうという魂胆かもしれません。イーストエンド学院長殿、学院内を改めさせてもらってもよろしいか?」


「……何故その必要があるんです?」


「聞きましたか、モナーク閣下。これが証拠です」



 エルフ族の魔法使いは天球儀を据えた長杖をグローリアに突きつけ、



「やはり隠蔽をしようとしておられます。よほど学院内を見られたくないのでしょう」


「……えー、イーストエンド学院長殿? 決して貴殿のことを疑ってはいないのですが、捜査に協力的ではないのは如何なものですかな?」



 エルフ族の魔法使いが状況を悪化させ、モナークが怪しげな視線をグローリアに寄越してくる。


 別に隠蔽をしようとしている訳ではない。単純に、この連中が信用ならないから学院の敷居を跨がせたくないだけだ。現に学院へ入れなければよかったと後悔しているぐらいである。

 どうするべきか、さっさと転移魔法を発動させてお帰り願う方がいいだろうか。そうするとこの物事を大袈裟に誇張する連中のことだ、あることないことを周辺各国に吹き込んで事実確認がグローリアのところに飛んでくる。業務量が増えているのは目に見えていた。


 その時である。



「おう、グローリア。悪いけど懲罰房を使わせてもら――」



 校舎内へ侵入した不審者を懲罰房に叩き込んできたヴァラール魔法学院きっての問題児である用務員5名が、意気揚々と正面玄関を通りかかる。

 ちょうど来客の対応中だったグローリアの姿を見て、問題児を束ねる銀髪碧眼の魔女は目を瞬かせる。グローリアと、それからエッダ王国の軍人たちを交互に見比べて首を傾げていた。


 それから何かを悟ったらしい銀髪の魔女は、



「あ、お邪魔しました」


「待ってユフィーリア、ちょっと協力して」


「ぎゃーッ!! どうせ碌なことじゃないーッ!!」



 意外にも有能な銀髪碧眼の魔女の襟首を掴み、グローリアは秘宝窃盗事件の解決へ向けて強制的に巻き込むことを決めたのだった。

《登場人物》


【グローリア】エッダ王国とは寄付のやり取りをする友好的な関係を築いているが、遺跡調査隊なんていたかなと疑問。秘宝なんて聞いたことない。

【スカイ】ハルアほどではないがそこそこ第六感が優れている上に、実は占いとかも得意なので悪いことも予感する。今回ばかりは勘が働いた。


【モナーク】エッダ王国より派遣された遺跡調査隊の総司令官。魔法使いとしても一流を自称する一族の出身。魔法はそこそこ使える。

【エルフの魔法使い】怪しい。

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