第2話【異世界少年とアドリア空賊団】
いい買い物が出来た。
「やっぱり綺麗だな、この宝石」
「そうだね!!」
購買部にてハルアが100ルイゼで購入してくれた宝石を眺め、ショウはその美しさに見惚れてしまう。
空のような青色と綺麗な海を想起させる翡翠色が絶妙に混ざった綺麗な謎の宝石は、陽光を受けて眩いほどに煌めく。宝石の内側に浮かぶ紋章も何だか格好よく見えてしまった。
これほど特殊な形をしているなら、宝石ではなく魔石ではないかと推測できる。魔力を流せば紋章でも輝くだろうか。どちらにせよ、名前も知らない宝石なので物知りなユフィーリアに聞かなければ分からないのだが。
ショウは宝石を箱の中にしまい込み、
「どんなものに加工してもらおうかな」
「ループタイかリボンがいいかな!!」
「その2つで迷っているんだ」
宝石はなかなかの大きさがあるので、ループタイかリボンに加工してもらうのがちょうどよさそうである。他にもユフィーリアならセンスがいいので、素敵な装飾品に生まれ変わりそうだ。
これは装飾品の出来栄えが楽しみである。100ルイゼの綺麗な石ころが装飾品に変貌を遂げたら価値もグッと上がりそうだ。
すると、
「あー、困ったねえ困ったねえ」
「どこに行ったか分からねえなあ」
「探しても見つからねえなあ」
何だかわざとらしい大声が耳朶に触れた。
ショウとハルアが用務員室に戻る道すがら、通りかかったヴァラール魔法学院の中庭で背広姿の男性2人とドレス姿の女性が地面に這いつくばっていた。何かを探しているようで、上等そうに見える衣服が汚れることも厭わずに芝生の間を掻き分けたり花壇の中に頭を突っ込んだりしている。
見た目は漫画などに登場する貴族のようだが、貴婦人代表としてショウの中に名前が連ねられた七魔法王が第三席【世界法律】のルージュ・ロックハートと比べてしまうと安っぽく見えてしまう。ルージュは名門魔女一族出身だと聞いたが、こちらは大根役者が貴族の真似事をしているような雰囲気だ。
見覚えのない人物が中庭に這いつくばって何かを探す様を眺めるショウとハルアは、
「ショウちゃん、お腹空いたね」
「今日のおやつは何だろうか」
「ユーリがね、今日は何か殴ったあとの音みたいな名前のお菓子を焼くって言ってたよ。アイゼがいい紅茶を学院長から貰ったんだって」
「ハルさん、それはスコーンのことを言っているのか?」
「お待ち、アンタら!! もしかして他人がこれだけ困っているってのに見捨てるつもりかい!?」
今日のおやつ事情について会話を交わしながらその場を立ち去ろうとすると、形のいい綺麗な鼻に黄色い花弁を乗せた女性が花壇から顔を上げた。頬も泥だらけだし髪もボサボサ、綺麗だったはずの緑色のドレスは土に塗れて汚れてしまっている。
栗色の髪の毛を三つ編みにし、猫のように吊り上がった気の強さを象徴する瞳は琥珀色をしている。最愛の旦那様と比べてしまうと見劣りしてしまうが、美人で整った顔立ちだとは思う。ドレスに身を包んだ体躯は細身で、何故だか胸だけが異様に膨らんでいた。あと何かズレているような気配があった。
女性は「おっといけね」と呟き、ゴホンと咳払いを1つ。
「こんにちは、お坊ちゃん。この辺りで宝石を見かけませんでしたこと?」
「お姉さん、おっぱいズレてるよ。それ偽乳?」
「ふぁッ!?」
ハルアが女性の胸のズレを指摘すると、女性はドレスの襟ぐりから自分の胸元を覗き込んで「やべッ」と呟いていた。その姿をすぐ側で見ていた男性2名がやれやれと言わんばかりに肩を竦める。
「姉御、だから変な小細工は止めようって言ったでしょうが。今の時代、胸の大きさは趣味嗜好によるんだから」
「うるさいね、黙りな。女の包容力と言えばやっぱり胸の大きさだろ、現にあの小僧もアタイの胸に夢中さ」
「俺は尻が大きい女が好きだけどなぁ」
「アンタの趣味思考は聞いてないんだよ!!」
3人でモソモソと集まるや否や、何やら女性がドレスの内側に手を突っ込んで小細工を開始する。見てはいけないものを見ているような気分になる。
ショウとハルアは互いに顔を見合わせ、それから首を傾げた。
見覚えのない人物が中庭で何かを探し物である。魔法の存在が広く知れ渡ったこのご時世、探査魔法を使わずに地面に這いつくばって物を探す方が珍しい。魔女や魔法使いなら自力で探さず魔法に頼るはずだ。
「何だか怪しいね」
「そうだな、ハルさん」
「別に怪しいもんじゃないさ」
準備が終わったらしい女性は明らかに偽物だと分かる胸を揺らし、
「この辺りで宝石を見なかったかい? こうね、青色と翡翠色が使われた宝石なんだ」
「あれ、それってショウちゃんにあげた宝石じゃない!?」
「ああ」
ショウはエプロンドレスの衣嚢から箱を取り出し、その中に置かれた青色と翡翠色の宝石を見せる。女性と男性2名が宝石を見るなり「これだ!!」と口を揃えて叫ぶ。
「これはアタイの家に代々伝わる宝石なのさ。そいつを返しちゃくれないかい?」
「そうなんですか?」
女性の言葉にショウは納得する。
代々受け継がれてきた宝石ならば誰も知らなくて当たり前である。一般的に流通している宝石は魔法の触媒や実験などに用いられるので広く知られているが、代々伝わる宝石はそこの家しか持っていないから知らなくて正解である。
もしかして盗まれてしまったのだろうか。それなら危ないところだった。盗品とは知らずに装飾品へ加工するところだったのだ、ここは持ち主に返す方が穏便に済むだろう。
ショウは女性に宝石を返却しようとするが、横から伸びてきたハルアの手が宝石の箱を取り上げてしまう。
「ハルさん?」
「何の真似だい、それはアタイの家に伝わる宝石だよ」
ハルアの奇行にショウは首を傾げ、女性は鋭い視線をくれてくる。
肝心の先輩は箱の蓋を丁寧に閉じて、ショウのエプロンドレスの衣嚢にしまい込んだ。ショウがそれを返そうと衣嚢から取り出そうとすると、また同じように取り上げてエプロンドレスの衣嚢にしまい込んでくる。
そして、ハルアは女性を真っ直ぐに見据えて宣言した。
「やだ!!」
「はあ?」
「やだって言った!! だってオレが買ってショウちゃんにあげたんだもん!!」
まさかの拒否である。そこまで意固地になるようなものではないはずなのに。
「で、でもハルさん。この宝石はそこの女の人のお家に伝わるもので」
「嫌な予感がする」
「え……?」
ハルアの言葉に、ショウは思わず身を強張らせてしまう。
最愛の旦那様であるユフィーリアは、常日頃からこう言っていた。
ハルアは、第六感に優れている。特に「嫌な予感がする」と彼が言えば、間違いなく的中するほどだ。下手な占いよりも的中確率が高く、ほぼ未来予知にも似た何かが働くようだ。
ショウは女性から距離を取り、
「あの、失礼ですが学院の関係者ではないんですか?」
「宝石の行方を探していた一般人さね」
「この学院は全体的に防衛魔法が展開されており、不審者は容易に侵入できないと聞いています。学院関係者ではないなら、どうやって入ってきたんですか?」
女性はあからさまにため息を吐くと、
「バレちゃ仕方がないねえ!!」
パチンと女性が指を鳴らせば、緑色のドレスの形が一瞬にして変わる。
色鮮やかな緑色の襯衣と革製の胴着、それから動きやすさを重視した麻の洋袴と膝丈の長靴という格好となる。三つ編みをした髪には白い水玉模様が特徴的な赤いスカーフを巻いて活発な印象を相手に与える。格好が変わったことで体躯も変更があったのか、豊かな胸はストンとペタンコになっていた。やはりあれは偽物だったらしい。
男性2名の服装も、チャチな背広から衣嚢があちこちに縫い付けられた上着と厚手の洋袴、それから頑丈な長靴という格好に変貌を遂げた。頭にゴーグルを乗せたその姿は飛空艇を駆る空賊といったような風体である。
「アタイらは泣く子も黙るアドリア空賊団さ!!」
「知らないですね」
「知らないね!!」
「何だってえ!?」
堂々と『アドリア空賊団』と名乗る割にはその知名度は低く、ショウとハルアに「知らない」と言われた女性は途端に弱々しい声で尋ねてきた。
「え、え……アドリア空賊団のシエル・アドリアナを知らないってのかい? 本当に?」
「知らないですね」
「知らないね!!」
ダメ押しで名前まで明かしたのだが、やはり知らないので否定すれば女性は膝から崩れ落ちた。自分の名前が全世界に轟いているものだと信じて疑わない反応である。
「姉御、気を確かに!!」
「俺らビッグになるんでしょ!!」
「そ、そうさ、そうさね。アタイらはアドリア空賊団の悪名を全世界に轟かせるのさ」
部下らしき2人の男性に励まされ、女性――シエル・アドリアナと名乗った空賊は、
「殺されたくなけりゃその宝石を寄越しな!! さもなければ」
「――なければどうするってんだ?」
「ひいッ」
シエル・アドリアナの背後に、見知った女性が佇んでいた。
透き通るような銀髪と色鮮やかな青色の瞳、高級な人形の如く整った美貌。白磁の肌を強調させるように肩だけが剥き出しとなった特殊な形式の黒装束を身につけ、二の腕まで届く黒い長手袋を装着した手には銀製の鋏が握られている。
彼女と一緒にいた2名の男性は、筋骨隆々とした巨漢に頭を掴まれて悲鳴を上げていた。さらにその側では南瓜頭の娼婦が鍼灸治療に使われる太い鍼を野郎どものお尻にグサグサと遠慮なく突き刺していく。もはや拷問である。
銀髪碧眼で黒衣の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、清々しいほどの満面の笑みを見せて問いかける。
「帰りが遅いから様子を見にきてみれば、何か面白そうなことになってるじゃねえか。なあ?」
鋭利な鋏の刃をシエルの喉元に突きつけるユフィーリアは、
「さもなければ、何だって? 悪いなァ、こちとらこんな若そうに見えても数千年は生きてる魔女だから耳が遠くなっちまっててな。もう一度、今度はハッキリと大声で言ってみろよ」
「あ、な……」
口元を引き攣らせたシエルは、琥珀色の双眸から滂沱の涙を流しながら言う。
「何でもありましぇん……」
「じゃあ不審者ってことでいいな? 警察組織に身柄を引き渡すから大人しくしてろよ」
「はいぃ……」
さすがにユフィーリアからの圧には敵わなかったようで、シエルは抵抗することなく白旗を上げていた。まだ何もされていないのだが、可哀想な結果に落ち着いてしまった。
完全に置いてけぼりとなったショウとハルアは、互いの顔を見合わせる。
この宝石は結局、何の意味があったのだろうか。空賊団がほしがるものだから相当な価値があるのだろうが、可哀想だから冥土の土産として渡せばよかっただろうか?
ユフィーリアたち大人組の手によって連行されていく空賊団の背中を眺めるショウとハルアは、
「こういうの知ってる、蛇に睨まれたカンタでしょ」
「蛇に睨まれた蛙だ、ハルさん。どちら様だ、カンタ」
「そうそれ」
空賊団と遭遇した時の緊張感なんてどこへやら、のほほんとした会話を交わしながらユフィーリアたちの背中を追いかけるのだった。
《登場人物》
【ショウ】綺麗な宝石にご満悦だったのに、何か知らん不審者と遭遇した。空賊なんて聞いたことはないけど、想像できるのはおそらく異世界知識が原因。
【ハルア】綺麗な宝石にご満悦だったのだが、アドリア空賊団とかいう連中に絡まれた。宝石関連で嫌な予感がするという第六感を発揮。勘が優れているのでたまにくじ引きも当てる。
【シエル】アドリア空賊団の団長。あまりにも有名ではない様子で傷心気味。
【ユフィーリア】泣く子も黙る問題児筆頭。知名度具合ならシエルの対極に位置する。未成年組が帰ってこないので様子を見に行ったら不審者に絡まれていたので、捕獲して懲罰房にぶち込んだ。この時ばかりはちゃんと仕事した。




